ピンクメドゥシアナ ◆04:酒宴(後編)




―――パクノダがこの流星街へとやってきたのは、今からちょうど3日前のことだ。



何を詰めているのか大きく膨らんだブランド物のショルダーバッグを持ち、ハイヒールをコツッと鳴らして建物の入り口に立ったパクノダ。

『げっ』とあからさまに嫌な顔をしたウボォーギンと、その腕に抱きかかえられていたケイリュースを見るなり、パクノダは「あら、可愛い男の子ね。誰かしら?紹介してくれる?」とどこか白々しい笑みを浮かべながら言ってきた。


その日のケイリュースは朝からシャルナークとシズクにその長いストロベリーブロンドの髪を弄ばれていて、パクノダが来たその時には髪型がツインテールになっていた上、そもそも近くからでもパッと見ならバストサイズ控えめの女の子に見えなくもないのに、遠目にチラッと見ただけで迷いなく男と言い切ったパクノダの嗅覚―――――

いや、目の笑ってないそのどうにもひんやりとした笑みの裏に、シャルナークは不在の誰かさんの顔が思い浮かんでならなかったが……


しかしそれでもシャルナークは「ま、いっか」とシズクとそろって、


「流星街(ここ)に棄てられてたんだよ。確かに男だけど…今はウボォーのお気に入り。ケイリュースって言うんだ」

「皆ケイって呼んでるけどね」


とパクノダにも快くケイリュースの事を紹介した。




「ウフフ。ソウ。そう、ワタクシ、ケイリュース!デモー、ケイ、も呼ぶのスルデス、ミンナ。それ、もワタクシデス。ケイ。良いデス。ウフ。
 ワタクシ、はウボォーギンすき…。そう。気にイル、シテルデス。ワタクシ、ウボォーギンが好き…、だいすき。ウフフフー。……アッ!?」


身体を縦にゆさゆさと揺すって楽しそうに自己主張をするケイリュースを、ウボォーギンはその額にペチッとデコピンを喰らわせて黙らせる。


「うふふじゃねーよ。お前が好きとか気に入ってるとか今は別に聞いてねぇだろうが…。うっとおしいからハシャぐんじゃねぇ」

「あうぅ…、イタイ…ウボォーギン…。ナンデ?ナンデ叩く、シタデスネ?ワタクシは、好き。ウボォーギン好きです、タクサン。お気ニイルの…は、イミ、好きと違うデス?ナンデ?おきにいりゅ、…る?おきゅ、……う?好き?」


「…あーくそ、わかったわかった。口開けると本当やかましいなお前。好きはわかったから少し黙ってろ」

「ナンデ!ワタクシ、ウボォーギン好き!好き、は、言うは、大事のデス!好き!好きィ…!ううー」

「だからうるせぇっつってんだろ!パクが見てんだ、ひっつくな!!」


ムキになってぎゅーっと首元に抱きついてくるケイリュースを、ウボォーギンはいかにも迷惑そうな顔でツインテールの一方を掴んで引き剥がそうとする。




「ちょっとそんな邪険にすることないじゃない。せっかくこんな可愛い子があんたみたいな野獣の事好きって言ってくれてるのに。一丁前に照れてんの?ウボォー」

「そんなんじゃねぇ!つーか微妙にオレの事オトすんじゃねーよ!…ったく、口やかましいのがまた増えやがって」

「あーら、お褒めに預かって嬉しいわぁー(←棒読み)…ねぇケイリュース、ケイって呼べばいいのかしら?私はパクノダよ。あなたの味方。よろしくね…」


ウボォーギンの首元へ必死で顔をうずめていたケイリュースの背をポンポンと叩いて、パクノダは穏やかに呼びかけた。

チロリと顔を上げ後ろを見やったケイリュースは、背後に立っていたパクノダの優しい微笑みを見るなり、不安そうな涙目から一転パーッと花が咲いたように笑った。



「ぱくのだ?ワタクシの、味方デス?…ウフフ。パクノダ!ウフフフ…。ワタクシ、はケイリュース!でも、ケイもイイの。ミンナ言う、シマス。ウフ。よろしくシテ?パクノダ…。ワタクシ、ケイリュース…。ケイ…」


