※ご注意※
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18禁裏コンテンツとなっております。過度な暴力描写やグロ、流血、不快な発言等がありますので注意。エロはありません。
オリジナルキャラありで鬱展開からの胸糞になります。
冒頭でなんとなく察しがつくと思うので、1話ですでに微妙だった方は無理せずに
メニューへお戻りくださいませ。1話より酷いです。
では大丈夫な方のみどうぞ。
「…村を出たい、だと?」
「はい」
昔から僕は勉強が好きだった。
特に本を読むのが好きで、村の長老達が古くから代々受け継いできた蔵書や、数ヶ月に一度の街への買出しから大人たちが持ち帰ってくる本や新聞なんかを、それこそそらで朗読できそうなほど何度も何度も読んでいた。
でも―――世俗から離れ、人の世との関わりを極力避けて生き続けるこの村の中では、学びたい事もやりたい事も、もちろん読める本の数だってどうしたって制限されてしまう。
大人たちは、『本を読むよりも、この自然の中で学べる事はまだまだたくさんある』なんて言っていたけど。
僕はこんな村―――いつだって"外"からの略奪者たちの影に怯え、世間の目をことごとく絶ち、一つの土地に落ち着く事もできない……閉鎖的で陰湿なこんな村なんか―――早く出て、街でもっと勉強をしたかったんだ。
……で、ある日にそれを長老に言ったら、まあ当然のように叱られて。
最後には、長老のテント周りに居を構える大人たちまで大勢集まってきてすごい事になっていた。……よく覚えてないけど。
「…あんなに怒られると思わなかったな…」
参ったなぁなんて肩をすくめ、長老のテントから出る。
すると『彼女』が、1杯の水を差し出しながらいつもの明るい笑顔を僕に向けてきた。
この村で唯一僕と同い年、幼馴染の彼女が。
「バッカね〜、怒られるなんてそんなの当然じゃない。私たちの姿が人の目に触れたが最後、どんな残酷な方法で殺されるか分かったものじゃないのよ?
買出しのときにだってお父さん達、すっごい気を使ってるのに…、それを堂々正直に『街へ出たい』なんて言っちゃうんだもん。皆怒るわよ」
「それは分かってるけどさ。…ん、僕は大丈夫だよ。村出身だなんて、バレる様なヘマはしない」
「うは、君ってばホンットにクール。もしかして脳みそ保冷剤で出来てる?」
「そんなこと無いと思うけど。水、ありがとね」
中身を飲み干して空になったコップを彼女の手元に返す。
お礼と共に微笑みを向けると、彼女は僕以上に満面の笑顔でにっこりと笑ってくれた。
さて交渉も失敗したし、これからどうしようかななんて考えながら歩き出すと―――、トトトッと彼女が小走りに追いかけてきて、僕の背中を肘でつついた。
「んじゃあさ、この際2人で逃げちゃおか?」
「…は?」
「君はクールで頭が良いけど、でもお馬鹿さんよね。…街へ出たいなら直談判なんかしないでこっそり出てっちゃえばいいんだよ」
「それはそうだけど…。でもバレた時にもっと怒られちゃうじゃない」
「そのときはそのときよ!私も一緒に怒られてあげる!!じゃあ次の新月の夜にね!北の森で落ち合いましょ!」
「えっ、ちょ…」
なんて……、ピクニックの約束するみたいに軽く言って、彼女は「じゃねー!」と風のように走り去って行った。
置き去りにされた僕の手だけがヒラヒラとむなしく空を切る。
「っていうか…また僕の意見は無視なのか…」
昔馴染みの彼女の事だから、なんとなく予想はしてたけどね。
彼女とは、小さな村の中で生まれた頃から同じだけの年月を過ごしてきた。
どんなものが好きで、どんな事を嫌がるのか。どういった状況でどんな行動を取るのか、そのときどんな思考をしているのか。
喋り出したら次に彼女の口から出るであろう言葉も数通りのパターンで予想できるほどに、彼女のことは性格も言動もなにもかも把握済み。
今みたいな僕の意見を無視した突拍子のない提案なんていつもの事で、僕はいまさら驚かない。
一度こうと決めた彼女は止めるだけ無駄。むしろ僕が止めようとすればするほどなおさら燃える性質なんだ、彼女は。
そうやって彼女は―――、勉強が好きで毎日テントで本を読んでばかりだった根暗な僕を、いつも明るくて元気のいい笑顔でグイグイと引っ張り回していた。
それこそ文字通りにズルズルと。僕がクタクタになって「もう無理だよ」って倒れるまで。
でも僕は、それを"困った"なんて感じたことは一度もなくて。
むしろ彼女にそんな風に振り回されて過ごす時間は、僕にとってはとてもとても大切なものだった。
僕とは正反対の彼女。
元気で一途でわんぱくな彼女。
そんな彼女の事が、僕はずっとずっと好きだったから。
だから彼女と一緒にこの村を出た後、本当の意味で彼女と一緒に―――夫婦っていう関係になるのもそれほど時間を置いたことじゃなかった。
街での生活も至極平穏なもので――――僕たちが村の出身だなんて事も、街の誰にも、近所の人にだって一度もバレる事は無く。
界隈の子供達を集めて小さな勉強塾なんかを開いて、穏やかに時を過ごしていた。
幸せだった。何物にも代えがたい幸せな時間だった。
僕の隣には大好きな彼女が、いつも満面の笑顔で居てくれて。
彼女と他愛の無いおしゃべりをしながら、僕はいくらでも好きな本を読んでいられたから。
……ま、気がついたら元気な彼女にいつものように引きずり回されてたなんてことも多々あったけど。
それもまた僕にとっては楽しくて幸せな時間だった。
でも―――――そんな幸せな時間も、3年余りで突然に終わりを告げる。
彼女は、死んだ。
ある日の夕方に、血まみれになって。
……なんで?なんで、一体どうして。
わずか数十分僕が留守にした間に、なぜ君は血まみれになって死んでいる?
