「連れて行ってくれるとこちらも助かる。一応脚の傷の手当はしてあるが何かあったら言いに来い。…任せたぞ」
……と、防護服からも言われ、仕方なくウボォーギンとシャルナークはケイリュースを連れて―――クロロからの指示で集合場所に選んで―――この3日間滞在していた石造りの建物に戻ってきた。
3人以外誰もいない建物の真ん中で、ウボォーギンはケイリュースを抱っこしたまま器用に床に胡坐をかき、それからケイリュースを膝の上に降ろした。
シャルナークはウボォーギンの正面に足を投げ出して座っている。
「…なぁおいシャル。団長からはまだ連絡こねーのかよ?」
「うん、まだだね。残念だけど」
メールでも着信でも、とにかく連絡が入ればシャルナークの携帯はもちろんバイブも音も鳴る設定だ。
それがないのだから団長であるクロロからの連絡は当然無いということ。
しかし、一応シャルナークはポケットから携帯を取り出して画面を目でも確認する。
シャルナークのその行動を見て、ウボォーギンは「畜生、なんだよ遅ぇなぁ…」と軽く舌打ちした。
そんなウボォーギンの様子に、シャルナークはくすくすと笑いを漏らす。
「何笑ってやがるシャル」
「笑うなっていう方が無理かな〜。団長も早く来ればいいのに。てゆーかむしろ写真撮って皆に送りたいんだけどダメ?」
「ダメに決まってんだろ!!」
「ウフフ。ダメ、ないワタクシ。ナゼ?アナタ怒るのデスカ?ワタクシ、一緒アナタ、怒るのナイ。ずっと。嬉シイはチガウ?ウフフ」
「あ゛ーっ!!お前も耳元でこちゃこちゃうるっせぇな!……ったく、おいシャル!団長はまだなのかよぉ!?」
「うん、まだ」
先ほど尋ねてからまだ5分も経ってない。
ケイリュースに引っ付かれるウボォーギンの、めったに見れないような切羽詰まった感じが面白くてシャルナークはなおさら笑った。
気狂いのわりにケイリュースは良く喋るし、味方であるはずのシャルナークは困る自分を見て面白がるばかり。
不満をモロに顔に出すウボォーギンだったが、それでもケイリュースを放り出すことはしない。
豪快で豪胆な見た目に反して、ウボォーギンはその実かなり繊細で面倒見もいい方だ。
「黙れ黙れ黙れ!」とケイリュースの頭を右手でぐりぐりと押さえつけはするものの、足の悪いケイリュースを膝の上から落っことさないように、ウボォーギンの左手はしっかりとケイリュースの腰に回されていた。
「…ね、ケイリュースってなんでそんなにウボォーのこと気に入ったの?」
「おお、そうだよ!お前、なんでそんなにオレなんだよ!?」
純粋に疑問を感じたシャルナークがケイリュースに尋ねる。するとウボォーギンも、まさに「それだ!」という顔をしてケイリュースを見た。
「ナンデ?なんでは、ワタクシ、アナタ、好きだったのデスネ。好き、アナタ言うワタクシ、嫌い、言うのしたのデス。冷たい態度。
デモー、ワタクシ好き、のは違いなく、心の底ハ真実、本当だったデスネ。恥ずかシイ。ウフフ。アナタ、ハあきらめない。何度も。
ダカラ、ワタクシ、ココ。アナタのトコロ、そういう。好き」
「……どういう意味だ?シャル」
「あー…うん、ごめん。ちょっとオレにも理解不能;」
気が触れてるように見えて、先ほどからケイリュースは意外と質問をちゃんと理解して答えているような気がした。
だから、答える言葉のセンテンスが短いだけでちゃんと答えられるだけの頭はそこそこあるんじゃないかと予測を立てての質問だったのだが…。
「うーん?つまりケイリュースはウボォーに一目惚れ…的ななにかだったってわけ?」
「うげ、マジか!?なんでだよ、そんな要素ひとっつもねぇよ!」
「そこまで言わなくても;」
「ヒトレメ?惚れ?ナンデ?アナタが言うました?ヨネ?ワタクシ、好き、愛シテル、のコトバ?ダカラ迎えに来タ?ワタクシ。違うデス?」
そう言ってケイリュースは眉を下げて、ウボォーギンを見つめる。
「いや、オレぁんなこと一言も言ってねーし。迎えに行ったわけでもねーよ」
「ソウ? …? ナンデ?」
「こっち見んな」
首をかしげるケイリュースの頭を、ウボォーギンはうざそうにつまんで………何故かぐりっとシャルナークの方へと向けてきた。
…いや、こっち向けるなって。とシャルナークは思った。
「なんか記憶が混濁してる感じなのかなぁ?…ねぇケイリュース。君に好きって言ったの、本当にウボォー?違う人じゃない?
