「おい、レヤード。団長が呼んでるぜ」
部屋の戸を開け、入って来るなりフランクリンがそんなことを言う。
言われたレヤードは床に足を投げ出して座り込んで缶チューハイを煽っていた格好のまま、「え〜〜?」とフランクリンを見上げながらに声を出す。
レヤードの周りにはすでに空になったカラフルな色合いの甘いカクテルやチューハイの缶がいくつか転がっており。
それらと一緒につまんでいたのか、一口チョコレートの包み紙があちこち大量に散らかっていた。
ストロベリーやミルクチョコレート、ホワイトチョコレートなどの甘口チョコばかりなのがまたフランクリン的に吐き気と胸焼けを誘う。
ただ、その様を『せめてビターだろ』とか『相変わらずチョイスがガキくせーな』と思うことはあっても、『…まあ好みの問題だしな』と満足そうに飲んでいるレヤードに対してフランクリンが面と向かって何かを言う事は無いが。
「なんだよ、もう終わったのか?」
「おお、案外早かったじゃねーか。もうちょいかかると思ってたのによ」
と…、一緒に部屋にいたフィンクスとノブナガもまた床の上に座り込んだ状態でフランクリンと、そしてその巨体の影に居たフェイタンに声をかける。
フィンクスとノブナガの周りにもまた空き缶と(こちらはレヤードと違って全てビール缶だが)、つまみにオイルサーディンや牛煮込みの缶詰、ナッツ類の袋が広げられていた。
「いや、あっけねェもんだったぜ」
「爪1枚剥がし終わらない内に白状したよ。つまらなかたね」
ふう、とため息をつき、そう言って部屋へと入って来るフェイタン。
"仕事"の前段階で捕えた情報源の男相手に尋問を請け負っていたが、あっさりとそれも終わっていまい消化不良といった面持ちだった。
その顔のまま、まっすぐにレヤードの元へつかつか歩いていく。
「で?レヤードはまたそんなジュース飲んでるか?子供舌ね」
「……とかなんとかぁー、そー思うなら盗らないで欲しーんですけど〜〜??」
『ジュース』とは言いつつ、フェイタンはレヤードが今まさに煽ろうとしていた飲みさしの桃チューハイを素早くその手から奪い取り、口をつける。
「新しいのあんのに〜〜」とそばに転がっていた別のカラフルな缶を拾い上げ、ごく自然な動作でタブを開けようとするレヤードに、フランクリンは「開けるんじゃねぇ。団長が呼んでるって言っただろうが」ともう一度先ほどの言葉を繰り返す。
「あ〜〜……。あ――――…。そっかぁ…。じゃあこれぇ、フランクリンにあげるぅ」
「いや、いい。オレはそんな甘ったりぃ酒よりビールの方がいい。それはフェイタンにやれよ」
「かっかっか。おう、じゃあこっちだ」
そう言ってノブナガが笑ってフランクリンにビール缶を投げ渡す。
それを受け取って、フランクリンもまた適当に床の上へと座りこんだ。
「え――…。でもなんだろ〜?今日はァ、怒られるような事してないしぃ…、ちゃんと働いたんだけどなあー??」
開けかけたカクテル缶を、近くに座ったフェイタンの横に置き、レヤードはそう零しながら立ち上がった。
「つっても怒られるとは限んねーだろ」
「そーだ、オメー今日は逆にお手柄だったじゃねーか。褒めてもらえるかもしれねーぞ?」
不満そうに口を尖らすレヤードをフィンクスとノブナガが励ます。
この日ある場所に現れると噂だった、今度の"仕事"のための重要な情報源の男。
こちらの裏をかいて巧妙に街中を逃げ回るその男を、レヤードは持ち前の引きの強さと勘の良さとで1人追いつめ、殺すこともなく無事に生け捕りにした。
褒められこそすれ呼び出されて叱責されるようなことをした覚えはないはずだ。
「でもォ、なんか嫌な予感するしぃ……。なんでかねぇー?褒められるような気がしないんだよね―――」
「まあ、お前のそういう勘ほど当たるもんもねーからなぁ…」
「でもレヤードいなかたらあの男には逃げ切られていたかもわからないね。さすがに団長も今回は褒めてくれるはず違うか」
フランクリンとフェイタンもそれぞれにビールとチューハイを煽りながら、そう言ってレヤードの背を押す。
