「グラスという男についてはわかった。…ケイリュース。ところでお前の『ボス』というのはどいつなんだ?」
「う、う…?ボス?」
シャルナークとウボォーギンがやり取りする間に椅子から降りたクロロが、ケイリュースの肩を抱き、自らの方に引き寄せて間近に問うてきた。
自身とも混同された男がどんな人物なのか、単純に気になった。
だからクロロはケイリュースの前に再び社員リストを呼び出して、キーボードの下キーを押した。
目の前でスクロールしていく写真群をその瞳に写しながら、ケイリュースは『ボス』についてを語る。
「ボス。ボスは、ワタクシの好き。ウフ。ワタクシ、を拾うしました。キズナ、裏切るサレルばかりのワタクシ、誰も信じナレナイワタクシ。ボス、はズット、愛すのスル言う、ワタクシ。甘いのコトバ、優しいのコトバ、囮スルワタクシ、ツライ、大変。怪我シタの、褒めてねぎらう、暖かい手、ワタクシ、を抱クしてクレル。力強いの、素敵。
ワタクシ、ボス、優しいボス、大好き…。ズット一緒欲シイ、大事の、ワタクシの大事、のヒト…」
今までの怖れなどどこへやら。打って変わって恋する少女のような顔でケイリュースはうっとりと言う。
壊れているから仕方ないかもしれないが、ずいぶんと思考は瞬間的で感情は不安定なんだな…、とクロロはそのケイリュースの横顔を見て思った。
「デモ…」
急にケイリュースの表情が曇る。
先を促すように、クロロは訊き返した。
「…でも?」
「ワタクシ、心はいつも優しいボス、好き。それは本当。デモ、デモー、心の底は、真実は…スレイ、好き。
それは、ワタクシが、ワタクシが…、ボス…のコト…ボスの…ボスの……………ナンダッケ?」
「知らん」
突然ケイリュースが目を見開きキョトンとした顔で見てきたので、クロロは珍しく口をへの字に曲げて汗を垂らした。
「ナニ?覚えるシテナイのワタクシ?ボス、は、好きデス。ワタクシ。デモ、ワタクシは知ってイタ。ボス……ボスが………、ワカラナイ。知っているの?ナニをデス?
ワタクシは、ボスは…、優しいボス……デモ、ボスは、ワタクシ…………うう」
それ以上先の言葉が出てこずに眉根を寄せてぶつぶつと睦言を繰り返すケイリュース。
同様の話を昨日シャルナークが聞いたとき、シャルナークはその言葉の先に別の答えを導き出したのだが―――
ケイリュースの事をまだほとんど何も知らないクロロは、「そういえば棄てられたんだったな…」とケイリュースの様子からショックの度合いが深いのだと解釈した。
「もういい、」とクロロはケイリュースの肩を抱いていたその手で、落ち着かせるようにケイリュースをポンポンと叩いて撫でた。
―――もうこの流星街に棄てられた身だ。むやみに混乱させる必要はないかと思い、クロロはキーボードから指を離す。
困ってこうべを垂れるケイリュースにそれ以上のことを訊くことはなかった。
「…ア!コレ!!」
「…うん?これがお前のボスか?」
ふと顔を上げたケイリュース。それまで困って泣き顔だったのが、急に明るい表情になった。
そしてケイリュースは画面にたまたま表示されていたリストの中の1人を指さした。とても唐突に。
―――無理に言わせる必要はない、とは思うが興味があったのは事実だ。
『ボス』という割に別段リストの中で区切られているわけではないのを少し疑問に思いながらも、クロロは指さされたその画像をクリックしそれを画面に大きく引き伸ばした。
ウェーブがかった長めの黒髪を後ろに撫でつけた、こちらもグラスと同様体躯の大きい男だった。
シャルナークとウボォーギン、シズクも、ケイリュースの声を聞いて再び画面に注目する。
「…ああ、これ違うよ。ボスじゃない」
「何?」
一足早くケイリュースから同じ話を前日に訊いていたシャルナークが、画像を確認して言う。
「そう。ボス違う。デモー、これ、『アナタ』。ワタクシの秘密。心の底想う、好きのアナタ。…………スレイ」
