〜〜♪
決して華美ではないが質素すぎるわけでもない。
可もなく不可もなくといった風情の、とある町での長期滞在用のホテルの一室。
カーテンの合間から明るい朝日が差し込むその光の中で、1人掛けのソファの上に投げ置かれていた携帯が軽快な着信音と共に振動していた。
「はいはいはい…っと…」
音を聞きつけてガチャリとバスルームの扉を開けたのは、深紫の下着の上にバスローブを羽織っただけの姿のパクノダだった。
洗ったばかりなのか濡れた髪を清潔なタオルで拭きながら、パクノダは携帯の元へと向かう。
しかしパクノダが携帯を拾い上げるその一瞬前に、軽快な音と振動が途切れた。
着信にしては短いコール音で切れたそれは、電話かと思ったがどうやらメールのようだった。
携帯を拾い上げ、誰からのメールかを画面で確認する。
「………団長…?」
…直接メールだなんて珍しいわね、仕事かしら。と呟きつつ、パクノダはメールの中身を見る前に、カウンターテーブルまで戻ってインスタントコーヒーの瓶に手を伸ばした。
カップに粉と湯を注いで、それを手に再びソファまで戻る。
そして下着姿のままパクノダはソファに腰掛けてその長い足をすらりと組んだ。
完全なくつろぎスタイルに突入しつつ、片手に持ったコーヒーのカップに口をつけながらパクノダはいつものように『団長』―――クロロからの一斉送信らしいメールを開封する。
しかし仕事かと思って真面目に読んだ肝心のメールの内容が、
『ウボォーが男とつがいになった』
とかいう文句だったので飲んでいたコーヒーを盛大に吹き出してしまった。
「…ん」
パクノダが滞在している街とは全く違う場所で、クロロは小さな文庫本を片手に朝食を摂っていた。
テーブルの片隅に置いた携帯が、音もないままブルブルと振動して動く。
画面を確認するとそれはパクノダからの返信だった。
『何よ今のメール!!私のリラックスタイムになんてもの送ってくるのよ!!ヽ(`皿´メ)ノ』
……お怒りのようだ。
返信しようとしたら、画面が勝手に切り替わり別のメールの受信を知らせてくる。
『イミフ』
『仕事だと思ったのになんだこれww何が起こったんだよ詳しく説明しろwww』
フィンクスとノブナガからのメールを連続受信した。
…こいつらは反応を裏切らないな、とクロロはクスリと笑みを零し、しかしまずはパクノダからのメールに返信することにした。
「………なによ。つまり"ホーム"の新しい住人に手を出したってわけ?しかも男?…呆れた。あいつそんな趣味あった?」
まだ生乾きの髪をかき上げながら、嫌悪感をにじませた声でパクノダはクロロからの返信メールに対してそう零す。
その、あれだ。
ゲイ雑誌やホモ雑誌に載っているようなまさにそういうマッチョタイプの男が相手に思い浮かんでしまって。
……しかもあのウボォーと?あり得ないわそんなフケツなカップル。絶対見たくない。
ていうかむしろそんな気色悪い事実、知らせないで黙ってて欲しかった。聞いたら嫌でも想像しちゃうじゃない!汚らわしい!!
