無自覚カリスマ ◆その2



明け方まで徹夜で本を読んでしまったのがたたり、いつもよりずいぶんと遅い時間に目が覚めたクロロ。

時計を確認すると時間はすでに14時を回っており、当然のことながら隣のベッドに同居人―――アオイの姿は無かった。





「……アオイ?」


部屋の中には甘ったるい匂いが漂っている。

アオイがいつも舐めているアメの匂いとは少し違うが、甘い匂い。…何だろうか?


とりあえずベッドから抜け出し、着替え半分にだらしない格好のままクロロは寝室のドアを開けた。



「……うん?」



最初に目に入ったのは、三段重ねの巨大な生クリームケーキ。それがテーブルのど真ん中に鎮座している光景だった。

見間違いじゃないかと1回ごしごし目をこすったが、やはり見間違いではないようだ。


しかもケーキの脇では、まだうねうねと生クリームでのデコレートを続けるアオイの姿があり、クロロは顔を引きつらせた。

フリルのエプロンを身に着けて難しい顔で黙々とクリームを塗りたくるアオイは、仄暗い狂気のような妙なオーラを纏っているようにも見えて、何か怖い。


おそるおそるとクロロはアオイに声をかける。



「…アオイ?;」

「んお?!やっと起きたのか、クロロ!」


声をかけてみるとアオイは案外すぐに、いつもの明るい表情に戻った。

クロロは少しほっとした。




「アオイお前、オレが寝てる間に何を作ってるんだ?」

「は?なんだよクロロ。見てわかんねーか?」

「え…、ケ、ケーキ…?」

「大正解!」

「むぐっ」


言葉と同時にアオイは生クリームがついたヘラの先をクロロの口に突っ込んできた。

どうやら作業は終わったらしい。



「…いや、ケーキは分かるんだが…。なんだってそんなデカイの………あ、うまいな、これ。」


ヘラを手に取り、それについた生クリームを舐めながらクロロは再度アオイに尋ねる。

訊かれたアオイは(クロロの感想に機嫌を良くしつつ)天真爛漫な笑顔でそれに答える。



「今日お前、誕生日つってただろ?だから嫁のオレがちょっとがんばってやった!」

「そうか、それは嬉しいが…、ちょっとどころのがんばりじゃないな、それは。どうするんだこんなデカイの作って。確実に余るだろ」


テーブルの上にそびえるケーキをわずかばかり見上げ、クロロは大きくため息を吐く。



まだここには引っ越してきたばかりで、旅団のメンバーにも住所は教えていないし、当然近所に知り合いもいない(作る気もないが)。


処分の仕方を考え途方に暮れていると横でニヤリとアオイが笑った。

クロロはなにか嫌な予感がした。




「そりゃ余ったときはお前、『オレとお前・DE・イッツアオールナイト朝まで生クリーム祭り☆』大開催に決まってるだろ!」

「ステキな笑顔でイヤな感じのタイトルをつけるなよ。一昔前のテレビ番組か」

「『ぽろりもあるよ!』」

何のぽろりなんだ!?まったく…、こんなの2人で食ってたら胃がもたれるぞ…」


「ん、大丈夫だ。そう言うと思って心持ち甘さ控えめにしといたv」

「そうか。オレ的には甘さよりも量をもっと控えめにして欲しかったんだがな。これじゃまるでウェディングケーキじゃないか…」

「おっ、いいじゃんそれ!思えばオレたちまだケッコンシキしてないし!」

「いや、オレが問題視してるのはソコじゃない。というかケッコンシキしたいのか。」


あっけらかんと言うアオイに、クロロは反論するための気力すら萎えてしまった。


そもそも寝起きにこんなケーキを見せられた時点ですでにクロロはおなかいっぱいだった。

自分もわりと甘党のほうではあるが、さすがに寝起きでこれはきつい。




(フ…、さすがは一流パティシエも真っ青の美食ハンター。なかなか容赦が無いな、アオイ…)


どこか現実逃避気味に、悟ったような目でケーキを見上げながらクロロはそんなことを考えていた。


最近気がついたのだが、アオイは自分以上に相当な甘党だ。ケーキ系の甘いものには特に目がない。

しかも買って来て食べるだけじゃなくて、自分でも相当数作る。本当にもうハンター辞めてケーキ屋でも開業したらどうなのか。


しかしそんなことを考える間にも、アオイはさっさとケーキナイフを取り出してきてしまう。



「じゃあお前そっち持て。ハイッ、ケーキ入刀しま〜す」

「…ノリノリだなアオイ…」

「あっ!?そういやオレ、ヴェールもドレスも持ってなかったんだけどどうすりゃいいかな、クロロ!?」

「いや、いらないだろ普通に。本気でしたいのか結婚?」


何がそんなに楽しいんだ、と突っ込みたくなるほどのノリの良さで話を進めるアオイ。

しかしそんなアオイの姿を見ていたらクロロまでもだんだんと楽しくなってきてしまう。



「んじゃ…、ぱぱぱぱーん♪ぱぱぱぱーん♪」

「いや…アオイ。だからそれは結婚行進曲…」

「あ?そうだっけ?」

「(冗談か本気か判断しづらいところだな…)」


「誕生日、誕生日…と。よし、いくぜ!ぱーぴばーすでーつーゆー♪

「……お……お前…意外と音痴…」

「うっせ、ほっとけバカ。ぱーぴばーすでーつーゆー♪」



照れ隠しにかケラケラ笑いながらヘタクソな歌を続けるアオイ。



そんなアオイが妙に愛しく思えてしまうのは、身に着けてるフリルエプロンが不思議なまでに似合っているせいか?