「なんだよ、これがケイリュースの言う『アナタ』って奴か?……って、全然オレに似てねぇじゃねーかよ!おいケイ!?」
「くふっ。そうなんだよ、体でかいところぐらいしか似てないんだ。笑うだろ?」
どっちかっていうと雰囲気はウボォーよりも団長似?とシャルナークは口元を押さえて肩を揺らす。
「…別に見てくれだけが男の価値じゃないだろ?この男の性格や本質がウボォーに似てるのかもしれないし…。特にケイリュースは壊れているしな。
理屈じゃない、直感的に感じた何かがウボォーとこの男を結びつけたのだろう」
「おお、さすが良い事言うな団長」
じっと画像を観察しつつ言うクロロを、ほらみろ、とばかりにウボォーギンは指さした。
ちぇー、と零してシャルナークは失笑をウボォーギンに詫びる。
クロロが「どうなんだ?」と訊くと、ケイリュースは画面を指さしたままでニコニコと楽しそうに画像の男についてを語りはじめる。
「ウフ。そう。見た目、は男違いマス。中身ダイジ。これ、は、アナタ。そう。ワタクシ、好きのアナタ。スレイ。
スレイ、は言うマス。ワタクシ、を見て。ワタクシ、好き。愛シテル、のコトバ。強い瞳、好き。
……ダカラワタクシ、はアナタ、トキドキ逢引き、シマシタ。ホテル行クの。そこで逢う、待ツ、合わせる。楽しいの、ワタクシのココロ。イチバンスキの時。ウフフ。でもダメ、表出すシナイ、ダイジな秘密デス。ボス、内緒。悲しむサレル。グラス、内緒。殺すサレルシマス。…アナタ、にも教えないワタクシ。それはでも、グラス怖いと違う。
ワタクシ、はキモチ装う、楽しいのキモチ、嬉しいのキモチ、好きのキモチ。デモ、ソレはキライ違うの。コワイ違う。…恥ずかしいカラ。スレイ、は戸惑うのスル、オカシイデス。誘うのアナタなのに。言うのスル、アナタなのに。ウフフフ。そんなアナタ、見るワタクシ、一等楽シイ。
ダカラ隠す、ワタクシは、ワタクシの気持ち。イツモ、態度、そっけナイのする、ワタクシ。デモ誘い、は乗る。ごくまれの、身体ダケの関係。ワタクシの気まぐれ、を装うのワタクシ。デモ、デモー、本当は、心の底は、真実…、は…、アナタ好き…」
クスクス、と小さく笑うケイリュース。
楽しそうに言った後で、突然ビクッとしてぱっちりと見開いた目をクロロに向けてきた。
「……なんだその顔は?」
「アゥ、うー。ゴメンナサイ、今、言うのシタ、秘密してクダサイ。ごめん、大事の秘密、ダカラ内緒。ダレにも言うの、シナイお願い、恥ずかシイから、ワタクシ。お願い、お願い。内緒。シテ?お願イ」
クロロの胸に縋り付いて、ケイリュースは泣きそうな顔で必死に請う。
情緒が不安定すぎて疲れるな…とクロロはため息をついた。
「ふーん…、なーるほどね…」
クロロに縋るケイリュースを見て、シャルナークがそう呟く。
ちゃんと問えば、おそらくケイリュースは覚えている限り、思い出せる限りの事は何でも答える。
シャルナークは最初ケイリュースの話を聞いているだけで、聞いたことを自分の中で整理し結論付けてあまり訊き返したりはしなかったので、1人でケイリュースの事を調べていた時にはこれほど多く話を聞くことはできなかった。
団長、うまいなぁと若干感心しながら―――シャルナークは意地悪な笑みを口元に浮かべた。
そして釈然としない様子でケイリュースを見下ろしているウボォーギンをちょんちょんとつつく。
「最初ケイが言ってたのってこういうことだったんだね?ケイを好きって言った『アナタ』。逢引き相手だってさ。ウボォーはどう思う?」
「別にどうも思わねぇよ」
とは口で言いつつも、顔はむすっとして機嫌は悪そうだ。
「ははっ。…あーあ。怒らせちゃったぞ、ケイ?どうする〜?…っていうか君も本当小悪魔的な、いい性格してたもんだよね。ボスは好きでスレイってのも好きで、なのにそっけなくして誘いには乗ったって?」
