spiritless spider ◆07:おかいもの
※由来様から7周年記念のリクエストでサダソ夢ほのぼのです



「ちょっと聞いてくれ、ギド」

「なんだサダソ、暑苦しいな。寄るな」



天空闘技場の広い廊下の一角。備え付けのベンチに座るギドの元に、サダソがやってきた。


右手に持った2本の缶ジュースをギドに差し出し、サダソはギドの隣へと座る。

ジュースの1本を受け取ったギドは、それを開けながら隣に座ったサダソに問いかけた。





「で?なんだ急に」

「あぁ。実はオレ、そろそろ締め切り近くてさ。カモいたら回して欲しいんだよ」

「そう簡単にカモが見つかるなら苦労はせん。オレだって近々締め切りだ、いたとしても回せないぞ?いつだ、お前の締切り」

「来週の金曜だよ」

「あと1週間ちょっとか…。ホントに誰もいないのか?」

「いたらこんなこと聞いてないって」

「まあそうだろうな…」



呟いて、ギドはずずーっと音を立ててジュースをすすった。



サダソの話を聞いて次にギドの頭に浮かんだのは自身の締め切りのことだった。


200階の闘士達にはそれぞれ90日の戦闘準備期間与えられている。

そしてその期間内に一度でも戦闘の申告をしなければ、即刻闘士としての登録が取り消され、この天空闘技場にはいられなくなってしまう。



闘るからには必ず勝ちたいと思うのは闘士ならば当然だ。その枕に『どんな汚い手を使っても』という詞(ことば)がつくかどうかはそれぞれの考え方次第だが。


『新人狩り』などと異名がつく彼らの勝利の手口は、もちろん説明せずとも想像に難くないだろう。

かといって、容易に勝ちを拾えるようなカモがいつもいつもいるのかというと、実は意外とそうでもないのだ。




サダソほどではないが、ギドも締め切りにそれほど余裕は無い。

他人の事よりまずは自分の事。



そろそろオレもちょうどよさそうな相手を探しにかからないとな、と隣で肩を落としているサダソに目をやると―――







「お―――…、ギドにサダソー。なにしてるの―――?」

「あ…、ラッカーちゃん」



サダソの体越し、廊下の向こうからラッカーの声。


見ればひょこひょこと壁伝いに2人の傍に寄って来るラッカーの姿が見えた。

ラッカーの少し後ろには、車椅子に乗ったリールベルトの姿も。




「お前達、揃ってそんなところで何やってるんだ?」

「わかった――――!デートだ――――!!」

「違うぞラッカー」

「…いったいどこからそういう発想が出てくるのか、1回君の頭の中覗いてみたいよラッカーちゃん」

「おー?」


至極冷静に突っ込むギドと、心底嫌そうに顔をしかめたサダソ。

あまりに早い否定の言葉に、ラッカーは「なんで―――?」と首をかしげる。





「え―――?じゃあ何してたの――――?」


「それが実はサダソがじきに締め切りらしくてな」

「なっ!?ちょ…、バッ…!ギド!!」


こともなげに言うギドの口を、すごい勢いで振り返ったサダソが止める。




「……なんだ?」

「『なんだ?』じゃなくってさー…、もーなんで勝手に言うんだよー。締め切りとか、そんなことラッカーちゃんに知られてみろって」



頭を抱えてサダソがそうぼやくと同時に。


「え――――!?サダソ、締め切りなんだ―――!?オレ、対戦する――――!ねーねーいつ締め切りなの――――?サダソ―――」


「ほらー、絶対こういう面倒なことになるんだからさ―――…」

「グフッ。まぁ諦めろ?サダソ」


嬉々とした顔でギドとサダソの間に飛び込んできたラッカーと、それを見ながらニヤニヤとした口調で言うギド。

途中こらえきれずに漏れる『グフフッ』というギドの陰気な笑い声を耳にして、サダソは『お前絶対わざとだろ』と心の中で突っ込んだ。







「ねーサダソ、サダソの締め切りいつ―――?オレ、サダソと闘いたい――――」

「嫌だよラッカーちゃん。オレの能力って絶対にラッカーちゃんのクモの巣と相性悪いもの。闘らないよ?離れてってば」

「う――――?」


ベンチに座るサダソの背に懐くラッカーを、サダソは大きな"左手"で摘み上げて背中から引き剥がした。


「お―――」

「なんだ、面白そうなことされてるなラッカー?」