と、パクノダは身を丸めて、ゾワリと総毛立った腕をこする。
『いや違うぞ。お前たぶん変なモノ想像してると思うが違うからな。
見た目すごく女みたいで線の細い、可愛らしい感じの男だ。パッと見、逆に「なんでついてるんだ」と思うくらいだぞ』
『何よそれ。すごい上等のオカマってこと?』
『いや、オカマとは少し違うな。むしろアレだ。男の娘という奴だ』
『全然言ってる意味わからないんだけど!そこまで言うなら画像の1枚でもとっとと送ってきなさいよ』
『それが中々ガードが固くてな。いろいろ面白いモノも一度は撮れたんだが、結局ウボォーにバレてオシャカにされたんだ。だからとりあえず暇ならホームに来い。絶対に一度は見ておいた方がいい。かなり面白いぞ。ウボォーが』
「……ゲテモノ食い」
一言そう呟いた後、パクノダはそれ以降クロロのメールには返信せずにソファに携帯を投げ捨てた。
面白い…って、ウボォーが男とカップルになったとかそんなエゲツないものをわざわざ見に来いだなんて団長も趣味が悪すぎる。
そんな気色悪いもの観察して何が面白いのか。本当にありえない。
「あー、寒っ。もうさっさと忘れて朝食にしましょ」
再び鳥肌の立った腕をごしごしこすりながら、パクノダは部屋に備え付けの簡易キッチンの方へと歩いていく。
ソファに放置されたパクノダの携帯に、添付ファイル付きの追加メールが届いたのはその10分後だった。
朝日にさえずる小鳥に代わり、流星街ではカァカァというカラス達の大きな声が住人達に朝の到来を告げる。
蜘蛛達の集合場所の一つである石造りの建物の中には今現在、床に胡坐をかいて座るシャルナークとウボォーギン、そしてウボォーギンの体にもたれて幸せそうに眠りこけるケイリュースの姿だけがあった。
シズクは当番の持ち回りで朝食の調達へと出かけ、クロロはというと8日ほど前に「ちょっと出てくる。すぐに戻る」と言い残してここを出て行って―――それ以来今日まで一度も戻って来てはいない。
盗んできたあのピンクダイヤもクロロと一緒に姿を消していたから、もしかしたら飽きて売り払いに行ったその足で、また別の獲物を探しに出たのかもしれない。
『蜘蛛』の面々にとってはこの流星街が確かに"故郷"であり"本拠地(ホーム)"……ではあるのだが、こんなゴミ溜めよりももっと居心地のいい場所は"外"には山ほどあるわけで。
獲物を追って、または流れるに任せて。
あちらこちらへ拠点を移しては、何年も流星街(ここ)には帰らないことだってザラだ。
今頃はきっとこの流星街から遠く離れた別の街で、好きな本でも読みながら優雅にコーヒーなど飲んでいるのではないだろうか。
今までの経験から『団長はもうしばらくは戻ってこないな…』とシャルナークは予測をつけていた。
「(…ま、いいけどね)」
『次の仕事だ。そのイカレはここに置いて行け』なんて言われなかっただけで十分だろう、とシャルナークはケイリュースの寝顔を見る。
長いストロベリーブロンドの髪をサラサラとウボォーギンの腕に零しながら、その逞しい胸に寄り添って心地よさそうに寝息を立てているケイリュース。
こうして寝ているだけなら大人しいのだが、起きては良く喋る上に妙に大胆で行動的な気狂いのケイリュースを、『蜘蛛』の仕事に同道させるだなんてそれこそ正気で出来はしないだろうから。
「(ま、A級首のオレ達に正気を求めるってのも変な話だけど…)」
一緒に連れて行って、仕事のための"仮宿"に置いて行くという手もあるが――――ケイリュースがウボォーギンとシャルナークの2人に拾われてからもう15日目。ケイリュースの脚の怪我もそろそろ治る。
そうなれば、寂しがり屋のケイリュースが"仮宿"に『1人で残る』なんて選択肢を、今まで通りに黙って享受する訳がない。
……いや、脚を怪我して立てない間ですら享受はしても『黙って』なんてしたことは無かったし、傷が治れば当然、大好きなウボォーギンを追いかけて自分達の後をついて来ようとするはずだ。そうに決まっている。
しかしいくら念能力者とはいえケイリュース程度のオーラと実力で、A級首の『蜘蛛』の後に着いてくるのも酷だろう。