「うう?コアクマ?ナンデ?怒りマス?ナンデ?ワタクシ、はワタクシ秘密、秘密シテ欲シイのダケ。恥ずかシイの。言わナイする、ナラ怒るナイデス、ワタクシ。だからお願イ。内緒してクダサイ」
手を合わせて、困った顔でシャルナークを見上げるケイリュース。
話が噛みあわずにシャルナークは笑う。
「ぶふっ…。違う違う。ケイが怒るんじゃないってば。怒ってるのはウボォーだって」
「だから怒ってねーし、そんなんじゃねぇって言ってんだろシャル!しまいにゃ殴るぞお前」
「あはははっ。やめてくれよ、ウボォーに殴られたら潰れちゃうって」
拳を掲げるウボォーを見て、頭を隠しつつシャルナークは跳ぶように逃げた。
ニコニコと笑うその表情は、間違いなくからかっている時の顔だ。
「…気分わりぃ」とつばを吐き捨て、ウボォーギンは結局建物を出ていく。
それを見てシャルナークは「…ヤッバ、本気で怒らせちゃったよ」と頭を掻いた。
「今のはお前が悪い」とクロロにも言われ、「ゴメン」と調子に乗りすぎたことを反省する。
「えーっと、つまりケイは『ボス』が大好きで、『グラス』が怖くて、『スレイ』って人は隠れて好きだったの?ウボォーの事はどう思ってるんだろ?」
「……お前は相変わらず空気読まないな、シズク…」
若干呆れたようなクロロの声。
「え?だってそこ、今一番大事な事じゃないですか?」とシズクは首をかしげる。
「…そうだね。ケイはウボォーの事どう思う?今でも、スレイって奴と似てるからウボォーの事好きなわけ?」
シャルナークがシズクに追随するように頷いて、座るケイリュースを見下ろす。
お前まで何言ってる…、とクロロがさらに呆れた表情になった。
何故今こんなところで恋バナ?とその顔が言っていた。
「ワタクシ?ウボォーギン?…そう。好き。ソウ。スレイ似てたから、は最初。でも違ッタ。アナタ、ウボォーギン、は、チャンとウボォーギン、デス。
グラス戦う、言った、勝つ言った、スゴイ。ワタクシ、は言いマセン。グラス怖い。足音、ワタクシ、グラス影、おびえる。グラス、ワタクシのカイヌシ。怖いデス。ワタクシの悪い、すると刺さるレル。斬るサレマス。イタイです。ダレも勝つの、出来ない、言うナイ、ダレも。スレイも、言うシマセン。
でもウボォーギンは、言うマシタ。スゴイ。嘘のコトバ、でもウレシイ。本当は無理、なの知っテイルの、でも、言う。強いヒトミ。ワタクシを見た、光。ワタクシ、をココロ、チャンと見るの、言うシタ。ウボォーギン、ワタクシの好き、はもっと好きマシタ!大好き!」
「…すっごいノロケ」
「あはは。だなー。……でもケイ、一つだけ訂正。ウボォーはあの時、嘘を言ったわけじゃないよ。本気で勝つ、そのつもりで言ったんだ。
実際そのグラスっていう奴にも勝つだろうし。ウボォーはすごく強いから大丈夫」
くしゃりとケイリュースの頭を撫でて、シャルナークはにっこりと笑ってみせる。
シャルナークを見上げるケイリュースの表情がパァッとさらに明るくなった。
「ソウ?そう、ならワタクシ、本当!心の底の真実、に隠シしなくても、ワタクシ嬉しいの気持ちタクサン!全身!ココロいっぱい好き!嬉しいデス!ウレシイ!」
ぶんぶんと両腕を胸の前で上下に激しく振ってケイリュースは満面の笑顔で言う。まるで小さな子供のようだ。
「あっはははは!興奮しすぎだってば、ケイ。また鼻血出さないでくれよ?」
こらえきれずにシャルナークは吹き出す。
クロロはまったくついていけず、呆れた顔で3人を見ていた。
「…う?うぅ……?アナタ、ウボォーギン。は、どうしたデスカ?ドコ行ったデス?ドコ…居ないデス…?ナンデ?」
突然きょろきょろとケイリュースはウボォーギンの姿を探し始める。
あんな分かりやすく出て行ったのに、気づかなかったのか。それともこの一瞬で忘れたんだろうか?
