格闘のメッカ、天空闘技場。
世界中から腕自慢・力自慢の猛者達が集まりしのぎを削るその天高き塔にも、もちろん頂点は存在し、そこに君臨する者がいる。
ここ数年、その頂点に居座り続けているのは……たった1人の女闘士だった。
「………強い!強い強いつよ―――い!!ルーシェ選手、バトルオリンピア2大会連続優勝の実績は伊達ではありません!
フロアマスターまでたった1敗で勝ち上がってきた相手選手をまったく寄せ付けませんでした!!果たしてこの美しき天空の女王の不敗神話はいつまで続くのか――――っ!?」
大音量のアナウンスと、割れんばかりの大歓声が天空闘技場の最上階を埋め尽くす。
リング中央に立ったルーシェは、持っていた重量級の大型鎖鎌をすばやく振るい、刃についていた血をその場で落とした。
弧を描くように白いリングの上に散った血。
自分の足元に倒れるその血の持ち主を見下ろして、ルーシェは余裕から来る美しい微笑みを彼へと向ける。
「やわすぎてあまり斬った気がしなかったぞ?次はもっと防御を磨いて来い。その程度の"堅"、私のこの『死神の鎌』には通用しない」
大鎌を肩に担ぎ、ジャラリと長い鎖を腕に絡めたルーシェ。
救護スタッフに囲まれていた血まみれの男は、痛みに耐えながらもぎこちなく笑った。
「次は…ゲフ、負けねぇぞ…」
「フフ、いつでも来るがいいさ」
そういつもの台詞を残し、ルーシェはくるりと踵を返して騒がしい会場を後にした。
会場から控え室に向けての暗く長い廊下を歩いていると、先方に人影。
ルーシェの行く先で、涼やかな表情の長髪の美丈夫が壁に寄りかかり立っていた。
ルーシェと目が合うとその美丈夫の男は壁から離れにっこりと笑って拍手を送ってくる。
「……すばらしい試合でした、ルーシェさん」
「うん?」
「あ、失礼。私、カストロと申します。先日200階クラスに上がりました」
「…ああ、虎咬拳の使い手か。さすが、早いクラスアップだったな。お見事」
大鎌を肩にかけて、空いた手でパンパン、と軽く拍手を返した。
「知っていてもらえて光栄ですよ」
「暇だったからな、モニターで見ていた。…で?その使い手が私に何の用なんだ?」
「ええ。せっかく200階に上がったのですから、この天空闘技場の最終目標である貴女に、一度お目通りしておきたいと思いまして」
「ほー?」
聞き返すと、カストロはビッとルーシェに向かって指先を向けた。
何か強い意志をたたえたカストロの瞳が、ルーシェの姿を捉えていた。
「すぐに行かせていただきますよ、貴女のところまでね。そして―――」
「自信過剰は構わないが…、ここへ来るのならせめて私と戦う資格を手に入れてからにしてくれないか?弱い男には興味無いんでね」
念の使えぬ男になど興味は無い。
ましてや彼は先日200階に上がって来たばかりで、フロアマスター挑戦権どころかまだ初戦すら突破していないのだ。
フッと笑ってルーシェはカストロの強気の視線を横に流した。
少し不服そうに、カストロが眉根を寄せる。
「…フロアマスターになれば、貴女は私を認めてくれるんですか?」
「なったらな。……私は試合で疲れた、もう帰って寝る。追いかけてくるなよ?じゃあな」
カストロの肩をポンと叩いて、ルーシェはカストロの脇を通り抜ける。
去っていく背中は、それから一度もカストロを振り返ることはしなかった。
カストロは唇を噛む。
そして、ジャラジャラという鎖の音が廊下の闇のその向こうへ消えてしまうまで、カストロはルーシェの去った先を眺めていたのだった。
「……おい、ヒソカ」
天空闘技場下の、街にあるカフェの一角。
