「おなかへった…」
「そればっかりだな、ラッカー…」
カラカラとタイヤが転がる。
リールベルトとラッカーが天空闘技場内―――売店に向かって歩いていた。
「いくらなんでも燃費悪すぎないか?」
「え――――?そうかな―――?」
話していればいつのまにか目的の場所に着いてしまう。
天空闘技場の売店スタッフが「いらっしゃいませ〜v」とさわやかな営業スマイルを2人に見せた。
「…あ―――。ね―――リールベルトー、チョコロボ君買ってよ――――」
「何でオレが」
「エ――――、だってこないだリールベルト試合に勝ってたじゃん―――」
「………200階以上は賞金出ないって知ってて言ってるだろ、ラッカー」
「えーとー…、だからリールベルトの勝利祝いー?…で…」
「『勝利祝い』だったら普通はオレがもらうものじゃないのか…」
「えーと―――………」
「………。」
言い訳を考えているのか、ラッカーはふら〜りふら〜り左右に頭を振っている。
それを見てリールベルトは、「しょうがない…」と半ばあきらめ気味にため息を吐いて、売り子に注文を出そうとした。
しかしその背後からコツ、とラッカーが目当てにしていた菓子と小銭を売店カウンターに置く手があって、リールベルトは何事かと振り返る。
振り返った先には、大きなバンダナを額に巻いた、黒服の青年が1人。
ラッカーの頭越しに、ついでに、とコーヒーも注文する。
頭上を横切った腕の気配を感じたのか、ラッカーも青年の存在に気づいて上を見上げた。
会計を待つ青年はそのさらさらの黒髪から黒い瞳を覗かせて、にこにことラッカーとリールベルトを眺めていた。
「お――――――?」
「(……誰だよラッカー?)」
「知らない――――――」
「声がでかい!」
「はははっ、正直な子だね」
「………悪いな、しつけがなってない奴で」
「かまわないさ。だって君の子供じゃないだろ?」
「…いや…、まあそうだが…。……おい、謝れよラッカー」
「んー?なに――――――?」
「…………。」
まるで話を聞いていなかったらしい。
リールベルトに呼ばれ、はっとしたように反応を返したラッカー。
……もしかして、ずっとこの青年が『誰』なのか考えていたんだろうか。
…いや、まさか。そんな真面目な子供じゃない。
きっと『お菓子早く食べたい』とか、その程度のこと考えてたに決まってる。
「『なにー?』じゃない。ごめんなさいくらい言えないのか、失礼な奴だなお前」
「ほえ?」
「………あー…、わかった。もういい…。」
能天気な返答を返すラッカーと、大きなため息を吐くリールベルト。
そんなやりとりを見て青年はクスクスと笑いだす。
最終的にリールベルトは脱力したように『なぜオレがこんな目に…』と頭を抱えた。
売店のスタッフが、用意した品物を青年へと手渡す。
「ありがとうございました〜v」
「はい、これ。欲しかったんでしょ?」
そしてコーヒーと一緒に受け取った"それ"を青年はラッカーの手元にポトリと落としてくれた。
ラッカーは手の中に落ちてきた「物」をくるくるといじくって、「それ」が「何」かを理解する。
「お――――っ!?大変だ――リールベルト――、チョコロボ―――――!!」
珍しく興奮したような声を上げたラッカー。もらった菓子を両手で掲げてリールベルトに見せた。
しかしリールベルトのほうはもうどうでも良くなってきたのか、投げやり気味に言葉を返す。
「あーはいはいよかったなラッカー。ちゃんと礼を言いなさい。」
「リールベルトのけちー」
「なんでだ!!」
「あはははっ」
リールベルトに『物をもらったらちゃんとありがとうを言うこと』とわかりやすく説明され、やっとラッカーもリールベルトの言いたいことがわかったらしい。
壁に寄りかかりコーヒーをすする青年の前にてこてこと歩いていってラッカーはカクンと頭を下げる。
「あのね―――、おにーさんありがと――――」
「どーいたしまして。………ねぇ、君」
青年が何かを言いかけたが、それにも気付かずにラッカーは青年問いかける。
「ねーねー、おにーさんはこれから試合――――?]
