頑丈なキャリーカートにでかい発泡箱二つを重ねて載せて、肩にはこれまたでかいクーラーボックスを担いで、オレは家路を急いでいた。
2週間前に師匠のメンチから「アオイ!アンタちょっとあたしの仕事の手伝いに来なさい!」と強制的に呼び出しを喰らってから、最初は4日ぐらいの滞在予定が、師匠のわがままとごり押しで結局今日までずるずる時間がかかっちまった。
家で待ってるクロロがスネてないといいけどなー。
ちなみに呼び出しの時点で、師匠の口から「暇だったら」とか「手ェ空いてるなら」とかって妥協が出ることは一切無かった。
…その時点でヤな予感はしてたんだけど。でも断ると後でもっと酷い目に合わされるのが経験則でわかってたんで、行くしかなかった。
ブハラの兄貴からスゲー同情的に謝られたのだけが救いかな。
あとは、このボックスの中身とな。
キャリーをガラガラ引きながら街中を家に向かって歩いて、途中、大通りの横断歩道で信号待ちに立ち止まる。
周りはそれぞれ、連れの人間や仲間達と楽しそうに話をしていて賑やかだ。
そんな大勢の信号待ちの人混みの中、オレは1人、青い空を見てクロロの顔を思い浮かべてた。
予定外に2週間もメシお預け喰らったクロロが、いつものすまし顔をどんな風に崩して待ってんのかをいろんな雲の形になぞらえて想像して、1人でニヤニヤ。
良い気分で『今夜のメニューは思いっきり腕ふるってやろう』とか考えてたら、突然背後からでかい衝撃が走った。
はずみで横に振られたクーラーボックスの重みでオレまでバランス崩しちまってコケそうになったが、なんとか踏みとどまる。
…って、一体何が起こったんだよ!?
「あ〜〜〜……腹減ったな。そろそろどっか入ろうぜ。肉食いてぇ」
大通りの人ごみに紛れるには少々無理のある大男―――ウボォーギンが、のしのしと歩きながら連れ立った仲間達に視線を投げてそう言う。
言われた仲間―――フェイタンはまっすぐに前を見据えたまま。シャルナークは頭の後ろに腕を組んでニコニコとウボォーギンの問いかけへと応える。
「…ふん。昼から肉か。毎度毎度重たすぎるね」
「そうかなー?オレは夜重たいより昼重たい方がいいよ。…じゃあどっか焼肉屋でも入ろうか?ウボォー」
「おう!!さすがシャルはわかってんな!お前らもそれでいいだろ?」
と満面の笑みでシャルナークの肩を叩いたウボォーギンは、再びフェイタンとその向こうを歩くノブナガとマチへ、上機嫌で同意を求めた。
「アタシは別になんでもいいけど…」とマチは言ってくれたものの、フェイタンは当然のようにその提案を一蹴し、ノブナガもまたフェイタンと同じく眉間にしわを寄せる。
「何がいいか。全然良くないね」
「そうだぜ。…ったく、オメーはなんでも旨く食えていいなぁウボォー。馬鹿舌だもんなぁ。こないだのいなり寿司からこっち旨ぇ寿司食いたくて仕方ねーや」
「…寿司?お寿司だったらアタシも肉よりそっちの方がいい」
「あー…、イナリズシ。それってこないだのアレ?確かにあれ、おいしかった」
「だろ!?」
「スシて何か?」
ノブナガの寿司発言に次々食いつくマチとシャルナークとフェイタン。
ウボォーギンも「おぉ、こないだの…」と言いかけたが、それよりも先に微妙に馬鹿にされたことに噛みついた。
「いや、つーか…ちょっと待てノブナガ。お前、今誰の事馬鹿舌っつった!うめーモンを旨ぇって言って何が悪いんだ!」
「ぁあ?つったってオメー、何食っても旨ぇとしか言わねーじゃねぇか。んなもん馬鹿舌以外のなんだっつんだ!」
「ハハ、同感ね。その上馬鹿の大食いと来てるから、付き合わされるこちはたまらないね」
「なにィ!?もっぺん言ってみろフェイ!!」
「まーまー。っていうかそれウボォー馬鹿舌っていうよりボキャブラリー貧困なだけじゃない?むしろウボォーが食事中にうんちく並べ立てて食レポしだしたらオレそっちのが嫌だよ」
「はーっはっは!!そりゃそうだ!!」
「つまりウボォーギンは単純バカいうことが証明されたね」
「あんま煽るんじゃないよあんた達。うるさいから」