どう考えても君の言ってる『アナタ』って、ウボォーの事じゃないと思うんだけど」
シャルナークが言うには、さっきからケイリュースが言っている『アナタ』は、目の前の相手―――つまりウボォーギンを指す言葉じゃなく、『特定の誰か』を指す言葉なんじゃないか、と。
おそらくケイリュースが言う『アナタ』の部分には、そっくりそのまま特定の誰かの『名前』が入る。
ウボォーギンじゃない、『誰か』。
「なにぃー!?じゃあ、なにか!?オレはコイツに、誰かの代わりにされてるってのか!?」
「うん、おそらくね。ケイリュースはたぶんウボォーの事、ウボォーとして見れてないと思う」
「なんだよくそーっ!!めんどくせーもん拾っちまったなぁ」
「あはははっ、確かに」
「笑い事じゃねーよマジで…」
他人事のように笑うシャルナークと、めんどくさそうに頭をガリガリ掻くウボォーギン。
しかし本当に笑い事ではなかったのは、そんな2人ではなくケイリュースの方だったらしい。
気が触れているように見えて、2人の言っていることを理解する頭があるだけに、ケイリュースの混乱ぶりは相当なものだった。
「うぅ…、チガウ?違う…、ナンデ?う…う…。アナタ、違うナイデス?ワタクシ。アナタ嫌い、の、ダッタ。でも、違う。デモー、ワタクシ、好き、アナタ。
ダカラ言う、アナタ。ハ、何度、モ…。ワタクシ…うぅ、うー、……イタイの……アタマ…」
「ん?」
「あ?どうしたよ?」
苦悶の表情で頭をフルフルと振ったかと思ったら、ケイリュースは突然「かはっ、くは、」と咳込み始めた。
咳込んだ後何かをもぐもぐ咀嚼して―――舌を出して、長細い糸のようなものを吐き出した。
オーラをまとった、妙な髪の毛。
防護服が見せてくれたアレと同じ。
一見するとテグスのような、白っぽい薄紅色のそれはおそらくケイリュース自身の淡いストロベリーブロンドの髪の毛だ。
「…なにこれ。今これ食べた?ケイリュース」
「……ぅう?食べた?食べたの、ワタクシナイヨ?…ウフフ。刺すのシタデス。ワタクシ。から食べた。おいシイ。ウフフフ」
「まるで意味がわからねーよ。なんなんだよお前。完全に電波じゃねーか」
「デンパ?」
「……あのさケイリュース、ちょっと口の中見せてくれる!?」
「ナンデ?…うぅ?…イヤッ!う、ん…アー」
「お、おいシャル?;」
嫌がるケイリュースをウボォーギンの胸板に押しつけるように抑えつけて、シャルナークは有無を言わせずケイリュースに口を開けさせた。
………ごっそり髪の毛飲み込んでるんじゃないかと思っての行動だったが、ケイリュースの口の中には特にそれも見当たらず。
強く抵抗されたので、早々にシャルナークはケイリュースを離してあげた。
「なんだよシャル。どうしたんだ急に?」
「いや…。防護服がさっき見せてくれただろ?この髪の毛と同じものがケイリュースの脚の傷からも出てきたって。
だから操作系の念能力かなにか…影響を受けてるんじゃないかと思ったんだけど…」
シャルナーク自身が操作系の念能力者だったせいか、最初からシャルナークは疑いを持っていた。
ケイリュースのこの狂い方に、防護服が見せてくれたケイリュースの体内から出てきたというオーラを纏った髪の毛。
ケイリュースは誰かに―――――いや、ケイリュースの体内から出てきたのは『誰か』の髪の毛じゃない。
ケイリュース自身の、ストロベリーブロンドの髪の毛だ。
……だったらもしかしたら。
「…ねぇケイリュース。君、自分で自分の事操作したんじゃない?」
確信を持った目で、シャルナークはケイリュースを見据える。
…ケイリュースも念能力者だった。そしてその系統は多分、自分と同じ操作系。
そう思い至った瞬間にシャルナークは、ケイリュース自身の髪の毛を吐き出した現在のケイリュースの状況を、ほぼ完璧に近い形で理解するに至っていた。
問われたケイリュースは少しの間、きょとんとしていた。
そしてシャルナークの言葉を頭の中で反芻したのか、ニイッと笑った。
そして、答える。
「操作。…ウフ。操作?……ソウ。ワタクシ、操作スル、シマシタ。ワタクシ」
「…やっぱり」
「そう。操作。ワタクシ。大事なヒト守るのしたかったワタクシを。ボス。ソウデス。ソウダッタ。操作。ウフフフ」
背中を丸め、クスクスと肩を揺らしてケイリュースは笑う。
何か通じ合ったらしいシャルナークとケイリュースだったが、ウボォーギンはその中で1人、理解の半ばにいた。
「…なんだよ。つまりどういうことだ?シャル」
「うん。つまりケイリュースは、何かしらのトラブルで―――たぶん脚に銃弾を受けたことだと思うけど、動けなくなった自分を操作したんだ。きっと今言った、『ボス』を守るために。
そうして自分を操作して…、トラブル回避したはいいけど何らかの理由で能力解除ができなくなったってところじゃない?