「あ……っと……いいや、オレは闘士じゃないから試合はしないよ」
「まじー?」
「うん、マジだよ?…どうかした?」
「じゃーね、オレ、おにーさんにごはんおごってあげるー」
「え…」
「おい、ラッカー…」
「んー?」
青年に向かって首をかしげたラッカー。
それを見て「相手にも都合があるだろ」とリールベルトがラッカーをたしなめる。
青年はその後ろで、目を開いたまま固まっていた。
自分も、ちょうど同じようなことを言おうと思っていたのだ。
意外にも少年のほうに先をこされてしまって、不意を突かれた様に青年はそこに立ち尽くした。
「む―――――……、おにーさん、迷惑――――…?」
少ししょんぼりしたように肩を落として、ラッカーは聞く。
少し控えめに再び問いかけられて青年ははっと我に返った。
ふっ…と笑顔を浮かべて小さな少年の提案を快く受ける。
「いいや。…それじゃあお言葉に甘えようかな?」
「まじー!?」
「うん、マジマジ」
「わは――――い」
別れ際に、リールベルトに手を振って挨拶をする。
そして、子供のように袖を引っ張るラッカーに連れられて青年は歩きはじめた。
「ねー、おにーさんの名前は何―――?」
もらったお菓子を大事そうに持って歩いていたラッカー。
突然、思い出したように青年の服を引っ張ってそう聞いてきた。
「オレの名前?オレはクロロっていうんだけど。…キミは?」
「オレはね―――、ラッカー!」
「そっか。…あのさラッカー、さっきから気になっていたんだけど……もしかしてキミ、目…」
「目――――?」
広い天空闘技場の廊下を右に左にふらふらしながら歩く少年。
ずっと目を閉じていたことといい、この『天空闘技場』という場所の性質を考え、クロロは一つの結論にいたる。
「――――目、潰された…?」
「うん、そうー」
「…そうー、って…………ずいぶん簡単に言うけど、…辛くない?」
「つらくないよ―――?オレ、もう慣れたから平気ー。リールベルトとかー、ギドとかサダソとかいっぱい友達もできたし―――」
「そうなんだ。でも大変でしょ?歩くの」
「ん――――?」
そういってクロロはラッカーの手を取った。
「あー、ありがと―――、クロロ――――」
「どういたしまして」
お互いに見合って、にっこりと笑いあう。(ラッカーは見えてないだろうが)
殺伐とした空気が大半を占める天空闘技場内で、そこだけほんわかと花が咲いたようだった。
「……ねー、クロロ―――」
手をつないでしばらく歩いていると、またラッカーが不意に尋ねてくる。
「ん?…なに?ラッカー」
「クロロ、ほんとに闘士じゃないの――――?」
「うん、違うけど。…なんで?」
「んと……、拳だこ…。」
握ったクロロの手をすりすり触りながら呟くように言う。
そのうち本気で気になってきたのか、ラッカーは立ち止まって両手でせっせとクロロの右手を触り始めた。
手首から、手の甲と手のひら、そして指先へ。
意外にごつごつしてる、大きな手。
「かたい…」
「…あー。オレは闘士じゃないけど、格闘技はやってるからね。そのせいじゃないかな」
「クロロ、強そう――――。いいなー、手のひら大きいな―――、いいなー」
なおもラッカーはクロロの手をいじくりまわしている。
よほどうらやましいのだろう。
「大丈夫だよ、ラッカーも成長期だからすぐに大きくなるさ」
「ほんと――――?」
「うん、たぶんね」
「だといいな―――。オレねー、いっつもサダソとかー…ヒソカーとかに、チビだからってばかにされる――――。すげーくやしい――――」
ラッカーは先ほどから説明なしに固有名詞を連呼している。
誰だよ…とそのほとんどを聞き流していたが、その中の一つに聞きなれた名前を見つけ出してクロロは少し引きつった顔をした。