窓際のテーブルに着いてコーヒーを飲んでいた男に、とある女が声をかけた。
腰まで伸びた長い髪をサラサラと揺らし、グラマラスな身体を強調するようなぴっちりしたタイプの黒のドレスを纏った、見目美しい長身の女性。
いかつい男たちが多く闊歩するこの街にはまるで似つかわしくないいでたちの女ではあったが、その細腕には禍々しいデザインの重量級大型鎖鎌が握られており。
そんな武器を軽々と扱うその姿は、やはり彼女もまたこの街―――天空闘技場の住人であることを暗に周囲へと物語っていた。
「やあ。待ってたよv」
周りの人間達がこぞって女に苦い視線を送る中、声をかけられた男だけはいつもと変わらぬ(怪しげな)笑みを彼女に向ける。
女の姿も異様ではあるが、男のほうもそれに劣らず異様ないでたちだった。
顔にペイントを施し、まるでピエロのような格好をしたその男。天空闘技場でその名を知らないものは無い、ヒソカという名の男だった。
「20分遅刻だねぇ、ルーシェ」
「悪かったな。…っていうか20分しか待ってないってことはお前も遅刻なんじゃないか」
「クク…、まあそうとも言うね」
当初の約束の時間は1時間も前に過ぎ去っている。
紅茶を口にしながらしれっとして言うヒソカを見て、ルーシェはわずかに呆れ顔を見せた。
「相変わらず時間にルーズな奴だなぁ、お前も」
「堂々遅刻してきたキミに言われたくないよ◆」
「何、たかが20分程度。」
「正確には1時間だけどv」
「…何だ、今日はいやに噛みつくな?普段のお前のルーズさに比べたら、私の遅刻時間などまったくの許容範囲だろうと思うんだが。
お前、こないだまた試合に遅れて行っただろう?時間切れで不戦敗になってたぞ?」
先日のヒソカの試合を思い出し、ルーシェは言う。
開始時間30分経ってもヒソカはリングに現れず。結果、試合はヒソカの不戦敗。
しかしヒソカはというと特にそれを気にした様子もなく。
「んん?あぁ、あの時は別に時間に遅れていったわけじゃないよ。最初から行く気なかったし」
「なんだ、サボったのか。それ、もっとタチが悪いだろ」
「そう?だってヤッても面白くなさそうだったしさ」
「ふーん。…ま、お前の相手は助かったろうが―――そうやって簡単に勝ちをくれてやるな。弱い奴にホイホイ上がってこられても私が困る」
「それは失礼◆」
両手を肩の位置に挙げ、悪びれもなく言ってのけるヒソカ。
相変わらず気まぐれな奴だ、とルーシェは笑った。
ヒソカの正面の席に着き、持っていた大型鎖鎌をガシャリと隣の椅子に立てかけたあとは、やってきたウェイターにコーヒーを一つ注文して落ち着いた。
「…でさ、ルーシェ?最近キミの事で変な噂よく聞くんだけど」
ウェイターが去ったところで、おもむろにヒソカが口を開く。
「ん?噂?私のか?聞いたことないな。別の誰かだろ」
「『"死神の大鎌"を手に天空闘技場に君臨し続ける女』なんてキミ以外にいないと思うけどね?」
「そうかな?割とよく聞くフレーズじゃないか?」
「それはちょっと無理があるねぇ…」
くつくつと笑うヒソカ相手に、ルーシェは慣れたように「冗談だよ」と漏らす。
そして、運ばれてきたコーヒーに早速口をつけつつ、噂とやらをヒソカに問うた。
「…で、なんだ?噂って」
「うーん。ルーシェが、『自分に勝てた男と結婚する』とかいう」
「
ぶっ。」
思わずコーヒーを噴いた。
少しの間テーブルに突っ伏し、こほこほとむせるルーシェ。しかしそのうちに笑い出した。
「…けほっくふっ、くくっくっく……なんだそれ?」
「さぁねぇ…」
「私は一言もそんなこと言った覚えはないんだがなぁ…。フフ…、しかしなるほど。それで最近対戦の申し込みが増えてたわけだ」
