刹那的快楽主義者◆駄犬5題「『待て』が出来ない」



次の"仕事"のための仮宿として陣取った、とある寂れた街の裏通りにある廃屋。

その中のとある一室の前で、クロロは缶コーヒー片手に通りすがりの格好で立ち止まって、驚愕の表情で扉を注視していた。




―――事の起こりは約半日前のことだ。


まだ陽の高い内に、クロロはレヤードと連れ立って、今回の集合場所へ指定したその廃屋へと到着した。

前日深夜から歩き通しだったためか、廃屋に到着するなりレヤードは「眠い〜」と零して、適当な部屋に籠った。


他のメンバーの到着を待つ間に、クロロもまた別の部屋で少々の仮眠をとって、目覚めてからはというと持参していた本を読んで時間を潰していた。

その間にフィンクスとフランクリンも到着し、彼らもまた少しの休息を求めそれぞれ別の部屋を探して籠ってしまった。



あと他に呼んでいてまだ来ていないのはフェイタンとシャルナーク。自由参加で来ると言ったノブナガ。

来て欲しかったのは尋問役のパクノダだが、どうしても現在地と集合時間が合わずに今回は不参加。

自由参加組ではウボォーギンも来たがっていたがパクノダと同じ理由で不参加だった。


最初に連絡した集合時間まではまだ時間はあるなと、本を読む間に携帯端末で時計を確認し。

喉の渇きを覚えて缶コーヒーを調達に出た、その帰り。


自室に選んだ部屋へ向かい廊下を歩いていたら―――レヤードが籠った部屋の中から女の喘ぎ声が漏れ聞こえてきて、ちょっとした衝撃を受けクロロは足を止め、部屋の扉に見入った。



まるで自慢の飼い犬が、少しよそ見をした隙にどこかの雑種犬に粗相していたのを見つけたような衝撃というか、何とも言えない焦燥感を覚えてクロロはおもむろにその部屋の扉を開ける。


「仕事前にこんなところに部外者を連れ込んで何をしている!?」

と少しの苛立ちをにじませた声で入ってみると、当の飼い犬は部屋の真ん中で、テーブルにべたりと突っ伏して寝ていた。


テーブルの上には、レヤードに買い与えていたものとは違う色合いの携帯端末。

どうやら喘ぎ声はその端末で再生されていた動画からのものだったらしい。



「…動画なんて見れるような高度な端末を与えたことは無いはずだが…。誰のものだこれは」


そう零してクロロは手に持っていた缶コーヒーを一旦テーブルに置いて、代わりにその端末を持ち上げ、とんでもない音量で再生されていた動画を一時停止した。

そして『よくこんな音量の中寝れたものだ』とレヤードの後頭部を横目に見ながら、クロロはその端末を調べ始める。


最新機種よりも2世代ほど前のものとは言え、まだ十分に新しいと言えるシロモノ。…が、レヤードの持ち物ではない。心当たりがない。


―――元々レヤードはそういった類の端末に無頓着なのか、一切欲しがらない性質だ。

さすがに連絡に困るからとクロロがわざわざ買い与えているが、よくよく「失くす」「落とす」「壊す」と三拍子を揃え、これまでに与えた携帯端末もすでに4台目。

なのでレヤードには通話専用の(なるべくならばGPS機能は欲しいところだが)安い端末だけを与えるようにしている。

先日与えたばかりのものも、こんな最新式でなかったのは確かなのだ。



誰か他のメンバーと一緒に居たのか?と予測をつけつつ、「レヤード。起きろ」とクロロはテーブルの上に突っ伏したレヤードの、そこに投げ出されていた腕を強めに揺すって起こす。