それでもまだ渋っているレヤードの顔を見て、フィンクスはふと昨日のクロロとレヤードとのやり取りを思い出した。
しかし『……いや、まさかな』と思い直し、フィンクスはグイッと煽ったビールと一緒にその想像を飲み込む。
「ならワタシが『レヤード逃げた』て団長に言て来てやるね」
と、急にニヤニヤと悪戯好きの顔でフェイタンが笑い出す。
『確信犯だなコイツ』とフランクリンはそのフェイタンの顔を見て思い、レヤードもまたその意味がわかっているのか「それ、後で3倍怒られるやつぅ〜〜!」と笑って歩き出した。
「ま、いーや。団長が呼んでるならぁ、とりあえず行ってみるぅ〜〜」
「案外団長には忠犬だよな、お前。普段は言葉も通じねぇような狂犬なのに」
「はぁ!?そこまでひどくないしぃ〜〜〜!!こっちはちゃんと人間語喋ってますからぁあ!!も〜〜…」
「人間語ってお前…」
「なんだレヤードお前、人間だったのかよ。ずっと犬だと思ってたぜ」
「かっかっか。違ぇねぇ。ちゃんと喋れてるかぁ?人間語よう」
突っ込むフランクリンと、爆笑するノブナガやフィンクスを「うるさいしィ!?」と振り返りながら、どこか不満げな表情のままレヤードは部屋を出ていく。
残った4人もそんなレヤードの反応を楽しげに笑い飛ばし、盛り上がったのだった。
「団長〜?来たけどぉー?」とレヤードはノックも無くクロロの部屋の扉を開ける。
部屋に入ってみると、当のクロロはシャルナークと、大量のよれたメモ用紙を間に挟んで話し込んでいた。
クロロはいつもの黒コートだったが、髪はオールバックではなく何もつけずに下ろした状態。
それと並ぶシャルナークもクロロとは正反対のきれいな金髪をいつもと同様にサラサラと揺らしていて、レヤードはなんとなく委縮してその場で立ち止まってしまう。
「…ああ、来たかレヤード。じゃあ頼んだぞ、シャル」
「オッケィ〜。じゃあオレはこれで」
と、レヤードに気付いたクロロが話を切り上げ、シャルナークを送り出す。
シャルナークもまた手渡された大量のメモ用紙を手にレヤードが立つその脇を通り抜け、部屋を出て行く。
「アレー?シャルさん、もー行っちゃう〜??団長となんか大事な話してたんじゃないの〜〜?気にしないで話してて良いよぉ??なんかオレが邪魔したみたいじゃん〜〜〜?」
「いや、ちょうど終わったから大丈夫。オレはこれから"コレ"で別の仕事があるからね。まぁ隣には居るから、なんかあったら呼んでよ。じゃあね」
「あ、うん…」
手を振って去る代わりに、手に持ったメモ用紙の束をぱさぱさと肩の高さで振ってシャルナークは廊下の暗がりへと消えた。
それを目で追いながら、レヤードは「……いっけめぇ〜ん☆」と零して部屋へ足を踏み入れ、シャルナークと入れ替わりにクロロの元へと歩いて行った。
「シャルさんってぇ、ホント金髪きれいだねぇえー。目の色はオレとおんなじなのにさぁ、あっちはなんかぁ…、オレと違くてすごいきれいなの、なんか羨まし―――。団長がシャルさんと一緒にいる理由、わかる気がするぅ〜〜」
「なんだ、お前が嫉妬なんてらしくないな。比べて得られるものでもないだろう?お前はお前で、お前だけの良さがあるぞ?レヤード」
「ぇえ〜〜っ!!?何ィ??団長、褒めてくれてるぅ〜〜〜!」
「ああ、今日は少し褒めてやるよ。よくやったな、レヤード。お前のおかげで欲しかった情報も手に入った。お前の引きの強さと勘の良さは本当に頼りになる。犬並みの嗅覚だ」
「ええ…。それホントーに褒めてるぅ??」
「褒めてるぞ?撫でてやろうか?」
「いや、いーよォ…。褒められるのは嬉しーけど、オレそこまで子供じゃないからぁ…」
「そうか?」
「でもぉ…、ずっとなんかヤな予感してたからねぇ?絶対これ怒られるやつー!って…、思ってたからぁ……。お前に褒められたのは、すごく嬉しいよ―――、クロロぉ!オレ、お前に褒められんの一番好きだからさぁ!」
「そうか…」
見ためにそぐわぬ子供じみたようなレヤードの返答を聞いて、フッと少し愉快そうに笑みを見せたクロロ。