一度でも『蜘蛛』の足跡を見失えば、自らの操作能力で壊れて深く考える力も失くしてしまったケイリュースでは再度の合流は難しい。
それどころか、他の物に気を取られてそのままどこかへ迷子、なんていう事も起こり得なくない。
迷子ぐらいならまだいいが、ケイリュースはこれでもハンターサイトのブラックリストにその名と顔写真とを連ねる賞金首。
この派手なピンク髪が賞金首ハンター共の目に留まったりなどすればことさら面倒だ。
「(オレ達が『蜘蛛』って事とか、重要な情報はほとんど与えてないつもりだけど…今のケイなら知ってる限りでなんでも素直に喋っちゃう可能性もあるからな…。
それにハンターだけじゃない…、アカシア警備の連中が偶然ケイを見つけないとも限らないわけだし…)」
と、ケイリュースの同僚だった連中の何人かの画像を思い出し、シャルナークはさらに思案を続ける。
自身の能力で狂って敵味方何人も食い殺したであろうケイリュースを、『役立たず』と一度は棄てた奴ら。
でも、もし今のそこそこ大人しいケイリュースを見られて『これならまだなにかしら使える』と判断されたら、ケイリュースは連れ戻されてしまうかもしれない。
「(いや……『偶然』、か…)」
………そうだ。
思えば『偶然』になんて見つけなくても、アカシア警備には"あの"厄介な能力持ちの"アイツ"がいるんだった。
クロロにもウボォーギンにも、もちろんシズクにも言っていない。
ケイリュースとまだ2人でいた時に、唯一シャルナークだけが"それ"を尋ねた。
自分によく似ているとケイが言ったあの――――
「(いや、冗談じゃないってあんなガキ)」
フルフルと頭を振って、シャルナークは思い出してしまった画像を脳裏から振り払う。
しかし"アイツ"の能力があれば、ケイリュースを探し出すのもそう難しい事じゃない。
――――念能力者を何人も抱え込むアカシア警備唯一の……"探索能力"持ち。
ケイリュースが今後もしもアカシア警備の連中に"見つかる"としたら、その時はおそらく『偶然』ではなく、"アイツ"の能力で『探されて』の結果になるだろう。
どんなふうに狂っていようが、容姿だけは格段に良いケイリュース。それこそ薬漬けにして自我の無い性奴にでも改造の上、お偉いさんにでも貸し付ければどれだけの金を稼ぎ出せる事か。
単なる『囮』でいいなら目立つ場所で檻にぶち込んどくだけでもいいし。かなりの高額賞金首なのだからそのままハンター協会に売り飛ばして金にするという手段もまだ全然使用できる。
利用価値にさえ気づかれてしまえば、「探知」の能力を保有している以上探されない方がおかしいのだ。
「(そんなの今さら絶対御免だね。…ていうか最悪そうなったとしても「ハイそうですか」って返すわけもないんだけどさ)」
ウボォーギンに獲られたとはいってもケイリュースを見ているのは面白――――いやむしろケイリュースとセットでウボォーギンを見てるのが今はすごく面白いし、ウボォーギンだって今しばらくはケイリュースを手放す気なんてないはずだ。
シズクもどういうわけかケイリュースの味方やってるし(今までの言動からするとどうもケイリュースを女の子チームに分類別けしてるっぽい)
団長のクロロは……まあ仕事に支障さえ出なければケイリュース1人くらいウボォーギンの背中に毛皮代わりに付属してたところで何も言わない…と思う。
中途半端に後ろを着いて回られ、面倒事を引き連れてこられるぐらいなら、逆に「連れて来い」と言ってくれる可能性も無くはない……だろうし。…かな。たぶん。
とにかく、流星街(ここ)に棄てられてオレ達が拾ったケイリュースはもうオレ達のモノだ。
どんな理由といえど、二度とアカシア警備に―――ケイリュースを棄てた連中になど、返す気も渡す気もない。
どのみちロクな理由じゃないのはわかりきっているし、それ以前に"コレ"はもうオレ達『蜘蛛』のモノだから。
「(ま、いつかは面倒になったり、飽きて棄てることはあるかもしれないけど……。アカシアの連中に渡しかねない状況でその辺に棄てるってのは絶対無いね)」
