そろそろ食事時。
ヒソカとて人だ。食事を摂る。久々に街まで降りようと天空闘技場内を1人で歩いていた。
角を曲がると、廊下の先のエレベーターがちょうど閉まるところだった。
「んん?」
ドアが閉まる直前、ヒソカはエレベーターの人影のなかに数日前に会った小さな少年を見つけた。
「うーん…ラッカーって言ったっけ…」
『洗礼』を受けて光を失った少年。
そしてここ200階の闘士。あれから調べた彼の戦績は4勝1敗。
ラッカーは初戦で惨敗して以降の4戦、全て無傷での完全勝利を果たしていた。
先日会ったとき、ふわふわと纏わりつく感じのオーラを漂わせていたラッカー。
無傷での完全勝利を果たすような彼の能力は、一体どんなものなのだろう?
ヒソカは少し、興味を持った。
「それにしても……」
今ラッカーと一緒にエレベーターに乗っていた『彼ら』。
どういう関係かな?
なんとなく、足はラッカーのオーラを追っていた。
窓の外に、天空闘技場がそそり立っている。
街の一角、なじみやすい雰囲気のレストランのなか。円卓を囲んでいたのは4人。
その中の1人、右肩に蜘蛛の刺青をした少年―――ラッカーの前に、注文したオレンジジュースが運ばれる。
「ん――――……」
「ほら、ラッカーちゃん。ストロー、これだからね」
ぺたぺたとテーブルを触っていたラッカーの手を取ってストローに運んだのは、ラッカーと同じ200階の闘士、片腕の男―――サダソ。
ストローを押さえてジュースを飲むラッカーを、サダソは片腕をついて眺めている。
サダソの正面…ラッカーの隣の席には、下半身不随で車椅子に乗った男・リールベルトが、
ラッカーの正面の席には失った足の変わりに鉄製義足をつけた男・ギドが座っている。
全員、ラッカーと同じく『洗礼』を受けて生き残った者達。
同じ境遇同士、つるむことは多かった。
「オレらも不便なこと多いけどさ、目ェ見えないのって一番不便じゃないか?」
サダソとラッカーのやり取りを見ていたリールベルトが、しみじみと言った。
瞳を失ったばかりのころ、ラッカーは酷く頼りなく天空闘技場内を歩いていた。
壁に沿ってよろよろよたよた、人影にビクついて。
今では『念』も覚え、その『能力』によって1人でも行動できるようになったとはいえ、はたから見ればやはり頼りないものは頼りない。
3人は出来うる限り、ラッカーと行動を共にすることにしていた。
「そ――――お?オレ、もう慣れたよ―――」
「こっちから見ればヒヤヒヤもんだよー。ラッカーちゃんの歩き方マジ怖いんだよー」
サダソがケラケラと笑って、ラッカーをちゃかす。
「エ――――――。そんなこと無いもんー。ちゃんと歩いてるもんー」
「そんな事言ったって、こないだも変な奴にぶつかりそうになっただろ」
街中を歩いていて、天空闘技場の闘士であろうチンピラのような奴にぶつかりそうになったことがあるのを思い出してギドが言った。
実際ぶつかりはしないのだが、そんなことがよく起こるのも事実。
サダソがいれば手をつないで歩いたりもするが、一本足に杖をついているギドや、車椅子のリールベルトはなかなかそういうわけにもいかない。
たとえぶつからなくても、見ているほうは肝が冷やされる思いだった。
「そういや2、3日前もヒソカにぶつかってなかったか?」
数日前、試合が終わってとろとろと部屋に帰るところだったリールベルトは、ヒソカと共にいたラッカーを目撃していた。
びくっとしたラッカーが、ヒソカから走り去って逃げるのを見て、「ああ…一番厄介な奴にぶつかったもんだ……」と同情さえしたのだ。
しかしラッカーはストローをくわえたままきょとんとして考えていた。
「ヒソカー?んん―――――――…そうだっけ? ぅ―――――ん………あー、ちがうよ!ぶつかってないよー!」
「うわー、ヒソカって…ありえないからー!ラッカーちゃん、勇気あるなぁ」
「無駄すぎるぞ、その勇気…;」
「ちがうー!ぶつかってないー!」
サダソとギドにちゃかされてラッカーは叫んだ。
なんでそんなにヒソカにぶつかったらダメなのかよくわからない。
あんまりよく覚えてもいないけど、ぶつかってない気がする。……たぶん。
それよりもラッカーにとって重要だったのは、ヒソカがとった行動。
頭をなでられて、コドモ扱いされたこと。
おもいだすとむかむかする。
むかむか。
「きー!」
いきなり癇癪をおこしたラッカーに3人はびくりとした。
「ラッカーちゃん?? ど、どうかした?」
「アレ、へんなの!でかいの!!オレのことバカにするー!」
だしっ!とテーブルを叩いて力説するラッカーの背後。話題に上った男が近寄ってくるのに他の3人は気づいた。