……あ、トラブルは回避できなかったのかもしれない。こんな所に棄てられたわけだし」
「あ…、おお…なるほど」
シャルナークの説明を聞いて、ウボォーギンもやっと状況を理解できた。
そしてケイリュース自身も、シャルナークの意見を肯定するように笑って頷いた。
「そう。ワタクシは、それ、その言う通り。ワタクシ。操作シタ。失敗した。ウフフ……」
笑って言ったケイリュース。
しかし突然、それまで顔に張り付いていた無邪気な笑顔が掻き消える。
ゆらりと顔を上げ、ケイリュースはうつろな瞳でウボォーギンの顔を見つめ、ゆっくりと思い出すようにして口を開いた。
「そう。…そう、だ…った。わたくし、は…、私(わたし)を、拾う、してくれた、大恩あるボス、に、恩返しをしたかった…。
だけどあの日私は失敗した私は、私は、侵入者を許し怪我動けない私、は、ボスを窮地に追いや、った、その場の警備、責任者はわたくし、の、失敗、は死、されるから私…。
でも何より私は何よりボス守りたかった、なのに私は、失敗した、失敗した失敗しだから私は動かないワタシの身体に刺した、刺した刺し刺し入れた、操作スル髪の毛の、糸の針のピンクメドゥシアナ、わたくしの」
淡いピンクブロンドの髪を揺らし、ケイリュースは捲し立てるように言う。
どこか一点を見つめる濃いピンク色の瞳は、ウボォーギンやシャルナークの方を見てはいたが、肝心の2人とはどうしても視線が合わなかった。
「それから、ワタクシは…殺し、タ、デスネ…。わたくしは…ワタクシの敵…。殺し、食、オイシかっ…。
ボス、アナタ、ミンナ、ワタクシ…怯え、目…見て、銃口クルの、わたくし…守りたかった人の、から……、死、スルの…コト…めいれ…い………悲シ」
どこを見ているかわからないケイリュースの視線が、言葉とともにゆっくりと下へと降りたと思ったら、そのままケイリュースは動かなくなった。
「……ケイリュース?」
いつの間にかケイリュースは、その形の良い鼻からボタボタと鼻血を垂らしていた。
目はうつろに伏せられ、口は半開きのまま。
壊れた人形のように、ケイリュースはうつむいたまま微動だにしない。
「おい、ケイリュース…」
「あ、待っ…、止しなってウボォー!」
ケイリュースの肩に手を伸ばしたウボォーギンを、シャルナークが反射的に咎めた。
しかしシャルナークの制止の声と同時に、ウボォーギンの手はケイリュースの肩をゆすってしまう。
それにビクンと反応したケイリュースは、その小奇麗な表情を獣のように歪め、突如としてウボォーギンの肩に噛みついてきた。
「うおっ、なんだ?」
「ウボォー!?」
「…いや、大丈夫だ。別に何ともねーよ、心配すんなって。ちょっと驚いただけだ。こっちはこんなへなちょこ能力者の噛みつきなんざ皮膚も通りゃしねーからよ」
「そ、そう。それはよかった;さすがは旅団イチの鋼の肉体を持つ男」
「まあな。けど能力者以外の奴らにゃ十分脅威になると思うぜ。相手がたとえマフィアでもな」
「だろうね…」
たとえへなちょこでも、ケイリュースは念能力者。
能力者でない者たちがこの狂った能力者を相手取ろうと思ったら、上級の魔獣駆除・掃討レベルの戦力がいるだろう。
コイツに銃口を向けた連中の何人が、コイツの口に食われたのか。
「しかし、てめぇを捨ててでも守りたかった連中を、結局てめぇで殺して食って、最期にゃ追われて棄てられて…か?救えねーなコイツも」
「…可哀想かもしれないけど、『ボス』にしたら組織の中のたかが兵隊1人。除念師を探し出して能力解除させるだけの膨大な費用と労力を考えたら、首挿げ替えた方が早かったってことじゃない?
……それと、殺して食ったのは仲間の事じゃなくて、たぶん侵入者の事だと思うよ?」
「そーか?お前立派な通訳になれるぜ、シャル」
「うーん…、なんかあんまり嬉しくない」
「まぁその辺はどーでもいいぜ。興味ねーし。つーかお前も、なんもしねぇからそろそろ離せよ」
ケイリュースが噛みついたままの肩をゆるくゆすったウボォーギン。
強張った背をポンポンと軽くタップしてやると、ケイリュースは噛みついていた口をゆっくりと離した。
そして詫びのつもりなのか、ケイリュースは噛んだ場所をペロペロと舐め始める。
後編(えろ)へつづく
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すもも