物言わぬモノだったら売り払うとか棄てるって選択肢もあったかもしれないだろうけど。ケイリュースはそれこそ"おしゃべりな"物言うヒトだし、団長なら最後は絶対に『殺せ』と命じて終わらせる。
ウボォーだってケイみたいな哀れっぽいのは、団長命令でなくても最後はきっちり殺して終わらせてあげると思うし。
……現状はラブラブだから、しばらくはそれも無さそうだけどね!w
と……、ムニュムニュと寝返りを打ってさらにウボォーギンにくっつくケイリュースと、そんなケイリュースの寝顔に向け、今まで見た事も無いような穏やかな視線をやっているウボォーギンを見て―――
とっさに考え至った『ラブラブ』なんて文句に自らクスッとウケていたら、正面に座っていたウボォーギンにその声を拾われてしまったらしい。
とたんにムッと不機嫌そうな目で睨まれて、シャルナークは苦笑いをウボォーギンに見せつつそれと同時に両肩をすくめる。
『口の中だけで笑ったつもりだったんだけどw』と心の中で言い訳しながら。
「……なんだよシャル。お前さっきからこっち見て何ニヤニヤしてやがんだ」
「いやぁ、別になんでもないよw まだしばらくはケイのかわい〜い寝顔が見てられそうで良かったなーと思ってさ」
「んだそりゃ。………もしかしてオレに対しての嫌味か?それ」
「まさか。大人しーく寝てるだけならケイはいつもの2割増しぐらいで可愛いく見えるなーって思ったからそう言っただけで。そういう風に思うってことは、ウボォーはなにか嫌味言われる心当たりでもあるわけ?」
素知らぬ素振りで言うシャルナークだったが、心当たりどころかシャルナークはその答えを明確に知っている。
笑いをこらえるように口元を緩ませながら、シャルナークはそれでもなお知らん顔でウボォーギンと…その腕に抱えられているケイリュースの寝姿を見返した。
とたんに苦虫を噛み潰したような顔をするウボォーギンの姿が、どうにも愉快でたまらなかったからだ。
ウボォーギンがケイリュースを連れて朝帰りして来てから今日ですでに10日―――最初にケイリュースが防護服達に拾われてからすでに15日―――ほどの日数が経ち、そしてこの10日間にウボォーギンは2日から3日に一度のペースで都合4回、ケイリュースを連れてどこかへ姿を消していた。
その間何をしているかなどもちろん容易に想像はつく。
何故ならウボォーギンを焚きつけてケイリュースとそういう関係に持って行ったのは当のシャルナーク(とクロロ)だったから。
さらに言えば、姿を消した翌日にウボォーギンに抱きかかえられて戻ってくるケイリュースは、気力も体力も使い果たしてしまうのか毎度ウボォーギンの肩に頭を預けてすーすーと眠った状態だった。
そのままぐったり半日以上は目を覚まさないが、ケイリュースのそんな姿を見ればその身に何が起こっているかなどシャルナークでなくても解るだろう。
そんな状況なのにウボォーギンは、認めたら負けだとでも思ってるのか、いまだに口だけは頑なにケイリュースとの関係を認めようとしない。
「惚れてるんだよね?」とシャルナークが尋ねれば「そんなわけねーだろ」と返してくるし、「ケイ連れてどこ行くんだよ?」と訊いても毎度「ちょっとな」とか、最悪何も言わずにウボォーギンはケイリュースを連れて出て行ってしまう。
昨夜だってそうしてケイリュースをのっそり抱えて出て行って、そのままどこで何をして来たのか夕方からたっぷり一晩帰ってこなかった。
豪快でオープンな見た目のわりにそういうトコは意外と奥手っていうか繊細っていうか…。
まあケイはそれでも毎度嬉しそうだし、大っぴらにできないのもケイの性別が女の子じゃなくて男だからってのが大方の理由なんだろうけど……。
いくら言葉で否定したって、行動見てれば本心も関係も全部バレバレなのにね?とシャルナークはウボォーギンの巨体を見上げて苦笑した。
とはいえ、自分よりも体躯の大きいいかにも野卑で凶暴そうな大男が、自分の言葉によって背を丸めてぐっと黙り込んでしまう…そんな様がなによりとても楽しかったから。
わかっててもついついシャルナークは調子に乗ってウボォーギンを責め立ててしまう。
「そりゃあさー?ケイは大好きなウボォーが抱いてくれるって言うなら拒否なんてしないんだろうけど?