髪を下ろしているのもあって、『あ――…、なんか「クロロ」って感じィ』とレヤードはその笑顔に安心感を覚える。
オールバックの「団長」姿だと、なにかクロロと自分との間に一線を引かれた感覚になるからだ。
それはきっと正しい線引きではあるのだろうが、レヤードとしては「それ」はなんとなく「さみし〜?」ような気持ちがある。うまく言葉にはできないが。
例え着ているコートは「団長」のものでも顔は自分のよく知る「クロロ」だったので、レヤードもまたクロロの笑顔に釣られるようにほっと息をつく。
「……で、だ。レヤード」
「うんうん!なーにィ?クロロぉ!」
「それとは別に、今日は昨日よりもう少し頑丈な奴を用意したぞ?」
コートのポケットから昨日と同じく手錠―――ただし形状は昨日のものと違って一般的なチェーンタイプの物ではなく、より頑強な蝶番(ヒンジ)タイプのものだ―――を取り出し、ガチャリとテーブルの上に置く。
レヤードはニパーッと笑って返事をした、その顔のままで固まってしまった。
レヤードがそこで思い出したのは昨日のやり取りだ。
また"アレ"をするぞ、という意味なのは容易に意思疎通ができた。意思疎通できたことは嬉しいが、内容はあまり嬉しくない。
「……いや…、あのさあ〜…?オレが言うのもなんだけどォ――…、団長ねぇ??まだ仕事中だよ…?
シャルさんもまだこれから仕事って言ってたしぃ…、お宝だってまだ手に入れてないしぃ……?」
「ああ。だが一段落はついただろ?あとはシャルの情報解析次第だが、次に動くのは明日の夜以降だろう。時間は十分ある」
「そーゆー問題じゃなくってぇ……」
どーしたんだろう、クロロ?なんか変なもの食べたのかなぁ…。などとレヤードは頭を抱えて考え込む。
するとそのレヤードの前に、クロロはさらに手のひらを差し出してきた。
そこには見慣れない2粒の錠剤。反対の手にはミネラルウォーターのペットボトルもあった。
「えー…。なぁに、この薬ぃ…」
「媚薬の一種だ。飲め。お前にはまずオーガズムが何かというところから教え込まないとダメみたいだしな」
「オーガ…、え、何?びやく…?んー……まぁ…、クロロが言うなら飲むけどねぇえ?」
レヤードはそう言って、クロロの手の上から錠剤二つをつまみ上げ、何のためらいもなく口に放り込んでガリガリと噛み砕いてそれを飲んだ。
「水無しで飲めるか?ほら」とペットボトルを差し出されたので、素直に受け取る。
「あんがと〜〜。……で?びやくって何〜?」
―――飲んでからそれを訊くのか、とクロロは内心で突っ込みつつ。
「要するにセックスしたくなる薬だ」
「げぶほっ!?」
予想外の言葉に、ちょうど煽った水がおかしなところへ入ったのか、レヤードが身体を折ってゲフゴホと苦しそうにむせる。
その背中を、クロロは「…大丈夫か?」と優しくさすった。
「かフュッ、げほっ、えふッ、………まーたさぁああ……。ゴホッ、そんなのぉ…。どっから、いつ用意してるわけぇえ?」
「昨日あれからフェイタンに頼んで、来るついでに手錠と一緒に用意してもらった。効くまでは少しかかるから、その間にこれをつけろ」
テーブルの上に置いた手錠をレヤードの前に差し出し、淡々と言うクロロ。
「あのさぁー…」と、口元を袖で拭いながら、レヤードは困惑気味にそのクロロを見上げる。
「今度はちゃんと我慢しろ」
「なんかぁー…、もうクロロ、すっごいムキになってな――い―――?」
「特になっていないな。大体お前、このままだと好きな女の子とやらが出来たとして、昨日のザマでその女を殺さない保証はないだろ?このオレを相手にしてすら、我慢も出来ずに手を出そうとしたんだ。
恋だなんだ、1人の女だけ愛したいとか言う前にまずはしっかりギロチンの我慢を覚えるのが先じゃないのか」
「ええ〜〜〜…。うぅ〜〜〜……」
「言い返せないということは、お前だって必要な事だとは分かっているんだろ?レヤード?」
「それはそーだけどぉお…。でもォ、『好きになる』って気持ちはぁ、そーゆー殺したい気持ちよりね〜?優先〜??するものなんじゃないの〜〜〜?