「うん――――」


能力者じゃない者が見れば、何もない空中に宙吊りにされてるように見えただろう。


吊られてうろうろ手と足を動かしてはしゃぐラッカーを、車椅子に乗ったリールベルトが近くから見上げる。

サダソの"左手"につままれていたラッカーの体は、そのリールベルトの膝の上に下ろされた。


ラッカーをおろして"左手"を消したあと「さて…」と呟き、サダソはベンチから立ち上がる。




「…どこへ行くんだ?サダソ」

「ちょっと散歩」


「散歩―――?じゃあー、オレも一緒に行ってあげる――――」

「ぇえ?いいよ別に。ラッカーちゃんと行くとお金かかるしさぁ」


リールベルトの膝の上から跳び降りて、今度はサダソに飛びつくラッカー。

ラッカーを足元にくっつけたままサダソは、手に持っていたまだ開けていないジュースの缶を「やるよ」とリールベルトに投げて渡した。




「ラッカーちゃんはどうせお菓子でも買ってもらおうって魂胆なんでしょ」

「違うもん――――」


片手で押し戻すように、ラッカーを足元から離す。

歩き出したサダソの後ろについていくラッカーを見ながら、リールベルトはその場でジュースの缶を開けた。





散歩……というより、締め切り間近のサダソはおそらく190階あたりに次の"カモ"でも探しに行くのだろう。



しかし――――




「…逃げられると思うか?あれ」

「いや、どうせまたメシでもタカられて終わりだろう」


そう言ってジュースを飲みつつ、ギドとリールベルトはラッカーにまとわりつかれるサダソの後ろ姿を憐れみたっぷりの目で見送ったのだった。
























「ねーねー、サダソー、散歩―――は、どこ散歩―――――?あっち行こう―――?」

「あっちーって…、あっちは売店ある方だしやっぱりラッカーちゃんの狙いはお菓子なんじゃないの?」

「違う――――から、あっちがいい――――」


すたすたと廊下を歩くサダソの足元にまとわりついて、ラッカーはぴょこぴょこと小ジャンプを繰り返す。




「それはそうとラッカーちゃん。歩きづらいからまとわりつかないで欲しいんだよね」

「エ――――」

「エーじゃなくってさー。こっちおいでよ、ほら」



右手の甲でぺたぺたとラッカーのほっぺたを触るサダソ。


少しうっとおしそうに顔をしかめたラッカーは、ややあって両手でガッシとそのサダソの右腕を捕まえた。

そして捕まえた右手と自身の左手をぎゅっと繋ぎなおした後は満足そうに「えへへー」と笑って、ようやくラッカーは落ち着いて歩き出した。





「……ねーサダソ―――」

「…何?ラッカーちゃん」


「お菓子買いにいこ――――」

「結局お菓子なんだね」



くすくすと笑ったサダソ。

手を繋いでラッカーを連れ、気の向くままサダソは天空闘技場の廊下を歩く。




締切間近だし、やらなきゃならないことはあるけれど、たまにはこうやって、のんびりラッカーちゃんと歩くのも悪くはないかな。とサダソは思う。









目の見えないラッカーは普段、絶えず念の"糸"をふわふわと周囲に飛ばして、周りにあるモノを"糸"で確かめながら歩いているが――――


しかしこうやって誰かと手を繋いで歩くときは大抵、ラッカーは飛ばす"糸"を少し減らして、自身の歩く先を相手の手に委ねてしまう。





『危ないよ』とサダソが手を引けばそこを避けて歩き、段差の前で手を上に引っ張り上げると、ぴょんとジャンプしてそれを越す。


"糸"に頼らずに、そうやって手を引かれて歩くことが楽しいらしい。





障害を一つ越すたびラッカーはニコニコとサダソを見上げて笑いかけてくる。



向けられるラッカーの笑顔がなんともこそばゆくて、サダソは少し苦笑いした。










「えへへへ――――」

「えへへーじゃないよラッカーちゃん。危ないからちゃんと前向きなよ」




目の見えないラッカーに前を促してもしょうがないのはもちろん分かっているが。


ようは照れ隠しなのだ。








この200階に来て『洗礼』なんて受けて、望んでこんな姿になったわけじゃないのに"薄気味悪い"だなんて避けられて。


