黒猫と小猫と黒い蜘蛛 ◆01:おかえり。



ちょっと趣のある大きな家のドアを叩く。


中からひょこりと顔を出したのは、オレの身長の3分の2ほどしかないちっちゃな少女。

オレを見上げた少女は、ほわんと表情をほころばせてオレに飛びついた。


「ジャズ〜v 久しぶりだねー。大きくなったんだねー」

そういいながら少女はぎゅーっとオレを抱きしめて、ぐりぐりと胸に顔を押し付けてくる。

「姉貴はちっちゃいままなのな。なんか妹ができたみたいだ」

「い、妹!?ひ、ひどい、僕だってがんばってるのに……ジャズのバカー!」


数年ぶりに会った双子の姉―――レイは昔のまま…ちっちゃいままで。

胸の下あたりにあったレイの頭をいとおしくなでると、レイは突然ぴえーっと泣き出して家の奥に逃げていった。


おーい…、オレ、入っていいのか?






レイの了承も得ないまま勝手に家に上がりこんで、どっかに隠れちまったレイの姿を探す。

ちょっとボロくもあるけど十分手入れの行き届いた家は、でかい外見どおりで中も広かった。

アイツ、どんだけ稼いでんだよ?


つかこんなトコに1人で住んでんのか?――――――彼氏とか、いんの…?



長い廊下を「円」をしながら歩いていると、―――見つけた。


その部屋の明かりをつけて見回せば、そこは案の定シャワールーム。

レイは空の湯船の中に、ちっちゃい体をさらにちっちゃく屈めて隠れていた。


昔から都合が悪くなるとシャワールームに隠れる変なクセがあったけど、全然治ってないし。

つーか、なんか可愛いぞ。



「何やってんだよ姉貴。オレ腹減ってんだよ。早くメシ作ってくれよ」

「そういうときばっかり姉扱いして…。僕はジャズの召使いじゃないです…」

「いいじゃん。だって姉貴のメシ美味いし。メシ作ってくれるって呼んだの、姉貴だろ」

…召使い…っていうか、メイド。

姉ちゃんのメイド姿ならむしろ見たい。つーかゼヒ見たい。


「そうだけど………何ニヤけてるの?ジャズ、変。」


『変』とか……!!

お前にそう言われるのがオレは一番傷つくんだよ…!


―――――ハァ…。


オレは気を取り直して、しゃがみこんでたレイをひょいと抱き上げてダイニングに向かった。


レイはちっちゃいのは相変わらずだったけど、最後に会った4年前より可愛らしさは増したし、オッパイでかくなったし、ふとももとか柔らけーし、いい匂いするし………

ヤベーめっちゃキスしたいっつーか………食いたい……。


襲いたくなる衝動をそこはぐっと抑えて、レイを床に下ろした。

よくやった、オレの理性。




オレの手を離れ、レイはぱたぱたとせわしなくキッチンを動き回る。

黒い猫と白い仔猫が仲良くくっついた絵がプリントされた白いエプロンをして。

まるで新妻?幼な妻?みたいだった。


それはまぁ、当然…オレの奥さんってことで。

へへ…なんか照れくせぇ…。(馬鹿か、オレ。)←セルフツッコミ。


……はぁ……、なんでオレこの女の『弟』なんだろ…。スッゲー空しくなってきた。




「ジャズ、何ボーっと突っ立ってるの?ホットミルクくらいすぐ出してあげるから椅子に座って待っててよ。

でっかい図体のままそこに立ってられるとすごく邪魔です。」


んな!?邪魔ってひでぇ!!

ちょっとレイのエプロン姿カワイーvとか思って見てただけなのに!

オレだけ身長伸びてたのがそんなに嫌なのか!?


スッゲーショック受けたけど一応顔には出さないどく。カッコわりぃし。


「……ホットミルクって…いつのガキだよオレは」

「…コドモでしょ。はい、ミルク。…それとも昼間からお酒飲んだりするの?ジャズ。未成年でしょ?ダメだよ」


そう言ってレイは、ミルクの入ったマグカップをコトリとオレの前に置いて、またキッチンに戻っていった。



……んー…?


カップ側面に描かれていたのは、ちょこんと座った小さな猫。

黒い、仔猫。



いっつも黒い色の服を着てるオレ。…と、マグカップの黒い猫。

んー、似てなくも無い…かな。


……もしかしてこれ、オレのために買ったのかな…?だったら嬉しいな。





「ねぇジャズ」

「んー…?」


トントンと包丁を鳴らす後姿を眺めながらミルクをすすっていると、レイはまず野菜サラダを作って持ってきてくれた。

「…ジャズ、なんか痩せたね。ちゃんと食事摂ってる?コンビニのお弁当とかファーストフードで済ましてない?」

「…ん?ちゃんと食ってるよ」

「嘘だ」


うん、嘘だけど。

つかなんでそんな見てたかのよーにバレバレなんだ?