一瞬でパニックに陥った僕は彼女の名前を呼んで、呼んで呼んで。
小さなアパートの部屋の中央に倒れていた彼女の体を抱き上げて、狂ったように叫び続けた。
そんな僕を見てか、わずかながらまだ息があった血まみれの彼女は、「そんなに取り乱した君を見るのは初めてだね…」なんて…
そう言って僕の腕の中で力無く笑った。
そんな風に笑わないで欲しい。
君のそんな悲しい笑顔なんか見たくない。見たくなかった。
君はいつも、もっと元気で……天真爛漫で。いつも僕の気持ちを楽しくさせる、そんなひと。
そんな風になんて笑わないで。
死ぬなんて言わないで欲しい。
――――死なないで。
助けたい、どんなことをしてもいい。
たとえ"死神"にこの心臓(いのち)を捧げたって。
でも。
"ソレ"は彼女がダメだと言う。
僕の腕の中でなら、自分は穏やかなままで逝けるからと。
「…私が死ぬ、貴方も死ぬ、……そうしたら今度は、誰が貴方を、私の事を葬ってくれるの?」
「………。」
「だから貴方は生きて。そして私を葬って。お願い…」
「……うん…」
「ありがと……エリク……大好き。」
そう残して、彼女は逝った。穏やかな笑顔のままで。
唯一救いだったのは、彼女が殺された理由が『彼女自身』を狙ったものではなかったこと。
死後までも彼女の亡骸は辱められる事も無く―――
彼女は、最期まで穏やかなまま逝く事ができた。
………けれど、僕は?
僕はどうなる?
この世界に1人残された僕は、一体誰の手で穏やかに君の元へ逝けばいい…?
花を手向けた君の小さな墓標を後に、僕は独り、フラフラと血色に染まった視界を歩き出し。
そして――――それからの半年間。
今でも僕はその間どうやって生きてきたのかをよく思い出せないでいる。
ただただ毎日ぼんやりと、水と食べ物とを無理に胃に詰め込んで。
彼女が作った温かな食事の味を思い出しては、たまらなくなって吐いて。
時折襲い来るどうしようもない感情に揺られて、無性に泣きたくなったり。
生まれてからの20数年、いつもいつも僕のそばには当たり前のように彼女がいて。
彼女に振り回されて過ごす日々が、僕にとっての"当たり前の日常"だったから。
突然彼女を失ってしまった僕は、当然のように日々の方向性すらも失って。
これからどうやって生きていけばいいのか
どうして僕は彼女を失ってまでこの世界にすがり付いているのか
まったく分からなくなってしまった。
彼女の後を追って死のうと何度思ったかわからない。
でも僕は結局それをすることが出来なくて。
アパートの真ん中で血まみれになって死んだ彼女。
その惨状は誰の目にも明らかなほど、彼女以外の"誰か"の手によって行われたもので。
――――君を"殺した"人間がいる。君を、背中から無数に刺した人間が。
そいつはまだ捕まりもせず、罪を償いもせずに
うまく逃げおおせて、この世界でのうのうと生き続けている。
それがどうしても許せなかった。
もし僕がここで彼女の後を追って死んだとしても、そいつは何も知らないままに生きていくんだろう。
そう思ったら死ぬに死ねなくて。
どうせ死ぬなら、この手でそいつを捕まえて。
そしてどうせ死ぬなら―――…そいつをこの手で殺した後で。
たとえそれが出来なくても、どうせ死ぬのならば恨み言の一つでも吐いてそいつの目の前で首を掻き切って死んでやろう。
そう思って。
ツテも少ない中、僕は持っていたあらゆるものを売り払ってお金を工面して、人探しのプロに―――ハンターに。
彼女を殺した誰かの情報を求めたんだ。
「ほらァ〜〜〜〜♪ねーねー、見てェ団長〜〜〜!血ィの海ィイ!!ヤッベェーくねぇー!??ヒャハハハッ!テンション上っがるぅ〜〜〜!なんで誰も居ねーのかなぁあ!!ア゛――――っ!ヤリてぇえ――――!!」