それにしたってさすがにこれだけ寝っぱなしだと、無理させ過ぎてるんじゃないかなーとオレは思うんだよね」
「……お前な…。答え分かってんなら最初から…。ったく、もういい。言っとくが、オレぁ別にその…変な事とか…、無理な事なんて何もさせてねぇからな」
「変な事って。いやまあ確かにウボォーってそういう変則プレイするようなタイプじゃないけどさ。てゆーかそもそもケイの身体でウボォーに組み伏せられたら、それだけで無理難題なんじゃないの?」
どれだけ体格差あると思ってるんだよ、とさすがにシャルナークも少し呆れた物言い。
それにはウボォーギンも一瞬「む…」と押し黙った。
「………んな事言ったってお前、毎日ヤッてるわけでもねぇし、それに毎度毎度誘ってくるのはコイツの方なんだぜ!?」
「それは知ってるけどさぁ!そーじゃなくて、やるならやるでもっと加減を考えてやってくれって言ってるんだよ!ってかさすがにウボォー相手に毎日じゃケイが死んじゃうだろ!!今だってこんなぐったりしてるのに!!ケイの体力の事も考えてくれよ!!」
「だから毎日じゃねーって言ってるじゃねぇか!!お前、知ってるだろシャル!!」
この建物に居る間は、「お風呂だよー、ケイ」とか「ごはんだよ」とか「もう寝るよー?」とか、事あるごとに顔出して来て、微妙にコイツのタイムスケジュール管理してるお前に言われたくねー、とウボォーギンは叫ぶ。
「だぁって…、オレがそーやって見てあげなきゃウボォーはケイの事ずっと抱き枕にしてるじゃないかー」
「抱き枕になんてした事ねぇだろ、そもそも。つーかんなもんオレがしたらコイツがぺしゃんこに潰れちまう」
「そこの自覚は一応あるんだww」
―――確かにウボォーが相手なら、ケイじゃなくても押し潰されちゃうわけだけどw
自分の巨体がケイの負担になってるってトコはちゃんと自覚してるんだwwとジト目から一転、シャルナークはじつに楽しそうにクスクス笑い出した。
「しょうがないなぁ。じゃあいつもケイからのお誘いでってことで納得してあげるよ♪
ケイ、他の事はろくに覚えてないのに好きな人とするセックスが気持ちイイのだけはよく覚えてるもんね〜?大好きなウボォーとだったら、いくらでもしたいよね〜ww」
ウボォーギンの暖かい懐に抱かれて気持ちよさそうに眠るケイリュースの頬をプニプニとつつきながら、シャルナークは言う。
それを聞いて、『下世話なセリフでかい声で吐いてんじゃねーよ…』とウボォーギンは苦い顔だ。
「…つーか、シャル。つつくのやめろ。起きるとペチャクチャうるさくなるから起こすんじゃねぇ」
「あははっ。そうだねーwwケイ素直だから、起きて余計なこと喋られると厄介だもんねw」
「ぁあ!?違ぇよ!!うるせーから起こすなっつっただけでなんでそうなるんだ!?もう変な勘繰りは止めろ!!」
「勘繰りって言われても、ケイがウボォーの事好きなのは周知の事実じゃん。それにケイとの事、最初から一緒にいて全部知ってるオレに取り繕ったって意味ないよ。
やる事やってる以上オレの前でぐらいはきっちり認めちゃった方が、今後もイロイロと楽なんじゃないかなー?」
「あ゛―――っ!!うるっせぇ、くそっ!!顔笑ってんだよ!!お前もう口閉じろシャル!!放っとけ、こっちのことは!!」
お前、面白がってるだけじゃねーか!!とウボォーギンは身を乗り出して怒鳴るが、シャルナークは依然として楽しそうにカラカラ笑うだけ。
ついには自身の度重なる怒鳴り声のせいでケイリュースが目を覚ましてしまい、「くそっ!!」と盛大に舌打ちした。
ケイリュースの濃いピンク色の瞳がとろんと眠そうに、ウボォーギンの顔を見上げてくる。
