刹那的快楽主義者◆赤い死神 03
※ご注意※

ここから先は18禁裏コンテンツとなっております。過度な暴力描写やグロ、流血、不快な発言等がありますので注意。エロはありません。

救いのない残酷描写がありますので、2話から引き続き、苦手な方は無理せずにメニューへお戻りくださいませ。



では大丈夫な方のみどうぞ。













「………ああいうところだけはホント、擁護できないクズ野郎だよね、あいつ」



3階の廊下の手すりに触れながら、階下のレヤードを見下ろしマチが呟く。


仇討ちに来たと思われる男の前で、嬉々としてその女の最期を語る……4番目の蜘蛛。




「趣味が良いとは言えねーが、オレらも人の事言えねーしなぁ」


マチの言葉に続いて、ノブナガが顎ひげを撫でながらに言う。

他人の死になど思いを馳せたことなど無い。ましてや、その死にまつわる人間の想いになど。


「まーねー」とシャルナークもまたノブナガの方を見ていつもの爽やかな笑顔のままで頷いた。



「…てか、意外だよ。レヤードなら女ぐらい、犯してから殺してそうなイメージなのに。何にもしないでただ殺すだけなんだ?なんなら殺りながら犯ってそうとか思ってた」

「ガハハ、それじゃレヤードがクズ野郎通り越して最悪のゲス野郎になっちまうじゃねーか!お前こそヒデー事考えるな、シャル」


豪快に笑い出すウボォーギンに、シャルナークは「えー?だってさあ…」と失笑を零しながら言い訳を始めようとする。

それを「…とやかく言うつもりはないけど、そういう話はアタシの前ではやめてくれる?」とマチが、わずかに不快さをにじませた目で横目に睨んだ。



「アタシが言ってんのは、レヤードのあのおしゃべりの事だよ。いつも思うけど、あんなのわざわざ言わなくたっていいのに」

「あいつは思考しないからな。思ったことがすぐ口に出る。性嗜好に関しては、本人が言うには、セックスやそういうことは好きな女とだけしたいそうだ」


と―――マチの意見に対してクロロが後ろから淡々とそんなことを言う。『そんなこと全然訊いてないだろ』とばかりにマチの眉間にムッとしわが寄った。

場の男達はというとクロロの言葉で一瞬静かになって、…そしてその場で爆笑が起こる。



「がははははっ!!なんだそりゃ純情かよ!」

「えー…、何その情報。いらなっ」

「んな事言って似合うツラかってんだ!あの殺人趣味がどの口で言ってんだァ?なあ!?かっかっか!」



「…あのさ団長。ホンットーにそれ、レヤードの奴が言ってたのかい?」


ワイワイと盛り上がる男共をよそに、マチが真顔で、もう一度クロロに尋ねる。



「なんだ気になるか?…あれはいつだったかな…。3年…4年前か?まだあいつが"飼い犬もどき"だった時に、ちょっとな」

おぼろげな記憶を辿るかのように少し虚空を見上げ、首をかしげながらクロロは呟く。



「そうだな…。たしかその時の、遊びのはずの女がちょっと面倒な感じになってきた頃だったな。『そうだ、あいつの餌づけ用にするか』とその女をレヤードの前に差し出したことがあったんだ」