好きになった女の子はぁ……、たぶん………殺そうとしない……かもしれないし……」
「『かも』で良いのか?それで優先されなかったとしたらどうするんだ?好きな女の子とやらを切り刻んでからオレに泣きついても、オレは知らんからな?
なら一度きちんと経験した上で我慢を覚えておいた方が損がないだろう?」
「だからってどーしてクロロと、って話になんのさ…。オレ男だよォ?クロロだって男だしィ…。クロロはそれでいいの〜…?
セックスってぇ、ふつうは女の子とするものなんじゃなかった〜〜??だったら適当に女の子連れてきたりとかさ…」
「適当な女をあてがったところでお前は何一つ躊躇しないからな。それこそお前は殺人欲と性的興奮をはき違えて覚える可能性がある。ならオレがやるしかないと思うんだが」
「…なんでそうなんの…。ちょっとおかしーこと言ってるって、クロロわかってるぅ?」
「何もおかしくないだろ。早い話、お前はオレが好きだろ?レヤード。『オレだけは殺したくない』と昨晩も……、いや、ずっと以前からお前はオレに常々そう言っていたな?」
「ぇえー……。いや、まあ…、うん……。そー…だけどぉ……。でも、クロロが好きの気持ちとぉ……、そーゆー恋する好きの気持ちってさぁ、違う「好き」なんじゃない〜〜?」
「お前が思っているほど大差はない。それに、お前が『オレだけは殺したくない』と思っている以上、少なくとも我慢のための練習相手としてオレほど適任はいないと思うが」
「……なんかねぇ、上手い事言ってっけど…。単に面白がってんの誤魔化そうとしてるの、オレ分かるからねぇえ??」
「そうか。…ならどうする?好きな女の子とやらを切り刻んでみるか?」
「んもぉおおおお―――!!」
「ちゃんと我慢出来たら、明日2人で一緒に美味い物でも食いに行こう?どうだ?」
「どうだ?じゃなくってね!?開き直んないでくれますぅー!?お前とおいしーの行くのは嬉しーけどォ、そーいうごまかし、もういらねーからぁ!!?なんでわかってくれないかなぁあ―――!!」
自身の黒髪を両手でぐしゃぐしゃと掻いて、レヤードは叫ぶ。
ハネた髪を押さえるために着けているヘアピンがいくつか落ちるほどに髪が乱れたが、直す気はないようでレヤードはそのままジト目でクロロを睨んでくる。
クロロは淡々と『……ふむ、また失敗か?相変わらず勘の鋭い奴だな』などと考えていた。
―――ところが。
「あのねぇ??オレはさぁ―――?……そりゃーオレは…、お前が…、クロロが言うならさぁあ?オレは、何でもやってやるよ??そういう約束…したし……。ってかね?約束なんか無くても、オレにとっての一番は昔からずっと、お前だけだからさぁ……?
好きになった女の子と恋して、エッチなのしたい気持ちは…、まあそりゃ、無いって言ったら嘘だけど……。でも女の子のこととかは今はとりあえず置いといてぇ……。
クロロが、オレとそういうの…、したいっていうならオレは……お前が言うなら、オレはなんだってやるつもりで…いるから……。嘘くさい変な言い訳とかごまかしとか、そーいうのはもういいからさぁ……。
オレ、クロロの事は好きだし……クロロは、クロロはオレにとってのトクベツ…だからぁ……。クロロがあ…、したいならね〜〜…??別にオレ…、オレは、その…セックス…だって……するし」
様子を伺うように口をとがらせて上目遣いに言われ、クロロの方が真顔で固まってしまう。
「……なんだ?急に。熱でもあるのか?いや、今ならば薬のせいか。聞いていたより効果が早いようだが……ふむ」
「ちっ、ち、違うしィ―――!?オレ、正気だよォ!?」
「いや、キス一つであんなに怯えていた昨日の今日でそうは思えないな。体温も高いようだし、顔も真っ赤だ」
「かっ、か、覚悟っ…、を、決めたの―――!顔赤いのは、恥ずかしーこと言わせるからぁ!ってか、元はと言えば薬もクロロが飲ませてきたやつでしょーがあ!?