「んんー…。ナァニ…?ドウスル、した…、うぼぉーぎん。シタの?デスネ〜…?うぼー、ぎん…、は…、怒るスル…シテル…は……ナンデ…?ワタクシ悪い…?デス…?」
「別に怒ってねーから、お前はまだもう少し寝てろ!」
「おぅふ」
そう言ってウボォーギンは、ケイリュースの目を大きな手でべたっと覆ってしまう。
突然視界が暗くなったことで、ケイリュースは疑問符をいくつも頭上に掲げながら首をかしげる。
「ぅうー…?」
「まーまー、落ち着きなってウボォー。そこでケイに八つ当たりしたって仕方ないだろ?元はといえばウボォーがケイの事ちゃんと好きって言わないのが悪いんだしさぁーww」
「シャルお前いい加減にな……!」
「…? うぼーぎん、ワタクシ好きナイ言う…?好き、は……、言うワナイ、のは…、うぅ、デモ、ウボォーギン…、一緒イルの、ワタクシ、に、ヤクソク…、スル…。ずっと一緒なの…、スキ言う、ワタクシ抱くの、いっぱい…シテクレルデスヨ…?」
「えっ、ブッ…wwちょ…wふ、ふいうちwwっく…w …へぇぇええ―――?」
「お…っ待…!!ちょっ!?待てコラお前っ!!;」
「ダカラ、だから…、ウフフ。ワタクシは、良いデス…。ワタクシ、は…、知るシテル…。カラ…。イツモ、じゃ…、なくテモ…、言うは、今、シナクテモ…、ワタクシは、…イイの。好き、は…ワタクシ、知ッテイルデス。カラ…。
ズット、ずっと…一緒…、ウボォーギンは、居てクレルの。ワタクシ一緒…、連れるのスル、シテクレル言う…。ウボォーギン。ワタクシ、うぼーぎん…、ウフフ…。大好き…」
「………ケイ。お前マジでちょっと黙ってろ…」
「う?…ん…、ンンー…!!」
視界を塞がれても口はフリー。
起きたら起きたでやっぱりおしゃべりだったケイリュースのそれを止めようと、ウボォーギンはケイリュースの目の上を覆っていた手で、今度は鼻先をムギュッとつまんでしまう。
すでに『呆れて物も言えねぇよ…』的な脱力顔になっていたウボォーギンだったが、ケイリュースの細腕ではそんなウボォーギンの腕ですら、引きはがすどころかわずかに動かすことも出来なかった。
太くて重くて頑堅なウボォーギンの腕相手にしばらくじたじたと両手でもがいていたが結局、諦めの早いケイリュースは鼻をつままれた格好のまま大人しくなり。
鼻呼吸の代わりに口をぽかんと開けて苦しそうに息をしながら、涙目でウボォーギンを見上げてきた。
「アゥー…、んぉーひんん…」
「……あ?なんだよ。少しは反省したか?」
「う、ん、う、うぅ…。いひゃい!んぉーにん、いにゃい、ひゃにふるえす、はなひて…!いひゃい!んおーひん!んん…、ア―――」
おしゃべりの反省を促すように、つまんだ鼻をぐりぐりと動かす。
シャルナークにやられっぱなしだった憂さを少し晴らせたからか、それともケイリュースの特段に困った顔を見れたからか、ウボォーギンの口元にはわずかに笑みが浮かぶ。
シャルナークはというとそんなウボォーギンの行動を咎めるどころか、相変わらずくすくすと楽しそうに笑っていた。
「…お前、何笑ってんだシャル」
「いやぁ、だってさ…w」
「ウボォー、あんた弱い者イジメしてなーにが『反省』よ。ケイいじめるんじゃないわよ」
「そうだよ。こんな、真っ赤になるまでケイの鼻引っ張らなくてもいいのに。どうして男の人って好きな女の子の事、いじめたがるの?」
「―――ぐッ!?」
シャルナークの視線が少し上にずれたか?とウボォーギンが思った瞬間、両の耳元をそれぞれ女の高い声にくすぐられ、その場で飛びあがるほどに驚いた。
するとシャルナークもとたんに弾けたように腹を抱え笑い出した。