「オレ、ヒソカきらいー!でかいの、へん!サダソもでかいけど、ヒソカは
へん!!」
「何が変なの?酷いよね、ラッカー…」
「ぽぎゃー!!」
いきなり背後からヒソカの声がしたことで、おかしな悲鳴を上げたラッカーは思わずサダソのほうに飛び退いた。
がたがたとテーブルが揺れて、残っていたオレンジジュースが零れる。
サダソはちょっと隣に座っていたことを後悔した。ラッカーに抱きつかれるのはかまわないが、それによってヒソカに睨まれるのは本意じゃない。
目が合って、とっさに視線をそらした。
どうやらヒソカも、ラッカーに目をつけているらしい。…理由はよくわからないが。
他の2人も、サダソも。ヒソカとはあんまり戦いたくなかった。
勝てる気がしない上に下手すると殺られる。
ここでヒソカに睨まれては、いままで裏工作してまでヒソカとの対戦を避けてきた意味が無い。
ラッカーも大事だが自分の命も大事だ。
なんとかラッカーをなだめすかして離さなければ。
「ねー、ラッカーちゃ〜ん。離れません?離れません?」
「えーっ、えーっ、捨てないでー、サダソ助けてー。」
「捨てはしないけどさぁ……。助けるのは無理なのね。だから離れてって。マジで。ごめんほんと。」
サダソにとってはちっちゃくて軽いラッカーの体。簡単に持ち上げられてしまう。
それでもラッカーは必死にサダソの服にくっついて、手を離さない。
「あーあー、伸びるって、やめてって」
「いーの―――っ。こっちのが大事だもんー」
「よくないよー;ラッカーちゃんってばー」
どっちもお互い譲らない。
うーうーとうなってラッカーはサダソの服を引っ張っているし、サダソもラッカーをはがそうと必死だった。
しかしどこをどうやっても、ぺったりとくっついて離れないラッカーの様子にサダソのほうが先に諦めたようだ。
おさるの子供のようにラッカーを体にくっつけたまま、サダソはヒソカに向かって啖呵を切る。
内心、汗ダラダラ。
「ふっ………;(はぁ……) …オレらのラッカーちゃんに手ぇ出すなら……
オレら、だまっちゃいないよ?ヒソカ」
こうなったらリールベルトもギドも地獄の一丁目まで道連れだ。
『オレら』というのを強調して言ったサダソに、残りの2人がこそこそと、だが必死にサダソに抗議する。
「(待てサダソ!オレ達も一緒にするな!)」
「(責任持って1人でやれよ!!)」
「(ムリムリムリムリ!!マジで無理!!友達だろ!?お前らも道連れ決定!!)」
「「((『友達』は『道連れ』になんかしねーよ!!))」」
「クククッ……。…どうでもいいけどボクを無視して話進めないでくれるかな?」
4人のやり取りを笑って眺めていたヒソカが口を開いた。
ぎくりとした3人はしゅばっとヒソカに向き直る。
「君達その子と仲イイの?」
「なっ、なっ、仲がいいというか……なぁ!?」
ラッカーをくっつけたままサダソが焦ってリールベルトとギドに話を振る。
「(オレに振るな!)ラッカーも『洗礼』を受けて200階に残った闘士だから…その…;ギ、ギド…!」
「(オレかい!!)〜〜〜っ;…ど、同情というわけじゃないが、よく一緒になるのは事実だ。それだけだ」
「ふ〜ん…」
3人と、ラッカーを眺めてヒソカが黙った。
なんだか重苦しい雰囲気が場を支配する。
「…ちがうもん、みんな友達だもん。でもヒソカは違うの、おまえオレバカにするからきらい。あっちいけ、ばか」
サダソにくっついたまま、じとーっとヒソカを見たラッカーが本人に向かって暴言を吐いた。
心の中で悲鳴をあげるほかの3人。
顔には出してないが、心の底では絶叫ものだ。ムンクの叫びだ。
「クックック……ホント、面白い子だねぇ…。バカにした覚えは無いんだけどなぁ……そっかぁ…ボク嫌われちゃってるのか…残念。
……ま、今は退いてあげるよ。そこの3人に免じてね。じゃ、またね。ラッカーv」
またラッカーの頭をなでてからくるりと方向を変えて、ヒソカは去っていった。
ヒソカのオーラが本当に遠のくのを感じて、3人はほっとため息をついた。
「むかむかぴー!またあいつオレの頭なでたよ!!絶対コドモ扱いしてるんだー。むかつくよねー?ねー?」
そんなことを言うラッカー。サダソもリールベルトもギドも、心底ため息が出た。
(((知らないって怖い……)))
この子供の無知がどれほど怖いのか実感した午後だった。
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相変わらず新人狩り3人組が好きな管理人です。
すもも