「んん…。ん〜〜…?…んぁ……あー、団長〜…。おはよお〜〜〜」

「ああ、おはよう。19時だがな。就寝にはまだ早いだろ?何をしていた?」


動画を見ながら自慰の最中にでも寝たか?と薄く笑って訊く。


とはいえテーブルに突っ伏したレヤードの両腕は上半身と同じくテーブルの上に投げ出されていたし、いつもの派手な赤服も乱れてはいない。

そんな事あるわけもないのだが、どうやらクロロなりの『さっきはよくも焦らせてくれたな』という意図の意地悪な冗談らしかった。


しかし当のレヤードは聞いているのかいないのか、「んん〜〜〜〜…?」と眠そうな目のままガシガシと頭を掻きつつ、周囲をきょろきょろと見回す。



「ぁあ―――…?団長、フィンクスさぁー?知らねぇ〜〜〜…?」

「…なんだ。フィンクスといたのか。ならこれはあいつのか」


そう言って、先ほどまで動画を再生していた端末をレヤードに見せると「ああ、うん。そだねー」と頷く。


「フィンクスがさぁー?なんかオレにお勧めの動画があるってぇ…来てェー…。一緒に見てたけどね―――?
 途中で小便行くって言うからぁ、待ってた―――、…ら、1人でつまんなくて寝ちゃったぁあ??アハハ、フィンクスまだ戻って来ねーわけぇ??長いねぇええ?うんこかなー!フヒッ!」

「そうか。AV見てからの便所なら、まあ何をしているかは想像つくがな」

「えぇ…。団長、フィンクスのうんこなんか興味あんの…?なんか嫌なんですけどぉ〜〜〜」

「違う。1発抜いてるんだろって話だ。お前はまだそういうのは無いのか?もうイイ歳だろう」

「ん――――?…なにがぁ?」


両腕を上に挙げ、ぐーっと伸びをして体を目覚めさせたレヤード。椅子から一度立ち上がって、10センチほどは身長の違うクロロと目線を合わせるように、テーブルに腰掛け直した。


「こういう動画を見て、抜きたいとか、女とヤリたいとか、そういう性欲だ。感じることは無いのか?…まさかお前、EDじゃないだろ?」

「…EDって何〜?」

「ああ…そこの説明からか。チンチン勃たないわけじゃないんだろって」


わざわざレヤードの頭のレベルに合わせて説明してやると、「あー…、」とやっと理解したような顔になる。


「ん―――…、なーんかね。よくわかんね。ノブナガとかぁ、フィンクスとかはさぁ?いっつもオレの事ガキだなぁって笑うんだけど…。ホントにねぇえ―――?こーいう女の子には全然キョーミ湧かなくてぇ。
 でもぉ、みんなはこーゆーのいつもオレんとこ持って来るしさぁ…」


「………ちょっと待て。"みんな"?初耳なんだが、フィンクスだけでなく他の連中ともよく一緒に観るのか?こういうAVを?」


"みんな"って旅団員(メンバー)の事だよな?と尋ねると、レヤードは「うんうん、そう!みんな〜〜!」とコクコク頷いてしまう。

頭痛がしそうだった。


「ん〜〜とぉ〜、ノブナガはねぇー、ヒトヅマもの良く持ってくるねぇえ―――!純愛的なのが良いんだってさ!なんかフェイタンとね、ネトラレとどっちがどーのこーのってよく言い合いしてるぅ〜〜〜!
 ウボォーは、おっぱい大きい女の子が好きみたいでぇ!プロっぽいグラマーなオネーサンじょゆーさんが明らかにニセモノなでっかい声でアンアンしてるのとか酒飲みながら真顔で見てるよォー??
 ウボォーもさっ!胸筋大きいから、女の子もおっぱい大きい方がこう、肉がむちむちしてていいのかなーとかぁ思ったりィ!
 フェイタンはねえ、耐久系とか拘束モノ〜〜!わっかりやす〜〜〜。あ、でもぉ、自分だけで見るならもっとグチャグチャの激しいのがイイらしい―――けどぉ…、なんかオレに見せるならこういう方が見やすいって、案外気ィ使ってくれるぅ〜!ヒャハッ!
 でも時折ぃ、ガチのスナッフとか持ってきてぇ!殺すだけのヤツなら、オレは見るより自分でやるほうが良いんだけどさぁあ!!色々面白い殺り方教えてくれっから、フェイタンと見るのはけっこー楽しーよぉ〜〜!?
 フィンクスはぁ、オネーサンって言うよりぃ…アイドル〜?的な〜?「女の子ぉ〜〜♡」って感じの可愛めの子のヤツよく持ってくる気がするぅ―――!
 毎回さー、女の子違うんだけどぉ〜…。でもいつも、ナンパして自己紹介からしてくれるぅ〜!イヒッ!フィンクス持ってくるやつが、一番じょゆーさんっぽくない感じのー、見やすいぃ、イイ感じのが多い〜?かなー!
 みんなまあまあいろんなの持って来るけどォ…、数見てるとさぁ、結構みんな好み分かれてんのわかるよねぇ〜〜!」


