※原作沿い夢
double styleとのコラボです
カーテンの隙間から、朝日が零れている。
窓の外はどこまでも澄み切った青い空。
――――天空闘技場、200階クラス。
五ツ星ホテルも真っ青の豪華な部屋の大きなベッドに。
白いシーツに埋もれて上半身裸の青年が1人、スースーと静かな寝息をたてていた。
「………」
ベッド脇には、花のように小さく可憐な"黒い"少女が1人座り込んでいて、すやすやと気持ち良さそうに眠るその青年の横顔をじーっと眺めていた。
青年に気づかれないように、巧妙に『絶』で気配を消して、少女は微笑む。
しばらくじーっと少女は青年の寝顔を眺めていたが、満足したのか突然スッと立ち上がった。
そして青年の首の下………胸の上らへんに向かって、体ごと思いっきりのエルボーを落とす。
「―――ヘルズドライブ!!」
ドフゥッ!!
「ふぐぎゃっ!?」
いくら少女の体が軽いといっても、全体重をかけたエルボーでの一点攻撃はかなりきつい一撃となったようだ。
寝ていた男はヘンな悲鳴を上げて飛び起きた。
「がふっ、げへっ、ぐふぉ…ゲフッゲフ、なん、な、な…?!」
「おっはよージャズ!相変わらずお寝坊さんなのねぇ〜。そんなんだと納豆になるよ?」
「なっと…グフッ、…ナットウじゃねぇよ!!このっ…、いきなり何しやがんだメイ!!」
ベッドの上で四つん這いになってゲホゲホとむせていた青年―――ジャズに、ぴっと片手を上げて挨拶した少女―――メイ。
死にかけたぞ!と涙目で訴えるジャズに、メイは悪びれもなく「えー」と漏らす。
「テメ、そもそもなんでオレの部屋にいるんだ!?どっから入ってきやがった!?」
「ちゃんとドアから入ったよ?入られて困るならちゃんとドアのカギ閉めたらいいのに。ジャズってホント戸締りの概念ないよね〜」
「うっせ。…つーか、そうじゃねぇ。どっからココ嗅ぎつけてきたんだって聞いてんだよ、このストーカー」
「えー?あたしの情報網を甘く見てもらっちゃ困るな〜?ゾラおばさんとやり取りしたんでしょジャズ。アルビシャスが言ってたよ?」
「…あ?アルビシャス?」
「ん。」
ちょんちょん、と窓の外に留まる大鷹を指さしてメイはニコニコと笑う。
斡旋人ゾラに仕える伝令の大鷹。
――――あいつ名前あったのか。
つーかわざわざゾラのトコからあんなもん追いかけてきたのかよ…とジャズは脱力から肩を落とした。
ゾラのところで仕事をこなすこの殺し屋の少女は、嘘かまことか念能力か―――人間以外の生き物の言葉がわかるらしい。
ゾラからそんな話をふと聞いて、そして初めてゾラのところでメイと会った時に、遊び半分でジャズは己の念能力”闇食い(リバイアサン)”をこの少女に見せたのだ。
「コイツの言葉もわかるのかよ、お嬢ちゃん?」と挑発したその時以来、ジャズはメイと顔を合わせるたびにやたらと「リバイアサン出して!!会いたい!」と絡まれ、毎度毎度付きまとわれることになった。
『あの時のオレはどうかしてた…』と今でも少女の影を近くに感じるたびに思う。
それとともに、リバイアサンの何がそんなにこの少女の琴線に触れたのか今を以ってわからず、『なんなんだ』と頭を抱える。
「えー?リバ、すごく可愛いよ〜?」
「アレを可愛いって言えるお前の頭はどうかしてると思うぜ、正直」
どうひいき目に見てもアレは「可愛い」類のモノじゃねーだろ、と毎回突っ込みたくなる。というか毎回突っ込んでる。
しかしいつだってメイの脳にジャズのそんな疑問が届くことはなく。