「…ちょっと待って団長。さすがに引く」


少し怒ったように眉間にしわを寄せ、わずかにそこらの平凡な少女らしい反応を見せたマチに、クロロは「まあ、若気の至りだ。」と愉快そうに笑みを返した。






――――『へえ。貴方の友達やってる人っていうのもやっぱり格好良いカンジの人になるのね、クロロ。…何?今日は新しいプレイ?』



頬を染め、そう言ってまんざらでもなさそうにレヤードを部屋に引き入れ、ベッドに座って足を組んだ女。

着ていた服の肩口をあざとく落とし、色っぽくしなを作って微笑んだ女を前に『お前の好きにしていいぞ』とクロロはレヤードに耳打ちした。


それを聞いて「マジ!?やりィ〜」と歓喜したレヤードは、すぐさま手近なガラスの灰皿を手に嬉しそうに笑いながらその女を殴殺した。


それからその凶犬は、血の滴る灰皿を片手に握りしめたままでゴソゴソと女のバッグを漁り始めた。



「……意外だな。殺す前に楽しんだりはしないんだ?」

「え〜〜〜?オレめっちゃ楽しいけどぉ〜〜〜?おっ、アメ玉持ってるこの子〜〜!」



そう言ってレヤードがバッグから取り出したのは、二つの小さな飴の袋だった。


見ていると、レヤードはその二つのうちの一つを「あげるぅ〜〜!」とクロロの胸元に山なりに投げて寄越してきた。

それをおざなりに受け止めながら、「そうじゃなくて」と続けてクロロは、上機嫌に飴玉を口に放り込むレヤードに尋ねた。


「レヤードは殺すのしか興味ない感じなのか?相手が女なら、その前にその女としておきたいとかは思わないんだ?」

「うぇっ、なにこのアメまっず!変な味するっ!」

「…のど飴だからだろ?……どうなんだ?」


甘さを期待して口に入れたはずの飴玉がハーブのど飴だった衝撃に、レヤードはすぐに飴玉を手に吐き出した。

しかし結局は「のどアメぇ??…ま、いっか」と再びそれを口に入れ、「…で?なんだっけぇえ〜?」とバッグを前にしゃがみこんだままクロロの方に顔だけを向けて来た。



「レヤードは女殺すのしか興味ないのか?って。女を犯ったりはしないんだ?」

「ん〜?…オレ別に女だけ狙ったりとかぁ、エリ好みはしたことねーんだけどなァ〜?クロロはオレの事、どーいう目で見てたん〜〜?オレそんな女ばっかり殺ってるように見えたかなぁ〜?そんなキチクに見えるぅう〜〜??
 オレは別に、殺るのは女じゃなくても良いしィ?オジサンでもオニーサンでも、ジーサンバーサンでも、なんならコドモでも、サベツぅ?…は、しないよお??殺すのは、みんなカンジ違うしさぁ?なんか良いモン持ってるならさぁ。
 ……てかー。その前にィ、エッチなのとかぁ〜、そういうのは、どうせするならちゃんと好きな女の子とだけヤリたいなぁあーオレ〜」


血濡れた灰皿を、教師が指示棒を揺らすように肩の高さでくるくると揺らしながら、飴玉を頬張った口で舌っ足らずに答えたレヤード。

灰皿をゴトンと床に投げ捨て立ち上がり、「つーかさぁ」と前のめりにクロロに詰め寄って来て、さらに続ける。


「クロロは顔が良いからぁー?付き合う女はみんなクロロを好きになっちゃうからァ、ダイジョーブだと思うけどさぁあ??
 ちゃんと気ィつけとかないとぉ〜、いつかお前、大事なチンチン失くしちゃうよ〜〜?痛い目遭ってからじゃ、遅いんだからさぁ〜?気を付けないとォー」

「……何その話?」

「え〜〜〜?知らねーの?クロロぉ?女はねぇ、女はねぇ、好きでもない男に抱かれちゃうとぉ、その男のチンチン鉈でズンバラリンにちょん切ってねえ?焼いて食べちゃうんだよぉー!?ヤバくね〜!??絶対やだ〜。
 …クロロお前さー?女遊びとかぁ〜別にいーけどさぁあー。ホント紙一重ぇえ?…の、あぶねー感じだからぁー、気を付けなよな〜〜!?」







「……………え、なにそれ?」


と――――目を点にしたシャルナークが、淡々と語っていたクロロに問いかけてくる。

訊かれたクロロもまた、シャルナークの方に視線を少し動かし。


「…いや、オレもな?聞いたんだぞ?『急になんでそんな怪談なんだ?』って。もしかしてなにか、あいつなりの面白い冗談のつもりだったのかと思ってな。そうしたらあいつ」




――――階段?…なんで階段??……何ぃ?もしか冗談だとか思ってるぅ??―――マッジで!本っ当!それでオジサン何人もやられてんだからさぁあ!?知らねーなら気ィ付けろよマジでお前ェ、クロロさぁ!!

オレだってガキんころ、寝込み襲われてさぁああ!!目ェ覚ましてマジ間一髪ぶん殴ってっ!!こんんっなデッカイ錆びた鉈ぶん回して、ボッサボサの、髪の長いさぁあ―――!!