……お前、そんなところまで饒舌じゃなくて良いぞ、と心のどこかで突っ込みながら、クロロは知りたくもなかった情報を頭の隅に置く。

そして『やれやれ…』とばかりに小さくため息をついて。



「……呆れたな。そんな、それぞれの好みがわかるほど観てるのか?」

「え〜〜〜…。だっていっつも見てれば大体分かるじゃん…。オレ、馬鹿はよく言われるけど物覚えは悪くないんだよォ?
 仕事前とかぁ、後とかぁ…暇してるとみんなして持って来てさぁ…。食べ物とか、ついでに持ってきてくれるから好きにさせてるけどさぁー…?
 オレがせっかく、気持ちよーく寝てたりしても、勝手に再生して起こして来るしぃ??スゲー迷惑ぅ…。とりあえず一緒にはさぁ、見るけどォ…」


不満気に口を尖らせ子供のような顔でレヤードは言うが、クロロは逆にそんなレヤードの反応に満足したようで、どこか楽しげにクッと笑みを漏らして「なるほどな」と続ける。


「迷惑というならオレが後で皆に言っておいてやるぞ?睡眠不足が祟って仕事に支障をきたすようなことがあっては堪らんからな。
 メンツから考えても、お前の経験の無さをからかっているだけなのだろうし」

「あ〜〜!そーそー!フランクリンもねー、なんかそんな事言って、オレのことそーゆーふうに囃すなってぇ…いっっつも、見つかるたびみんなにお小言言ってるぅ〜〜?アハハハ!」

「引率の教師か。真面目だな。…いや、あいつは元々そういうバランサーか」

「フヒヒ…。そんな事言ってる団長も、おんなじ物言いしてるからねぇえ〜〜?」


マッジメ〜〜〜!と茶化すように言ってレヤードはケラケラと楽しそうに笑い出す。

もう一言ぐらい何か言ってやろうかと思ったが、『これ以上何を言っても通じなさそうだな…』とクロロは早々にそれを諦めた。



「でもさぁいつも見るたび思うけどォ…。なんかさぁ、大体"ニセモノ"っぽいじゃん?こういうのってぇ〜〜〜。オレ、ダメなんだよね、そーゆーの。シラケちゃうっていうかぁー…」

「ああ…、そういうの、わかるんだったなお前は。確かに演技感はあるが」


犬並みの嗅覚というか、勘の鋭さが関係しているのか。取り繕ったような他人の嘘に対して、レヤードは特に敏感だ。

他の誰かが騙されているならともかく、自分が騙される側にいる場合はかなり高い確率でその嘘を見抜く。本人曰く、『"ニセモノ"っぽく感じる』そうだ。


オレも何度かそれには手を焼いたな…と過去のいくつかの事を思い出しながら、クロロは手の中の端末の、画面に映る肌色多めの静止画に目を向ける。



男の性欲を満たすための売り物としての上目遣いとしぐさで、カメラ越しにこちらを見る女。

確かにあざといというかわざとらしさはあるが、そういう類の『商品』である以上は仕方ないのではないかと思う。テーマとシチュエーション次第だが、普通の物ならば女がマグロというわけにもいくまい。


―――というか、オレに言わせれば大抵の女はそもそも多少の演技もあるのが普通だぞ?お前にはまだわからないだろうが。とクロロは心の中で毒づく。


「そーそー!『演技っぽい』わかる〜!嘘っぽいと、なんかすごい気になるよねぇえ〜〜!?
 この時にさぁ、この胸んとこにいきなりナイフ刺したら、どんなふうに顔歪むのかなぁ?とかぁ!そーゆーキョーミはあるんだけどさぁああ〜〜〜!!」


変わらず楽しそうに笑いながらレヤードはクロロの横に寄って来て、その手の中の動画を覗き込み指差す。


「いや、普通の男はAV見ながらそういうことは考えないと思うぞ?」

…などと言ってから、お前と趣向の似ているフェイタンならどうかわからないが。と小声で付け加える。



「ええぇぇ…じゃあみんな、何考えながら見てるわけ〜〜?」

「……わからないのか?」

「ん〜?だって裸の女が男の上で踊ってるだけじゃん?下の時もあるけどさっ☆それでなんか思うことって、あるぅ〜?
 あ、今日のこのじょゆーさんもねー?顔はかわいーけど演技ヘっタぁあ―――!!フィンクス、顔で選んだっぽい―――!アハハハ!」