「いいからー!せっかくリバに会いに来たんだよー?リバ出してー!ねー、リバ出してよー、ジャズ〜!!」
と、眠たい頭をガクガクと揺らされる。
それにはさすがに、脱力半分だったジャズも切れた。
「あーうるせー!!寝起きにテメーのキンキン声は響くんだよ!出してやっからちょっと黙れ!!」
言ってジャズはフワリとベッドサイドに”闇食い(リバイアサン)”を具現化する。
メイは化け物のリバイアサンのほうが好きらしいが、これから二度寝を決め込んでるジャズとしては寝床がこれ以上狭くなるのは勘弁なので今回具現化したのはジャズそっくりに擬態したほうのリバイアサンだ。
具現化されたリバイアサンは、ジャズと全く同じ姿―――上半身裸で黒いズボンだけ穿いていた。
人形のように整った表情の見えない顔でベッドの上に膝立ち状態で座る。
しかしそんな格好にも構わずにメイはリバイアサンに抱きつき、ジャズと同じその薄い胸板にすりすりと頬を擦り付けた。
妙な光景だな…、とジャズが影で呟いていた。
「わーい!リバー♡♡ 会いたかったよ〜!!」
「だからうるせーっつってんだろメイ…。もういいから寝かせろオレを!向こうでやれ!!」
「えー?じゃあジャズがそうやって命令してよー!…あ、そーだ!だったらあたし、リバ連れて外デートしてきたいな!そしたらジャズも静かに寝られるよ!そうやって命令して?ねっ!?」
「(…このアマ、もうマジで好きにしろよ…)」
もはやジャズの脱力感もピークを過ぎた。
疲れきった顔でジャズはよろよろとベッド中央に戻り、力なく毛布に包まる。
そして毛布の中から指一本だけ立てた手を出してくるくる宙を掻いた。
「……メイの言うコト適当に聞いて遊んできてやれ。ただし夜7時までには必ず戻れよ」
「やだぁ!?門限付きー!?」
「テメ…、勝手に来といてオレの仕事まで邪魔する気なのかよ…。今から7時まで遊べりゃ充分だろーが…」
「あ、なんだ7時から仕事なの?ジャズ」
「ああ。だから7時までだ」
「ちぇー」
ぶう、とほっぺたを膨らませたメイと、めんどくさそうにベッドに倒れたジャズ。
それを交互に見て――――あるじ、めいれいナイのかと判断したリバイアサンは早々と目を細め、眠りにつこうとする。
「あっ!寝ちゃだーめ、リバ!あたしと一緒に外でデートしよ!」
ぎゅ、とメイに腕を取られ、リバイアサンは閉じかけていた目をゆっくりと開けて横目にメイを見た。
主であるジャズ以外からの意味不明な命令(でーと?)に困惑し、一度だけジャズを見て―――「行って来い」と毛布の中から手だけ伸ばしてそれを振るジャズを見て―――から、リバイアサンは先ほどの『遊んできてやれ』というジャズの言葉をやっと理解したのか、ベッドから降りてメイの後に続いた。
「上着ろよ」
バサッと、ジャズがリバイアサンの後頭部に、自身が昨日着ていた黒い長袖シャツを投げつける。
「……デートはいいが一線は越えるなよメイ」
「ジャズと一緒にしないでってば!」
ペロッと舌を出して「えっち!」と叫んだメイ。
着替え半分だったリバイアサンの腕を引っ張って外に連れ出し、勢いよくドアを閉めた。
乱暴な音を立てて閉まるドア。
メイの足音が遠ざかっていくのと同時に、フラフラと振られていたジャズの手はパタリとベッドに落ちたのだった。
「へへー。やったね、リバ!やっと2人っきり!これから2人でどこ行こうか〜?」
体温のあまり感じられない冷たいリバイアサンの手を握って、上機嫌でメイは天空闘技場の廊下を歩いていた。