そんな事を思いながら、シズクは寂しそうな顔をするケイリュースの両手を握って答える。
「ウボォーは多分昔の寝床だと思うけど。…連れてってあげようか?」
訊くとケイリュースはにっこり笑ってコクコクと頷いた。
「そう。ワタクシ、は一緒。アナタ、ウボォーギンと一緒が良いデス。連れるのスル、シテ欲しい、シズク、ワタクシ」
「そっか…。ケイはホントにウボォーが好きなんだ?じゃあ、あたしが連れてってあげる」
表情に乏しいがどことなく楽しそうな顔でシズクは立ち上がった。
そして次にケイリュースを立たせようとその手を引く。
プルプルと怪我した脚を震わせてケイリュースはシズクの手を支えにゆっくりと立ち上がる。
そうして立ち上がって、10pは身長の違うシズクの首元にぎゅーっと抱きついた。
そんな格好で歩き出そうとしている2人を見て、シャルナークは心配そうに声をかける。
「…シズク、無理するなよ。オレが連れてくってば」
「え、だってシャルが行ったらウボォー怒らない?」
「ついでに謝ってくる」
「あ、そっか」
じゃあお願い、と自身の首元に抱きついているケイリュースを引きはがし、背中を向けしゃがむシャルナークのその背に渡した。
「じゃあちょっと行ってくるよ」
「うん、よろしく」
よいしょ、とケイリュースを背負って立ち上がったシャルナーク。
そのまま、わりと軽い足取りで建物を出て行った。
「…ケイ、身長小さいかと思ってたのに、案外大きかったです」
抱きつかれていた首をくきくきとひねりながらシズクがクロロの近くへと戻ってくる。
「ああ…。ずっと座ってたし、動画やなんかでも周りが皆デカかったからそう見えたんだろう。それでもそんなにあるわけじゃないぞ?170あるかないかだろう?」
シズクの身長とその身長差から計算して、ケイリュースの大体の身長を割り出すクロロ。
しかし言う間もその視線はずっとパソコンの画面に向けられていた。
タッチパッドとキーボードを操作して、シャルナークが整理して用意していたいくつかのファイルを漁っている。
「ウボォーと仲直りできるといいんですけど」
「その点は大丈夫だ。手は打ってある」
「…いつの間に?なにやったんですか?団長」
「そのうち分かる…が、まぁお前は知らなくてもいい。あとはシャルが上手くやれば…、いや、あいつは言わなくても上手くやるか」
「え?」
「なんでもない。…ところでシズク」
「何ですか?」
「ケイリュースの言う『ボス』というの、見つけたぞ。…見たいか?」
「全然興味ないです」
そっけなくそう言って、シズクはシャルナークとケイリュースが出て行った建物の出入り口をずっと眺めていた。
真っ暗な夜空に、星の小さな光が良く映える。
周りに明かりが少ない流星街から見える星空は、まるで幾千の宝石をちりばめたように美しい。
星空の下、形成される黒い山脈のどれもが大量のゴミの山とは思えないほど、流星街の夜はその名の通りに美しかった。
クロロ達の居る建物からはだいぶ距離の離れた―――彼らが「廃バスの森」と呼んでいる、流星街にいくつかある集合場所の一つにウボォーギンは居た。
ずらりと並んで廃棄されているバスに乗り込み、割れた窓から吹き込む雨風で薄汚れた後部座席に、そのまま寄り掛かるようにして寝そべっていた。
しかしふと気配を感じ、ウボォーギンは目を開ける。
「……ウボォー」
と呼ばれて顔を上げると、ケイリュースを背負ったシャルナークが窓の下からこちらを見上げている姿が目に入った。
「アナタ、ウボォーギン。イタ!本当!」
嬉しそうな顔で自分を指さしてくるケイリュース。
それを見てウボォーギンはチッと舌打ちを漏らした。
「……何連れて来てんだよ。またオレで遊びに来たのか?シャル」
「違うよ。さっきはオレが悪かったって。ケイがどうしてもウボォーに会いたいって言うからさ。連れてきた」