「…別に動画の女がわざとらしかろうが、セックスそのものに興味あるかどうかは別の話だろう?こういうものを見ても、殺す以外の欲求は出てこないのか?お前は」

「え〜〜〜…?そーは言ってもぉ…。キョーミがないわけじゃないけどぉ…。オレそういうの、したことないしィ…。
 こういうの見ててさぁ?「気持ちいい」って女の子も、男の方も言うけどさぁ…、どー気持ちいいのか全然わかんないんだよね―――。
 オレ、団長みたいにどんな女でも良いわけじゃないしィ…。殺し方どーしよう〜?みたいな、そーいうのは、いつもこの手でヤるからどんなふーに気持ちイイかわかんだけどさぁあ―――!!うひっ!
 だから、いつかさぁ、好きな女の子と1回ちゃんと出来たら、いっぱいしたいよーになるかなぁ?今はまだわかんないや…」

「そうか…。完全に未経験だったなお前は。無性愛者に理解しろと言うのも無理な話なのかもしれないが…。それとも一度でも経験すれば変わるのか?ふむ…」

「…団長の言ってる事、時々すごい難しーよね。…でもさ、なんかー、経験してるとかしてないとか、そういうのモテ団長に言われると恥ずかしーから、それはあんま言わないで欲しー気持ちあるよ―――?」

「モテ…。いや否定はしないが。そういうお前だって、顔と容姿だけ見ればそう悪くない物持ってるじゃないか。街ででも誘えば女の1人や2人すぐ釣れるだろ。ヤるだけならそう難しいことじゃないと思うが」


右頬に入れた4ナンバーの大きな蜘蛛のイレズミはともかく、顔面偏差値は元々から低くないし、体格にしてもマッチョとまではいかないがよく動き回る性質からか高身長に見合うだけのしっかりとした筋肉質な体を持ち。

目つきや雰囲気にどこか獣のような野卑な部分を感じさせる様は、オレやシャルとはまたタイプの違う肉食ヤンキー…というかワイルド系とかやんちゃ系とか言われる部類のヤツだろ、見た目だけなら。とクロロは思う。そういうのを好む女も少なくはないはずだ。


喋ると異様に子供っぽかったり、そもそも殺人趣味の殺人狂なんていうデートDVも真っ青の異常性癖持ちなため、行為後の命の保証も一切出来ないが。

……まあ飽きた女の始末方法については、自身も大概なのでそこは黙っておくことにする。




「フヒッ!団長にそう言われると自信つくぅ〜〜〜!?…でもぉ、前にも言ったけどォ…。オレ、そういうのはちゃんと好きな女の子1人とだけヤリたいからさぁ―――?」

「お前、その性格と見た目でその純情は…。まあ恋愛観は人それぞれか。…というかお前、例え相手はいなくてもそもそも1人の時に自慰…わからないか。動画を参考にして、いじったりなんかは無いのか?」