城内2階の窓から身を乗り出し、眼下の黄色い紅葉の中に見える赤いブラッドプールに向かってレヤードが吠える。
その後ろで「うるせーなぁこのバカ…」とノブナガが迷惑そうに顔を歪めて、自身の耳に指を突っ込んでいた。
「いや、レヤード。あれは血の"海"じゃなくって、そもそも湖だし。鉄分と塩分と微生物とで赤く見えるだけだったりするんだよ?」
「あーのねーえー?シャルさぁあん??そーいうの、どぉお―――でもいいのぉ―――!!そんな夢無い事言わなくてもぉ―――、アレがぁ、真っ赤ぁあーな血の海な事実は、変わんねーわけでしょぉお〜??
あんな風にィ、殺ってみたいなぁ〜〜〜?って話をぉ、オレはー、そぉいう話をしてるわけでぇ――!ホント夢無いねぇ〜?シャルさんはさぁー?」
「血の海とか物騒な言葉使うレヤードから夢が無いとか言われたくないよ。そっちのが夢無いじゃん。……ってか、あーっもう!レヤードと話してると頭痛がしてくる!誰か代わってくれない!?」
「落ち着きなシャル」
「気持ちはわかるけどな。じゃ絡みに行くなよっつー話だ」
バカなんだから放っとけよ、とノブナガは言う。
「もぉー!」とシャルナークはイライラが収まらないのか、歩きながら頭を抱えて呻いていた。
「あーも〜〜〜っ!!なんかさぁ!もう、3人ぐらいじゃゼーンゼン足りないしィー!!この火照り、どーしてくれんのー?ねー団長〜〜〜っ」
「レヤードうるさい!ちょっと黙れアンタ」
レヤードがクロロ対してに何かしらの責任転嫁をしようとし始めたあたりで、見かねたのかマチが釘刺しにかかる。
…が、しかし。その横を歩いていたウボォーギンは違う意見だったようで。
「いや!その気持ちわかるぜ!どうせならもっと大暴れできるトコに呼んで欲しいよなァ!なあレヤード!」
「ぁあ〜〜〜〜っ!わかるぅ!?わかるよねェウボォー!??だよねぇ―――っ!?やっぱァ、そー思うよねぇえ〜〜〜〜ッ?」
とウボォーギンとレヤードが、両腕でパーンと派手にハイタッチして、それからアンバランスに肩を組み始めてしまった。
「あー…始まった。馬鹿が2人、意気投合してどうすんだい」
「本当、うるせーったらありゃしねーよ。あそこが集まると。ちょっとなんか言ってやってくれ、団長」
「放っとけ。そのうち治まる」
広く長い絨毯敷きの廊下を、先頭を立って歩くクロロが振り返りもせずにそっけない返事を寄越してくる。
団長以外に誰があそこを治められるのさ…、とシャルナークが後ろの2人から少し距離を取るように足を早め、ノブナガとマチもそれに習った。
しかしウボォーギンとレヤードはそんなこともお構いなしに、窓下に見える血色の湖を指差し、
「あそこで泳いだらどんな気持ちかなぁ〜?キモチぃーかなぁ〜?」
「そういやさっきシャルが『泳げる』つってたぞ」
「マジ!?じゃ、後で泳いでくるぅ〜〜♪」
などと楽しそうに頭の悪い会話を繰り返していた。
「…絵画は結構持ち出されてるんだね」
2階から3階へと上がり、廊下から吹き抜けの2階ダンスホールを見下ろしてマチが呟く。
ホール内のところどころ―――壁に残る不自然な埃の跡と、残されていた脚立や壁の前に組まれた仮組みの足場をその瞳に映しながら。
それに対して、先頭のクロロはやはり振り返りもせず。その斜め後ろを歩くシャルナークが代わりにマチを振り返りながら応答する。
「特に価値の高いいくつかをすぐに運び出したんだろう。後の物はここまでの道路整備が済んだ後、とでも思っているのかもな」
