暗い廃墟の中、ギィッと重い扉を開けた。
たくさんの蝋燭の灯と、天井から差し込む月明かりが扉の先の広間の中を明るく照らし出している。
「うおー!ジャズ〜!!遅せーぞ!早くこっちこい!」
コツ、と歩みを進めれば、ウボォーギンが大きくオレを呼ぶ。
瓦礫の山を椅子代わりに、もうすでに13匹のクモ共が酒盛りを始めていた。
始まりは一本の電話だった。
鮮やかな夕日が差し込むホテルの一室。
ベッドの上に投げ捨ててあった黒いケータイが、突如としてやかましく鳴り響いた。
ケータイを拾い上げてパチ、と開けば、画面に映っていたのは見知らぬ番号。
オレのメルアドは仕事用に公開してるけど、ケータイの番号を知ってる奴はそうはいないはず。
誰だ、と考えながらオレはとりあえずその電話に出た。
『…やぁ♥』
ブツッ。
オレの気に入りの黒いケータイから聞こえた不吉な声。
間も開けずにオレはぶちりと通話を切った。
――――ピルルルルッ
それでもしつこくまた鳴り出したケータイ。
くそ、出ないでいたら1時間でも軽く鳴ってそーだ。
ふぅ、と一つ息をついて仕方なくオレはまたケータイ開けた。
「………もしもし」
『ひどいなァ、ジャズ。いきなり切らないでよ』
「ケータイからいきなりテメーの声が聞こえたら誰だって切るだろ、ヒソカ。
…っつーかテメーどこでオレのケータイ番号手に入れた?」
『奇術師に不可能はないんだよ♪』
答えになってねーよ。
くそ、電話切ったらソッコー着信拒否設定してやる。
『…ところでジャズ、今何してたんだい?』
「あー…?風呂からあがったとこだけど?」
『ふーん…。それはおいしそうだね…♣』
やめろ、鳥肌立つわ。
「で?何の用だヒソカ?用がねーなら切るぞ」
『ああ、待ってよ。用があるのはボクじゃないんだ。今代わるから…』
そういって電話を回しているのか、ごそごそと音が聞こえた。
―――む。 なんかめんどくさい事になりそうな予感がする。
今のうちに切っといたほうが無難だろーか…。
電話を持ってそう考えていると、突然デカイ声がケータイから響いた。
あっぶね、耳つけてなくてよかった。
『おーいジャズ―――!!聞こえるかぁ―――!?元気かぁ――――!?』
「うるせぇなウボォーギン。聞こえてるよ」
思いっきり叫ばなくても電話なんだから聞こえるっつーの。オレの鼓膜破る気か。
『うはははは、ワリィワリィ。…お前、今1人か?』
「…ああ」
『今日くらいは暇だろ?今からこっち来いよ。新年会しよーぜ』
新年会?
…ああ、そういや新しい年に入ったんだっけ?
クリスマスからぶっ通し『始末屋』の仕事入ってたから忘れてた。
―――でも。
「やだ。行かねー。めんどい」
お前とかノブナガとか、酒入ったら絶対絡んできやがるだろ。
最高メンドイ。行かん、そんなものは。オレはゆっくり仕事の疲れを癒したいんだよ。
『え゛ー、そー言うなよ〜』
エーとか言うな。すでに酒入ってんじゃねーか、おまえ。
「嫌だってのに」
『ジャズ……あ。
ウボォー、代われ』
…ぬ?
『…ジャズ』
……っち、誰かが割り込んできたと思ったら………。厄介な奴に交代しやがって。
『ジャズ』
「………クロロ」
悪名高い幻影旅団の団長様まで悠長に新年会してんじゃねーよ。
…っつーかもしかしてお前が主催なのか?そうなのか?
『お前は来ないのか、ジャズ?』
「ハッ…、オレがいなきゃ淋しいってのか?クロロ」
『うむ…そうだな…』
「ふーん……」
で、結局来ちまった…。
どうもオレ、アイツに弱ぇのかなぁ…。
「ジャズ!よく来たな!こっち来いよ!」
オレの姿を見つけ、ビールジョッキを振り上げながらでかい声で呼ぶウボォーギン。
どこから集めてきたのか豪勢な食い物や酒が床に並ぶその中をスタスタと歩いて、オレはとりあえずウボォーギンのところへと向かった。
「よぉ、ウボォーギン」
「ジャズ〜!久しぶりだなぁ!会いたかったぞ」
「オレは別に会いたくねー」
へたりとウボォーギンの隣に腰を下ろせば、わしわしと洗ったばかりの髪をぐしゃぐしゃにされた。
ギャアア何しやがる!!