「ふふっ。そうね。よろしく」



と…笑顔で握手して以降、パクノダはとても微笑ましいものを見るような目でウボォーギンに懐くケイリュースを可愛がってくれるようになった。

……ウボォーギンはそのたびに迷惑そうにしていたが。






「あんただって心中(しんちゅう)まんざらでもないんなら、ケイの事いじめてばっかりいないでもっと優しくしてやんなさいよ。じゃないと嫌われてもあんた文句言えないわよ?」

「あ、そこは大丈夫。ウボォーなりの愛情表現だって、ケイもわかってるらしいから。ねっ、ケイ〜?」


とシャルナークがパクノダの発言に乗っかるようにして、ケイリュースに尋ねる。

話そっちのけで1人だけ先にパンにかじりついていたケイリュースは、幸せそうに顔の下半分をパンにうずめたままでコクコクと頷いた。


その横で苦い顔を見せるウボォーギンの存在にはまったく気付かずに。



「ゥんン。んん。ハナいふぁい、ふぁ……、ワファクシ、いふぁい、は、かなふぃ…けふぉ、ヘモ、デモー…くるふぃも…んふぉーひんふぁ、スルなら…良いカッファヘス、ワファクヒ…。んおーひんふぁ、スルなら…、イふぁイも、くるひぃも…、ワファフヒわ、ひモチいーの…ンフフ。ふゅき。んおーひん…いっふぁい…。ふふふふ」


「あはは。ケイってば、それじゃあ何言ってるか全然わかんないだろ?ww」

「ファ?」


パンを口いっぱいに頬張ったまま、普段に輪をかけて解読困難なセリフを吐くケイリュース。

おそらくケイリュース的にはきちんと話したつもりでいるのだろう。それなのにシャルナークに笑われてしまい『何がおかしいのか?』と首をかしげていた。


シャルナークもまた、ムズムズと口元で笑いをこらえている辺りケイリュースの喋った内容が本当に全く分からないわけでもなさそうだったが―――

ウボォーギンはというとシャルナークの「全然わかんないだろw」というセリフを額面通りに受け取ったのか、なぜか勝ち誇ったようにフフンと笑みを浮かべていた。

そしてケイリュースの頭を大きな手でぐりぐり揺らすように撫でる。



「…ふん。ま、いいからお前は好きなだけパン食ってろ」

「ん?…んふふ」


ウボォーギンからの肯定を受けて、ケイリュースはニコリと可愛らしくウボォーギンに笑みを向けた。それからまた幸せそうにパンをモフモフ頬張り始める。


「…ケイ、ウボォーと一緒だと本当に可愛い顔で笑うよね。ウボォーの事ホントに好きなのがすごくわかるよ」

「フフッ…。そうねw」


「はい、パクの分」とパクノダにマグカップを一つ渡しながら、誰に言うでもなくシズクが無表情のままでそう呟く。

パクノダは笑ってその言葉に頷いてくれたが、どちらかというと『ウボォーギンの反応を見ているのが面白いから』ケイリュースを焚きつけている節があるシャルナークは苦笑いで首をひねる。



「そうかなー?w ケイは結構誰にでもああやって笑ってる気がするけど。…ってかシズク、地味にそういう話好きだよな。なんか意外だよ」

「そう?でもウボォーに恋してるケイは可愛いよね?見てるとこっちまで楽しくなるもん。応援してあげたくならない?」


「恋って…; あのさぁ、オレずっとシズクに言いたかったんだけど………ケイ、男だからね?一見したら女の子みたいだけど、ウボォーとは一応男同士だから。そこのトコちゃんとさ…」