「美術品を傷つけずに運び出すにはちょっと道が悪いしね。絵画みたいにパネル状の物ならなんとか…いや、どうかな。慎重にピストン輸送したのかも。
…あ、その連中が戻ってくる可能性もあるかな?団長」
「…『かも』で良いなら、あるかもな。そして城門前の死体を見つけて…、か?」
「あー、ありうるねー」
「まあ、それならそれで後ろで騒いでる2人を行かせればいい。それで静かになる」
「ふたつの意味で?」
クスッと笑いを漏らすシャルナークを、クロロは歩きながらに一瞥する。
『別にそういう意味で言ったわけではないが…』と思ったのも束の間、…まぁ間違いでもないなと思い直し、何か言おうとしたのをやめた。
「つったってよォ、オレ達だって徒歩だしこの人数じゃそんなに多くは運べねーぜ?どうせなら全員集めりゃよかったのによ」
「オレ的な目当ては一つだったから事足りるかと思ったんだが、見立てが甘かったな」
ノブナガの意見に、フッと笑みを零したクロロ。
やはり事前の情報収集はシャルにも手伝わせるべきだったか、などと考え―――
そしてその場にピタリと立ち止まった。
"それ"が、すぐ後ろを歩いていたシャルナークやマチ、ノブナガ達に警戒感を与え、3人ともがおのおの準臨戦態勢に移る。
周囲に気を巡らせて、場に緊張感が走る。
すると、だいぶ後ろを歩いていたウボォーギンとレヤードにもそれはすぐに伝わったらしく、2人も警戒心あらわに駆け寄って来た。
「……何だ?どうかしたか?団長?」
「…どうも尾けられているな。視線を感じる。…警備の人間か?」
「いや、複数じゃないと思う。…勘だけど」
「あー…。もしかしてオレかもぉー…」
警戒を強めるクロロ以下5人に対し、レヤードが『やっちゃった』ような顔で手を上げ、白状する。
「…心当たりあるのか?レヤード」
「ん〜〜〜…2週間ぐらい前ー?からかなぁー。ずっとさぁ、近くに居てぇ…。襲ってきたら返り討ちにしてやるのにさぁ。ぜーんぜん襲ってくるわけでもなくてさぁ―――?
オレに恋した女の子が声かけようにも声かけられなくてついて来てんのかなぁー?なんて思ったりもしたんだけどさー。ほらー、オレ結構見た目カッコいいって言われるからぁあ??」
「うん。たしかに見た目はね」
「中身知ったら一瞬で幻滅できるレベルの、掛け値なしのゴミクズ野郎なのにな」
「ひゃ!?そこまで言われるほど酷くなくないィ!?」
「なんだ『ひゃ!?』って」
「…わかった、少し黙れ」
話が逸れそうになるのを、クロロが一言で諫める。
そして「よく山越えついてきたなぁ…ぜってギブると思ったのにさぁ、ん〜…」などと気まずそうに口を尖らせ、後ろ頭を手で掻いているレヤードに向き直り、言う。
「なんにせよ、次からはそういったしがらみは全て仕事前に片付けてこい。わかったな、レヤード」
「ん―――…、りょっっ☆」
了解の意味だろう、どこかの少女人形のようにぺろりと舌を出してウインクしつつ敬礼のポーズをとるレヤード。
ふざけた格好に、クロロ以外の4人からの冷たい視線がザクザクとレヤードに刺さるが、レヤードはそれも特に意に介さず。
『今回はこの場でいい。片付けろ』というクロロからの暗黙の指示を受けとって、レヤードは3階廊下から吹き抜けの2階ダンスホールを見下ろし、"それ"を待った。
ホールの正面入口ドア。その向こうに、"それ"が居る。
しばらく"それ"は、ドアの向こうで待っているようだったが―――
クロロ側が『気付いた』ことに向こうも気が付いたのか、やがて観念したかようにホールの扉を静かに開けた。
猜疑心か好奇心か、それとも無関心か。内に秘めたものはそれぞれ違うだろうが、とにかくその場に集まっていたメンバーの視線が一斉にそこへと集中する。
(男…?)
