このごろオレは早くに目覚める事が多くなった。
1人暮らしをしていたときはこんな事めったに無かったのに。
姉ちゃんとまた一緒に暮らし始めて………、早く顔が見たい・声が聞きたいって、心のどこかで思ってるのかな。とにかく早くに目が覚めてしまう。
部屋を出て、バスルームで顔を洗ってからリビングに向かう。
と、そこにはもう、双子の姉であるレイの姿があった。
「あ、ジャズおはようございます。今日は早いんですね」
「お…、おう……、おはよ姉貴」
レイはパジャマの上にカーディガンを羽織って、ソファに座ってブラシで髪を梳かしていた。
窓から差し込む朝日に照らされて、細い髪がきらきらときらめいてる。
―――やべぇ、綺麗だ。いつか絵本で見た天使様みたいだった。
ぼんやり惚けてたら、こっちを向いたレイとバッチリ目が合ってオレはハッと我に返った。
「……どーしたんですかジャズ?そんなトコロにぼーっと立ったままで」
「え?え、…あ。」
「こっちきて座ったらどうですか」
「おう…」
笑顔で手招きされて、オレはちょっと照れくさく頭をかいた。
それからのろのろと歩いていって、レイの座るソファの、テーブルを挟んだ向かい側のソファに座ろうとした。
……が、レイが「こっち」といわんばかりに自分が座るソファの空いてるスペースをぽんぽんとたたいたので、オレはおとなしくそのレイの隣に座ることにした。
それを、ジ―――ッと見ていたレイ。
「……何だよ姉貴。オレの顔になんかついてるのか?」
「ここ寝ぐせついてますよ?ジャズ」
「ん…?え、どこ?」
「ふふ。ちょっと待ってね、直してあげるから」
座った状態でも頭一つ分は大きいオレに向かって手を伸ばしてくる。
頭を少し下げてやると、レイは嬉々として持ったブラシでわしわしとオレの髪を梳き始めた。
おでこよりちょっと上のところらへん、その一点をブラシで熱心にいじり倒す。
やっと終わったと思ったら、
「あれっ?直んないや」
とレイはクスクス笑いだした。
「姉ちゃん〜」
「えへへへへ。ごめんね」
ブラシを膝に置いて、今度は手で、寝ぐせがついてるらしい髪の束をつんつんと引っ張ったり、オレの頭に押し付けたりしてた。
オレはその間黙ってレイに頭を差し出してた。
―――――こんなの、他愛ない日常の事なのに。
昔はいつもやってた事なのに、今はなぜかどうしようもないくらい顔が緩む。
あったかい朝の日差しの中。
愛しい女と2人っきりでお互いの髪いじりながらいちゃいちゃして。ああ幸せだ。恋人同士みたいだ。
でも本物の恋人同士だったらきっとここで目が合って、…その、キスしたり…エッチに持ってっちゃったりすんだろうな…。羨ましいかぎりだ。
実際に目が合ってみるとレイはオレの予想通りというか「ごめんね、やっぱり直んなかった!」とまぶしいくらいの笑顔をオレに向けてきた。
……はぁー……。
「え?あ、ご、ごめんねジャズ。後でヘアムース持ってきてあげるよ?」
「…いいよべつに」
オレのため息に何を勘違いしたのか、レイはあわてて取り繕う。
…違うんだ。寝ぐせが直らなかったからじゃないんだ、今のため息は。
もう寝ぐせは撫でつけなくて良いから。違うから。気づけ。いい加減気づけ。バカ。
はぁ。
………してぇなぁ…、キス。
いつになったら、どうやったらレイは『姉として』じゃなくて、女として、オレっていう男を見てくれるんだろう?
なまじ顔や髪型が似すぎてるからダメなんかな?髪切っちまおうかな?