「もー、解ってるよ!…あたしケイの事は、おちんちんついた女の子だと思ってるから」


「「ボフッ!!?」」



唐突なシズクの発言を聞いて、ちょうどスープを口にしていたパクノダとシャルナークが同時に吹き出した。


「ケホッ…!!シッ…、シズク…!ちょっとあなたね…!!」

「あはははははははっ!!!なっ、なるほど…!これで今までのシズクの発言に合点がいったよ!そっかー、『おちんちんついた女の子』ね…wwそう来たかww……ぶっ、くくく…、ハハハハww」


怒涛の勢いでシズクに意見するパクノダと、ひたすら爆笑するシャルナーク。

横でパンをかじりながら聞き耳を立てていたウボォーギンは、「気持ちはわからなくもねーがよ…;」と懐に抱いたケイリュースを見て思うのだった。




「ウフフ。シャルナーク、は…、ナニ笑うシテルですか?」


胸の前をポロポロとパンくずまみれにしながら、ニコニコ顔でケイリュースがウボォーギンを見上げてくる。

お前はお前でマイペース過ぎんだろ…とそれを見てウボォーギンは心の中で突っ込む。


…が、説明するのは面倒だし、説明したらしたでまた2、3日前みたいに癇癪起こされても面倒だな……と考えて、結局


「おめーは知らなくていい」

と、見上げてくるケイリュースの頭を掴んで、手元のパンに向き直させていた。



「うぅ…!ナンデ?ナンデ?ウボォーギン。ワタクシは、仲間はずれイヤ!オシエテ、教えて、うぼぉーぎん…。―――熱いっ!!!」


「あ」


頭を押さえつけられるのを嫌がって振り上げたケイリュースの手が、スープを渡しにケイリュースの横に来たシズクの手に当たり、マグカップから結構な量のスープが跳ねて零れた。ケイリュースの太腿に。



「お前何やってんだよw」

「あーあー」

「アツイ、あつい、うぼーぎん!!」

「あ゛ー、くっついて来なくていいから早く脱げ」


持っていたパンも放り投げて、泣き喚いてウボォーギンに助けを求めるケイリュース。「オレに抱きついても仕方ねーだろ」とウボォーギンはそんなケイリュースの首根っこを掴んで引き剥がした。

そして床に降ろしたケイリュースが慌てながらシャツのボタンをもたもた外そうとしてるのを見て、「脚に零してんのに上脱いでどーすんだ!先にズボンだろ馬鹿!!」と今度はうつ伏せにケイリュースの身体をひっくり返して尻を剥く。


「あぅう…!わたくし、は、馬鹿ナイデス…!う…ん、アッ…」

「『ア』じゃねぇ。変な声出すな!」

「あら、可愛いおしりね」

「っちょwパクwww」

「ごめんねー、ケイ」


無理矢理ズボンを下げられ嫌がってもがくケイリュースと、パタパタ動くその足を押さえつけるウボォーギン。パクノダとシャルナークはケイリュースの露わになった尻を見て笑っているし、シズクは真顔でケイリュースに謝っている。