ゆっくりと扉を開け、這い出てきたのは見たことのない顔の青年だった。
黒く長いマフラーを膝あたりまで垂らし、それとほぼ同じ丈の黒の―――変わった意匠を刻んだコートに身を包む。
不揃いに切り落とされたばさばさのプラチナブロンドは目元を覆い隠すほど長く、非常に表情がわかりにくい。
一見すれば幽鬼のような、20代も後半ほどの色褪せた顔立ちの男が1人、ゆらゆらとホール内へその姿を現した。
「1人か…。初めて見る顔だね」
「知り合いではねーんだろ?レヤード」
「ぜ〜んぜん!」
「…おいお前、そこで止まれ」
伏せ目がちに開かれた青年の色濃いブラウンの瞳は、その場の誰の事もまるで見てはいなかった。
ノブナガの制止の声も、聞いているのかいないのか…。青年はコツコツとホール中央へと進み出てくる。
「はん、止まる気無しかよ。いい度胸じゃねぇか」
「いい、ウボォー。オレが聞こう。……貴様何者だ。何の用でここに来た?」
歩みを止めない青年を迎え撃とうと拳を鳴らすウボォーギンをクロロが止め、尋ねた。
その声にはわずかに、警戒と殺意をこめて。
それでやっと青年は少し顔を上げたが、しかしその歩みは止まらなかった。歩きながらに、ぽつぽつと語り出す。
「…すみません。私の名はエリク。タリアの郊外で塾講師…のような仕事をしていました。このたびはあなた方に少し尋ねたいことがあってここまで来たのです」
「そうか…では先生。わずかの時間で構わない、その場で止まってくれ。でなければ敵とみなして問答無用で即殺する」
「ああ…はい、わかりました。すみません」
言われて周りの異様な雰囲気に気がついたのか、キョロキョロと辺りを見回してから青年は足を止めた。
そしてぺこりと会釈をする。
殺気満ちるホール内部を平然とした様子の青年。
一片の動揺も無く落ち着き払ったその姿に、クロロだけではない、他の蜘蛛達もこぞって目を細めた。
凝をした目に写るのは、体に薄く纏うオーラだけ。能力を隠しているわけでもない。
纏ったオーラも、この青年が一般人なのか能力者なのかすら判断つきかねるような弱いものだった。
「……で?塾の講師なんかがはるばるタリアからこんなところまで、オレ達に何を訊きに来たんだ?良ければ聞かせて欲しい。
ここまでオレ達を追ってきて、まさかオレ達のことを知らん訳でもないんだろう?」
「ええ知っています、"幻影旅団"。知ったからこそ私はここに来たんです」
「ほう?では一体何用でここへ来たんだ。先生は自殺願望でもおありなのか?」
―――幻影旅団。特A級賞金首。
数か月前タリア方面のごく近い地域で、仕事ついでに警官隊や賞金首ハンター達を派手に蹴散らし、死体の山を築いたのはまだ彼らの記憶に新しい。
極め付けにはテレビや新聞にてまるで巨大災害のように恐怖と畏怖の存在として大きく報道もされて、幻影旅団の名は一般人でもある程度は覚えがあるはずだ。
そんな彼らの元へと、タリアから青年がやって来た理由。
冗談のつもりでクロロが『死にに来たのか?』と尋ねると、エリクと名乗った青年は考えるかのように少し首をかしげた。
しかしその後エリクの口から出たのは、意外にも肯定の言葉だった。
「自殺願望……そうなのかもしれません。人から言われたのは初めてだけど…たぶんそうなのですね……。僕は死にたいんだ…、でも」
「……でも?」
「まだ死ぬ前に一つだけやらなければならないことが私にはあるから」
そう言ってエリクは黒い皮手袋を着けた右手で、スッと自身の右頬を指差した。
「あなた方の中に…、右頬のココにイレズミを持つ方がいますね?「4」という数字が描かれた蜘蛛のイレズミです。
私はあなたをずっとずっと探して……追いかけて……今日ここに、会いに来たんです」
「…なんだ、やっぱりレヤードじゃん!」
「目立つもんなぁお前」
「イレズミ顔に入れたバカはこいつだけだもんなぁ?」
そう言ってシャルナークとウボォーギン、ノブナガがレヤードを茶化す。
指名されたレヤードはたまらなく嬉しそうに両の目を三日月状に細め、今にも大声で笑い出しそうなのを抑えるように凶悪に顔を歪め、嗤った。
「―――フヒヒヒッ!!やぁあっぱりぃい〜〜〜!?いーね!!オレご指名ぇ!??―――ヤッて良い?殺していーよね!??この場でさぁああ!!殺して良いよねぇ!!?ね――っ団長ォ!!」
身体を反らし、舌を出して目を見開いた狂い笑顔でレヤードはクロロを見る。
翠緑の奥のどす黒く濁った"泥濘"が、ドロドロと絡みつくかのようにクロロの漆黒の瞳を捉えていた。
"あの日"のそれと何一つ変わらない、レヤードの"それ"が――――
「……ああ。やれ。思う存分な」
「イぃェエ〜〜〜ッ!!」
静かに頷いたクロロの姿に、レヤードは嬉々として3階の廊下から吹き抜けのホールへと飛び降りて行く。
「ねっ、ねーっ!オレとアンタさー、どっかで会ったっけ〜〜!?悪ぃけどオレゼーンゼン覚えてねーくて、どこどこ〜?なんで会ったっけ??つーかぁ、結局オレに何の用事ィい?」
「私とあなたは、おそらく初対面なので…覚えていないのも当然と思います。けれど……あなたは、殺した人間のことは覚えておいでですか?」
「は!?…ん〜?殺した人間んん〜〜〜?ん〜〜〜…??んなもんいちいち覚えちゃねーかなァ…。殺した感触なら結構前のでも覚えてるんだけどねぇえー?ヒハハハッ!!」
「そう…、そうですか………」
レヤードの言葉を聞き、エリクは心底悲しそうな目をして顔を伏せた。
話が進まない事に不満を感じたのか、レヤードは割合大きな声を出して無理やり先を促す。
「…んーでぇ??それが何?結局なんだっつぅの?んーなクダラネー事とかぁ、ど―――でもいいから、早くヤろーよぉ?