「……とな。」

「…え?待って、団長。怪談の類じゃなくて体験談なのそれ?」

「らしいな。どうやらレヤードの棲みついていた地区に本当に居たらしいぞ?そういう鉈女が」

「…こわ」




『普段からぶつぶつ言いながらそこら歩いててぇ!でも顔はいーから、新参のオジサンとかすぐ騙して連れてくんだよぉー!!?
 「きみ、すきなおんなのこはいる?あたしはすき?すきでもない子とこんなこと、できないよねぇええ??」―――ってぇ!?知らない間に横に寝ててェ!!?
 怖い!オレなんもしてないのに!!めっっちゃ追いかけられてさぁああ―――!!!』



涙目になりながらそう言って詰め寄って来るレヤードの姿を思い出し、ふっと息を吐くように笑みを零したクロロ。



飴玉1個2個のためだけに――――いや、違う。


着飾った女の、身に着けたアクセサリー。ブランドバッグの中には同じブランドの財布も、カードも現金も、もっと上等なものはなんでもあったはずなのに。

飴玉1個2個を見つけたぐらいで満足なのか。血を浴びて、殺したその事実だけで満足なのか。そんな男が。




「…何が『怖い』だ。どの口で言ってんだあのバカ」


ノブナガが呆れ果てた顔で改めて吐き捨てるように言って、階下のレヤードを見下ろす。

シャルナークもまたその横で「ホントだよw」と同調したように笑い声を零した。



「そんな女よりもレヤードの方がよっぽどタチ悪い殺人鬼の癖にね?」

「そうだな。だが案外侮れないほどのトラウマらしい。先日"ホーム"に戻った時にも、『―――まだいたァ!!しかもなんか3人に増えてたんだけどぉお!!?』……とオレに泣きついてきたからな」


「―――ぶはははは!!なんだよダッセェなレヤード!!」

「いや、怖いってw」

「まったくだ!なんだ、3人って!?3人とも鉈持ってか!?かっかっか!」

「ふむ…。荒れ果てた場所に似たような精神状態の女が集まったか、共依存の果てのシンクロニシティか…。もっとシンプルに、念能力かだな。実際見てないから何とも言えないが」

「いや、団長。別にそこの分析はしなくていいから」


マチが冷静に突っ込むと、「…そうか?」とクロロは思案の体勢からゆるりと姿勢を直す。


「とはいえその経験のおかげ…と言っていいのかわからないが、さほど女に興味のない奴でいてくれてこっちは助かっている。
 女が嫌いなわけじゃないんだろうが、女だからと殺し方にこだわることも、女にばかり執拗に執着することもない。逆に情けをかけるようなこともないしな。
 あれで性欲まで持て余すような奴だったら目も当てられん。ウザさ倍増だ」

「ぷっ…確かに。…っていうかやっぱり団長だってレヤードの事ウザいとか思ってんじゃん?」


シャルナークが笑って言う。

するとクロロも、それにつられたのかわずかに笑みを浮かべて再びシャルナークを見てきた。


「フッ…。普段のあのおしゃべりはさすがにな。だが場合によっては便利なんだぞ?あの饒舌さもな」

「ぇえー?ホントにそんな時ある?絶対にウザい事のが多いでしょ?白状しなよ」

「…そうだな」



そう呟いて、目を閉じて笑うクロロ。


それを見て――――『まだオレの知らない表情(カオ)もあったんだなぁ』とシャルナークは思う。



レヤードという男の事をシャルナークはずっと苦手としていた。

入団当初から、レヤードという男とは気も合わないし、話も合わない。今でもそうだ。


とはいえそれでもレヤードの事を話すクロロの顔を見ていると、少しは興味がわいてくるというものだ。



どういう付き合いをすれば、この幼馴染の鉄面皮にこんな顔をさせる事が出来るのだろう?

一見すればあんな奴、理知的なクロロとだって到底、早々に打ち解けるとは思えないのに。


接点の無さそうな全くタイプの違う2人の、その奇妙な友情…のようなものは、どこからどういうふうに始まってどうやって育まれて来たのだろうか。


この仕事が終わったら、その宴席ででももう少し詳しく聞き出してみようか。などと考え、シャルナークもまた楽しそうに笑みを深めた。







知らぬ間に何やら賑やかに盛り上がっている階上を、「なぁ〜んか、さっきからうるっさい……」とレヤードは楽しい気持ちに水を差されたような顔で不愉快そうに見やる。


自身の名前が聞こえるような気もしなくはないが、彼らの盛り上がり様を見ればどうせまた自分に関するロクな話じゃないのは明らかで。

レヤードは聞こえないふりで再び正面に顔を向けた。




眼下では、倒れた椅子に埋もれ血まみれの無様な姿でエリクが座り込み顔を伏せている。



『お前を殺す』、と息巻いて、自身を追ってはるばるやって来た男――――



……オレを殺す?この程度の力で??