「もう遅いね」
そう言ったフェイタンが指差す先では、ウボォーギンがまさに爆発寸前といった風に怒りでプルプルと肩を震わせていた。
顔を上げたと思ったら、いきなりノブナガへと殴りかかってくる。
「―――てめぇノブナガ!!言いたい放題言ってくれるな!!」
「やるかコラ!?元はと言えばオメーが団長見失ったせいで寿司食い損ねたんじゃねーか!!オメーはちょっと責任取ってオレに旨ぇ寿司をおごれ!!」
「だからスシってなんなんだよ!!」
街中でがしがしと掴み合いの取っ組み合いを始めるノブナガとウボォーギン。
言っている事だけ聞けば子供のケンカと変わりないが、それをやっている彼らは大の大人でしかも共に念能力者。
プロハンターも真っ青の特A級賞金首―――幻影旅団の団員なのだから、ケンカの規模は子供のそれと…いや一般の大人のそれと比べても荒く激しいものになる。
足を踏み込めば通りのアスファルトがめくれ上がり、拳のぶつかる衝撃で砂埃が舞う。
あたりで信号待ちをしていた人間達の悲鳴が上がる中、マチとシャルナークとフェイタンは少し遠巻きにしながらも特に慌てた様子はなく呆れた顔でそれを見ていた。
「…あーあ、まーた始まった。アタシもそろそろ腹減ってきたんだけど」
「もー、落ち着きなって2人共!団長逃がしちゃったのはウボォーだけの責任じゃないだろ?それに言いたい放題したのは半分はフェイだし」
「こち巻き込まないで欲しいねシャル。…ていうか何故団長か?」
「実はこないださぁ…」
と、ノブナガとウボォーギンのケンカに何故団長の名前が出るのかというフェイタンの当然の疑問に、シャルナークが得意げな顔で答えようとした時。
「待っ…!ちょっ、待てお前らコラ!!」
そんな聞き覚えのない声と共に、嵐のようなノブナガとウボォーギンのケンカの間に小柄な影が飛び込んできた。
身体に不釣合いなでかいクーラーボックスを肩から下げた、少年のような顔立ちの小柄な青年だった。
「…えー?ちょっと何だよアレ;」
「……死ぬんじゃないか?」
「……別にどうでもいいね」
シャルナークとマチとフェイタンはそれを見てそんな他人事な感想を漏らす。
「ああ゛!?なんだテメェ!?」
「そーだ邪魔すんな!!こっちゃ大事な話し合いの最中だ!!」
互角のケンカというよりはノブナガがボコボコにされてる感の方が強く、誰から見ても「話し合い」などではないのが明白であったが―――胸ぐらをウボォーギンに掴み上げられながらもノブナガは、飛び込んできた青年に向かってそう強がる。
しかし青年の方も簡単には退かなかった。
ウボォーギンとノブナガ、2人のデカい声にも負けじと声を張り上げて、両名を引きはがそうと間にグイグイ押し入ってくる。
「あーうるせーうるせー!!能力者がこんな往来で、しかも話聞いてりゃ昼飯が魚か肉ぁ!?
そんなんで仲間同士マジなケンカやってなんになるってんだ!?魚も肉もオレが食わしてやるから、今すぐお前ら2人これを割れ!!」
と、青年は「ほれほれ」とノブナガとウボォーギンの鼻先に、クーラーボックスの他にもう一つ背負っていたカバンから取り出した2本の棒―――割り箸を押し付けてきた。
勢いに押し負けるようにそれを握らされるノブナガとウボォーギン。
2人とも微妙な表情をしつつ、互いの顔と手渡された割り箸と仁王立ちの青年の顔とを、何事かと見比べる。
「いや、だから!いきなり入ってきてなんなんだよオメーさんは!邪魔すんなっつったじゃねーか!!」
「オレか?オレはただの通りすがりだ!肉も刺身もキャベツも大好き、スイーツあればもっと幸せ食いしん坊…。じゃなくって…、あんた割り箸も知らねーの?ちょんまげなのに」
「はぁ!?割り箸ぐらいわかるわ!!つーか問題はそこじゃねぇし、質問の答えにもなってねぇ!!いいからもう邪魔すんな!あっちへ行け!!ぶっ殺すぞ!?」
「いーや!邪魔するね!!迷惑だっての、この大通りで!ケンカならオレの目の届かねートコでやれ!っつーか、オレの前でケンカすんなら邪魔されるのを覚悟でやれ!