じゃあお望み通りに、と念も知らない新入り狙いでハイエナ行為を繰り返し、今や侮蔑たっぷりに『新人狩り』なんて呼ばれ格下の連中はもちろん上からも疎まれている。




こんな姿になってからこっち、好かれることなんてないから。



――――この子供を除いては。









「ほら、ラッカーちゃん…」

「危なくない―――、だいじょぶびゃっ!?

「おっと」



危ないよ、なんてサダソが言ったとたん、案の定ラッカーは床のタイルのつなぎ目に蹴つまずいて前方につんのめった。




とっさにサダソは繋いだ右手を上に引き上げ、そして"左手"をラッカーの前へと伸ばした。


失った左腕に代わる、オーラの"左手"。






ラッカーの膝が床と激突する前に、サダソは小動物を掴むように、大きな左手一つでラッカーの体を掴み上げる。





「お―――!?浮いた――――!」



空中に体が浮く感じが面白くてラッカーはきゃっきゃとはしゃぐが、サダソの"左手"はラッカーの"糸"と違って基本は戦闘用。

その上自身の操作技術の未熟さも相まって、握りつぶさない程度の力加減は結構難しいのだ。



「暴れると締まるよ、ラッカーちゃん」

「え―――――、オレもっと空飛びたいのに―――」

「そりゃ、壁とぶつかって潰れたトマトになりたいならこのまま廊下の先まですっ飛ばしてあげてもいいよ?でもさ…」

「ほんと――――!?飛びたい――――!」

「そこ全然喜ぶところじゃないしね」



人の話全然聞いてないでしょとぼやいて、サダソはいやがるラッカーの足を床に下した。



しかしラッカーはサダソの"左手"からなかなか手を離そうとしない。






「………もういいだろ?ラッカーちゃん。そろそろ離して欲しいんだよね」

「う―――――?」




言われて、残念そうな顔をするラッカー。











何がそんなに残念なのか理解に苦しむ部分はあるけど。





「(でもオレの"左手"とこうやって遊んでくれるのは、天空闘技場のどこ探したってラッカーちゃん1人だけだよね――――…)」




"左手"だけじゃなく、オレ自身にも。


理由はどうあれ、懐いてくれるのはやっぱりちょっと嬉しい。……たとえ、「そんな能面みたいな顔で?」って言われても。











「あのさーラッカーちゃん。オレのどこがそんなに好きなの?」


くすくすと笑って、そう茶化す。

そうするとラッカーはぱっと"左手"から手を放してくれる。





「え―――、別に――好きじゃないし―――――」

「素直じゃないなぁー」

「違うもん―――!」





でもラッカーは、絶対に右手と繋いだ方の手は離さないのだ。








「……ありがとね、ラッカーちゃん」

「ん―――?」




「なんでもないよ」

「そーお? …あ――――――!サダソ、お菓子買って――――!」

「やっぱりお菓子なわけだ?」






売店から漏れるフライドポテトの匂いをふとかぎつけ、ちょっと離れたところにある売店を凄い勢いで指差したラッカー。


何をしても結局そこに行き着くラッカーを少し呆れ気味に笑って、「しょうがないなぁ」とサダソはラッカーを連れ売店へと足を向ける。




まあいつものことなんだけどね。……いつものことだけど。






「ラッカーちゃん。あんまり食べてばっかりいるとこぶたになるよ?」

「こぶたじゃないもん―――――!ひどい――!サダソのバカ――――――!!」

「ひどいってこっちのセリフだし。オレはラッカーちゃんの財布じゃないんだよ」

「え――――!!?」

「驚くところでもないし」








――――こんなオレといつも一緒にいてくれてありがとね。












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7周年記念のリクエスト受付で、由来様から「天空闘技場spiritless spider」主人公でサダソ夢承りました。
町に買い物へ行くリクエストのはずなのにほのぼの売店まで散歩して終了した…。何故。
お祝いとリクエスト、ありがとうございました!

すもも

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ももももも。