笑わせる事言うよなぁあ〜〜?とニヤニヤとエリクを見下ろしていたら、そこでエリクがその頬に静かに涙を伝わせて泣いていることに気付いて、レヤードは再びニマッといやらしく笑った。



「―――アッハ!あっれれぇ〜〜?なーに、センセー?何泣いてんのォ〜??ねーねー、どしたん?いい歳のオトナがさぁー、そんな泣くなってぇ〜〜?
 死んだゴミのためとかぁ?そんな意味ナーイ事しに来てぇえ?こんなボロクソにオレに返り討ちにされてさぁあ〜〜?フヘヘッ!
 くやしーとかぁ、気持ちはわかんなくもないけどぉ〜?…あー…ごぉんんめっっ!やっぱワカンネ!!ヒャハハハッ!!ま、いいや。よしよ〜し」


そう言ってレヤードはエリクの真ん前にしゃがみこんで、犬でも撫でるかのようにエリクの頭をグリグリ撫でた。


罪悪感のカケラも見当たらないような、楽しそうな顔で。悪意無く、レヤードは笑う。



しかしエリクはもはや、それにも何も反応しなかった。

ただ静かに、肩を震わせ大粒の涙を落として泣いていた。



…んん〜〜〜?つまんないなぁ〜〜?と、エリクの反応の無さにレヤードは口をへの字に曲げる。



「ん〜……じゃあさ、もう死んじゃう?やる気も失くしたんならさぁ。オレがセンセーをあのオネーサンのトコまで送ってあげよっか?それでもう良くね?
 オネーサン殺したこの手で、アンタの事も殺してやるからァ〜〜??フヒヒッ!
 そしたらあとは、あの世〜?とかぁ?…よくわかんねーけど、仲良く2人で幸せに暮らしましたとさーって…、出来んじゃねーのぉー?めでたしめでたしィ〜〜??
 良いじゃん。それで満足しなよな、…ね?アンタの事も、ずーっと覚えててやるからさぁあ!!!この手で、……なァ?」



まるで状況に合っていない屈託の無い笑顔をエリクに向けたかと思うと、次の瞬間には一変、残虐な殺人鬼の顔に変わる。


鷲掴みにしたエリクの頭を力いっぱいに引き上げ、白い首を晒した。

そして握った鉄パイプを―――オーラの刃を、エリクのその首に当てる。



じりじりと刃を引くと、傷口からタラリと血が玉になって溢れ出し。


腕も、脚も血まみれでガラクタに身を預けるエリクの体はもはやすでに汚いボロ雑巾のようでもあったが。

それでもばさばさの長い髪とマフラーによって隠されていた白い肌には血の赤が良く映えて。


嗜虐趣味なレヤードの感情をますます煽った。




このまま派手に首を引き切って血を浴びるのも、死なない程度にじわじわと切り刻んでいくのも。

どっちも良い、どっちがイイかなァー?と、その、"黒"をことさらに色濃くした翠緑を楽しそうに歪める。



「ん〜……。ん?」


しかし迷う間にふとエリクの瞳が視界に入り、レヤードは手を止めた。





「……あれ…?アンタ、その目……?」


そんなに赤かったっけ…?とレヤードはわずかに眉間にしわを寄せる。





いつのまにか、長いプラチナブロンドの間から見えるエリクの瞳がそれまでの濃いめのブラウンから色を変え、燃えたぎるような真っ赤な緋色へと変化しているのに気付いた。


じっとレヤードを見据えてくる、涙で濡れた赤い瞳。


人を殺す感触以外にあまり頓着が無いレヤードが、それでも一瞬で意識を囚われてしまうほどに美しく蠱惑的な―――赤い血の色。





「ハハハハ。…オーイ、なんだよレヤード。どうしたー?」

「……目……。なにこれ…。センセーの目ェ…赤く色が変わっ……ぇええ〜〜!?なんだよ、これ…。何ィ??これ……すっげ、赤い色…キレェ……」



階上からのウボォーギンの問いかけに、レヤードはエリクの瞳から目を離さないままで答える。

レヤードのその言葉に、今度はクロロがぴくりと反応した。




―――変化する瞳。


赤く変色する、それ。






「……ッレヤード!!」

「ふぇあッ!?…なにゃっ、何ィ?団長いきなりぃ〜〜??」


3階廊下から身を乗り出し、珍しく叫ばれたクロロの突然の声にレヤードどころか近くにいた他の蜘蛛たちまでがぎょっと驚いてクロロの方を見た。



「……なーにィ?急に、……団長ォ〜〜〜?」


エリクの身体をどさりと投げ出し、立ち上がって、肩に担いでいた鉄パイプに両腕をかけながら、レヤードは3階のクロロに改めて振り返る。



「今すぐにそいつを殺せ!お前のそのギロチンで即座に首を刎ねろ!出来るだろう!」

「ええ?急にマジでどーしたわけ?別に良いけどさぁー。…あー…?もしかして団長、……これ『欲しい』の?」



エリクの赤い目を指して、レヤードは問いかける。


その翠緑をまっすぐにクロロの黒い瞳に向けて。



交わる視線。レヤードと、そしてクロロの。





最初に―――2人の間で、最初に約束したことだ。クロロがレヤードを、蜘蛛に引き込むその時に。



「レヤード」

「……んー?」


薄汚れた流星街の瓦礫の中、鉄パイプを胸の前に抱えた格好でしゃがみこむレヤードの、その横に立ったクロロ。

レヤードの手には少し前にクロロから貰ったビスケットが握られ、それを一口頬張ったであろうレヤードの口元がモグモグと動いていた。


「…なーんか言ったぁあ?」


口の中の物を飲み下し、正面を向いたままでそう訊く。

するとクロロは、いつもの穏やかな青年らしい声からずいぶんと声色を変えて、低く、冷たく語りかけてきた。



「オレがお前に与えるだけの、『飼い主ごっこ』はもう止めだ。―――オレがお前に欲しいモノをくれてやる。
 だからお前はこれから、オレの欲しいモノのために働け。スレた"飼い犬もどき"から、オレの本当の飼い犬に。……オレと一緒に来い。レヤード」



そう言って手を差し出して来るクロロ。


急に何の話かと怪訝そうに横を見上げたレヤードの翠緑瞳が、クロロの黒い瞳と視線を交える。

それからレヤードは、目の前に差し出されたクロロの手のひらに視線を移して、珍しく少し考えるかのようにぼんやりとその手を眺めていた。


…が、そのうちに再びクロロの黒い瞳へ視線を戻して、レヤードはにんまりとその翠緑の奥の"黒"を色濃く歪め笑った。




「……いーよぉお?ホントにオレの欲しいモノ、お前がホントにくれるんならねェ〜?クロロ〜〜〜??」



手に持っていたビスケットをもう興味をなくしたかのようにポロリと地面に落として、代わりにクロロの手を取って立ち上がったレヤード。



それからというものクロロがレヤードを呼び出すときにはいつもいつも、"約束"通りに。


―――殺しの場を用意してくれた。たくさんの、殺していい相手もくれた。


クロロの言う『お宝』にはとんと興味がわかなかったけれど、それでもクロロはいつだって自分の好きに、『殺す』のを許してくれた。



レヤードは、それだけで十分だったから。







「―――これ。『欲しい』んだよね?団長」



目の前にあるエリクの赤い瞳を指差し、今一度レヤードはクロロに問う。


クロロの―――これが、『お前の欲しいモノ』か?と。




「……ああ、そうだ。」

「…りょ〜〜かい。」




―――――なら今度はオレが働いて返す番だね。とレヤードはその口元に笑みを張り付ける。





「首から上には傷をつけるなよ。そのまま頭部だけをそのギロチンで鮮やかに刈り取ってみせろ。いいな」

「まっかし〜!」


言ってレヤードは肩に担いでいた鉄パイプを、3階から己を見ているだろうクロロに見せつけるように上に掲げて振り回した。

それからパシッと、胸の前でその両手にそれを握り直す。



「もうちょっと遊んでみたかったけど……、まー、でもォー。オレの団長が、ああ言うからさぁー?」


アンタのそのキレェな眼なら、首ごとキレイに飾っとくのもイイかもネー?と笑いながら、レヤードは手に持ったモノを大きく横に構える。



「とりあえず、サ。楽に死ねそで良かったね?セ〜ンセ?…んっじゃ、バイバぁーイ♪」



巨大な首斬りの刃を構え、処刑人が嗤う。三日月状にその口を歪めて。

そしてそのまま横薙ぎに一閃。エリクの首を飛ばすつもりで、レヤードはその刃を振り切った。







――――が。




ガッ!!





「…あり?」


思いきり良く振り切られたオーラの刃は、座り込む青年の首―――ではなく、頭上を掠めてホールの壁へと大きな傷を作る。

それを見たノブナガとウボォーギンがそろって『ヤレヤレ…』と頭を振った。


「レヤード…、オメーはどこまでヘタクソなんだ…」

「いや、違…、今オレちゃんとマジで狙ったし…、ぇええ?なんでェ?団長命令なのにさァ、いくらオレでもンなトコでギャグるわけ無いじゃんんー?え―――!?」


壁に埋まる鉄パイプの先端と、鉄パイプを握る自身の手元、そして目の前に座り込んでいる青年をきょろきょろ見比べ、焦るレヤード。

その間に、ボロボロに傷ついた脚でよろよろと青年が立ち上がった。



「…あ、センセーもしか怒ったぁー?」


自身を見据える真っ赤な瞳から感情を読み取り、レヤードは苦笑う。

そしてフラフラと自身の方へと倒れこんでくる青年の身体を、とっさに避けようとした。


……がしかし、レヤードの脚はなぜかレヤードの意思に反してぴくりとも動かず。




――――いや、脚だけではなかった。


ホールの壁に先端を埋めた鉄パイプを握る手も、腕にも。

脳と肉体とが突然分断されてしまったかのように自分の意思が通らず、微動だにできない。


エリクの流した血だまりにレヤードの黒のブーツがひたひたと浸り、妖しく水音を立てていた。



「なんだァ?」と思う間に、気が付けば目の前の青年の手に握られていた銀のナイフが自身の腹に刺さっていて。


一瞬、何が起こったのかわからなかった。



「え、あっ?えっ…?」


強化系のウボォーギンなんかには到底及ばぬものの、レヤードも自身の念能力の強さにはそれなりに自信を持っていたし。

先ほど頬を軽く撫でられたのも自分が油断していたからで、もちろんこんな一介の塾講師が使う程度の念能力で、戦闘モードに入った自分の防御が貫かれるなんてことあるはずがないと思っていた。


――――こんな優男相手に自分がやられるなどとは、そのときは微塵も。


しかしレヤードの思惑とは逆にエリクの握っていた刃渡り十数センチのナイフは根元まで深々と自身の腹へと埋まり。



「な…」


レヤードが驚愕の視線を下に向けると同時にナイフは勢い良く引き抜かれ、赤い血が飛び散った。

そして次の瞬間に、血まみれの銀色はレヤードの目の前で大きく振りかぶられる。



「ッは…!!ちょっ、ナニ…!?―――がッ!?痛った、…なんでっ、ぐふっ!なんで……あ゛ッ!!」


レヤードの制止を聞く相手でもない。


最初の一撃の激痛で身をかがめたレヤードの上に、銀色のナイフは何度も、何度も何度も何度も。

激しく振り下ろされた。




「…え、レヤード…?」

「……オイ何やってんだレヤード!?なんで反撃しねぇ!?」

「バカだね!嘗めてかかるからだよ!」

「チィッ」


なぜか為されるがまま屠られようとしているレヤードの、そのらしくない姿に、階上の蜘蛛達は戸惑う。

最後には見かねてかマチと、それに続いてノブナガがそろって3階から飛び出した。



「…残念だがそれ以上はやらせらんねぇぜ?エリク先生よぉ」

「アンタ、調子に乗りすぎ」

「離せ!!離せ、邪魔をするなっ!!こいつだけは…、こいつだけはっ!!」


マチの念の糸によってがんじがらめに捕らえられ、ノブナガから首にピタリと刀を当てられても、なおエリクはレヤードに向かおうと吠える。


血みどろのナイフをきつく握り締めたまま、緋色の瞳を爛々と輝かせて。


エリクは慟哭する。





―――こいつだけは殺す!

絶対に許さない、こいつだけは!!

殺してやる、この手で僕が…っ!!




絶対に僕が、この手で殺してやる!!!





泣いて泣いて、獣のように暴れ、吠える。


今までの物静かで穏やかな印象が嘘のような感情の吐露。

マチの糸ですら引きちぎられそうなほどに激しい、1人の男の慟哭。





「……素晴らしいな」


と…、それを見たクロロの口から、そんな言葉が漏れた。




今までにも何度か、闇市場でそれを見る機会があったが―――あれほどまでに美しく輝く緋色の瞳にはお目にかかったことが無い。

目にするだけで歓喜と興奮でゾクゾクと身震いするような、深い深い緋色。クルタの"緋の眼"。


――――美しい瞳だと思った。


今までに見たどんな宝石よりも、だ。

まさしく極美品。まさしく世界七大美色の一つに数えられるにふさわしい色。



時には役に立つレヤードのうざったいまでの饒舌が、これほどまでに役に立ったのはいつの事か。


しかしその代わり残念な事に、その瞳は今レヤードにだけ――――その瞳の本当の価値を知りもしないあいつにだけ向けられ、その貴重な光を散らしている。


それがもったいなくもあり、そしてまた、…羨ましくもあり。




―――必ずオレの物にする。

必ずアレはこの眼前に手に入れると、クロロの思考がそんな言葉で埋め尽くされた。







「…団長。このまま首、飛ばせばいいのかい?」

「ああ」


自身の手に食い込む糸に苦く一瞥をくれ、マチがクロロに向かって訊く。

なんの躊躇いも無くクロロは頷いた。



「だってさ、ノブナガ」

「…ま、これも仕事だ」


と、クロロの返答を受けてマチがエリクの首に絡む糸に力を込めようとした時。


「はッ…、ゴホッ、ぐふっ、…っ…マチ、…っ」


赤服の下の白いシャツをあちこち真っ赤に染め。

床に伏せた格好から少し上半身を起こして、レヤードがマチを見る。

その拍子に喉にでも血が入ったのか、ゲホゲホと苦しそうに咳き込み、それを吐いた。


「…うるさいねレヤード。油断してたアンタの自業自得だろ?コイツ片付けたらすぐ縫合してやるから、それまでもうちょっと我慢してな」

「…ヤベーな。もしかしてあいつ内臓までイッてんじゃねーか?」

「そんなすごい攻撃には見えなかったけど…」


「はっぐ、…がう、違う、マチ…ッ!そいつっ…、はやく離れっ…!!がはッ、げふっ……念…っ、なんで使えね…っ!?封じられる…ッ!!」


息も絶え絶えに、絞り出すようにそう言って、レヤードが力無くエリクを指差す。


その瞬間、マチはエリクからピッと視界に何かをかけられ、反射的に身をすくめ片目を瞑った。

エリクが握っていたナイフに垂れていたレヤードの血。それを頬へとかけられていた。


「なっ…、こいつ…!!」


チャチな反撃だが、逆にそれがマチを激昂させるに至る。

殺す!と即、糸に力を込めたマチだったが、突然手からは糸の手ごたえが消えて、驚愕した。


見ればエリクを縛っていたオーラの糸が跡形も無く、手から消えていた。


「えっ…、なん…!?」


糸だけでなく、身に纏うオーラ全てがマチの意思とは反対に体から絶たれていた。

まさか、と思い至ってレヤードのオーラを見ようとするが、オーラが絶たれ"凝"もままならず、思い至った「それ」を確かめる事ができなかった。


そして糸の消えたその隙に、一歩、とレヤードの元へ歩き出したエリクを「こいつっ…!待ちな!!」とマチはオーラの消えた素の身体のままで飛びかかり、腕力のみのヘッドロックで止めようとする。


「マチ、退け!オレがやる!」


とノブナガが刀を構えたその刹那に、今度は血色の鎧を着けた、脊椎から下の無い6本腕の髑髏の騎士―――がズルリと姿を現すのをノブナガは見た。

両腕を指揮者のように広げたエリクの、その背後へと。



「―――離れろマチッ!!能力だ!!」


エリクと共に髑髏の騎士の懐にもぐりこんだままのマチに、ノブナガが叫びかける。

その声に、マチは反射的にヘッドロックを解除して後ろの離れた場所へと飛び退った。



現れた髑髏の騎士はその6本ある腕の内の2本をエリクの身体へと伸ばしてそのボロボロの身体を支え、そしてそれと同時に残りの4本の腕を間合いにいたノブナガの方へとグンと伸ばしてきた。

ノブナガを捕まえようとしている素振りの4本の血濡れた腕を刀で牽制しながらノブナガもまたマチ同様に後ろへと飛び退く。


……が、ちょうど後ろに跳んだそのタイミングを狙って、4本の腕の内の1本が、腕に伝って垂れていた大量の血をノブナガに向かって追い打ちに引っ掛けて来た。

体勢を戻す前にその血を無防備に腹へと受ける羽目になり、ノブナガがわずかに舌打ちを零す。

着地の瞬間にはノブナガの身体からもマチ同様オーラが掻き消え、そして全身の筋肉もまた自身の意思に反してビタリと動かせなくなってしまった。


「ぐっ…!?こりゃ…」

「ノブナガ!?マチ!!」


そう叫んでシャルナークまでもが飛び降りてこようと廊下の手すりに足を掛けたので、ノブナガがそれを言葉でもって制止する。


「だめだ、来るな!…やられた…!操作系の能力者だ!あの鎧武者の流す血に触れたが最後、操作されちまう!オーラを絶たれて、体の自由を奪われる!」

「道理であんなひ弱なオーラで易々とレヤードの防御を貫けたわけだね!くそっ」


まだ掛けられた血の量が少なかったからか、それともレヤードの血だったからか。

動きも封じられたノブナガとは違いマチはオーラを消されただけだった。


うっとおしそうに、マチは先ほど頬に付けられた血を手に付けた指抜きのグローブで拭う。

しかし今度は拭ったその手が指先から動かなくなり、マチは「拭っても駄目なのかい…!?」と苦々しくエリクの方を睨んだ。





「ハッ…、あ…ぐっ…!クッソ…、はぁ、なんでオレっ…、こんなトコ…、―――で…っ!?〜〜〜〜ッッ!!」



激痛の中オーラも封じられ動きもろくに取れなくされた身体で、それでも必死に這いずってその場から離れようとしていたレヤード。


その片脚を、赤い鎧の髑髏の騎士がガッシリと掴んで止めて。レヤードの身体をズリズリとエリクの元へと引きずり戻す。

レヤードとエリクの血に濡れ、赤く染まった床の上を―――まるであの血の海(ブラッドプール)を泳ぐかのように。


振り返ろうとするが、脚を掴む腕にべったりと付けられた血によって重く身体が拘束され、それすらももう叶わなかった。



「(…ああ!!…あぁくそっ!!…死ぬっ…!!)」


その瞳を真っ赤に輝かせ、エリクが再び―――血色の死神を引き連れて、背後に立つのを感じる。


二度とその口を開くなとばかりに、血の拘束はレヤードから声を出す事すら奪い、無防備なうつ伏せの姿でレヤードはエリクの前に背中の急所を晒す。

それ以上、レヤードには何も出来ることは無く。



床に伸びる自身の血の痕と向かい合いながら、朦朧とした意識の中ただただレヤードは歯噛みした。



――――死んだら終わる。全部ゴミになる――――と。







そしてエリクの握る銀のナイフが、レヤードの脊椎の上で高々と掲げられた時。




「ハッハァ―――!!面白れぇ!!だったらレヤードの次はオレが相手だ!!」


そう歓喜したウボォーギンの巨体が、ドズン、と床を踏み砕きながら3階より降りて来た。



「オラぁ!!」と死神を携えた男に躍りかかるウボォーギンだったが――――


それよりも疾く、黒い閃光が音速にも勝る速度でウボォーギンと赤い死神の間を奔った。





…と、同時に男の頭部が宙を舞う。



首元に巻いていた黒く長いマフラーを、―――"色の白い貴方には黒が似合うから"と『彼女』がくれたマフラーを翻して。


そのプラチナブロンドに映えるような、真っ赤な血をまき散らしながら。




爛々と輝く緋色の双眸に最期に映ったのは、逆十字を背負った男の、闇より深い漆黒の眼差し。


エリクという1人の青年の脳裏に最期に浮かんだのは――――彼が愛した『彼女』の、自身の手を引いて微笑みかけてくる…いつものあの明るい笑顔だった。










つづく

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すもも

TopDream刹那的快楽主義者◆赤い死神 03
ももももも。