大通りからはずれ、少し奥まった小道を歩いていくと、その先にはすすけた木の看板を掲げたとある小さな店がある。
「アンティークショップ『リアラ』」
ニコニコ笑顔の店長が、今日ものんびりとお客さんを待っています。
――――ガラランッ。
お店の奥で品物の整理をしていたら、少し乱暴に入り口のドアが開いた。
お客さんかな?と僕は本棚の間から顔をのぞかせる。
「お店の人―――、誰でもいい!誰か居ないか!?」
今入ってきたばかりのお客さんがそう息巻く。
ぞくっとするほど美しい緋色の瞳を持った、少年のような少女のような、綺麗な顔立ちの人だった。
「いらっしゃいませ。僕が店長のゼロですけど、一体どうされましたか」
「…失礼した、私はクラピカという者だ。不躾ですまないが、ここに『緋の目』があるだろう?窓から見えた。出してくれないか!?」
「『緋の目』……ですか?ありますけど…、ちょっと待ってくださいね」
カウンター後ろの棚、高い位置に飾ってあった『緋の目』のケースをゴトゴトとレジカウンターの上へとおろす。
目の前に置かれたそれを、クラピカと名乗ったお客さんはじっとじっと見つめていた。
「本物…だな」
「ええ。少し色は薄いですけど、本物ですよ」
闇市場で『緋の目』として取引されているものとはずいぶんと緋色の薄いものだけど、れっきとした本物だ。
ただ、色が薄いから目の肥えた資産家やコレクターは見向きもしないだろうけど。それでも家が何件も建つくらいは値の張るものだ。
多分うちにある品物の中で一番高い物じゃないかな。
「……これを私に譲ってはくれないか?」
「すみません、これは売り物じゃないんで…」
「売り物じゃない…だと?客寄せに使っているとでもいうのか。―――これは!!生きた人間の目なんだぞ!お前と何も変わらない、人間の…!!」
激しい怒りを見せて僕に掴みかかってきたその人。
瞳の色は品物と同じ、……緋色。
「…お客さん、もしかして…」
「……そうだ」
吐き捨てるように呟いて、クラピカさんはつかんでいた僕の服をバッと離した。
「クルタ族…。盗賊に襲われて、全滅したって聞きました。あなたはその生き残り、なんですね…」
「………私は、必ず奴らを追い詰めて仲間の仇をとるつもりだ。そして、奪われた仲間達の瞳を、私利私欲のためにそれを買い求めるような奴らから奪い返してやる。
…あなたもその1人というなら私は容赦しない。あなたを殺してでも、私はこれを取り返す!」
そう言ってダンッとレジカウンターにナイフを突き立てる。
クラピカさんの目………本気の目だった。
「……うーん、しょうがないですね。本当はソースは明かせないものなんですけど…。これ、当のクルタ族の方から譲り受けたんですよ」
「な…!?そんなはずはあるか!誇り高いクルタ族の者がなぜそんな仲間を売るようなことをする!?」
「色々あるんですよ。……これはルミナっていうおばあちゃんの目なんですけど…そのおばあちゃん、生まれてくるお孫さんが先天性の病気で、その手術代を工面するために…『自分が死んだら目を譲るから』と先代の僕の母の元へやってきたんです。
母はまだ見ぬ瞳に7億6千万を出しました。2年前におばあちゃんが亡くなって、息子さんとお嫁さんとお孫さんが来て『こんな色だけど…、どうしても貰って欲しいから』って置いて行ったんです。そのときには僕の母も亡くなっていたから、僕が受け取ったんですけどね」
「そう…なのか…?」
「はい。いつかクルタ族ゆかりの地に還してあげようと思って誰にも売らないつもりでいましたけど……、でもあなたにだったら譲ってもいいですよ」
この瞳はたしかにクラピカさんの言うとおり、売り物なんかにしてはいけないシロモノだ。
いずれ行く機会があれば―――最悪、僕がこのお店をたたむそのときに、誰の目にも触れないようにクルタの人たちが住んでいたというルクソ地方の…『故郷』の大地へ葬ってあげようと思っていたんだけど……。
でもクラピカさんがおばあちゃんと同じクルタの人なら、この瞳を渡してもきっと間違いはない。
この人はきっと…、おばあちゃんのこの瞳を、おばあちゃんの故郷の土へと還してくれるだろうから…。
そう思って、僕は迷わずにケースを彼の前に差し出した。
彼はしばらくその瞳をじっと見て何かを考えているようだったが――――やがては顔を上げて……、そしてケースを僕の方へと押し返してきた。
……あれっ?;
「………受け取ってもらえないですか?本当に僕、あなたにならお譲りして全然構わないんですけど…」
「いいや…。その瞳にそういう経緯があるのなら、私はそれをあなたからそのまま受け取るわけにはいかない。……私も、7億6千万でそれを買いとろう」
「えっ?」
「ああ…いや、今はまだそんな大金は持っていないんだが………。
しかし私はこれからハンター試験を受けて、必ずハンターになる。ハンターになって、そしてあなたの前に7億6千万…必ず用意してみせる。
だからそれまでそれは誰にも売らないで、あなたが預かっていて欲しいんだ。あなたなら信頼できると思う。……勝手なお願いだとは思うが、なんとか承知していただけないか?」
先ほどとは打って変わって穏やかな表情で―――しかしその瞳にはしっかりと強い信念をたたえて、クラピカさんは僕を見てくる。
当然、そんな彼に対する僕の答えはたった一つで。
「…はい、もちろん。いつでもお待ちしております」
にっこりと笑顔でご返答させていただいた。
つづく
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ハンター試験前後のクラピカ萌えの勢いで書いたのですが、色々と謎の多いお話になってしまった気が…
すもも