今日さぁ〜、ほーんと全然遊んでなくってぇ。だから、どーせならたくさん楽しませて欲しーんだけどさ〜〜〜??」
「……くだらない、ですか?」
「…ファッ!??…えっ?何が?…殺した人間のことォ?―――えっ??くだらないよね??死んだ人間のためとかさぁ…。
死んだらそこでぜ〜〜〜んぶ終わりっ!あとに残るのはァ、血とクソの詰まった汚いゴミじゃん?
そんなもんにいつまでも囚われてるとォ、人生損しちゃうと思うけど〜?それよかもっと前向いてみたらどーお??そのほーが楽しーんじゃないっカナ〜〜〜!?」
ひゃっは、と笑ってレヤードは身体を折る。
言われたエリクは泣いているのか、うつむいたまま小刻みに肩を震わせていた。
「んん〜〜〜〜……?何これ?なんで泣いてんの?うざっ。死にたいとか言ってっしさぁ…。生きてねーと生きてる意味なくね?
そこまでそんなゴミが良いんなら、もーさっさと一緒にゴミになっちゃえばいいのに…。よくわかんね…。
…んあ、そーだ!!だったらさぁ、そんな死にたいならァー、オレが手伝ってやろーか!!?殺すのは得意だぜ〜オレ♪おっけ、良いんじゃね!利害一致じゃんそれ!?ど?セ〜ンセ?」
場違いにニコーっと笑ってレヤードが尋ねてくる。…が、エリクはふるふると力無く頭を横に振った。
「……それでも…、私にとっては大切な人だったんです…。幼い頃から一緒だった…、もう彼女以外の人をあれほど深くは愛せない……。私にとっては唯一の」
「えー?あー…、ハイハイわかったし、も〜〜」
レヤードがつまらなそうに肩をすくめる。
……と、とたんに鋭い殺気がエリクの方から漏れた。
それに気付いた階上の蜘蛛達が、ピクリと反応する。
レヤードもまた、頭の後ろで組んでいた両手をするりと解いて、わずかに歩幅を開いた。
口元に笑いを浮かべつつ、青年の動きに細心の注意を払って。
「……んーで?つまりィ〜〜〜?アンタは」
「…お前を殺すっ!!」
言い放った次の瞬間、エリクの姿がレヤードの目前へと飛び移って来る。
その地を蹴る足はレヤードが思っていたよりもずっと速く、一瞬で間合いを取られて、その4番目の蜘蛛は口元の薄笑いを消した。
「……ッいて、っ!!」
エリクの手に握られた細く銀色に光る何かが、レヤードの翠緑瞳を狙って風を切る。
とっさに顔をそらしたので目を狙ったそれを避けることはできたが、そのままヒュウッとエリクの手は目元をかすめ、鋭い痛みがレヤードの頬に走った。
「チ、…っぜぇなお前ェえ!!」
「うっ…、グフッ!?」
ガッと力任せにエリクの顔を裏拳で殴りつけ、よろけた隙に右のミドルをその脇腹に叩き込んだ。
やせ細ったエリクの体はいとも簡単に転がって、ホールの端に寄せられていたいくつかのテーブルと椅子の間に突っ込む。
レヤードはエリクの動きに注意を払いつつも、先ほど銀色の何かが撫でていった頬にそっと指を伸ばす。
頬に触れた指には血がぬるついて。
エリクがその手に握っていた銀のナイフは、レヤードの右の目元に刻まれていた12本足の蜘蛛を真っ二つに裂いていた。