……っつー訳だから、とっとと力の限り声出してそれを割れ。二つに。怒りは声で発散が一番だからな!」
「だからなんでそうなるんだよ!!自己中か!!少しはこっちの話も聞けってんだ!!」
「うおおおおお!!!」
「…って、おい!?ウボォー!?」
「ハハハハ。元気いいなー」
カラカラ笑って言う青年に食って掛かるノブナガ……。とは対照的に、ウボォーギンはなぜか素直にアドバイスどおり大声を出し、割り箸を高く掲げて二つに割ろうとしていた。
そして「ソッコー裏切ってんじゃねーよ!」とノブナガが叫ぶ中、ぱっちーんと高らかに良い音がしてウボォーギンの割り箸は綺麗に割れた。
「おおっ!見ろシャル!綺麗に真っ二つになったぜー!」
「よ、よかったね、ウボォー…; ノリ良すぎだよ…」
割れた箸を見せつけるようにぶんぶん振って鼻息荒く喜ぶウボォーギン。
離れた場所にいたシャルナークは少し汗をたらしながらも同調してあげていた。
ちなみにその横でフェイタンとマチが「ただの馬鹿ね」「…同感」と零していたが、距離から言ってウボォーギンの耳に入ることは無かった。
目論見がうまくハマったからかウボォーギンとシャルナークのやり取りを見て屈託なく笑った青年は、次にノブナガにも「ほら、お前も!そのちょんまげが伊達じゃねーなら割り箸ぐらい割れよ!」と指示してきた。
ウボォーギンの単純さに呆れ果て、額を押さえて項垂れていたノブナガの背を、ぺしぺしと叩いてくるその青年。
『オメーが余計な事するから…!』と怒鳴りつけてやりたかったが、ウボォーギンも割り箸を割ってすっかり上機嫌になってしまった手前、自分だけ意地を張るのも馬鹿らしくなってしまった。
八つ当たりのように
「くそぉ――――――っ!!」と大声で叫んで、ノブナガもぱちーんと割り箸を割る。
その様子を、
なぜかすっかり仲良くなってしまった風なウボォーギンと青年に「ガハハハハ!!なんだそりゃw」「ははははは」と一緒になって笑われて、発散したはずなのにちょっとイラッとしたのは秘密だ。
『(…オレは大人、オレは大人…)』と必死で冷静を装いつつ、ノブナガは割った割り箸を青年に見せて切り出した。
「……んで?オレはこうしてオメーさんの言う通りに割り箸を割ったわけだが、オメーさんはこれを使ってどうしてくれるって?」
「おう、そしたら後はその割り箸持ってオレについて来い!肉も寿司もオレがおごってやるからさ、それでケンカはキッパリ終わりにしろ!どーだそれで?」
「どーだそれで、って言われてもよ……っつーか寿司…!?この辺でマトモな寿司食える店なんかあんのかよ!?」
「おう!まかせろ、オレが作っちゃる!オレもこー見えて、お前と同じジャポン生まれだからさ!」
と青年はにっかり歯を見せて笑って、ドンと自分の胸を叩いた。
しかし自信ありげな青年の表情が逆にノブナガの不安と期待を煽ってしまったようだ。
凄むように目を細めて、180cmクラスのノブナガが165あるかないかの身長の青年へと身を乗り出して詰め寄る。
「…あ?おい、ジャポン生まれだからって寿司作れる理由にゃならねえだろ。お前まさか手巻き寿司の事言ってんじゃねーだろうな?この期に及んで手巻きとか、暴れるぞオレぁ」
「お?なんだ、手巻きは寿司じゃねーってか?そいつは聞き捨てならねーけど……まーとりあえずまかせとけって。今回はちゃんとした『握り寿司』を握ってやるつもりだぜ!
腕だってお前、オレの師匠から「まあまあね!」っつーお墨付き貰ってるぐらいだから、安心しろ!」
「…なぁにぃ!?「まあまあ」程度の腕じゃダメだ!!そんなんで今のオレの寿司の食いたさに適う訳ねーよ!!
オレの腹は今、『寿司を食う腹』になってんだからよぉ…、それこそちゃんとしたもんじゃねーとオメー、どうなるかわかって…!」
「だ〜いじょうぶだって、任しとけよ!人の料理をボロクソにけなすのが趣味のオレの師匠が「まあまあね!」って言ったんだぞ!?特上の褒め言葉だ!!
あんたの寿司腹はオレが責任もって満腹満足ノックアウトしてやるから、とりあえずついて来いって!タダで食わしてやるし、それなら試しにひょひょっと食ってみてくれてもいーだろ!?