「…?…何がぁ?」


キョトンとするレヤードの顔を見て、―――寝て起きて、食って、誰かを殺せれば満足してまた寝てしまう。そんな暇もないか。と結論付けたクロロ。

いや、そもそも『興味がない』から始まっているのだから、暇があっても"そんなことを"なんて思いつきもしないのだろう。


「それ」と下半身を指差すと、レヤードは冗談の体で「ええ〜〜…」と恥ずかしそうに身体を丸めつつ両手で隠す。


「団長、オレのチンチン興味あるの〜?おフロで見たことあんじゃん、も〜〜。昔は一緒にも入ったしィ!」

「いや、そういう意味じゃなく……」


……と言いかけて、そこで少し思い直し。



「……まあそれもいいか。なら少し経験してみるか?」

「え〜?……ん??うん…?……何を?」

「セックス。興味がないわけじゃないんだろ?」

「ファッ!?……ええ…、誰とぉ〜…?」

「オレと」


自身を指差して言うと、レヤードは鳩が豆鉄砲を食ったような顔をする。

それからオロオロと両手を動かして、オタつき始めた。


「…いや?あの、あのね?…あのね、団長?知ってると思うけどぉ…オレ、男なの。団長も男なの。女の子じゃないん…だけどぉ…」

「男でも女でも、やることはさして変わらないぞ?」

「なにそれこわい」

「とはいえお前の場合、性欲を感じる前に殺人趣味の方が先に顔を出しそうなところがな」

「あー、うん。オレもね?なんかどっか間違ってぇ…、団長殺すようなことはしたくない…なぁ〜…。オレ、団長好きだしィ…」

「知ってるぞ。…まあ気休めだろうが、ちょうどこんなものがある」


と、クロロは着ていたコートのポケットから手錠を取り出し、ガチャッとテーブルの上に投げ置いた。

それを見て今度はしかめっ面になるレヤード。


「…いや、さぁー……?なんでそんなの持ってんの…?」

「今度の仕事で使う予定があって、来る前に用意していた」

「えー?何〜??誰か捕まえて、なにか吐かせるつもりィ?」

「でなければお前とフェイタンを一緒に呼ばない」

「あー」


それだけを言われて、レヤードは納得する。


処刑人の自分と、拷問官のフェイタン。

普段の仲は悪くない…むしろ良好な方だが、他のメンバーからも団長であるクロロからも『命令でない限り、ペアは組むな』と言われている。

収拾のつかない方向に雪ダルマ式にエスカレートするから、と。


その2人が、一緒の仕事で呼ばれている。

それを聞いてレヤードは、今度の仕事のなんとなくの自分の役割を理解した。




「んーまあでもそれは今は良いとしてぇ…。てゆーか念能力でもないこんな手錠さぁ…。オレにこんなの効かないの、団長知ってっしょ〜〜?」



―――"首斬り処刑刀(レッド・レッド・レイザーズエッジ)"。レヤードの能力だ。オーラそのものを『斬る』性質に変える、変化系の能力。

その能力のため、"念を封じる"タイプのシロモノかよっぽどの鋼材でできた物でない限り、レヤードに拘束の類はまったくと言っていいほど効かない。



「…てか、たぶんこんな手錠ぐらいならオレ、能力無しでも腕力だけでなんとかできちゃうけど――――!!アハハ!」


と拾い上げた手錠の輪に指を引っ掛け、その指先でクルクルと回しながら、レヤードは言う。

強化系と隣り合う変化系の能力者であるレヤードは、強化系のウボォーギンやフィンクスにはあと一歩及ばないまでも、蜘蛛のメンバーの中では腕相撲でも4位の腕力を誇る。

その類稀な長身と体格も手伝って、一般的な手錠のチェーンぐらいなら能力無しでも難なく引きちぎるだけの力は十分に備えていた。



「それも知っている。……だからお前が、お前の意志でそれをつけろ」

「んん〜〜…?ちょっと言ってる意味ワカンナイんですけど―――?」



不思議そうに眉を寄せ、レヤードは首をかしげる。

クロロはそのレヤードを小さく鼻で笑って、手錠を指差しながらさらに続ける。



「お前にとって意味のないその手錠の拘束を、お前の意志で成立させろ。…要するにだ。我慢しろ」


「ええ…。我慢って言われてもぉ…。それって何の意味があんの〜〜…?まぁ、団長が言うならするけどさぁ――…」


『意味が解らない』を思いっきり顔に出し、レヤードは口をとがらせる。


しかし手錠は言われた通り素直に、まず左腕に嵌め。

目の前で右腕にも嵌めようとしてクロロに「後ろ手にな」と指示されてしぶしぶ腕を後ろに持って行った。

そしてクロロに背中を見せて、きっちり右腕にも手錠を嵌めてもらい、「……満足したぁ?」と振り返る。


「ああ。オレが『いい』と言うまで、『斬る』なよ?」

「保証はできないよ―――?ってか、…ほんと、…マジで何すんの…?セックス…??男同士で…??」

「まあそう不安にならなくても良い。オレが全部リードしてやる」

「なにそれほんとこわいんだけどさ!!」

「とりあえず座れ」


困惑するレヤードの肩を押さえ、まずはテーブル付の椅子に座らせる。


長い脚を開いてガニ股で座るレヤードのその脚の間にスッと立ってパーソナルスペースを犯すと、びくりと肩を飛び上がらせて見上げて来た。

若干青ざめ、今にも泣きそうな怯えた子犬の目で見上げてくるレヤードの表情を眺めて、「初めて見る顔だな。『黒蝶』にされたことでも思い出したか」とクロロは無慈悲な感想を漏らす。