それともただ純粋に、こうやって自分のためだけにケーキを作って、誕生日を祝ってくれたから?




「ぱ〜〜ぴばーすで〜でぃーあ、クロロ=ルシルフルちゃ〜〜ん♪ぱ〜ぴばーすでーつーゆ〜〜〜」

「……アオイ」

「うん?」



歌が終わると同時に、それまで穏やかにアオイを見守っていたクロロの目が、突然真剣なものに変わった。


そっとアオイの手をとり、その前に片膝をつくクロロ。






「アオイ…。お前の気持ち、今日でよくわかった。……好きだ。オレと結婚してくれ」


「…クロロ…」




互いの手を握り、無言で見つめあう2人。

キラキラと"ナニカ"が2人の間を舞う。



今ここに、2人の男の間に愛の契約が………







「……ぶふっ」

―――と、空気に耐え切れなくなってアオイが噴出した。



「ぶふぁっはっは!!やめろお前っ、何の真似だこの王子野郎!!王、おうじっ…ぶはっはっは!!ガハッゲヘ、ゴフッ!ふはっ、結婚…ケッコ、ぶふーっ!はっはっは!!腹いてぇー!殺す気かオレを!!」

「アオイ…;」



涙を零し腹を抱え、バンバンとテーブルやら壁を叩きながら笑い出すアオイ。


まさに『爆笑』という言葉がぴったりなほどの暴れっぷりだ。

そんなに笑われてはさすがにクロロでも恥ずかしくなってくる。



(別にギャグのつもりは無かったんだが…)


爆笑を続けるアオイを尻目に、クロロはため息を吐いていた。


……が。




「…! …危ない、アオイ!!」



あまりにもアオイが暴れるもので、テーブルの上の巨大ケーキがぐらりと揺れた。

そこにタイミング悪くアオイの手がガシャンとテーブルにぶつかって――――ケーキが倒れる。アオイがいる方に向かって。







―――ガッシャアン!!



ケーキを乗せていた大皿がテーブルから滑り落ち割れた。

ケーキはというと……床に倒れたアオイとその上に覆いかぶさったクロロ、2人にべっしゃりと襲い掛かっていた。

クリームやスポンジ、フルーツなどなど、ケーキの残骸にまみれ真っ白になった男2人。




「「……ぷ。」」


クロロとアオイ、今度はそろって噴出した。



「わっはっはっは!!バカお前、オレがせっかく作ってやったケーキ…っ、ケ…、頭まっしろじゃねーかお前っ、ぶはっはっはっは!!」

「ふっ、ふはっ…、お前っお前の方こそっ……くくっ、顔面雪だるまみたいになってるぞ!…っくっくくく…」




お互いにお互いの変顔を指差して笑いあう。

顔も服も床もクリームまみれのまま、その場でのた打ち回って大笑い。




そして腹を抱えて数分弱。


ひとしきり笑った後は、2人ともクリームまみれのまま冷静な顔でむくりと起き上がった。







「ふー、笑った笑った。…よしクロロ。脱げ。風呂入って洗濯して掃除するぞ」


クリームがべったりと飛び散ったエプロンを脱ぎながらアオイが言う。

クロロも汚れてしまったシャツを脱いで、とりあえずのタオル代わりにして顔を拭いた。



「フフ…、しかしせっかくのケーキが本当に台無しになってしまったな」

「しょうがねーだろ。お前が笑わすからいけねーんだ」

「全部オレのせいか」

「おお、その通りだ。シャツ貸せよ」

「…ん。」

「ん。」

クリームで汚れたシャツをアオイに渡す。

アオイはそれをとりあえずジャブジャブと水で洗って、洗濯機へ放り込んだ。



「よし!じゃあ風呂だ風呂ー!」

「元気だな、アオイ…」

「元気以外にとりえなんかねーんだよ!…あ!お前そういえば今年はお前の誕生日ケーキ無しだからな!」


くるっと勢いよく振り返ったと思ったら、人差し指をピンと立てながらそんなことを言ってくる。



「え?無しって…もう作ってくれないのか?」

「お前…。作ろうにももう材料がねーんだよ、材料が。時間もないし」

「なんだ、残念だな」

「しょうがねーだろ、また来年になったら作ってやるって。それでも食いたきゃ自分の顔でも舐めてろ」



風呂場のドアを開けながら、冗談のように軽く言うアオイ。

後ろでクロロが、何かを思いついたようにニヤリと笑った。





「そうか?じゃあ遠慮なく」


「…あ?」


アオイの体を抱き寄せ、ぺろりと頬を舐める。







「…甘いな」

「なにすんだよ!」


「舐めてもいいって言ったじゃないか」

「オレはテメーの顔舐めてろって言ったんだ!」



なぜか顔を赤くしてアオイは吠える。

それじゃあまるで本当の『嫁』みたいだぞ、なんてクロロは内心笑いながら。



「いいじゃないか。キスぐらいけちけちするなよ、ウブな嫁だな」

「何だとテメー!キレイにしてやる!

「ハハ、何だよそれ?―――冷たっ!?」


風呂場のシャワーを伸ばしてきて、クロロにぶっ掛けるアオイ。





――――30分後には、水しぶきやらクリームやらでドロドロになった部屋を無言で片付ける2人の男の姿がそこにあったそうな。









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書いておいてなんだけど団長の誕生日っていつなんだろう…。


すもも

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ももももも。