顎に手を当てて、最近の心当たりを思い出す。
現存のフロアマスター共に加えて、このごろは200階から10勝して上がってきた挑戦者達も、その多くは自分を指名してきていた。
自己研鑽のためもあって対戦の申し込みはほとんど断らずにいたが、以前と比べて数が多いなとは薄々感じていた。なぜかと思えばそんな裏があったとは。
「モテモテだねぇルーシェ◆」
「やめてくれ、弱い奴にモテても全然嬉しくない」
「そうかい?ボクはルーシェがモテてくれたら一層嬉しいけれど」
「…何でお前が嬉しいんだ…」
「だってキミの評価が上がれば上がるほど、キミを唯一こうやって連れ出せるボクの評価も上がるってことだろ?」
「評価されるほどの人格がお前にあったのか?せいぜい私のストーカー扱いが関の山だと思うが」
「ヒドいなぁ、傷つくよv キミに釣り合うような男はここじゃあボクくらいだと思ってるのに」
「だったら早くフロアマスターまで上がってきたらどうだ?このままではお前のお迎えより先にどこかの誰かに攫われてしまうかもしれん」
負けたらそいつと結婚しなくてはいけないらしいしな。と、少しおどけた風に笑ってルーシェはコーヒーを口にする。
「ルーシェはボクに攫って行って欲しいんだ?」
「そうだなぁ…。考えてみれば私を倒せるくらい強い男なら、別にお前じゃなくても歓迎なんだよなぁ」
「素直じゃないなぁ」
「くくっ…、まあ否定はしないよ」
言って、ルーシェはコーヒーを飲み下す。
見ればヒソカのカップもすでに空だ。
『まだ居るかい?』と視線で言うヒソカに、ルーシェは『出る』と顎で外を指した。
ヒソカが先に席から立ち、テーブルの上に置いてあった伝票を拾い上げた。
「さて、これからどうしよっか◆」
「とりあえず闘技場に戻る。少し運動がしたいから付き合ってくれ」
「…せっかくのデートなのに、本当にキミは色気が無いなぁ」
「なんだ、闘らないのか?」
「それはもちろん付き合うけどさv」
「フッ、じゃあいいじゃないか」
「うーん…、でもやっぱりもうちょっと色気が欲しいなぁ…」
「恋愛ごっこに興味は無いよ。そういうのが好みならさっさと一般人の彼女でも作れ。お前には無理だろうけど。」
「だから傷つくってば◆」
店を出、人通りの多い大通りを2人で連れ立って、悠然と歩く。
体に合わない重厚で禍々しいデザインの大型鎖鎌を易々担ぐ女と、この天空闘技場ではある意味有名人である"あの"ヒソカが。
当然、彼らの前に立ちふさがる人間などいるはずはなかった。
―――――ただの1人を除いては。
「待ちたまえ」
「ん?」
「おや◆」
闘技場に向かって歩いていた彼らの前に立ったのは、長髪の美形闘士・カストロだった。
「…誰だ?」
「キミのファンじゃないのかい?」
「ファン…?」
顔をしかめ、考え込むルーシェ。
痺れを切らしたカストロが、自己紹介をしてルーシェの記憶を補完する。
「カストロですよ。先日ご挨拶に伺った、虎咬拳のカストロです」
「あー、…ああ!そうだ!」
「…思い出していただけましたか?」
「んー、まあ…。 で、今日は何の用だ?」
「いえいえ、ルーシェさんにご迷惑をおかけする事はありませんよ」
にこっと柔らかな笑みをルーシェに向けたカストロ。
しかしルーシェの隣に居たヒソカを見ては、その表情も一変する。
敵意満点といった目つきでヒソカを睨んで、びしりと指を差す。
「お前はたしかヒソカとかいう200階の闘士だな。ルーシェさんとどういう関係なんだ?」
「ん?ボク?ボクはルーシェのトモダチだけど」