そっち行くよ、と入り口に回って、シャルナークはバスの中へと入ってくる。
入り口からシャルナークの姿が見えるまでの間にウボォーギンは座席に完全に身を起こして、腰かけたままそれを待った。
「…ごめんウボォー。オレは本当に悪かったよ。でもケイは悪くないんだ。本当に本気でウボォーの事好きなんだよ」
「そう。ソウ。ワタクシ。アナタ、ウボォーギン好き。強いの事言うアナタ、好き。離れるしたくナイデス。…ナゼ怒るのスルシマスカ?……ワタクシの悪い…?」
「…別に怒ってねぇよ…」
正面、間近に立ったシャルナーク。そのシャルナークに背負われながら悲しげに眉を下げるケイリュースの頭を、手を伸ばしてくしゃくしゃと撫でた。
するとケイリュースは心底嬉しそうに笑って、ウボォーギンの手に懐いた。
…壊れて棄てられたケイリュースが嘘なんて器用なこと言えないのはわかっている。
シャルナークの背の上から、ぱたぱたとウボォーギンに向けて両腕を伸ばしてくる笑顔のケイリュースを「しょうがねぇな」と抱き上げた。
「…悪かったな、シャル」
「はは。いやだから悪かったのは、からかったオレの方だってば。ケイは強いウボォーが好きなんだ。話、ちゃんと聞いてやってよ。
…ね、ケイ?さっき言ってたの、ちゃんとウボォーにも教えてやんなよ?大事な事だから。わかった?」
そう言ってシャルナークはウボォーギンの膝に座って懐くケイリュースの頭を撫でた。
ケイリュースはまるで「了解した」とでも言うように、目を細めて何度か軽く頷いた。
それを見てシャルナークは「じゃあオレは行くから」と、手を振ってバスを降りて行った。
シャルナークの気配が遠のくまでの間、バスの中はずっと静かだった。
こんな気狂いに好きとか言われてもな、とケイリュースを見下ろしてウボォーギンはカリカリと頬を掻く。
ケイリュースは何が面白いのか、ウフフ、と漏らして嬉しそうにウボォーギンの肩から垂れさがる毛皮を撫でていた。
「……おい、ケイリュース」
「…う?」
トボけた笑顔を浮かべ、濃いピンク色の瞳がウボォーギンを見上げてくる。
「お前、オレが好きだって?…でも、お前はスレイって野郎のが好きなんだろ?」
訊くと、ケイリュースはニィッと目を細めてさらに笑う。
「ソウ。ワタクシ、スレイ好き。ソレは本当、デス」
「だったら…」
オレはそいつの代わりだろ?と言いかけるウボォーギンだったが、ケイリュースの口の方が先に続きの言葉を紡いでいた。
「―――デモ、最初は大嫌いデシタデス、ワタクシ、スレイ。否も応ナイ、力づく、で寝るサレタカラ。イヤイヤしたワタクシ、痛イくて苦シイくて、タクサン泣いた、許し請うワタクシ、見下ろしテ。絶頂スンゼン、得意なの顔シタ男…。
囮のワタクシ、守るのスレイ。信じるの、頼るシテタワタクシ、馬鹿デス。嫌いナッタ。ものスゴク嫌悪シタ」
心底嫌そうにしかめ面を見せて、悔しそうに親指の爪を噛むケイリュース。
しかし次にはまた顔を上げて、ケイリュースは笑った。
「デモー、それから毎日毎日、スレイ、口説クのシテくる、シマシタ。順序、逆なのデ。ワタクシ笑ッタ。とても笑った。アッケにとられるの顔、スレイ、面白カッタ。ウフフ。
ソレカラもー、毎日毎日、アナタは、ワタクシにアイ、囁くシマス。ワタクシ冷たくシタ。嫌悪の態度、崩すナイワタクシ。デモ本当は嬉しい。楽シイ。そんなことスルの、してクルの、アナタしかイナかったから」
そう言って思い出すかのようにケイリュースは背を丸めてクスクスと肩を揺らしていた。
「ほらな、」とウボォーギンは冷めた目でそんなケイリュースを見ていた。
ケイリュースはそのまま少しの間笑っていたが、途中でそれはピタリと止まった。
顔を上げ、うっとりとした表情でウボォーギンを見て、今度は体を横にゆらゆらと揺らす。