弾む足取りで階下へ向かうエレベーターを探すメイと、無表情でそれについていくリバイアサン。
しかしこの様々な人間が集う天高き塔から何事も無く抜けられるはずもなく。
対照的な1人と1匹の足を遮る者が現れる。
「こんなところにいたんだ、ゼロ!おはよー!」
「押忍!おはようございます先輩!」
と、メイとリバイアサンの前に少年が2人元気よく飛び出してきた。
黒髪のつんつん頭の少年と、太い眉毛が特徴のいがぐり頭の少年……ゴンとズシだ。
2人はニコニコとリバイアサンを見上げ、どうやらなんらかの返事を待っている様子だった。
「…なによあんたたち」
「えっ…?」
リバイアサンと少年たちの間に不機嫌そうな顔で首を突っ込み、メイが凄んでくる。
呼び止められたリバイアサンはというと、少年2人に進行先をふさがれたのと、自身の手を握るメイが足を止めたのに合わせてその場に立ち止まりはしたが、目の前の少年2人からの視線には知らんぷり。
それよりも廊下の先(視界)を横切って(動いて)いく闘技場の闘士達の方が気になるようで、そちらに目を向けていた。
「あの……。先輩?;」
「ねぇ、あんたたち、用がないならどいてくれる?あたし急いでるんだけど」
むーっと眉間にしわを寄せ、口をとがらせながら言うメイ。
メイも、少年2人―――ゴンにもズシにも今まで一度も会ったことがない。目の前に少年たちが飛び出してきたその時こそメイは足を止めたが………
リバイアサンと遊べる時間も限られている。
少しの時間も惜しいメイは、顔も知らない少年たちなどさっさと無視して「行こ、リバ」とリバイアサンを連れ、2人の間を歩き去っていこうとした。
顔を見合わせて汗を垂らす少年2人。あわてて、メイとリバイアサンの後に続く。
「ねぇ、ゼロどこ行くの?;」
「先輩!?」
「もー、うるさいなぁ。ついてこないでよー!」
だんだんと早足になるメイとリバイアサンと、ゴンとズシ。
「……っておい!ムシすんなよ!誰だよ、昨日『明日は一緒にズシの応援行きましょう〜?』つってたの!!もう試合終わっちまったぞ!?」
と、今度は少年2人とは別の誰かの声がした。
メイが握る方とは反対側のリバイアサンの腕をがっしと掴んでムリヤリ引き止める。
「あー、だからうるさいって言ってるでしょー!離しなさいよ!………って、キルア!?」
「まさか…、お前メイか!?お前、何やってんだよこんなとこで」
「(ちっ…、めんどくさいのに会っちゃったなぁもう…)」
「聞こえたぞコラ!めんどくさいってなんだよメイ!!」
ビシッとメイを指さし、キルアがキレた。
「うううん!?まっさかこんなところにゾルディック家の跡取りがいると思わなかったからさー!ちょっと出ちゃった♡」
てへっ、と笑って、メイはわざとらしく自身の頭を小突くフリをする。
可愛らしいその笑顔に、ゴンとズシの2人は顔を紅く染めたが、それがいつものメイのごまかし方であることなどキルアにはお見通しだ。
「だから『出ちゃった♡』ってなんだよ!『テヘ、』じゃねー!だいたい『跡取り』とかそういう言い方止めろっていっただろ!?オレはあんな家、絶対継がないから!」
「…あらっ?へー、あんたあのイルミから逃げ切れると思ってるんだ?やるね〜」
イイコイイコ、と茶化すようにメイはキルアの頭を撫でた。
殺し屋として名を馳せるメイは同業者のゾルディック家とも親交が深かった。ゴンとズシのことは知らずとも、ゾルディック家の者ならば十二分に知っている。
特にキルアとは背丈も近く歳も2・3違うだけ。メイにとってキルアは自分の弟のようなものだった。