絶対損はさせねーから!なっ、なっ!?どーよ!?なっ?」
自信に満ち満ちた力強い眼差しでノブナガを見返し、グイグイ詰め寄ってくる。
その気っ風のいい啖呵っぷりに、ノブナガが納得するよりも先にウボォーギンがその青年の事を気に入ってしまったようだ。
ノブナガの頭を飛び越え、その太い腕でがしがしと青年の頭を撫でまわしてウボォーギンは豪快に笑う。
「ハハハハ!さっきから聞いてりゃお前なかなか面白れぇじゃねーか!ちっこい癖に度胸もあると来てるしな!お前、名前なんてんだ?」
「オレか?オレはアオイ=サクラだ!!よろしくな!…つーか"ちっこい"は余計だろwあんたがでかすぎるんだよ」
「ははっ!それもそうだな!オレはウボォーギンだ。ウボォーで良いぜ、アオイー!」
「ぅお、ぉおわぁあーっ!?やめろぉお!!高ぇー!!」
"気に入った!"というのを行動で示そうとしたのか、それとも「でかすぎる」と言われたことに対する仕返しか。
ウボォーギンがアオイの身体を両手で持ち上げ、軽く3メートルを超す高さの『たかいたかい』を敢行する。
「お前のその肝っ玉に免じて、オレはそのスシとかいう食いモンで妥協してやってもいいぜ!!どーよ、ノブナガ!?」
ポーンと上空に投げ飛ばしたアオイの身体を難なく受け止めた後は、ノブナガに向かって同意を求める。
ウボォーギンの表情からは"肉とかスシとかもうどっちでもいいや、このちっこいのが作ってくれるモンだったらなんでも"という言葉が、ありありと読み取れた。
「……ったく、なんでオメーはそう…」
「わはは。なんだよ、そう言うなって。あんたにはウメー肉もちゃんと食わしてやるからよ!」
「はっはー!!マジか!お前良い奴だな!」
単細胞が…とウボォーギンに向かってノブナガが呟くも、当のウボォーギンとアオイは「ガハハ」「ワハハハ」と揃ってガキみたいに笑っている。
すっかり毒気を抜かれてしまい、ついにはノブナガも「やれやれ」と首を横に振った。
「…しょうがねぇなぁ…。そこまで言うならモノは試しだ。オメーの握る寿司、食わせてもらおうじゃねぇか。その代わりオレぁウボォーみてぇな妥協は一切しねぇからな?
オレの納得いくモンじゃなかったら…、オメーのその自慢の腕、指の1本か2本は無くなるぐれーの覚悟はしておけよな」
「おう、いいぜ!決まりだな!お前の方こそ、ぎゃふんと言わせてやるから覚悟しとけ!!
―――そこのお前らも一緒に来いよ!こいつらの仲間だろ?この際肉でも寿司でもなんでもリクエスト聞いてやるぞー!」
ウボォーギンに両手で抱き上げられた格好のまま、アオイは離れて見ていたシャルナークとマチとフェイタンの3人組にも大きく手を振る。
「…だってさ。どうする?」
来い来い、のジェスチャーをする青年を指して、シャルナークが隣のマチとフェイタンに尋ねる。
「寿司が食えるってんならアタシは行ってみてもいい」
と…マチは頷いた。―――が、フェイタンはというと、それまで軽く他人のふりを装っていただけに「仲間て…、あんな単純バカ共と一緒にしないで欲しいね」と不機嫌な表情を隠しもせずにぼやく。
「まあまあ。そこは良いじゃん。ウボォーがああなのは今に始まったことじゃないだろ?ごちそうしてくれるみたいだし、別に損は無さそうだからこの際行ってみても良いんじゃない?オレもそのスシって奴、ちょっと食べてみたくなったよ」
「何が良いか。ああいう奴ほど大した腕じゃないのが常ね。相手しないに限るよ」
「んじゃフェイタンだけ別行動にするかい?」
「…………」
そう言われてしまうとなんとなくついて行かざるを得ない。他に何か明確に『食べたい物』がある訳でもなかったから。
「…これでマズかたらワタシも承知しないね」とぶつくさ言いながら、フェイタンとシャルナークとマチの3人も、ウボォーギンとノブナガのコンビに合流する。
そして、「よっしゃ!行くぜー」とアオイが出発の音頭を取った時。
アオイの同居人であるクロロは1人、アパートで寂しく「遅いなぁアオイ…」とコンビニ弁当で昼をしのいでいた。
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その5(中編)/
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ウボォーさんちょっと子供っぽすぎたwオメー誰だよ某ピンクとは全然別人ww
フェイタンの辛辣さが意外と書いてて楽しいです。
すもも