そーじゃなくてっ……、オレはね!?オレは別に、ホント良いの!クロロがさぁ!言うならぁあ!?…で、でもぉ…、その…、面白半分とかは…やだなって……。オレ、その…、は、は、はじめて…だし……」
「……その図体で処女みたいな事言うなよ。引くぞ?」
「ひ、引かないでよォ…。こーゆーの、いくらお前に言うのでも、けっこー勇気がいるのー…」
「フッ…。そうか…、悪かったなレヤード」
抱きついて、心底恥ずかしそうにクロロの肩口に顔をうずめて言うレヤード。
その姿にクロロは少々吹き出しつつ、両手でレヤードの背をしっかりと受け止めてやる。
―――こういう、良い意味でこちらの計画を裏切ってくれるからこいつといるのは面白い。
まさか自ら望んで来るとは。……いや、自身に対するレヤードの好意も忠誠も、クロロは全て最初から分かっていた。最終的に言えば、いずれ必ず受け入れるということは分かっていたが―――
今はまだ、口八丁に丸め込まれ慌てる様を見るつもりでいたのに、まさかそれ以上の最高の結果を引き連れて来るとは。
薬の影響か?とも思ったが、お前が突拍子もないことをその口からこぼすのも、一度や二度のことではなかったな。と結論付ける。
ただ言われた通りの事をするだけの馬鹿ではなく、レヤードもレヤードなりの哲学を持っていて。
どうすればオレを喜ばせることが出来るか。
どうすれば、大好きな飼い主(オレ)と一緒に、今日という日を生きられるか。
馬鹿なりに考えてはいるのだ。
出てくる答えが世間一般的に正しいかどうかはおいといても、レヤードとしてはクロロが満足してくれる答えを出せたならそれでいい。
『本当、お前はよくできた飼い犬だよ』とクロロは静かに微笑って、レヤードの背をポンポンと叩いた。
「な…、何ィ?クロロ…。何笑ってるわけぇ…??」
「いや?なんでもない。しかしお前からそういうことを言い出すという事は、今日はもう手錠が無くてもギロチンを我慢できるという事だな?」
「…ど、努力はするよ〜…?」
「そうか…。なら出来なかったら……、次はオレが直々に手を下してやるか。昨夜フィンクスに邪魔された分も含めてな」
「楽しそうに言わないでってばぁ…。こわいー」
泣きマネなのか、それとも本当に怖いのか。手の甲で目元を隠し、レヤードは力無く泣き言を綴る。
それをフッと鼻で笑って、クロロは「気持ち良くしてやるからな?」と安心させるようにレヤードの右頬―――4ナンバーの刻まれた蜘蛛のイレズミに手を添える。
昔とは唯一変わった部分である、頬のイレズミ。
誰にも懐かなかったこの犬に、唯一オレだけが着けることが出来た、ある種の"首輪"。
満足そうにそれに触れ、クロロはそれからレヤードの首に着けられている本物の首輪―――ベルトチョーカーに口づけた。
それは頬のイレズミとは違い、昔からずっと―――初めて会ったときからレヤードが変わらずに身に着けているものだ。
品物自体は何度か新しくなっているが、「変なファッションだな」と他のメンバーに茶化されようとも、レヤードは頑としてそれだけは変えたりしない。
ボロになるたびレヤードはいつも似たようなチョーカーを探し、首に着けるようにしていた。
―――そのチョーカーの下にあるのは、小さな傷だ。頸動脈を狙って斬ったかのような小さな傷痕を、レヤードはそのチョーカーで隠している。
幼い頃に『リーパー』と呼ばれた能力者に殺されかけた時についたという傷。メンバーでは、クロロだけが唯一知る物。
「そういえばこれをつけた奴とはまだ遭ったことが無いな」
と…、いつの間にかベルトチョーカーをするりと外したクロロが、そこにある浅く小さくついた傷を舌でなぞりながらにそう言う。
びくりと肩を跳ねさせ、レヤードが逃げるような反応をするので、クロロは逃がすまいとレヤードの背に回していた腕に力を込める。