「やめろよ、もー!」とキルアにうっとおしく振り払われるまで、メイはキルアの頭をニコニコと撫でていた。
「えっと…。ねぇキルア?その子、知り合い?」
「…ああ、まあな」
キルアがメイの間合いから離れると同時に、ゴンがキルアに訊いてきた。
改めてキルアはゴンとズシに向かってメイを紹介する。
「こいつさ、メイってんだけど…。オレの元同業なんだよ」
「キルアと同業って…この子も殺し屋ってこと?」
「えっ!?こここ殺し屋っすか!?;」
「ああ、「元」だけどな」
「オレ、廃業したし。」とニヤリと笑って付け加えたキルア。
とはいえそんなこと初耳だったズシは、予想外の物騒な答えに、目を丸くしてうろたえていた。
「……で?なんでメイがゼロと一緒なんだ?接点なんかねーだろ?」
と……言った後で、キルアは「いや、ちょっとまてよ…?」と顎に手を当て、考え込む素振りをみせる。
もしかしたらこの青年が、いつかゼロの言っていたゼロの双子の弟―――『始末屋ジャズ』なのではないかとふと思い至ったからだ。
「(始末屋が相手なら、殺しを請け負うメイと顔見知りであっても不自然じゃない…)」と、そんなことを考えていたときに、当のメイがきょとんとした顔で
「あのさぁ、キルア。どうでもいいんだけどさっきからその『ゼロ』っての、誰?」
と予想外のことを聞いてきたので、ゴンとズシは困惑した。
キルアはというと『やっぱりな』という目でリバイアサンを睨む。
「えっ?; その後ろのって、ゼロ…だよね?」
「違うよ?誰よ、ゼロって?」
「やっぱな…。わかったぜ、こいつが噂の『始末屋ジャズ』って奴なんだな?ゼロの弟って言ってたっけ…」
「ジャズなら知ってるけど…、
違うよ?」
「って、違うのかよ!!」
「だーかーらー!違うってさっきから言ってるでしょお!?!こーれーは!リバ!!あたしの!!ジャズでも、ゼロっていう奴でもないの!これからデートなんだ〜〜〜♡ねーっ、リバ〜〜?」
と、メイは突っ立ったままのリバイアサンの袖を引っ張って同意を求めた。
きょろりと目だけを動かしてメイを見たリバイアサンは、メイの言った事を理解しているのかいないのか…そんな顔で、糸の切れた操り人形のようにカクンと頷いた。
「やったー!」と嬉しそうにメイはリバイアサンの横っ腹に飛びつく。
それにもリバイアサンはふらつくどころか微動だにしない。つくづく強健な足腰である。
「『やったー!』って…メイ!今明らかにコイツ、話聞いてなかったじゃねーかよ!?」
「聞いてたもーんだ」
リバイアサンの右腕に抱きついた格好で、メイはキルアに向かってあっかんべーをして見せる。
そんなメイとキルアとのやり取りの横―――リバイアサンの左腕の側では、ゴンとズシがそのくりくりの瞳を以ってリバイアサンを見上げていた。
「…確かにゼロとはなんか違うね、この人」
「そうっすね…」
いつものほほんと笑顔で小さな3人を気遣う"お兄ちゃん"なゼロとはまるで違う雰囲気を纏う、その青年。
「えっと…ゼロ、じゃないや、りば…?さん?」
「あの…、ゼロ先輩とはどういうご関係なんでしょうか?」
おそるおそる、ゴンとズシがリバイアサンに尋ねる。
自分の名前に反応してか、リバイアサンもゴンとズシの姿をじろりと見下ろした。
顔の造型はゼロと同じなのに、その表情からはまったくといっていいほど生気というものが感じられない。
どこを見ているのか何を考えているのかわからない目で自分達を見下ろすリバイアサンのその姿は、エモノを選定する獣か機械のようで。