そんな軽いパニック状態の中、突如として、この流星街では聞き慣れぬキィ―――ッという甲高いブレーキ音が建物の外から響いた。

そして間を置かずにどやどやと騒がしく闖入(ちんにゅう)してきた男達……の顔を見て、ウボォーギンは固まってしまった。


上も下も服装を乱したケイリュースを無理矢理押し倒すという、どうにも言い訳できそうにないポーズのままで。






「よーぉ。なんだよウボォー。真っ昼間っから男相手にお楽しみかよ。良いご身分じゃねーかw」


「な…、フィンクスッ!?ノブナガにフェイタンまでっ…!!お前ら何しに来やがった!?」




入ってくるなりウボォーギンの周りに集まってきたのはフィンクスとフェイタンとノブナガの3人だった。


「あれ」「え、なんで?」ときょとんとした顔でシャルナークとシズクが、「あらあら」とどことなく笑った顔でパクノダが、3人を見て漏らしていた。




「何しに来たとかご挨拶だな。たまに"ホーム"に帰って来て何が悪いってんだ?」

「久しぶりね、シャルナークにシズクにパクノダも。元気してたか?」


「はっはっはっは!!つーかウボォー、それよりなんだよ!?オメーのその格好はよww」



ウボォーギンの下で半ケツの尻をぷりぷりさせてもがいているケイリュースを指さして、ノブナガが爆笑する。


それとともにフェイタンもニヤニヤと楽しそうに笑みを浮かべ、フィンクスはさも愉快だという風に口角をニヤリと吊り上げる。

影でシャルナークまでもが、笑いをこらえて肩を震えさせていたのをシズクが横目に見ていた。




「っは!男とつがいになったとか言うからどんなゲテモノかと思ったが、案外可愛いじゃねーかwそのピンク髪なんだろ?お前のつがい相手とかいうのはよww」

「ハハ。本当ね、男に見えないよ。ちゃんとついてるか?コイツ」

「ははははは!!ひーっひひひひwww」


「るっせーよノブナガ!!つーかなんで知ってんだお前ら!?ってか『つがい』って…誰だ、ンなこと言った奴!!…またお前か、シャル!?」



腹を抱えてうずくまるノブナガのやかましい笑い声をBGMに、若干キレ気味でウボォーギンは鋭い目をシャルナークに向ける。


まったくなんのことかわからないシャルナークはぶんぶんと頭を横に振って、「オレじゃないってw」と即答していた。しかし表情が半分笑ってるためにウボォーギンには全く信じてもらえず、さらに大きな声で怒鳴られる。



「お前以外に誰がいる!!違うってんなら、なんでこいつらが…っ!!」


「何でも糞もねーよ。団長がメールしてきたぜ」

「ぁあ゛っ!?」


「そうね。『今"ホーム"行けば面白いもの見れるから、暇なら来い』言てきたね」



ウボォーギンの疑問にサラリと答えを提示したのは他でもない、フィンクスだった。

フェイタンもまた、元から細い目をさらに細めてニタニタといやらしく笑ってフィンクスの言葉に続く。


そしてさらにはノブナガが、トドメとばかりに笑いながら会話に割り込んで来た。



「かっかっか!!そーよ、何日か前に団長が一斉メール流してきてよ。くっく…、そんで詳しく聞いたらオメーそれこそ…、ぶふ―――っ!!…ウボォーがwwオメーがっ、、くくくくっ…、こっ小奇麗な『男』とくっついたとか言ってきてよぉー!!は――――っはっはっはっは!!!」


「笑い過ぎねノブナガ。もう酔てるか?ww」

「おいおい。こんなん笑うなっつー方が無理だろフェイw 何の冗談かと思って来てみたら、マジであのウボォーが男抱いてるとかよ。ギャグでしかねーよww」

「しかも肝心の相手が予想外の可愛さだたねw」

「だからやめろってwwお前それ笑わす気満々じゃねーか」


言いたい放題している男3人の楽しそうな笑い声に釣られ、ついにはシャルナークもこらえきれずにブッと吹き出した。



「…ふ……っw…ごめんムリ。くくくくっw ってか一斉メールって…団長ってばもー、何やってるんだよww」



―――「ちょっと出てくる」ってそれが目的だったわけ?ウボォーに怒られるのわかってて、逃げたまんま帰ってこないだけなのかな?ww


パクに知らせたのも団長だろwと、爆笑しそうになる口元を手で抑えながらシャルナークが漏らす。

「あ、なるほど」とシズクもそのシャルナークの横で無表情に呟いていた。







「ふふっ。黙ってて悪かったわね、ウボォー」



知ってて私も来たのよ、と笑顔で言ってパクノダはポンとウボォーギンの肩を叩く。



……シャルナークに軽く茶化されるくらいならまだいい。

そもそも自分とケイリュースをくっつけようと最初に画策したのはシャルナークだし、皮肉なんかを言う事はあっても肝心な部分は見て見ぬ振りも、後のフォローもさりげなくしてくれる。