――――『黒蝶』は、幼い頃のレヤードの、その貞操を奪おうと襲った"鉈女"の呼び名だ。流星街の悪所ではそういう二つ名がついているらしい。

レヤードはこれが未だにトラウマらしく、―――レヤードが女に対して性的興味を抱けないのも、やはりこの鉈女の影響が大きいのではないだろうか?などと考察する。


「『黒蝶』の話は止めてってば…。つーか、ホンッ…。ええ〜〜……。マジでこれ、何…??なにすんの…?ねぇ、団長…」

「今ぐらい、昔みたいに呼んで良いんだぞ?レヤード」

「え、ぇ…え〜…?でもぉ、団長ってオールバックだと、もう『団長』って感じしかしないじゃん……」

「そうか?まあ、オレはどっちでも構わんがな。………さて、何から教えるか…。お前も初めてだし、オーソドックスにキスから行くか?」


少し考える素振りの後、にこりと微笑んでクロロは言った。

それを聞いて「キ、キ、キス!?団長と!?最初からハ、ハハハードル高いね!?」と慌てるレヤードを「顔真っ赤だぞ?」と笑ってから、クロロはいつまでもうるさいレヤードの両頬にそっと手のひらを添える。


「フヒッ!?」とビクついてクロロを見上げたまま動きを止めたレヤードの右頬―――大きく彫られた4ナンバーの蜘蛛のイレズミに、クロロは自らの頬を寄せるようにまずは軽くキスを落とし。

戸惑って目を泳がせるレヤードの顔を両手で固定して、その唇に自身のそれを重ねた。


ギュッと目を瞑って身を固め、口を一文字に結んでキスを受けるレヤードのそのザマを『…お前さすがにそんな顔するなよ』と思う。

フッと少しの失笑を零して、クロロはそれを解きほぐすように「レヤード」と声をかけた。

目を瞑ったまま、「な、なに?」と戸惑うような声を漏らしたレヤードの顎に手を当て、口を親指でなぞる。


「緊張しなくていいぞ」

「そ、そ、そーは言っ、ても…さぁあー…?はわっ!?」


ゆっくりと下唇を舐め、それから薄く開いた口にもう一度自身のそれを重ねて舌を滑り込ませる。

歯を舌で割ると軽く噛まれるが、相手がクロロだった事を思い出したのかレヤードはすぐにその力を緩めた。


舌先に触れ、舌で舌を持ち上げて。

ちゅっと吸って舌を絡める。


慣れない行為にレヤードが「…ん、んう、」と声を上げ、抵抗のつもりか腕を動かそうと肩を竦めるが、後ろ手につけられた手錠に阻まれ窮屈そうにしていた。




「……どうだ?少しは分かるか?」


と…キスの合間に、舌先に伝う糸が切れない距離で低く囁く。

口が離れた事で、レヤードは浅く早く息をして酸素を求め――――



その早鳴る胸の中心に指で触れると――――その瞬間に強い身震いでクロロはレヤードに拒絶された。




「…はっ、ぁっ…、はふっ……、………ぅひっ!」



トッ、と後ろに一歩退いて、クロロは前屈みに身体を折るレヤードを見る。


口で息をしていたレヤードの、その口元がゆっくりと孤月に歪む。




「…ヒヒッ、うひっ、…ひ、なにこれ…っ、フヒヒッ」


レヤードの、その口元から零れ出す笑い。

クロロを見るレヤードの翠緑瞳には、妙な影が差していた。


美しい翠緑の泉に流れ込む、ドロドロと濃く重い、汚泥のような"黒"。


激しい動悸に合わせるように、浅く早く息を吐き、爛々と"黒い"殺意に染まった翠緑でクロロを捉えるレヤード。

歯を食いしばり、悪魔のように口元を吊り上げ嗤っていた。



どうやら最初に危惧したことが、危惧したそのままに起こってしまったようだ。

初めて与えられた性的興奮を、レヤードは自らの感じ慣れた殺意の衝動とすり替えてしてしまった。


…失敗か、とクロロは小さくため息を零す。



「…おい、レヤード」

「―――うひッ!ヒヘヘヘェッ!!なにこれっ……。なにこれなにこれぇえ!?テンション上がるんですけどォお―――!!
 はあっ、…もーさぁ!ちょっと、もう、我慢できねーからぁあ!!殺りたくなるからさぁあ!!!クロロさ…、オレっ、お前の事は殺したくねーんだよォ、だからぁああ――――!!」