その瞳は、山育ちで様々な猛獣を見慣れているゴンですら寒気を覚えるほどだった。ズシが感じた恐怖はその比ではないだろう。
「怖いっす、この人めちゃめちゃ怖いっす〜;」
「あは…、やっぱりゼロじゃないみたいだね…;」
半泣きでゴンの後ろに隠れるズシ。ゴンも、ひきつった笑みを浮かべていた。
そこへメイが、再びにょこっと首を突っ込んできた。
「えー?大丈夫だよ〜?見た目はちょっと怖いかもしれないけど、意外とね、可愛いところもあるんだよっ?ねー、リバ?」
「可愛いって!?どこがだよ!やっぱお前美的感覚ヘン!絶対ヘン!!」
横から、キルアまでもが会話に突っ込んでくる。
ゼロを可愛いというならまだ同意できる点があったかもしれないが、こんな―――先ほどから一言も喋らない上に蛇みたいな視線で自身を舐めまわすように見てくる、そんな類の得体のしれない男のことを「可愛い」だなどとキルアには到底思えるはずがなかった。
しかしそんなキルアの心情なぞ知りもしないメイはキルアの言葉に反発。さも得意げにリバイアサンの「可愛いところ」を語り始めた。
「ひどいキルア!全然ヘンじゃないもん!可愛いもん!機嫌がいいとあたしが名前を呼んだときにしっぽをポスポスしたりするんだよ〜!?」
「「「……しっぽ?」」」
「でね!耳の後ろのところ撫でてあげると気持ちよさそーにして、ほっぺたペロペロ舐めてくれるんだよ!」
「「「ほっぺたペロペロ!!?」」」
えっへんと胸の前で腕を組んで、「ほら、可愛いでしょぉ〜?」といった口ぶりで話すメイだったが、もちろんリバイアサンの正体を知らないゴンとキルア、ズシには理解されるはずもなく――――知っていたとしても、リバイアサンの化け物の方の姿を「可愛い」部類に分別できるかどうかは甚だ疑問だが――――揃って総出で突っ込まれた。
「お前それ、ぜってーおかしいぞメイ!!」
「ええ?なんで?可愛いじゃない!」
「可愛いんすか!?自分、メイさんやっぱりちょっとヘンだと思うっす…」
「ひどいー!感情少ないリバの可愛い愛情表現なのにー」
リバイアサンと恋人握りで手をつないで、「ねー?」と楽しそうな笑顔でリバイアサンの顔を覗くメイ。
先ほどからと言ってはなんだが、自分にもめったに見せない女の子らしい愛らしい姿をそんな男相手にはやたらと見せるメイに、キルアの機嫌がなぜか降下した。
「『ねー?』じゃねーだろ!!ぜってーそいつおかしいって!ロリ入ってる!さっさと離れた方がいいぜメイ!!」
「むー!!いやよ!せっかく今日は苦労してリバと一緒に遊べるようになったのに、どーしてキルアにそんなこと言われないといけないの!リバはどこもおかしくないもん!リバのこと何にも知らないくせに!キルアのば〜〜〜か!」
「…あっ、おいメイ!!」
キルアの言い分に、ぷう、とほっぺたをリスのように膨らませ怒ったメイ。
そっぽを向いた先でちょうどエレベーターの扉が開いたので、「行こ、リバ」とリバイアサンの手を引き、それへと飛び込んでいってしまった。
『閉』ボタンを連打して、キルアが止める間もなくエレベーターの扉を閉める。
扉が閉まりきる直前、またしても小憎らしいあっかんべーをその場の3人の少年へと残して。
「……んの、あいつ!!」
「まあまあキルア。いいじゃない、メイさんが良いって言ってるんだしさ。それにあの人、キツネグマみたいな人だったけど…悪人っぽい感じはしなかったし大丈夫だよ、たぶん」