「いやいやいや、まさかホントに来るとはなぁ、ジャズ」
「さすが団長だね」
酒を片手にのしっとノブナガも傍に座る。マチも酒瓶とグラスを持ってやってきた。
「ほら、ジャズ」
「あ…、っと……」
ぽそ、とグラスを手元に落とされ、それと同時にウボォーギンからドクドクと酒を注がれる。
「うっし、飲め飲め」
「…あ…いや、」
ノブナガにバシッと背中を叩かれ、手に持ったグラスに注がれたたっぷりの酒がゆらりと揺れる。
「よーし。ジャズも来たし、じゃあもう1回乾杯しよーぜ」
「「新年明けましておめでとう!」」
「…うへ…」
マチ、ノブナガ、ウボォーギンに半ば強制的にカチカチとグラスを合わせられた。
そして3人はグラスの酒をグッと飲み干す。
ペースについていけず他人事のようにぼんやりと3人を眺めていたオレを、ジョッキを空にしたウボォーギンが不思議そうな顔で覗いた。
「…ジャズ、どうした?飲まねぇのか?」
「オメェの酒は飲めねぇってよ、ウボォー」
「なっ!?なんでだジャズ!!」
「言ったのはオレじゃねーだろ。ノブナガだよノブナガ」
そう悲しげに眉を下げるな。でかい熊みたいでなんか可愛いぞ。
「どうしたんだいジャズ?……まさかアンタ、この期に及んで『酒飲めない』とか言わないよね」
「…うっ…」
マチの一言に、わいわいと酒盛りをしていたほかのクモ共も一斉にオレを見た。
13匹のクモの視線がオレ1人に集まる。
オレは、ゆらゆらと揺れるグラスに注がれた透明な液体に自分の姿を映した。
――――クソ、こんなナリでカッコつけてはいるけどよ。
実はオレ、酒と煙草はやったことねーんだよ…。(一応アイツの大事な体だし)
「…ジャズ、飲めないなら無理しなくてもいいのよ?」
「お子様用にオレンジジュースも用意してあるね」
「あ?」
パクノダはともかく、フェイタンの一言が妙にカチンときた。
ケンカなら定価で買うぞ、このスダレ。
グラスになみなみと注がれた酒。
ごくっとつばを飲んで、オレはグッとそれに口をつけた。
「おいおい…」
無茶すんなよ、とあきれたフィンクスの声がなんだか遠く聞こえた。
舌が痺れ、喉が焼けるような、そんな感覚。
口の端からこぼれた水滴が、顎を伝い滴り落ちる。
冷たいはずなのにひどく熱く感じるその液体を飲み干して、カツッと空のグラスをフェイタンの前に置いた。
唇を舐めてフッと色っぽく余裕の笑みを見せれば、フェイタンも愉快そうに目を細める。
「ハッ…、期待させてこの程度かよフェイタン。つまんねぇな、もっと激しいの、くれよ………この程度じゃこれっぽっちもイケやしねぇぜ?」
「……ハハ、いつまでそんな口が利けるか…楽しみね、ジャズ…」
そう言って、フェイタンは酒瓶を一つ、投げてよこした。
「………ジャズ、大丈夫?」
「…………。」
しっとりと濡れた髪。酒を飲んで上気した顔。
吐息は熱を帯び、少しとろんと閉じられたジャズの瞳には目の前のシャルナークの姿など映ってはいない。
「団長、ジャズの様子がおかしいんだけど…」
「ジャズがおかしいのはいつものことだろ、シャル」
「いや…;そーだけどそーじゃなくて……;」
シャルナークの肩に疲れたようにもたれたジャズ。ふわふわと頭をなでるシャルナークの手の感触が心地良いのか、眠そうに目を閉じた。
「…ただの飲みすぎだろ?」
言いながらクロロは手に持ったグラスの酒を口にする。
「ジャズ、あれで2本空けてるんだよ。よくやるねぇ…♠」
クツクツと笑いながら言ったヒソカ。
明らかにジャズよりは本数を空けている蜘蛛達だが、皆平然とした顔でジャズを観察している。
「フェイが挑発するから」
「ワタシは悪くないね。ジャズが勝手に酔いつぶれただけね」