しかしウボォーギンにとってはフィンクスにフェイタン、さらにはノブナガにこうやって笑われるのだけは我慢できなかった。


昔からよく知る仲だけに、冷やかされればイラつく度合いも他のメンバーの比ではない。

その上団長であるクロロからの、今回で二度目の暴挙である。



『やっぱあの時に1発殴っとくんだった…!!』とプルプルと怒りに震えるウボォーギン。

背中を押さえつける手に力がこもるのに気付いたケイリュースの濃いピンク色の瞳が、「うぼーぎん…?」と不安そうに振り返ってくる。




「〜〜〜っんの野郎!!何やってんだ!!フリーダムか!!」

「あっひァ!?」


ウボォーギンがクロロに対してキレたのに驚いて、ケイリュースはビクッと半ケツの尻を跳ねさせ、四つんばいの格好から転げてしまった。

そしてそれを見たノブナガの笑い声までもが一層大きくなる。


同時刻に、どこかのカフェでコーヒー片手に黒髪の美青年が「へっくし!!」とくしゃみを吐いていたが、もちろんこの場の誰もがそれを知ることはなかった。






「かっかっかっか。まー、詳しい話は後だ後!オメーらもまず荷物下ろすの手伝え!」


部屋の隅で壁の方を向いて胡坐をかいて「クソ…。くそっ…」とぶつぶつ言いながら怒りを収束させているウボォーギンを背後に、上機嫌な表情でノブナガが建物の外に停めた薄汚い軽トラを指して言う。


「何を持って来たのよ?ずいぶん大荷物じゃない」とパクノダが軽トラの荷台を見ると、「あ?んなもん決まってるだろ」とフィンクスとフェイタンが続けて説明を付け加えてきた。



「酒だよ、サ・ケ!あとは食いモン!こんな面白れぇもん肴にしねーでどうするってんだよ?なぁフェイ?」

「そうね。来る前に山ほど盗てきたよ」


「ホントに意地悪いわね、あんたたち。ウボォーが可哀想じゃない」



そう言いつつ、ウボォーギンの背中を指さしニヤニヤ笑っているフィンクスとフェイタンの表情に釣られ、パクノダも楽しそうに微笑む。

シズクだけが、「もう、みんな笑ってばっかりで酷いよねケイ?」と真顔だった。尻を丸出しにしたまま床に潰れているケイリュースの、その丸出しの尻にバスタオル大の布きれをかけてやっていた。



「うにゅ…。ミンナ笑う、は…ひどいデスカ?楽しい、ミンナシテルなら、ナンデ?は、ワタクシ、ワカラナイのけど…。ウフ。デモ、デモー、ミンナ、楽シイはイイ、思うマス。ワタクシも一緒、たのしいダカラ…。
 ウフフ。おサケ!お酒もイイの、いっぱい!おいしい!のは、楽しいデス!ワタクシ、あかしあ…仕事スルノ、ボスの一緒イタ、前の…トキも、ミンナ飲む、おサケ、だけのは…チョット、好きシテタ。今は、イマは………うぅ、――んッぎゅしっ!!…うー。イマ、は…、冷たいナッタのし…あし…。熱イの、シテタは…、ゥんん、アツイ…は……うぅ」