「『待て』、だ。レヤード」

「無理ぃいいい!!!あ゛――――ッ!!!クソぁあっ!!」


大声で叫び、手錠のチェーンをついにはオーラの刃と己の腕力とでひきちぎって、レヤードは最初から名ばかりだったその拘束を破る。

そして自由になった両腕を高々と掲げ―――その腕にレイザーズエッジのオーラを纏ったまま、目の前のクロロに抱きつこうと襲い掛かって来る。


鉄の処女(アイアンメイデン)にも勝る、レヤードの死の抱擁。


クロロは瞬間的に『本』を右手に具現化しつつ、後ろへと飛び退いて"それ"から抜け出す。





「―――おい、なにやってやがるこのバカ!!?」

「ぅぐっ!?」


今一歩クロロに襲い掛かろうとしていたレヤードを、部屋に入ってきたフィンクスがとっさに止める。

レヤードの両腕を掴んで後ろにひねり、背中を踏みつけにして床に抑え込んだ。

腕を掴んだフィンクスの手にもまたレヤードのオーラの刃が食い込むが、フィンクスはその刃よりも多いオーラでそれを防ぎつつ、より強くレヤードの腕をひねり上げる。


「いたたたたっ!!痛い痛い痛い!腕とれる!!」

「ならさっさとオーラ引っ込めて力抜け、バカが!なにやってんだ!?」

「―――フヒッ、ひっ!ヘヘヘェ!……わっかんねー!ゼーンゼンわかんねぇんだけどさぁあああ!!なんか昂っちゃってェエ!?こーでもしないとぉ、じゃないとさぁああ!!?」

「落ち着けっての!あんま暴れんなら絞め落とすぞ、コラ!?」

「え゛ふっ!?かっ…」


レヤードの身を起こしたかと思ったら、その首に腕を巻きつけ裸絞めで絞め上げる。

完全に極まれば一瞬で絞め落とされることもあるそれに対し、レヤードの反応も瞬間的だった。すぐさまフィンクスの腕をタップし、オーラを解いた。

なのでフィンクスもまた極まり切らない程度にその腕の力を緩める。…が、クロロの手前、拘束自体は解かなかった。



「…で?どーすんだ?団長。コイツの処分は」

「いい。だがそのまま離すなよ、フィンクス」


と、そう言ってクロロは手の中の『本』を消し、フィンクスによって床に座り込む形で背後から拘束されているレヤードに近づく。


レヤードはそのクロロの姿をフィンクスの腕の中から苦々しく睨みつけていた。怯え、警戒し牙を剥く犬の様相だった。

目の前にしゃがんだクロロの手が先ほどと同じく眼前に伸びて来たので、レヤードはそれを拒むように目を瞑って顔を逸らす。


そのレヤードの顎を捕らえ、クロロは再び―――今度は軽い口づけをレヤードの口元へと落とした。


レヤードが口を結んだまま「ぅうー」と嫌がって声を上げる。

「何やってんだって…」とそれを見たフィンクスが汗を垂らしてそう零した。



「…何、AVのようなことがどう気持ちイイのか分からないというから、教えてやってたところだ」

「よくやるわ。訊いたオレが馬鹿だった」

「そうは言うが、もとはと言えばお前のせいだからな?フィンクス」

「はあ?なんでそうなるんだよ」


わけわかんねーよ、と文句をつけるとクロロはコートのポケットに没収していた例の携帯端末を取り出し、肌色の静止画をフィンクスへと見せつけてきた。


「レヤードの話によるとお前は素人ナンパ物が好きだそうだが」

「おあああ!!?ちょ、おま!?返せ!!」


真っ赤になって、フィンクスはレヤードを押さえていたはずの腕で自身の端末を取り返そうとする。

が、クロロはその手からスッと端末を遠ざけ、立ち上がった。



「別に恥ずかしがることじゃないだろ、男同士だ。だが―――あまりその犬に変な事を教えるなよ?」


そう残して、端末をテーブルの上に置き。代わりに先ほどそこに置いておいた缶コーヒーを持って、クロロはさっさと部屋を出ていく。

バタンと閉じられた扉に、フィンクスは大声で


「〜〜〜〜っっ!!―――お前だよ!!」


とクロロの勝手な言い分に対して強く申し立てた。


それが正しく届いたかどうかは、フィンクスにも、ぐったりと疲れた様子のレヤードにも分からなかった。









つづく

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これはひどい

すもも

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ももももも。