来てからわずか1時間足らずでダウンしてしまった青年をフェイタンは少し訝しげに眺めた。
「………ジャズ」
名を呼びながらシャルナークは、少しこうべを垂れたジャズの、目元を隠す長い前髪をさらりと梳いた。
それを感じたのか、ジャズは、ふと目をあけた。
「シャル…ナーク………」
「…ジャズ、大丈夫?」
シャルナークの声を聞いて、ゆっくりと視線を動かしていたジャズ。
目の前の蜘蛛達と目が合うと同時にジャズは青ざめ、ガッと口に手を当てた。
「……………気持ちワリィ……吐く……」
「え゛っ……;」
言ってジャズは、がし、とシャルナークを掴んだ。
ジャズの言った言葉を頭の中で組み立てて、シャルナークは青くなった。
「うわあっ、ちょ…っ、ジャズ!離して!」
「ギャーッ!本気かジャズ!」
「吐くんじゃないよ!こんなとこで!」
「うぇ…」
「いやああああ!」
ため息を一つ吐いて、オレはゆっくりと重い瞼を開けた。
「……ジャズ。起きたか?」
ぼんやりと天井を眺めていると、すぐ傍から心地いいような低めの声が響いた。
白いベッドからのそりとけだるい体を起こすと、ベッドの脇に座っていた人物の背中―――――その背中に刻まれた逆十字が目に入る。
「………クロロ」
「ジャズ、気分はどうだ?」
「…最悪だ」
「そうか」
ズキズキと頭が痛む。
しわを寄せた眉間をぎゅっと押さえるオレを見て、クロロは笑っているのか楽しそうに背中を揺らしていた。
「フ……ジャズ、お前にも弱いものがあったんだな。…ほら、水」
「む…、サンキュ」
差し出されたコップを受け取って、水を口に含む。そして口の中をそそいで床に吐き捨てた。
それから、ごくごくと水を飲み干す。
「…落ち着いたか?」
「こんなんで落ち着くかよ。体が熱くて、いうこときかねぇんだよ…クロロ………」
クロロの背に絡むようにもたれ、耳元に甘く吐息を流す。
ふと肩越しに見えたクロロの手元では、グラスに注がれた赤い液体がゆらゆらと光っていた。
「……吐いた後じゃカッコつかんぞ?ジャズ」
「…クッ……は…それもそうだな」
一つ笑って、オレはのそのそとベッドから這い出た。
そしてクロロと同じくベッドの脇に座り込む。
目の前にひろがる大きな窓。
高い場所に在るその部屋からは、遠くに華やかな街の灯が望める。
街の明かり―――新年を祝う人間達の灯した光が。
「………一等席だな、ここ」
「…そうだな…」
そうやってしばらく、ぼんやりと街の灯を眺めていた。
横を見れば、少しの笑みを見せながらクロロがゆらゆらとグラスの中の液体を回していた。
「…なぁ、お前のトコはいつもあんな感じなのか?」
「そうだな、わりと」
「ふーん…」
静かな部屋に放たれた疑問。それにも、ちゃんと返る言葉がある。
オレの声でもない、アイツの声でもない。―――別の誰かの声。
「1人で祝うよりもずっといいだろう?ああいうのも」
「…まぁな」
あいつらとやかましく迎える新年も。
お前と静かに迎える新年も。
独りじゃなければオレは―――――
それだけで、いいから………
「……ジャズ、飲むか?」
ゆらりとグラスとワインを差し出して、クロロは笑う。
「お前がくれるなら飲もうかな…」
「フフッ…オレの一張羅には吐いてくれるなよ?」
「クク……、さあ…どうだろうな」
血なんかよりも、ずっとずっと透明感のある極上のワインをトクトクとグラスに注ぐ。
「A HAPPY NEW YEAR, …ジャズ」
「ああ…。今年もよろしく、クロロ…」
遠くに街の灯を望み、近くで蝋燭の灯が揺れる中。
カチン、と二つのグラスが高く音を立てた。
おわる
なんかクリスマスでも通じる気が汁…orz
すもも