「あーあ。こんなところで"そっち"に行かない!ほらケイ、ちゃんと起きなよ」



うつ伏せのまま楽しそうに手足をぱたぱたさせていたケイリュースが、くしゃみを吐いてから一転、急に悩ましげな困り顔になってしまった。


やけどの脚がかゆいのか、はしゃいでいる間に丸出しの下半身が床と擦れたのか。

布の上から腿あたりをなまめかしく撫で始めるケイリュースをシャルナークは慌てて布きれごと抱き起こし、止めた。

抱き起こしついでに下半身に布きれを巻きつけて、シャルナークもケイリュースと一緒になって床に座る。


そして脚の間に座らせたケイリュースを背後から、それ以上イタズラしないようにその両腕ごと抱きしめて押さえ込み。

それからシズクの手を借りて、布きれの下からスープで汚したズボンを引っ張って脱がせてしまう。




「…なんだコイツ?ちょっとコレか?」


意外と力のあるシャルナークの腕から逃げ出せずにうーうーもがいているケイリュース。

それを指し、フィンクスが自らの頭の上に指で渦巻きを描いた。


イカレてんのか?と半分本気、半分冗談で示したものだが、それを横目に見たフェイタンは壁を向くウボォーギンの背中を顎で指して、


「あのウボォーギンを見初めるような奴、頭少しオカシイ言われた方がワタシは逆に納得できるね」と平然とした顔で返してきた。

「それもそーか」とフィンクスもその言い分になぜか妙に納得してしまう。


「フェイタン、あいかわらずスゲー毒舌」

あながち間違いでもないけどさwと、当のケイリュースを押え込んだままシャルナークは言う。




「事実ね。……けどそれだけにあのウボォーギンがそんな気狂い相手にどうやて惚れたかの経緯は気になるねww」



一瞬クールな冷笑をふっと見せたフェイタンだったが、すぐにそれも崩して、ウボォーギンの背中を見やりながら再びニヤニヤ笑い出した。

そして無駄に素早い動きでウボォーギンの背中に詰め寄って「ここだけの話で良いね。馴れ初め聞かせるよw」などと絡み始める。


「マジかよ。お前サイテーだなフェイ」


と……口ではそう言いつつ、フィンクスも軽い足取りでフェイタンの後に続く。



「待て待ておいオメーら。絡むのは後で良いじゃねーか。さっさと酒用意して、そこんトコはじぃ〜〜っくりよぉww」


などと言いながら最終的にはノブナガにまで迫って来られ、ウボォーギンの我慢も限界に達したらしい。

ガバッと立ち上がり、鼻息荒く3人に向かって怒鳴る。




「〜〜〜〜ッ、うるっせぇんだよテメーら!!ケンカ売ってんなら買ってやるぜ!!表出ろオラぁ!!」

「ギャハハハハ!!んだそりゃあ!なっさけねぇな、ウボォーww」

「おぅよ、オメーの声が一番うるせぇってんだww」

「単細胞はこれだから煽りがいがあるねww」

「ブッ飛ばすぞフェイ!!!」



ゲラゲラと囃し立てる悪友たちを追い払おうと拳を奮うウボォーギンと、それを避けてさらに囃し立てるフィンクス、ノブナガ、フェイタン。

賑やかな男4人のやり取りを見て、ケイリュースもくすくすと笑い出した。


「ウフフ。なあに?楽シイ、ミンナ、楽しィそーう!デスネ!イイの!良いデス。ウボォーギンは、いっぱい…。いっぱい、楽しいのナカマ…、けんかデキル、楽しいく、ミンナ、たくさん居るの、は…キズナ、が深いの、アルカラ…?
 ウフフ。素敵デス。ワタクシ、うやらま…、うる…やま、うらやましい…。ワタクシも一緒シタイ。タノシイは、一緒シタイデス…。ウボォーギンと、一緒…。キズナ、一緒欲しい…。ワタクシも、あそこ…、ナカマ、が良いデス…。入るシタイ…しゃるなーく…」