「キツネグマは猛獣っすよ、ゴンさん!」
ズシに突っ込まれて、ゴンは「オレも友達いるから」と故郷のくじら島にいるキツネグマのコンのことを話し出す。「ええ!?」とズシがさらに驚いていた。
「そうだぞ!ゴンはぜんっぜんわかってねー!」
「ええ〜?そうかな〜」
まだまだ怒りの収まらない風のキルアが、ビシッと伸ばした指先でゴンの鼻先をつんつんと差してくる。
そして「あいつ、ロリには人気あるんだぞ!?」とキルアは、ミルキやヒソカの名を列挙し始める。
「うん、まあキルアがメイさんの事好きってのはよく分かったけど」
「ハア!?ちっげーよ!!誰があんなヘンな女好きになるか!!」
分かりやすく爆発したキルアの様子に、ハハ…とゴンとズシは苦笑いを見せた。
「…でもあの人結局ゼロのなんだったんだろうね?」
「ゼロ先輩に聞いてみればいいと思うっす」
そんなことを2人で話しながら。
「なんなのキルアってば。ひどいよねー、リバ」
リバイアサンの片腕を抱き込むようにしてそれにしがみついて、メイはまだ怒っていた。
自分の大好きなものをけなされて流せるほど、まだメイは大人ではない。
メイにしてみればこの人型のリバイアサンも、中身が『可愛い』だけの獣であることを知っているのでなんということはないが、何も知らない少年3人にとってはゼロと同じ顔と年齢の男性でしかない。
嫉妬の対象としては十分なのだが……しかしそもそものリバイアサンに対する認識自体が彼らとメイとでは違うために、キルアがなぜあんなにもリバイアサンを毛嫌いしたのかメイには充分に理解できなかった。
「…うらやましかったのかな?もしかして」
腕にしがみついたまま、メイはリバイアサンの顔を見上げる。
まっすぐエレベーターの扉を眺めていたリバイアサンは、メイの視線を感じてか目だけをまたきょろりと動かしてメイを見返した。
メイの姿を映してはいるが、実際は何物も見ていない―――無機質な瞳。
少年達には不気味に見えたその視線も、メイにとっては純粋無垢な『愛らしい』獣の視線に見えるのだ。
自分を見てくれたことが何よりうれしくて、メイはぎゅうっとリバイアサンの腕を抱きしめる。
この瞬間、もはやキルアの発言も何もかもメイの頭からは綺麗に吹っ飛んでしまっていた。
「はぁ〜〜♡ 早く誰もいないところでイチャイチャペロペロしたいね〜♡♡」
「それはさすがに問題発言だと思うよ、メイ…◇」
メイがたくさんのハートを飛ばしながらリバイアサンにそう話しかけていたとき。
エレベーターの扉がタイミング悪く開き、天空闘技場唯一にして最悪の道化師がメイの乗るエレベーターへと同乗してきた。
「げっ…、ヒソカ…」
「『げっ』ってなんだい?相変わらず優しくないなぁメイは」
「えー、だって〜。ヒソカと会って『げっ』って言わない人、いないと思うよ?」
「そう?ゼロにはボク、『げっ』って言われたことないよ◇ ねぇ?」
そう言ってリバイアサンの肩に手を置いたヒソカ。
しかしリバイアサンはそれにも反応を返すことなく、再び閉じたエレベーターの扉をただまっすぐに眺めている。
「……あれ?メイ、もしかして彼、ゼロじゃない人?」
「うん。キルアも言ってたけど誰、そのゼロって?」
「ふーん…、なるほどね。じゃあ彼が噂のジャズって子なのかな?」
あのゼロに双子の弟がいるという話を以前どこかで耳にした。
その名前を思い出して、ヒソカはメイに尋ねる。
「ちょっと違うけど。ジャズならあたしも知ってるわ」
「へぇ。ってことはジャズって子でもないんだ?彼」