「あっちょ、くすぐったいって…!なんでそんなトコ舐め、…あひゅっ」
「なんだ。相変わらず弱いのか、ここ?」
「うひっ!そこで喋んないで、くすぐったいんだってば…、あはっ!?ちょっ…ぞわぞわするっ!」
小さな傷痕に唇でちゅっと舐めるように吸い付くと、嫌がって身体を強張らせていたレヤードがへなりと勢いを失くして大人しくなる。
「ちょっ…、待って…。ホントそこ弱い…から、くすぐったいから…。吸わないでよォ…。あ…、マジ、ちょっと……、ホントやめてって…」
「わかった、止めてやる。その代わり少し身をかがめろ、レヤード。お前の身長で立ったままだとキスがしにくい」
「…っは…。もお〜……なぁにィ?それが言いたかったわけぇえ…??そんなのちょっと背伸びすれば届くでしょ――…?」
「オレがか?嫌だな。いいからお前からして来てみろ。何でもするんだろ?」
「そぉーいう……。も〜〜〜…クロロがキスしてくれるんじゃないの〜…?良いけどさぁ―――…。だからそれ、ハードル高すぎるんだってばぁ……何それぇえ……」
寒気のようなものがゾクゾクと走る首筋を手でこすりながら、レヤードはありったけの悪態をつく。
しかしそれもクロロには、照れくささを隠すためのものだということが見透かされているようで、「いいから。してみろ」と楽しそうに笑顔で催促された。
仕方ないなぁ…、と昨日のクロロに倣うようにレヤードはその両頬に手を添えた。
そしてクロロの端正な顔と面と向かうも―――そこで身体が固まってしまう。
ホントにクロロの顔はきれいだなぁ…、なんて意識してしまったらもう最後で、頬どころか耳まで真っ赤に染めて引きつり笑いをしたまま動けなくなるレヤードを見て、『女と恋をしたいとかいう奴が今からそんな顔でどうする』とクロロは思う。
とはいえ思った通りの愉快な反応には満足して、クロロはそのレヤードの顔を両手で引き寄せ、唇に自身のそれを重ねてやった。
触れ合うだけの口づけを何度か交わし、それから舌でレヤードの下唇を舐める。
ガチガチだった昨日とは違い、レヤードは照れくさそうにしながらもわずかに口を開けて舌先を出して来るので、クロロは自らの舌でそれに触れ。
恐る恐るのレヤードのペースに合わせるように少しずつ舐め合って、それから互いに舌をもつれさせるように深くキスを貪った。
しかしその合間に何かに気付いたクロロが口を離し。
レヤードが名残惜しそうにそれを追いかけ、舐めるように口元にキスを寄越してくる。
「レヤード。……おい、レヤード」
「うぅ…、なあに、ぃい〜?クロロぉ…。キスいや…?へ、ヘタかなぁ…オレ…」
「そうじゃない。お前、酒を飲んでいるな?」
そう問うと、レヤードは「ああ〜〜……うん…、飲んでるぅ〜〜☆」と妙に浮かれたようにふわふわとした受け答えで上機嫌に頷いた。
「うひひ…、結構ねぇ?飲んだんだよォ〜…みんな、とぉ……。オレはぁ…、ん〜、桃チューハイとね〜?ぶ、ぶどう…とぉ、いちご……。あとー…カクテル…、カシス…オレン…。3ほ……よ、よんほん…………あ、あれ?」
思い出すように天井を眺めながら、のろのろと指折り数えていたレヤードが、突然に膝から崩れ落ちる。
抱き合っていた腕でクロロもそれを支えたが、間に合わずにレヤードはその場にしりもちをついた。
「あ…あ、…な、なにこれ…」
自らの体を震える手で抱きかかえ、困惑したような顔でレヤードがクロロを見上げて来る。
顔は赤く上気して、息も荒い。見開いた翠緑には涙がたまり、溢れる。
なのに口元には笑みが浮かび、どうやら感情の制御もきいていないようだった。
そしてしりもちをついた、その身体の中心を押し上げる―――
「ふむ…。一段落したとはいえ仕事終わりでもなくもう飲んでるとはな。少々想定外だ。2錠は渡しすぎだったか」