「ぶっふ、あはっははははっ!!パク……っwwホンット、もうサイコーだよ…!wwくくくくっ…www」
「笑い過ぎだシャルッ!!パ…ッ!!このっ…、パクお前っ…!シズクも!!急に声かけてくるんじゃねぇよ!!」
「なによ。だって普通に止めたってあんたそれやめないじゃない」
「ねー?ケイが可哀想だよ。早く離してあげて」
ウボォーギンの耳元に背後からそっと近寄って驚かせたそれらの声の持ち主は、本日の食事調達担当のシズクと、それを手伝いについて行ったパクノダだった。
建物の入り口に背を向けて座っていたウボォーギンは気づくのが遅れたが、ウボォーギンの正面に座って入り口方向を向いていたシャルナークは最初から気づいていた。
入り口に立ったパクノダとシズクが、悲痛な声を上げているケイリュースを見るなり互いに頷き、『絶』をしてスーッとウボォーギンの背後に忍び寄ってくるその姿に。
「大丈夫?ケイ」とシズクがケイリュースに声をかける傍ら、パクノダはケイリュースの鼻をつまむウボォーギンの手を顎で指しながら『さっさとそれ離しなさいよ』的な目でウボォーギンをジロジロ睨んで来る。
ぶすぶすと横顔にパクノダの冷たい視線が刺さるにつけて、ウボォーギンも渋々といった顔でケイリュースの鼻を解放した。
「…悪いわね、ケイ。旅団(ウチ)一の鋼鉄の馬鹿が酷い事して」
「おいっ」
酷い言われ様にウボォーギンが横から突っ込んで来る。…が、パクノダはそれも無視して、ケイリュースの頭の天頂をさわさわと撫でさすった。
頭頂部に柔らかな刺激を感じたことで、恐る恐る困り顔を上げたケイリュース。
涙で濡れた濃いピンク色の瞳に一番に飛び込んできたのが、ウボォーギンの肩の上からにっこり笑いかけてくるパクノダの顔で。
優しげに微笑むその笑顔につられたのか、ケイリュースの表情も途端に明るく変化した。
「ぱくのだ!…ウフフ。おかえりナサイ、言うデスネー、ワタクシ。ウフフフ」
「はい、ただいま。朝食持ってきたわよ、ケイ。おなか空いてるでしょ?」
そう言ってパクノダは、腕に抱えていたパンの一つをウボォーギンの肩越しにケイリュースの前に差し出す。
パンを受け取って「おなか?ウフフ。パン…。ウフ、おいしい…」と笑うケイリュースを再びポンポンと優しくあやした後は、打って変わってつっけんどんな態度で「ほら、あんたの分」とウボォーギンの顔面に向けてパンを投げて寄越してきた。
次いでシズクも、「はい、これも」と両手に持っていたマグカップを差し出してくる。
パクノダの冷たい視線とは違い、シズクのそれはいつもの無感動さでもってウボォーギンを見つめていた。
「おう…サンキュー…。つーかパクお前、なんでそんなにコイツには甘いんだよ…」
身体の上をころころと転がり落ちるパンを掴み取り、マグカップを受け取って、ウボォーギンが尋ねてくる。それに対してパクノダは、よほどケイリュースがいじめられていたのが腹に据えかねたと見え、「は?」と般若の形相で返してきた。
「そんなの、あんたにはもったいないくらい可愛いからに決まってるじゃない。ホンット…、ケイがこんな女の子みたいな男じゃなくって本当に女の子だったら、力ずくでもあんたから引き剥がして逃がしてやってたとこだわ」
ウボォー相手に力ずくは無理じゃないかなwというシャルナークのささやかなツッコミを、聞いているのかいないのか。
パクノダは本当に呆れた様子でフ―――…と長いため息を吐いた。
後編へつづく
NEXT→04:酒宴(後編)/
←PREV(3話〜前編へ)
今回はえろないです。期待されてたらごめんなさい…
すもも