「ほー?レヤードの防御を貫くたぁ…結構やるかもなぁ、あの兄ちゃん」
「…って言っても今のは完璧油断してたレヤードが悪いと思うけど」
「悪い癖だよね。本当に殺されるんじゃない?あいつ」
「オーイ、手伝ってやるかー?レヤードー?」
「うるさいからぁ!?外野のヒトタチはちょっと黙っててくれます!!?」
「あははは」
好き勝手に野次を飛ばす他の蜘蛛達を怒鳴りつけるレヤード。
面白くないのか、「あーあー、うざった!!マジでさぁあ!??」と大声で悪態をつきながら、一番近くにあった壁際に組まれた鉄の足場を蹴り崩し、その中からガラガラと手ごろな長さの鉄パイプを1本拾い上げた。
そしてその鉄パイプを、レヤードは自身のオーラですっぽりと覆ってしまう。
「………強化系…ですか…?」
「さぁーてどーかなっ♪…アッハハ!ほーらぁ!!」
「…っ!!」
いまだ椅子の合間に体を埋めたままのエリクに向かって、今度はレヤードが攻勢に回る。
エリクがその場から抜け出す前に、レヤードは一気に距離を詰め、手に持った鉄パイプをエリクの頭めがけて振り下ろした。
「く…!」
エリクは全身からありったけのオーラを集め、鉄パイプの一撃を両腕でガードするものの――――
「ぐっ…!?」
「…ハハァ、ざ〜んね〜〜〜ん。ガードじゃなくってぇ…、ちゃーんと避けるべきだったねぇ〜〜〜?セーンセ?」
鉄パイプをガードしたエリクの腕が、レヤードのオーラでバッサリと『切れた』。
吹き出す血飛沫がレヤードの顔へとかかり、レヤードは嬉しそうに舌を出して笑った。
「…変化系か…」
「ヒャハッ、どーかなぁあ―――っ!?」
「がっ!?」
卑劣な笑みをその顔に浮かべながら、レヤードはざくりと青年の太腿に鉄パイプを突き刺した。
ざく。ざく、ざくりと。まるで鋭い刃物のように。
「うあっ…!あっ、ぐうっ…!」
「アッハァ!!イ〜イ声で啼くねぇえ!?そーいうさぁ!なんかぁ〜、AVのーじょゆーさぁんん?とかぁ、そーゆーのでもォ!イケんじゃねーの、センセーさぁ〜〜?アハハ!!知んねーけどォ―――!」
刺す毎にあがるエリクの悲鳴。
ぼたぼたと滴る血の音に気を良くし、レヤードは至極楽しそうに笑い出す。
「―――なァ!?ハハッ、ホラ!なんだっけぇ?アンタ!?オレに用事っつってたよなァ〜!?あれさぁ、オレ、よくわかんなかったんだけどォ〜〜!もう1回っ、聞かしてくんないかなァ―――!?ねーセンセ〜〜〜!?ヒャハハハハハ!!」
「ぁあッ!ふっ…、あぐッ、ああああ!!」
「…早々に勝負ありかね?」
レヤードとエリクの攻防を3階から眺めていた他の蜘蛛―――
一番に、マチが呟いた。
「ま、初見じゃあんなもんじゃない?あの場面はガードするよ。あんな鉄パイプに纏ったオーラが『切れる』なんて普通思わないしさ」
大体は"周"だと思うよね。とシャルナークがマチの言葉に続く。
「強化系装うのだけは上手ぇからなぁ、あいつ」
「ああ、あいつバカだからな」
「…だーからそこ!外野!!さっきからうるせーっつってんの〜〜!!つーかお前ら強化バカコンビにだきゃあバカバカ言われたくありませんからぁああ!!?