「自炊できないなら1人暮らししたいなんて言わない。……それから、トマトとキュウリを避けない!偏食、全然治ってない!」

「だってヤなんだもん」

「だめ!ちゃんと食べてってば!」

「う、うぐ……;」

びし、と指差されて叱られたオレは、へなりと頭を垂れて、そしてのろのろとフォークを取った。









思い出せば4年前………レイと別れる前までは、いつまでも過保護な姉の存在がうっとおしくて、早く独り立ちしたくて。


ハンター試験にレイと一緒に合格したとき。

それがチャンスだと思って…オレはレイの手を振り切って家を出てった。


けど…やっぱオレはレイと一緒じゃないとダメな男なんだって、この4年間でたっぷりと身に染みた。




お前が傍にいないと、何をやるにも張り合いが無いし。

仕事が終わって家に(ホテルに)帰ったとき、独りなのがスゲェ寂しくて泣きそうにもなった。


他の女といてもお前のこと考えるばっかで…。

レイの代用品にしかしてない気がして。女とは何人か付き合ったけどそれが原因で全部ダメ。


……ただのシスコンだって言われるかもしんないけど。

そんなんでもなくて、オレ本気でコイツのこと…好きなんだって、気がついた。




―――オレ、お前を守るためなら何でもできるよ。

レイが頑張れって言ってくれるだけでオレ、スゲェ元気になれるよ。

だから逆に、お前が傍にいないとオレ何にも楽しくないし、全然幸せな気持ちになれないんだ。



毎日いっつもお前のこと考えてて、仕事も身が入らなくて失敗ばっかで。生活全部がうまくいかなくて、すげぇヘコんでた。

お前に会いたくても、レイは立派なハンターだし、あんな別れの仕方で勝手に出てったオレだから「今どこに住んでンの?」なんて聞けなくて。

オレが死んだら、レイは会いに来てくれるかな、なんてすっげー馬鹿なことまで考えるほど、オレはなんでか追い詰められてた。



そんなときにレイからメールが来て。

たまには一緒にゴハン食べよ、って言ってくれたのが嬉しくて、教えてくれた住所にソッコー飛んできた。



4年ぶりに会ったレイはスゲェカワイくなってるし、料理の腕は上げてるし、優しいのは相変わらずだし……。


理想の…女の子っていうか……。


オレはこの女と…双子の姉弟だけどもさ。…恋人同士…みたいなの、してぇの。

抱き合ったり、キスしたり、…セッ…クス、したり……。



好きでしょうがねぇんだ。


ずっと傍にいたい。




お前が欲しい――――


…バカ…みたいかな……。






「ジャズ〜…?」

「ふぁはっ!!?なっ、ななななんだ!?レイ!?」

ふと顔を上げると、目の前でレイに手を振られてて、オレはハッと我に返った。



「……?なんだか今僕、初めてキミに呼び捨てにされた気がするよ…」

「い、いやっ、あの…、き、気のせいだろ!?」


やっべ、うっかり呼び捨てにしちまった。

オレいっつも『姉貴』とか『お前』とかしか言わないから、違和感バリバリだ。



「………まぁいいけど………ジャズ、さっきから手が進んでないけど…そんなにトマトとキュウリ、嫌い?ホントに食べたくないなら別に無理しなくてもいいんだよ?」

「いやっ、…あ、その…………食べるよ…」

「…そう?じゃあ頑張ってね」

そう言ってにこりと笑ったレイは一旦キッチンに戻って、そしてスープとパスタを持ってきた。


「時間が時間だから簡単なものでごめんね。でもいっぱいあるからたくさん食べていいよ。おなか減ってるんでしょ?」

「うん…サンキュ、姉貴」


オレの前に料理を置いて、そしてレイは白い仔猫が描かれたマグカップを持ってオレの向かいの席についた。


きっと中身はオレのと同じ、ホットミルク。









――――ほんわりとあったかな空気が部屋中に満ちていた。


オレの前にはレイがいて。オレの前にはレイが作った料理が並んでる。



なんでこんな当たり前の幸せを、オレは捨てたんだろう。





「…どしたの、ジャズ……?」


「ごめ…なんでもねー…」


料理食ってたら勝手に涙が溢れて、ぼたