刹那的快楽主義者◆狂犬5題「デンジャラス・ライフ」



流星街のゴミの山を、一歩一歩踏み越え歩く。


見慣れた形ある薄汚れたガラクタの山が、そのうちに乾いた泥の山になっても。

リサイクルできる資源さえ取り尽くされ、乾いたヘドロのようなゴミだけが幾層も折り重なって山を為す、その合間を。


たった1人、14、5頃の年若い少年のような顔立ちの青年――――クロロはただまっすぐに前を見て歩いていた。




「…坊や。ここから先へは行かないほうが良い。この先は悪所だ」


歩く途中、拾った配線をたき火にくべて、中から金属線を取り出していた2人の老人にそう声を掛けられた。

有毒ガスを含む黒い煙とススとでマスクも服も、マスクから覗いているしわがれた顔まで黒く汚して。人生を憂うような、暗い目つきの老人たち。



「そうだ、やめたほうがいいぞ?この先は流星街でも最も荒れた場所になる。少ない物資を取り合って、生き残るために殺しも略奪も厭わん荒くれ者共が昼も夜も無くうろついているよ。
 坊やみたいな品の良い子供は良い餌食だ。何を盗られるかわからん」

「そうだ、そのきれいな黒髪の1本までもむしられて、目玉も皮膚も歯も、骨から内臓から、命までも失くす前に早く中央へ帰りなさい」


聞こえの良い忠告のようでその実、老人たちの視線はクロロの姿を上から下まで舐めまわしていた。

まるで品定めをするような、卑しい目つき。



「…ああ、爺さんたちもその類やってきた人たち?」

「いやいやとんでもない。坊やみたいな活きの良いの相手にこんな年寄りが。…ひひ。純粋に忠告で言っているんだよ?
 けれどこの先に行くなら気を付けたほうが良い。坊やみたいなのはうかつに眠る事さえ許されない場所だからね」

「そうだ、怪我一つでも負って動けなくなってごらん。ワシらとてどう変わるかわからんよ。身体には気を付けることだ。ひひ…」

「大丈夫。オレはここへ遊びに来たわけじゃない。人捜しに来たんだ」

「ほお…。こんな場所へ、誰を捜しに来たというんだい?ここの住人になら多少わしらも覚えがある。話してみたら力になれるかもしれんよ?」



「そうだな…。じゃあまず、『カミヤリ』」


「ほほ。そりゃまた」

「広い縄張りに大勢の手下。臆病者の本人は滅多に表に出てこないが、ここらでは一番の名売れだの。ひひ」


「あとは『黒蝶』、『リーパー』、『三羽カラス』。そんなところだ」


「……ふひひひ!『三羽カラス』とはまた懐かしい名前を聞いた!」

「ひひひ!そうだ『三羽カラス』はもうここにはいない!…とはいえ四つ共、悪所に轟く二つ名ばかりじゃないか。なんだってそんな奴らを捜しているんだ?坊やのような子供が」


「まあいろいろとね。彼らは念を使うと噂で聞いたから。オレも能力を手に入れたばかりで、今後の修行の参考にでも見せてもらおうかと思って」


そう言って綺麗に笑って見せると、老人たちは一瞬呆けた顔になって。

それから――――腰を丸めて肩を揺らして、咳をするように下劣に笑い出した。


「ひひひひ。そりゃあ豪気だ。参考にする前にやられっちまうよ?坊やのようなのがたった1人で」

「そうだ、よほど自分が見えていないか。威勢のいい口も大概にしたほうが良いぞ?
 がむしゃらな攻めは若さの特権だが、過信も慢心も若さゆえに陥りやすい罠だ。死んでから後悔しても遅いのだぞ?坊や。ひひひひ」

「まあそれこそこの先の連中が教えてくれるだろう。遭った瞬間に死ななければ幸運だがの。ひひひ」

「そうだ、坊やが死んだらわしらがキレイに片づけてやるぞ。この場で出会ったよしみでの。ひひひひ」



―――だから早く死んで来い。と声をそろえてクロロを見る老人2人。


これ以上彼らと話していても時間が無駄になるだけだな。と判断し、クロロはそのハイエナかハゲタカのような目をじっと自身に向けてくる老人たちを無視して再び前を向いて歩き出した。


街灯もネオンもないこの流星街(まち)では陽のあるうちが最も安全な活動時間だ。夜になれば『能力者探し』も危険が増す。

それこそ老人たちが言ったように、朝には死体となってこのゴミの山に埋もれてしまう事にもなりかねない。



「(…理論上は上手くいくはずなんだ。あとは能力者との接触がキモ…。向こうがこちらに気付く前に、遠目に捕捉できればベスト)」


"他人の能力を盗む能力"、『盗賊の極意(スキルハンター)』。

つい先日完成したての、まだ白紙のページばかりが並ぶその能力を、クロロは今一度その手に確かめるように具現化しながらに考える。


せっかく作った『本』だ、もちろん有効なページは多いほうが良い。



中央にある"仲間たち"と住まうねぐら近くで集めた『他の能力者』の噂。


『カミヤリ』、『黒蝶』、『リーパー』、『三羽カラス』。


中央の年寄り共でも、『どんな能力か』までを知っている人間は少なかったが、話を聞いた限りでは"出会って即・詰み"というタイプの能力ではなさそうだった。

だから力試しにとクロロはこの流星街でも最底辺地区とされる、"悪所"と呼ばれる場所へやって来たわけだが。


ここらを住処にしている彼らの方が地の利があるのは明らか。夜ともなればそれも顕著になるだろう。

陽の出ているうちに遭えなければ出直すつもりではいるが、それでも早々に逃げ帰るつもりもない。

日の入りまでの時間はまだ長いとはいえ、有効に使わなければ。こんなところで油を売っている余裕は無いに等しい。



少し急ぐか。と思ったところで、どこからかカラカラズルズルとまるで金属の棒を地面に擦るような音が聞こえて来てクロロは足を止めた。

何かこの音について知っているかと後ろの老人達の様子を盗み見れば、2人とも耳を澄ますように耳元に手をやり、周囲に気を巡らせていた。



「…ふひひ。この音…『リーパー』が獲物を探しよる」


「…『リーパー』。近くにいるのか?」

「応ともさ。お目当てが向こうから来てくれたようだぞ、坊や。…『首刈りの死神』がな!端からとんでもないのに当たったもんだ。ひひひ」

「そうだ、狂気度で言えば『黒蝶』も大したもんだが、やはり危険度は『リーパー』が一番だな。
 悪いことは言わんぞ、坊や。命が惜しいならさっさと尻尾を巻いて早々に中央へ逃げ帰りなさい。ひひ。ワシらは逃げる。死にたくないからな」


煙を上げていたたき火にバサバサと乾いた泥をかけて、老人達2人がそそくさと物陰に逃げていく。


しかしクロロはその場を動かなかった。

老人たちの挑発に乗るのも癪だが、それよりも――――自ら能力者と、『リーパー』と遭うためにここへ来たのに、こんな悪所の入り口で老人たちの言うとおりただ尻尾を巻いて逃げるだなんて笑い話にもならない。



音のする方向を見極め、最大限の警戒をそちらに向ける。まっすぐにこちらに向かってスピードを速めたその気配。

見つかるのはもはや時間の問題。ならば―――と、過信でも慢心でもなく、慎重にクロロは適切な「対処」を見極めようとしていた。



「……アハハハハ!人間ひっとりィ!見ィ〜〜〜っけぇ〜!!」


何かを引きずって走る、その音が途切れたと思ったら、長めの鉄の棒を振りかぶった男が乾いた泥山の影から急に襲い掛かって来た。


クロロよりもずっと背の高い、成人頃の青年――――

…に一目見た時は思えたが、よくよく目をそらさずに見てみると、もっと若い。


「(17…16…。いや、下手をするとオレと同じくらい、)」


砂埃にまみれたハネた黒髪の奥にチラつく、自身の親友と同じ翠緑の瞳―――とはいえ親友の方は、目の前の男と正反対の美しい金髪だが―――が印象的な男。



「(…これが『リーパー』?オレが噂で聞いたのは、もっと)」


と、その翠緑瞳からじっと目をそらさずにいたら、振り下ろされた鉄の棒を首筋に寸止めされた。

ひゅう、と勢いについてきた風だけが首筋を撫でる。



「……ん〜〜〜…?なんでェ、逃げねーの?お前ェー?ハゲタカのジジィ共はすぐ逃げたのにぃ?」


首に鉄の棒を突き付けたまま、男が不思議そうに首をかしげる。

クロロは特に表情を変えず、男が首に着けていたベルトチョーカーを犬の首輪に見立てた上で、「野生の獣からは目をそらすなと本で読んだことがある」とそれに応えた。


「けもの…?本〜?…アハハ!なにそれぇ。キミ、本なんか読めるんだァ?スゴイネー」


クロロの首に突き付けていた鉄棒を肩に担ぎ直し、場違いのようにケラケラと笑う。獣扱いは気にも留めてない様子だった。


しかし、目を細め楽しそうに笑っている割に―――



「(……隙が無い。逃げられないな)」



『凝』で見る男のオーラの濃さから言えば、やはり『リーパー』も念能力者。鉄棒の先端までオーラを纏わせ、おそらく今の自分よりもずっと練度は高いだろう。

こちらが妙な動きをすれば、その瞬間に肩に担いだ鉄の棒を躊躇なく振るってこちらの防御を容易に貫いてくる。

クロロを見下ろす男の歪んだ翠緑が、はっきりとそう語っていた。



怯えも恐れもなく自身を見返して来るクロロを、男は「ふーん…?」と興味深げにじろじろ観察し。

『本当に獣みたいな奴だな』とクロロに思われているのにも気づかず、満足したのか男は尖った犬歯を見せニッと笑った。



「…フヒッ。…ねー。お前さぁ〜?歳いくつぅ?」


急に何の話だ?と思いつつ。


「…14、だけど」

「アハハハ!そっか〜。オレ15〜。オレの勝ちかなぁ〜??」

「何の勝負?」


思わずクスッと笑ってしまった。

すると男も「あー。やっと笑ったねぇー!」とクロロを指差して微笑んだ。もしかして彼なりの冗談のつもりだったのだろうか?と思う。



「今さぁ、腹減ってねーからァ。お前、年下だし見逃してやっても良いよォ〜?でもぉ、その代わりぃい〜…、なんかぁー、ちょーだ〜〜い?無いならァ、このまま殺すけどぉ―――!」


と笑顔のまま物騒な事を言って手を差し出して来るので、クロロはポケットを探って、そこに在った非常食用の飴を二つ、男の手に乗せた。

すると男はそのうち一つをクロロの手に返し、貰った一つをすぐに開けて口に入れた。


「ん〜〜!あんがとー。おいしーねぇえ」


そう言って上機嫌に飴を口の中で転がす男に、クロロは思い切って聞いてみることにした。



「…ねえ。『リーパー』って本当にキミの事?」


「んん―――?…みんながそう言うならぁ、そーなんじゃないのぉ?でもォ、その名前カッコイーから嫌いじゃないけどォ。
 オレ、レヤードって名前があるからさぁあ?どーせなら、そっちで呼んで欲しいなぁ〜」

「そう?じゃあレヤード。オレも『お前』じゃなくてクロロって名前があるから、良ければそれで呼んで欲しいけど」

「クロロぉ?…それがお前の名前ぇ??」

「ああ。クロロ=ルシルフル」

「フヒッ!ながーい!オレはねぇ〜、…ん―――…、やっぱめんどーだから、レヤードだけでいいや〜!オレもクロロって呼ぶしィ!」


「…そう。じゃあこれでオレ達、トモダチかな?」



にこり、と中央の老人たちには評判のいい愛想笑いを浮かべてみる。



―――別に戦うだけが『盗む』手段じゃない。

そう思ってのとびきりの笑顔だったが、レヤードには効かなかったらしい。


「アハハハ、何それぇ!」ととびきり愉快そうに笑われた。



「トモダチってぇ、それって、本気で言ってるぅ??大体さぁ、何の意味があんのそれ〜?そういうのオレ、いたことないからよくわかんねーんだけどぉ!冗談にしてもねぇえ?もうちょっと面白い事言って欲しーよぉ?クロロさぁ〜!ヒハハハハッ!」


「………。」


別に面白くはないだろ、と口には出さずに突っ込む。


レヤードはというと、口の中で転がす飴にしか興味が無いのか心底どうでもよさそうにクロロから視線を外し、つま先で地面をトントンと蹴っている。取り付く島もない。


顔こそ笑顔なものの、『なら次はどんな手で攻めるべきか』とクロロのその目からは笑みが消えた。



「んー…じゃあさ、レヤード…」

「ま!いーや!でっさ!あのねー?クロロぉ。アメくれたお礼に教えてあげるけどねぇ?この辺からねぇ、オレの縄張りだからぁ〜。
 何の用事か知らないけどぉ…。お前、年下だからちょっとだけ見逃してやるけどぉお―――??死にたくなかったら、もー来ないほーが良いよォ?
 今日は見逃してやるけどねぇ、そーいうの、いつもじゃないからさぁあー??オレ以外にも危ない奴いっぱいいるしィ〜〜。
 『カミヤリ』とかはぁ、縄張りもけっこー被っててぇ、そいつらに見つかったらクロロみたいな無防備な奴、次こそイッパツで死んじゃうと思うからさぁ〜〜?フヒヒッ!
 …でもぉ、もしもまたオレんとこ通りたかったらぁ〜〜…、またなんかちょーだぁい??そしたらー、見逃すかどーか、もっかいそん時考えてあげるぅー!…アハハ!じゃーまたねぇえー☆」


一方的にそう喋って、レヤードは「バイバぁーイ」と子供のようなそぶりで手を振って、またズルズルカラカラと鉄棒の先端を地面に引きずり、泥山の向こうへ消えて行った。

「…聞きたいことがあったんだけど」とつぶやいたクロロの言葉はレヤードの背中には届かなかったらしい。



「全然噛み合わないな…」とため息を吐く。


まあそのくらい我が強くなければこんな場所でなんて生きていけないんだろうけど、と半ば無理やり自分を納得させ。


「仕方ない。まだ陽は高いけど、今日は戻るか」とすっかりやる気を削がれてしまった体で、クロロは薄汚れた空を見上げ、肩の力を抜いた。












「……あ、戻って来た」


上機嫌に去った男の後を追う気にはなれず、『本』を片手に流星街のいつものねぐらへと戻って来たクロロ。

留守のねぐらを心配そうに覗いていた、件の男と同じ翠緑を持つ金髪の「親友」―――シャルナークに「どこ行ってたのさ」と少し怒ったような顔で言われて肩をすくめた。


「聞かなくてももう分かってるんだろ?」

「その口だと、やっぱり外行こうとしてたんだ?」

「…こうしてちゃんと戻って来たけど」

「『行けなかった』の間違いじゃないの?」

「そうとも言うな」


そう答えると、『ほら見た事か』と言わんばかりにため息を吐かれる。



「あとは能力を早く試したくて」


そう言って、手に持っていた『本』をシャルナークに見せるように持ち上げるクロロ。

一緒に修行を重ねたシャルナークも、その『本』が何を指すかは知っていた。


「それで悪所。まずはそこらのじいさんたちで試せば?」

「それじゃあ面白くないだろ?」

「だからってのっけから悪所の能力者とか、さすがにさぁ。今のオレ達で手に負えない奴に遭ったらどうするつもりだったわけ?
 もうちょっと手札そろえてからにしようよ?みんなもそれなりに形にはなって来てるんだし。その時はオレも協力するからさ」


そう言ってにこやかに笑って、シャルナークは「クロロの分の夕食も確保しといたから行こう」と歩き出す。

「そうか、悪いな」とクロロもまたそれに並んで歩き出した。





「…で?どこまで進めたの?」

「ん?…ああ、色々あってね。悪所に入る前に引き返してきたよ」

「へー。なにか勘でも働いた?……って…クロロ、首のトコどしたの?」


自分自身の首を指差しながら、シャルナークが急にそんなことを言ってくる。


「首?」とシャルナークが指し示した場所へ手をやると、乾いた血がパラパラと指に付いて落ちた。

そこで初めて、うっすら切れていたことにクロロも気が付いた。


「え、全然気づかなかった」

「…え?痛くなかったって事?」

「今知って、ちょっと痛い気がしてきた」


斬られていたなら、位置から言ってあの男に鉄棒を寸止めされたあの時なのだろう。

鉄棒をオーラで覆って強化しているんだと思っていたが、もしかして何か別の能力だったのか。


…いや、『リーパー(Reaper)』―――「刈り取る者」「大鎌を持った死神」―――の名の通りなら、能力は"刃物"が妥当か。

あの鉄棒に纏わせたオーラを刃物様に変える能力か、それとも刃物の視覚をいじって鉄棒に偽る能力か。それともあの鉄棒自体が具現化系の能力で、殺傷力を別に付加しているか…。


ふむ、と謎解きに注力して考えこんでいると―――

「まあでも、知らない内に首が飛んでなくてよかったじゃん?」とシャルナークが、そのクロロの姿をどう捉えたのかフォロー……になっているようないないようなそんなフォローを寄越してきた。



「オレも昔さ、悪所とか、そういうの知らないで迷い込んじゃったことあるんだけど」


「…へぇ、初耳だな」とクロロもやっと顔を上げ、シャルナークを見た。


「そりゃ、言ってないもの。居場所がバレたらあいつらまた追っかけてくると思ってさ。…その時にオレ、目の色がきれいだからって変な連中にさらわれて、目ン玉抉られるとこだったんだから」

「よく逃げられたな」

「まぁね。オレはその後、運が向いてたから。なんか獣が出ただとか犬の群れが出たとかなんとか…、その連中が慌ててそっちに行ったから、その隙にね。犬の鳴き声…ってよりは、子供の声みたいに聞こえたんだけど…」

「子供?……それっていつの話だ?」

「んー…。4、5年前…かな?」


「獣…。子供の…か」


と―――立ち止まり、再び考え込む姿勢になってしまったクロロに、シャルナークもまた立ち止まって「…どうかした?クロロ」と問いかけて来る。





「いや……もしかしたら、同じ犬に遭ったのかもしれないなと思って」

「は?」







悪所に彷徨う『狂犬』と出会った、とある日の話。






つづく

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すもも

TopDream刹那的快楽主義者◆狂犬5題「デンジャラス・ライフ」
ももももも。