「うん。これはね、リバっていうの!ジャズのね……」
指を1本立て、先ほどのジャズのように宙をくるくる掻きながらメイは得意げに言いかけた。
――――言いかけて、ハッとして止まる。
「(いくらお寝ぼけさんのあたしでもリバがジャズの念能力(ダブル)だなんて口走れないわ。あたしがジャズに始末されちゃう…!)」
証拠にリバイアサンがじーっとメイを見ている。
そのリバイアサンの顔の向こうに、『それ以上喋ったらブッコロ』と意地悪く笑うジャズの姿を垣間見た気がして、メイは汗を垂らした。
「えっ、こ、これはね!これは、…そう!ジャズの弟!名前がリバ!ちょっと頭の弱い子だから世話を頼まれたの!今日はジャズ、忙しいんだって!」
「ふーん◇」
焦っておかしな挙動になりながらもメイはそう言葉を続ける。
誤魔化しきれたかどうかは定かではないが、ヒソカはメイを見てくすくす笑うのみでそれ以上追及はしてこなかった。
「くっく…、それでメイはこの子とどこでイチャイチャペロペロするのかな?どうせならボクも一緒に混ぜて欲しいなぁ…♡」
「えっ、
キモい!」
「…即答なのかい?傷つくんだけど◇」
「知らないよそんなの!」
メイがそう叫んだところで、またエレベーターが止まり扉が開いた。
ナイスタイミングとばかりに、乗り込もうとするほかの客(恰好から見れば闘技場の闘士だろう)を押しのけて、メイはリバイアサンを連れてエレベーターを飛び出した。
エレベーターホールを出て廊下の中ほどまで進んで、メイはくるりと振り返った。
ポーズをつけて、エレベーターからまだ下りる気配のないヒソカに向かって挑発を切る。
「あたしとリバのラブラブ☆タイムを邪魔するっていうならヒソカでも容赦しないんだから!」
「そうかい?それはそれで願ってもないよ、メイ」
「えうっ!?」
カツッ、とヒソカの履いたヒールの音がエレベーターホールに高く響いた。
『セリフ間違えたかしら』とメイが少し、緊張で体を固める。
そしてもう一歩、ヒソカがエレベーターから足を踏み出した――――その時。
「……えっ、………リバ?」
「おや?」
メイの小さな手を握る、大きく冷たいリバイアサンの手。急に力がこもったそれに、メイが驚いて顔を上げる。
わずかに漏れ出たヒソカの殺気に反応したのか、メイの後ろのケダモノが口の両端を大きく吊り上げて、……嗤った。
「あれ?キミ、闘れる頭あったのかい?」
「リバ!?―――あひゃ!?」
声も無く不気味に笑ったリバイアサン。
ヒソカが間合いを詰めようともう一歩を踏み出す、その前に。リバイアサンはメイの体を片手で軽く抱え上げ、体勢を低く構えた。
その瞬間、メイはたしかに聞いたのだ。
今までに一度も、どんなに"力"を駆使しても理解することのできなかったリバイアサンの―――――
『ワタサナイ』という低く短い言葉を。
「リ…、えっ!?ちょっ、リバ…そこは待っ…!!
あひゃああああ!!」
「あーあ◇」
感激に浸る間もなく、メイを抱きかかえたリバイアサンの体は廊下の窓から外へと飛び出していた。
ジャズが(ゼロが)泊まっていた220階からそれまでエレベーターでだいぶ下へと降りたとはいえ、まだ地上まではゆうに90階以上の開きがある。
それなのにリバイアサンは、まるで問題なしというようにためらいなく窓から飛び降りた。
ジャズと同じしなやかな肢体を空中に躍らせ、メイを片手で抱きかかえたまま、まっさかさまに地上へと向かう。
「ぎゃああああ!?何すんの、リバ―――!!?」
――――ズドォオッ!!