男4人の大騒動を指さして、ケイリュースの濃いピンク色の瞳が、じーっと訴えかけるようにシャルナークを振り返ってくる。

しかしシャルナークもそれには屈せずに、「だーめw」とケイリュースの視線を軽く流してしまう。



「いくら楽しそうでも、今ケイがあそこに混ざったら火に油だから。それはさすがにウボォーに嫌われちゃうよ、ケイ?」

「うぅ…。きらい?ウボォーギンの嫌い、はイヤデス…ワタクシ…。スキ、が良いの…ウボォーギンは…」

「…だろ?だからケイはとりあえずオレと一緒に、防護服達のところでドライヤーと電源借りてズボン乾かしてこよう?ズボンも無しにウボォーについて回るのも大変だろ?」


「ソウ…?そう…。ウン…ずぼん…」

「じゃあ決まりだね」


布きれに巻かれた下半身を見て、しょぼんと頭を垂れたケイリュース。それを横抱きに抱え上げ、シャルナークは立ち上がる。

そして傍に座っていたパクノダとシズクに「あと頼むね」と告げようとした。……が、続けてパクノダも立ち上がったのでシャルナークは面食らってしまった。



「あら。だったら私も一緒に行くわ。ついでにそのボサボサ頭、もっと可愛くしてあげるわよ?ケイ」

「あ、それならあたしも行きたい!」


と、ケイリュースの淡いストロベリーブロンドの髪を撫でるパクノダに続いて、シズクまでもが「ハーイ」と手を上げて立ち上がる。


「別に3人で行くことも無いと思うけど…」

「馬鹿ね。あんた1人だけ行かせると思うの?」


シャルナークが呟いた言葉を耳にしたパクノダが、これ見よがしにウボォーギンやフィンクス達の方を顎で指して言ってきた。


それでシャルナークも『あぁ…、"そういう事"ね』と直感した。


つまりパクノダもシズクも、ビールケース運びなどという地味な力仕事なんかよりはケイリュースで遊ぶ方が絶対楽な上に面白い、と考えた訳だ。

シャルナークも本音の部分では、似たような事を考えなかったわけではないのですぐに納得できた。




ぶっちゃけた話―――この場に残って、今あそこで賑やかにしている強化系3人組+αと一緒に酒盛りの準備をやろうなんて事になったら、まず自分達が率先して働きつつ、あのすぐ横道に逸れるガテン系男子共の尻を叩いて手伝うように仕向けなければならない。

そして首尾良くビールケースを軽トラから降ろすまでやったとしても、その後準備がグダグダのまま一足先に酒瓶を開けて『休憩』という名の酒盛りに突入しかねないヤツらを、制止して、再び手伝うように仕向け、酒盛りの場所をきちっと作って、おやつとつまみも用意して……なんてそんな面倒な現場監督をさせられるなんて真っ平御免とパクノダは言いたいのである。



つまり、「あんただけ体良く逃げようったってそうはいかないわ」という事だ。


シャルナークは苦笑した。




「(確かに、この場に残ってたらそうなる可能性大…。っていうか最悪フィンクス達がまったく手伝わない可能性もあるからな…。面倒な仕事全部、自分に回ってくるかもって考えたら、まだケイの面倒を見てた方が楽ではあるよね)」



さすがメス蜘蛛はしたたかだなぁ、などとシャルナークはパクノダとシズクを見て思う。


とはいえ―――

あの4人だって働く人間が他にきちんといるからサボるわけで、この場に残るのが自分達だけとなったら最終的にはしぶしぶながらも4人で役割分担して働き出すだろうし。


オレも知らんぷりでパク達に便乗しとくに越したことはないかな?



……なんて瞬時に損得計算してるあたりシャルナークも十分したたかだったりするのだが。





その間にパクノダは、ワイワイやってる男4人の元へと歩いて行き、有無を言わせぬ迫力で彼らの前に仁王立ちした。


「ほら、あんた達。いつまでも騒いでないで、あと頼んだわよ」


「…ぁあ?んだよ、パク。どっか行くのか?」

「ケイの事、もっと可愛くして戻ってきてあげるから。あんた達はあんた達でちゃんと飲み会の用意、しておきなさいよ!」

「げっ」


フィンクスがとても嫌そうに口を曲げたのも意に介さず、パクノダはスタスタとシャルナークのところに戻ってくる。


そしてシャルナークの腕の中できょとんと待っていたケイリュースにパクノダはとびきりの笑顔で微笑んだ。



「さ、体力馬鹿共は放っといて行きましょ?ケイ。ウボォーが惚れ直すぐらい可愛くしてあげるわよ」

「怒られるよパクw」


ひどい言い分に、さすがに口元の笑みがひきつったシャルナークだった。









つづく




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いつにも増して前フリ長くてごめんなさい大賞。
「酒宴」なのに酒盛りのための準備段階で1話丸々使うとかタイトル詐欺もいいところです(爆)

すもも

TopDreamピンクメドゥシアナ◆04:酒宴(後編)
ももももも。