「なにそ、……うひっ!ひ…、ふひ……なにこれぇ…。すげ…寒気っ…するのに…、身体が、た、たかぶっ…て、な、なんか……敏感…なって……」
「すごいな、もう勃ってるぞ?」
「た、た…たって……ふぎっ、」
言う間に「こっち」と、目の前にしゃがんだクロロにそれを撫であげられ、レヤードがびくりと身体をわななかせる。
クロロの手を押さえようと掴むが、おぞけにも近いぞくぞくと背を這うような強烈な寒気に耐えるのが精一杯で、力が入らない。
「ぁ…あ…ぅ…、なに…?く、くろろぉ…?」
「掴まっていろ。このままイかせてやる」
「あっ、や…、やっ、ちょ…、さ、触らないで、て…っ、あっ、ななんか来そっ!…ッ、あッ…ひ!!」
そう零して、前屈みにクロロの肩に顔をうずめ、レヤードが身体を強張らせた。
クロロの腕を押さえる指に、食い込むほどに力がこもる。
「フッ…。さすがに早いな。…どうだ?気持ち良かっただろ?」
レヤードの手から力が抜けたのを見計らい、ゆっくりとそれを取り払って。
クロロは自身の肩口に顔をうずめて荒く息をついているレヤードの後頭部を撫でた。
「はっ…あ…。もー、わかんないィ……。触らないでってオレが言ったら、触んないでくれますぅー……?」
「"わからない"じゃダメだろ?ならもう1回だな。分かるまで教えてやる」
「あわ、」
涙目のレヤードに言われ、逆に今度はレヤードの胸に手を出す。
おもむろに身体に触れると、レヤードが「うひっ!」と跳ねるようにその身体を起こして、後ろへと退いた。
「……うひっ…フヒヒ…っ、ホント無理…、ムリムリ、ムリ…、もうマジで触んないで…っ!
へ、へ…、ひ…、なんかすごい敏感になってっ…、クロ…ッ…手…、服っ、触るだけでっ……!ひひ……なんかっ、ぞわって…寒気っ…、フヒヒ、ひ…、あ゛…っ、…しんぞ…バクバクして……なにこれぇえ……」
「…ふむ。少し薬が効きすぎたか?普段薬なんて飲まないしな。アルコールも入っていればなおさらだ」
「わかんない…!!あっ、なんでそんなとこ触って、っぁ、あッ!…もームリっ…!無理ぃい……」
着たままの服の上から胸板を何やら探られ、ぞわぞわとした快感を嫌がってレヤードが力無くそう叫ぶ。
クロロの腕を手で押し戻すように退け、ブンブンと頭を振って俯いたかと思ったら、弱々しく両腕をそろえてクロロの前に差し出してきた。
「……レヤード?どうした?」
「てっ、手錠っ……、手錠欲しい…。このままだとまたやっちゃう…からっ…。このまんま変なテンション上がったら、クロロの事今度こそ殺しちゃうかもだからぁあ……!
ひぐっ、ふ…っ…もうオレっ、もう我慢でき、できな…っ。だから、だからっ…せめて手錠っ、つ、つけてよお………」
自らの膝の上にぽたぽたと涙の跡を作りながら、レヤードがそう懇願してくる。
クロロはその差し出された両腕を手錠で、ではなく自らの手で優しく押さえた。
触れられて、またびくりとレヤードの肩が跳ねる。
「……レヤード、目を開けろ。顔を上げて、こっちを見ろ」
「フッヒ…、ひ……。ク…、んっふ、はあ、…クロロ…ぉ…」
呼びかけられ、べたべたに頬を涙で濡らし赤く腫れたような翠緑で上目遣いにクロロを見る。
今までに見たことが無いくらいに情けない顔をしているレヤードに、クロロは思い出させるように強い口調でさらに続ける。
「いいかレヤード。オレを見ろ。目を開けて、ちゃんとオレを見ていろ。他の誰でもないこのオレを。……それでもお前は切り刻みたいと思うのか?」
「クロロ……。クロロ、なら…、オレ、オレは………でも…っ、あ、あ…、やだ……いやだ、来んなってば、…無理…っ、もうむりだって……!!あっ、ちょっ、ちょ、やめっ…!」
葛藤の間に、有無を言わさず距離を詰めて来るクロロに、レヤードは堪える自信の無さから"やってしまう"事への、恐怖……ともいえる薄ら寒さを感じて後ずさる。