…いや、そういえば確かに奴はこの天空闘技場を根城にしていると聞いた覚えがある。(マチに)
だがこの少年の口からその名はあまり聞きたくはなかったな、とクロロは苦笑する。
「ねぇラッカー?話の腰折って悪いけど、…ヒソカって知り合い?」
「ヒソカー?ヒソカはー、でかいへんな奴―――?」
「…プッ。まぁ確かにでかくて変だけど……」
ラッカーの、ヒソカの説明があまりにも酷くてクロロは思わず吹き出してしまった。
「オレ、あいつ、ぜったいやっつけたいの――――。どーしたらいいかな―――クロロ―――――」
「ハハッ、アレをやっつけたいって?…うーん、そうだね……」
少し考える振りをして腕を組むクロロ。
ラッカーのナイスな振りに内心は勝利の笑みを浮かべていたが。それを表に出すことはない。
「……じゃあラッカー、オレと一緒に来ないか?」
「ん――――?どこへ―――?」
「どこへでも。ラッカーの好きなところでいい。オレと一緒に来るなら、オレがラッカーのこと強くしてあげるよ?」
「ほんと―――――?」
「ああ。…どうするラッカー?」
「う――――――ん…」
「…お菓子だっていつでも買ってあげるよ?」
「え―――――!?」
「…えー、じゃないの◆ ダメだよラッカー、そんなおいしそうなイケナイ話に乗っちゃ♪」
「へぎゃー!!?」
またしても、どこからともなく突然湧いて出てきたヒソカ。
いきなり背後からささやかれラッカーはおかしな悲鳴を上げた。
そしてすぐさまラッカーはクロロの背中へ隠れてしまう。
「…ラッカー、オレを盾にしないでくれないか?」
「嫌――――」
クロロの胴回りにまとわりつくラッカー。
離してくれる様子はないが、この際だからそれはまあいいか。と、クロロはヒソカに向き直る。
「…で、ラッカーはともかくなんでアナタがここにいるのかな?クロロ」
「なに、近くまで来たから暇つぶしに寄ってみただけだ。…オレだって、お前がここにいるとは思ってなかった」
「ふーん………。それで?暇つぶしに寄っただけのクロロがなんでボクのラッカーと一緒にいるわけ?」
「…さあ?どうしてかな?」
言って、クロロは含みのある笑みを浮かべる。
「ん――――?クロロー?」
自分の胴回りにくっついているラッカーの頭をクロロは優しく撫でた。
そしてそのままクロロの手はラッカーの右肩に刻まれた蜘蛛の刺青をなぞる。
それを見てヒソカも、クロロの真意を汲み取った。
いつどこで彼がこのコを見つけたのかは知らない。―――そこまでは興味が湧かない。
おそらくは自分と同じように、見つけたのは偶然。
だがその偶然が呼んだ出会いで一瞬にして興味を惹かれた。そういうこと。
………要はこの男も、自分と同じ目的なのだろう。
「…そのコはボクが先に目をつけてたんだよね。後からやってきたクセにボクに断りなくちょっかい出すの止めてくれないかな?」
「そうか?まだ別にお前の物と決まったわけじゃないんだろ?…あまり印象良くないみたいだし。なぁ、ラッカー?ヒソカとオレとどっちが好きだ?」
「え―――?クロロー。」
即答したラッカー。
瞬間、びし、と空気に亀裂が入った。
ヒソカの殺気だ。
「…ラッカー、いい加減にしないともうそろそろボクも怒るよ?」
「え――?別にヒソカーが怒ったって怖くないもん――――。オレはクロロのがいい――――」
「…………。」
「ほらな。―――オレの勝ちv」
と、さわやかな笑顔を見せて青年は笑っていた。
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やっとこ団長も出せました。
※原作34巻よりだいぶ前に書いたものなので、クロロとヒソカの闘技場での関係性とか(フロアマスター云々の設定その他)いろいろと食い違いがあります
すもも