「友達…?そんなわけ無いだろう。…ルーシェさん。もしかしたらコイツに付きまとわれて困ってるんじゃありませんか?」
「いや別に…」
………なんかややこしい奴が来たな…、と汗をたらしながらさりげなく視線をそらすルーシェ。
ヒソカはその横で愉快そうにくつくつと笑っている。
「ヒソカ。私はお前に決闘を申し込むぞ。どちらかが斃れるまで…といいたいところだが、それも酷だろう。この天空闘技場のルールにのっとって闘ってやる。
ただし、お前が負けたら今後は二度とルーシェさんに近づくな」
「ふーん?まあ、いいよ。面白そうだし。…でもキミが負けたらそのときはどうするんだい?」
「まさかそんなことは無いと思うが…、ではそのときは同じ条件で私が身を引こうじゃないか」
「おいおい…」
死ぬぞ、とルーシェは呟く。
するとその言葉が聞こえたのか、カストロはルーシェに笑顔を向けてきた。
「そんな奴にまで情けをかけてやるなんて、お優しいですねルーシェさん。大丈夫、殺しはしません。少々痛めつけてやるだけですから。私が必ず、貴女をそのストーカーから開放してあげます」
「いや、そうじゃない…」
「まぁまぁ、いいじゃないかルーシェ。結構掘り出し物かもしれないし」
脱力するルーシェに、『上手く育てればなかなか面白い実になると思うんだ◆』と、ヒソカはカストロを指差しながら言う。
またか、とルーシェは思った。
「まあお前がそう言うなら私は止めないけどな…」
「じゃあ決まり◆……カストロって言ったっけ?戦闘日と場所はキミが決めていい。決心がついたら連絡をおくれよ」
「決心?私には必要ないさ。必要なのはお前の方だろう、ヒソカ?…3日後だ。3日後に私は戦闘日を指定する」
「3日後だね?オーケィ。せいぜい楽しませてくれよ◆」
「ふん。―――ではルーシェさん。今日のところはお助けできず申し訳ない。けれど3日後には。」
「ああわかったわかった。待ってるよ…」
疲れ果て、ルーシェは投げやり気味の返事をカストロに返した。
しかしカストロはその返事に満足そうに笑って。
強気の視線でヒソカを一瞥してから大通りの雑踏の中へと消えて行った。
「…ホンット、イキがいいコだねぇ。強化系かな?念を覚えた後が楽しみだv」
カストロが場からいなくなった後で、たまらずにヒソカが笑い出した。
ルーシェはそれを見て、呆れたようにため息を吐いた。
「相変わらず好きだなぁお前。私ならそんな面倒な事やってられないぞ…」
「そうかい?やってみると結構楽しいよ?」
「ふーん……」
まったく興味が無いかのように、ぽりぽりと頭を掻くルーシェ。
まあそんなことよりもルーシェにとって厄介だったのは。
「ていうかあいつ、完璧に誤解してたな。私とお前のこと」
「ククッ、そうだねぇ…。ボクとルーシェは単なる幼馴染なのにね?」
「…まあストーカーでも違いは無いけど」
呟きながら、ルーシェは再びスタスタと歩き出した。
ヒソカもそれに続いて歩き出す。クック、という短い笑い声はまだ止まってはいなかったが。
「だからそれ、結構傷つくんだってばv」
「…傷つくほど繊細か、お前の心は」
「やだなぁ、ガラスのハートに向かって」
「ガラスはガラスでも強化ガラスの類だろうに。…もう行くぞ。とんだ珍事に巻き込まれた」
「はいはい。上で闘るんだったね◆」
カストロの存在など、2人とも歯牙にもかけていない。
まるで何事も無かったかのように、ルーシェとヒソカは天空闘技場へと戻っていくのだった。
おわる
カストロ好きさん見てたらごめんなさい(土下座)幼馴染設定にしたら女主なのに男友情夢っぽくなってしまった;
恋愛とか期待されてたらスミマセンw甘は相変わらず苦手…
すもも