だがクロロは後ずさって逃げようとするレヤードのその腕を掴んだまま離さず、さらにレヤードを追い詰め。
目の前に伸ばされた手のひらから逃げようと上体を後ろに倒して、そのまますっ転んだレヤードの上へと圧し掛かった。
呼吸を乱し、浅く早くヒイヒイと悲鳴交じりの息を吐いて、クロロを見上げるレヤード。
掴まれた腕も床に押さえつけられ、クロロ相手にそれ以上どう抗うべきかも分からず、濡れた翠緑でレヤードはただクロロの漆黒の瞳を見上げる。
「…そんな情けない顔するなよ。お前らしくないな。そんなに自信が無いか?この際だ、そのままいつものように快楽に身を委ねてみろ」
「……だってっ、そんなん出来ねーよぉ!!そんなんしたらオレ…っ、マジでお前の事殺しかねねーしィ!お前は…さぁ…!だって…っ、お前はオレのっ!」
「ならその殺人衝動だけをきっちり抑え込んで耐えてみせろ。出来るだろう?殺す快感と性欲は結びつきやすいものだが、それでも別のものとして成立させることは十分可能なはずだ。
オレを見ろ、レヤード。オレだけは殺したくないんだろ?オレが触れるもの、オレが与える快楽…。ちゃんと見ていろ。感じたままに受け止めろ。
今なら薬の効果もあるし、気持ち良さが分かるはずだ」
「ひっぎ…!?待っ…、く、くろ…っ、あっ!?ひッ…!」
筋肉に沿って身体を服の上からなぞり、胸の突起を指で探り当て押し潰した。
ベルトチョーカーも失くし、無防備にさらされていたレヤードの首筋をクロロはその唇で薄くなぞって。
鎖骨に口づけ、着ているシャツの前をはだけさせようと襟に指を掛けるが、それだけでレヤードはゾクゾクと電気が奔ったような身震いを感じて全身を硬直させる。
「あ゛…っ、クロっ…ぉ、〜〜もっ、さわ、ん…、あ、っは…!ひ…ひ…、ふひ、ひっ…ヒヒッ!もっ…無理だよぉお…」
「無理じゃないさ。他に感じることは無いか?」
「なぁぃい〜〜〜い〜…。無いぃ……っヒヒヒッ、ひっ…」
自身の髪を掻きむしり、その翠緑に渦巻くように"黒"を混ぜ込んで、レヤードが泣きながらに嗤っている。
「あ、たまぁ……っ、もー頭ぁあ…おかしくなりそぉお……っ」
「……わかった。悪かった。大丈夫だ、すぐ終わる」
ぼたぼたと涙を零して白旗を上げるレヤードの濡れた頬を優しく撫で、それからクロロはレヤードの服の裾を持ち上げた。
襟元はレヤードの手に掴まれ押さえられてしまったので、それならと裾の方から手を入れ素肌へと触れる。
じったりと汗で湿った肌をなぞり、脇腹からそのまま下腹部へ。ゆっくり指先でなぞるとレヤードが「あっひゅ、」という短い悲鳴と共に腹筋をびくりと反応させ、身をよじった。
「な…、な……」とレヤードの翠緑が涙目ながらにクロロの手の行く先へと注視してくる。
「…ぁっ、ちょ、まっ、クロロ…っ、あ…、まって、って…!?そこ、さわッ!?―――ンッ、あッ!!ク…、あ゛ァッッ!!?」
ベルトを緩め、親指がズボンとその下の布へと掛かる。その動作のついでで触れた、レヤードの中心を再び押し上げていたそれ。
触れた瞬間にレヤードがびくびくと強く身体を痙攣させ、絶頂に達したのが目に見えて分かった。
それからガクンと糸が切れたように床に沈み、レヤードはそのまま動かなくなる。
まだ何もしてないだろ…と少々あっけにとられつつ『まあ薬のせいもあるか』と思い直して、クロロは「……おい、レヤード?大丈夫か?」と、事切れたレヤードの身体を抱き起こした。
レヤードは目を回して、気が抜けたようにダラリと気絶したまま、口から大量の酒を吐いた。
つづく
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注意書きが無いという事はそういう事ですよ(爆)
すもも