しかしオレのそんな悩みなんぞ知る由もなく、レイはいつものようにニコニコしながらオレの頭をなでた。
レイにとってはまだまだオレは『かわいい弟』みたいな存在でしかないらしい。
「あー!!撫でるなよ、もー!ガキじゃねーんだから!」
「ふふふー♪」
「…なんだよ姉貴。突然笑い出して」
「ん〜?えーとね、うん。ジャズがうちに帰ってきたんだなぁって思って」
「はあ?」
なおもレイは本当にうれしそ〜にオレを見ながらニコニコ笑う。
ほっぺたをほんのり赤く染めて、にこにこ顔のままソファの上でひざを抱えてゆらゆらと身体を揺らすレイ。―――――ダメだ。カワイすぎる。
「オレが居るのがそんなにうれしいのかよ姉貴?」
「うん♪」
「は…、ガキだな、姉貴は」
なんて言ってオレは鼻で笑ったが、レイは反論せずに笑って。
ゆらゆらしてたのを止めたかと思うと、今度はオレの顔をじーっと見上げてきた。
「……な、なんだよ?」
…………声が上ずった。動揺しすぎだ。
顔をくしゃくしゃにして、嬉しくてたまらないといった風に微笑んだ次の瞬間に、レイはむぎゅっとオレに抱きついてきた。
「だあ、姉貴!?なにやってんだ!?」
「……ジャズ。ジャズ〜〜〜」
虚を突かれてオレは固まった。
なんななナニ?何これ?なんだよ?
バクバク心臓を鳴らすオレを、レイはお構い無しにぎゅうーっと顔をオレの胸当たりに押し付けて、………えーと。
「……ジャズのにおい。いい匂いがする。ジャズ、あったかいなあ。ちゃんと僕の側にいるんだね…。嬉しいです…」
「え…お、……おう」
オレの胸にくっついて、レイ……嬉しそうに泣いてた。
逆レイプ?とか考えてた自分が恥ずかしいです。ハイ、スミマセン。姉貴は姉貴のままでした。
「…レイ」
背に手を回す。
優しく撫でてやると、レイはちょっと顔を上げた。
「ホラ、見ろよ。オレ、ちゃんとここにいるだろ?」
「うん…」
――――潤んだ瞳がオレを見上げる。
「心配しなくてもオレはもうどこにも行かねぇよ」
「うん…」
――――泣いてた顔が、嬉しそうにほころんで。
「ずっと…いっしょ、だから…」
「…うん…」
…顔近い。
あれっ?キス、できそう?
背を抱きしめて、成り行き任せにゆっくりと顔を近づける。
レイは顔を赤らめて、それでも、接近と共におそるおそる目を閉じ――――
がちゃ。
―――あとほんのわずかで唇が重なるというそのとき。
間抜けなほどに乾いた音がオレとレイの間に響いた。
音のした方を見れば、黒髪にバンダナの例の男がリビングのドアを開けた状態で突っ立ってた。
『…………。』
オレとレイと、そいつの間に流れる沈黙。
真顔でそいつが「おはよう、レイ?」と言った瞬間に
「ひあああ―――!!」
と耳元で大音響。
耳がキーンとなる。
同時に、
バチーン!!という素敵な音と、鋭い痛みがほっぺたを襲った。
ついでに、倒れてテーブルに頭を打った。
しかしなおも甲高い悲鳴はとどまらず。
「あああああ!!」
ぬけぬけと「おはよう」なんて抜かした居候の男―――クロロ=ルシルフルは、
ボフーン!と勢い良く顔面にクッションを投げつけられ。
顔を真っ赤にしたレイはソファから飛び降りて、クロロが開けたドアから廊下の向こうへとすっ飛んでいってしまった。
遠ざかっていく悲鳴。
残された男2人。
「………スマン、邪魔をしたようだな」
「わざとだろ!テメー絶対わざとだろ!!あああ!ちくしょう!痛ぇ!!ちくしょう!!レイー!!」
もういろんな意味で、涙しか出てこなかった。
おわる
irirする
すもも