大砲のような轟音と、街行く人々の甲高い悲鳴とが場に響いた。
着地の衝撃で街道の石畳は大きくめくれあがり、土ぼこりが舞う。
普通の人間ならばぺしゃんこに潰れてしまいそうなほどの衝撃も、人の姿を模しただけのケダモノの脚には微々たる衝撃だ。
軽々とそれを受け止めた後は、同じ脚で力いっぱいに踏み込み、リバイアサンは大きく空へと跳躍した。
「ぅ…わ、ぁあー!何これ、すっごーい!気持ちいいー!!かっこいいよ、リバー!」
「………。」
メイの体を、抱きかかえていた格好から自身の背中に乗せて、リバイアサンは家々の屋根の上を飛ぶようにして駆けていく。
先ほどまで居たはずの天空闘技場も、もはやはるか遠く背後に見える。
闘技場の窓から下を眺めたヒソカの「やるねぇ…」という呟きが、メイの耳に届くこともないだろう。
街中を風のように駆け抜け、メイを背中に乗せたリバイアサンは数分程度で街外れの自然公園までやって来た。
人目につきにくい木々の間に着地して、腰を落としメイの体を背から降ろす。
「……リバ?」
ココなぁに?と聞くとリバイアサンは急に振り返って、メイの無い胸元に頭を擦り付けてきた。
先ほどの一言以外にリバイアサンが言葉を発する事はなかったが……
懐くようなそのしぐさが何を示すのかすぐにわかったメイは、リバイアサンの求めるままにその頭を抱えるようにして耳の後ろあたりを掻いてやった。
「…えへへへへ。もしかしてリバもあたしとはやくイチャイチャペロペロしたかったのかな?」
ニコニコとメイは満面の笑みを浮かべる。
――――――「渡さない」って、あのとき言ってくれた事が嬉しい。
奪って、こんな遠くまで連れて来てくれたことが。
頭の後ろから背中まで下りて、ぐぐーっと全身をマッサージしてあげると、リバイアサンは気持ちよさそうに体を地面に横たえた。
目を細め、甘くノドを鳴らしながらメイの膝の上にその上半身をもたれてくる。
「……ねぇ、リバ?」
呼びかけると、リバイアサンは眠そうにだが片目を開いてメイを見上げてきた。
その瞳をじっと見つめて、
「リバはあたしのこと好き?」
と、また言葉が返ってくるのを期待してメイは訊く。
リバイアサンは両目を開いて、しばらくきょとんとメイのことを見つめていたが――――やがてむっくりと上体を起こし、メイのほっぺたをぺろりと舐めてきた。
言葉はもらえなかったが、獣らしいキスが嬉しくてメイはがっしとリバイアサンの首に抱きついた。
「えへへへへへへ。リバー!大好き!!」
苦しいのか迷惑そうな顔をするリバイアサンなどお構いなしに、ぎゅーっと抱きしめてメイはコテンと草っぱらに横になった。
そして横になったまま、またごしごしとリバイアサンの身体を掻いてあげる。
「ぐるるる…」
「気持ちいい?リバ…」
身体をペッタンコに地面へ伏せ、ノドを鳴らし、目を細める。
こういうところは意外と他の動物と一緒なんだなーと思いながら、ホクホク顔でメイはリバイアサンの身体を何度も撫でてあげるのだった。
「……メェイィ〜〜〜ィ?お前これ、一体何してくれてんだぁあ?おい」
「えっ!?な、なに!?ジャズ!?痛い〜〜!?なになに!?ひっぱらないでよ〜〜〜!!」
その日の夕方。ジャズが指定した時間よりも少し早く、メイはリバイアサンとともにジャズの部屋へと戻ってきた。
ドアを開けるなり、その日の夕刊を握ったジャズに、メイは自身の自慢の髪を引っつかまれ凄まれる。
訳がわからず狼狽するメイ。
しかし、ジャズの手に握られた『新種の魔獣か、UMAか!?』と大きく見出しの書かれた新聞記事を目にして、メイはその理由をすぐに察した。
大きくめくれ上がった石畳の写真。
どう考えても、昼間のアレのことだろう。
………マズイ。
「てんめ…!オレが寝てる間に何こんなデケー問題起こしてんだ!!」
「わーんごめんなさいごめんなさい!!違うの!あたしが悪いわけじゃないの、リバが勝手にー!許してぇ〜!!」
「許すかー!!しばらくはお前、リバ禁だ!!」
「やあぁああん!?見てないで助けてよ、リバ〜〜!」
「?」
元凶のリバイアサンに助けを求めるも、リバイアサンはドア口に突っ立ったまま『まったく関係ない』というそぶりでメイを見つめ、首をかしげるのみ。
「えーん、ひどいよ〜!リバ〜〜〜〜!!」
「やっかましい!!」
……後日、さらにゴンとキルアとズシにゼロが詰め寄られたことで、メイはさらにジャズに怒られ、リバイアサンおさわり禁止期間を延ばされたとか。
おわる
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気の向くままにリバイアサンメインにしたらよく分からない夢になったので、キルア夢っぽくシフトしてみたらすごく長くなってしまいました…
double styleの天空闘技場編あたりの話だろうか
すもも