わかってますかぁ!?ちょっとそこのウボォーさんとノブナガさんですけどォオ!!?」
「おーお、バカが吠えてやがるぜ?オメーのせいだぞ、ウボォー」
「おいおい、オレが悪ィのかよ。あいつは元々から救い様のねぇバカだろうが」
「だからバカって言うんじゃねーってのに、なんだよも〜〜〜!!テメーラまとめて、後で覚えとけよなァあ―――!!」
「あはは。レヤード、マジギレ禁止」
ノブナガとウボォーギンのやり取りを耳ざとく聞きつけて、ビシッと鉄パイプで2人を指したレヤード。
茶化せば茶化すだけ食いついてくるレヤードが面白くて、ウボォーギンとノブナガはそろってゲラゲラ笑い出した。
廃墟に響く豪快な笑い声と、それに地団太を踏みキャンキャンと噛み付くレヤードの声。
それをぼんやり耳にしながら―――どうして彼らはこんなにも明るく笑っていられるのだろうと、エリクは思う。
『彼女』を殺した蜘蛛。
なのに彼らの間からは反省の色も後悔の念も、後ろ暗い感情はなにも感じられず。
現に今も、目の前に立つこの「4」番目の蜘蛛は笑いながら―――合間には仲間とふざけあえるほどの余裕ぶりで―――自分との命のやり取りを楽しんでいる。
……いや、"やり取り"だと思っているのは自分だけで、もしかしたらこの目の前の男にはこれは"殺し合い"なのだと思われていないのかもしれない。
証拠に、彼は僕をズタズタに弄んで……、トドメも刺さぬ内に僕から目を離して仲間とのふざけあいに終始している。
決死の覚悟で命のやり取りに来た自分を前にしても、当たり前のように流れる"日常"と変わらない空気。
彼らとは、棲む世界からして違うのだという事を否応にも認識させられる。
僕1人だけが、相手を「仇」と息巻いて必死になっているだけだ。
実際は相手にすらされていない。
無力が口惜しい、とエリクは涙を零す。
「(………そういえば誰かも言っていたな…)」
――――『奥さんのことは残念だと思う。でも相手が悪い、諦めろ。事故だと思え』と。
でも、僕にとって唯一、たった1人の女性をあんなふうに殺されて―――『運の悪い事故だ』なんて、それこそ悪い冗談でしかないから…。
無理かもしれないのは最初から承知の上だったはず。
何もできず殺されたって構わない。だけれど最後の瞬間まで諦めることだけはしたくない。
力の差がなんだ。さあ、なんとか立たなくては。
どうせ死ぬなら道連れに。
それが無理でも、せめてもう一太刀。
一矢を報いられたら――――
「う…、ぐ…」
「おっ?……アハハ!センセェ、まだやる気なんだァー??頑張るぅう〜〜!…ホラホラぁ?もうちょっとだよォ〜〜??」
血濡れた鉄パイプを肩に担いで、レヤードが余裕の笑みでエリクを見下ろす。
エリクの脚はすでにズタズタに引き裂かれて、立つ事すらままならない状態。床には大量の血が飛び散っていた。
それでもエリクは痛みに耐え、近くに倒れたテーブルと椅子を支えに立ち上がろうとする。
「…くひ。…あ〜〜〜…そーいえばァ…、殺した事あるかもオレ〜〜?ちょっと思い出したぁあ?やさしそーな目ェの、きれーな女の子ー?
あ、"子"って歳でもなかったっけ??オネーサン?あ〜〜居た居た、アンタの顔見てたらァ、なーんかちょ〜〜っと思い出してきたカモ―――☆」
「………え…」
レヤードの言葉を聞いて、エリクがわずかに顔を上げた。
驚きと哀しみ、わずかな期待と大いなる絶望とがないまぜになったようなエリクの表情を見下ろし、レヤードはにんまりといやらしく笑った。
「アッハ♪いーね、その顔!そー。それ!そんな顔、あのオネーサンもしてた〜〜〜っ!センセーの名前、エリク、だったっけ?エリク、エリクーって、アハハそーそー!思い出した!
いつだかどっか家の前でばったり会ってさぁ。なんか知んねーけど、オレの顔見るなり急にドア閉めよーとするからぁ??思わずドア止めて追いかけちゃってぇえ―――!!
ドーブツみたいにさぁ!ちょこちょこ可愛く、家ン中逃げまどってくれちゃうからさぁああ!なんかオレ、めっちゃテンション上がっちゃって―――!!イヒヒッ!!
ついぃい、まな板の上の包丁引っ掴んでェえ、後ろからァ!ザックリ!!!殺っちゃったんだよねぇ――――!!!そのまんま背中、メッタ刺ししてさぁあ〜〜!!フヒヒッ!
あぁ……、ヤッベー…思い出したぁ…。ぅひっ…♪きんんもちよかったなぁああ…!あのオネエサン〜〜…!!クヒヒヒッ…」
手に残る感触を思い出すように、レヤードは右手を顔の前に掲げて肩を丸め、身震いする。
その手の奥で、右頬にある血濡れた「4」ナンバーの蜘蛛のイレズミを歪めながら――――たまらなく嬉しそうに笑っている悪魔。
正面からそれを見上げるエリクの頬に、一筋の涙が零れ落ちた。
――――こんな奴に『彼女』は殺されたのか。こんなどうしようもないクズに。
どんなに無念だったろう、こんな奴に無意味に嬲られて。
それでも君は、"瞳の色も変えずに"、僕の腕の中で穏やかなまま逝きたいって……!!
血まみれの『彼女』。
それでも最期に笑った『彼女』。
その姿を想ったら、どうにも悲しくて、―――悔しくて悔しくて。
そして視界が、緋色に染まる―――――
つづく
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すもも