「…デモ、デモー、ワタクシ、ウボォーギン好きのキモチ、ハもっと。タクサン。グラス勝つ言うアナタ、ウボォーギン、モット好き。たくさん好き。ウフフ。
だから離れないデ。ヒトリ嫌…。ワタクシ、もう棄てないで。ウフフフ」
「だからよ……」
「大丈夫の。ワタクシはもう、スレイ言いマセン、もう。…スレイ、はワタクシ、棄てマシタ。あんなに好き、言うアナタ…。なのにワタクシは落ちた。悲シイかった、ワタクシ…。スゴク。
でもウボォーギン、ワタクシ拾ったデスネ…。抱ク上げるのシテくれた。ウボォーギン、はスレイ違いマス。ワタクシ、の怖いグラス、デモー、アナタ、ウボォーギン、グラス倒す言う、勝つ言うもシマシタ。嬉しいデス…。スレイ、は一度もそう言うシナイカッタ…。
ダカラもっと好き…。スレイより、ズットいっぱい一緒欲しい…」
そう言ってケイリュースはぎゅうっとウボォーギンの胸板に抱きついた。
「おい…」とウボォーギンは眉間にわずかにしわを寄せて、身を反らす。
だがケイリュースはますます頭をウボォーギンの体に擦り付けてくる。
「ワタクシ、はもう言いマセン。スレイ好き、ボス、も言いマセン。ダカラ、ウボォーギン、アナタ、もグラス倒すなのもシナイ良い、言うナイ、シナイでイイデス。
ワタクシ、新しい世界きた、アナタ、ウボォーギン、ボス、ダンチョー。シャルナークもシズク、もイルの世界。新しいの。来れた、のは?棄てラレタから。棄てられたケド、ワタクシ、デモ、デモー、今はアナタいるから。ウボォーギン。好き。ワタクシ、アナタ好き…」
「………」
「ウボォーギン、はワタクシは好き、チガウの?カモ。デモ、ダケド、デモ、ワタクシ、はお願イ、スルです。ワタクシのそば、いる、してくれるだけでイイデス。
心の底、は…真実、は……嫌い…は、本当…は、嫌デス…。デモ、嫌いでも良いデス…。デモ、デモー、そばに居てクダサイ…。棄てないで…。冷めるのスル、しないデ…。
ワタクシ、もうヒトリ嫌…。離れないカラ。ズット一緒が、ワタクシ、嬉しいデス…。スレイは、もう言わないカラ、もう。ダカラ離れないで。棄てないで…。一緒してクダサイ…。ワタクシ、を…、ヒトリ、もうしないで……」
また顔を上げたと思ったら、今度は濃いピンク色の瞳からぽろぽろと涙を零していた。
ひっくひっくとしゃくり上げて、ウボォーギンの胸に縋る。
華奢な身体に手を添えると小刻みに震えているのがはっきりとわかった。
ウボォーギンはゆっくりとケイリュースの身体を引っぺがして顔間近に抱き上げ、そのケイリュースの泣き顔をわざわざ覗く。
ウボォーギンの鋭い三白眼と、ケイリュースの涙で潤んだ濃いピンク色の瞳がかち合った。
「……よお、ケイリュース。……ケイ」
「う…、ケイ…?ケイは、ワタクシの名前…、デス。ワタクシ、ケイリュース…。デモー、ケイ、もワタクシ。らしデス。…ナニ?」
まばたいて、ポツリと涙を落とすケイリュース。ウボォーギンの頬に落ちたそれは、まだわずかに暖かかった。
「…悪かったな。お前可愛いぜ。すげぇキた。…抱かせろよ。オレが忘れさせてやるぜ?スレイって奴の事」
そう言うと、それまで悲しげに伏せられていたケイリュースの瞳がみるみる光を取り戻した。
本当に嬉しそうに喜んで、ケイリュースは再び…今度はウボォーギンの首にぎゅっと抱きついた。
「…本当?本当?嬉シイの気持ち。ワタクシ。トロけそう。うん。…ウン!ワタクシ、アナタ好き。ウボォーギン、好き!大好き!抱クのイイ、シテ欲しい!」
「はしゃぎすぎだろ、馬鹿」
泣いた顔がすぐに笑う。
変わり身の早さが面白くて、鼻で笑ってしまった。
後編(えろ)つづく
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後編はまたウボォーと
すもも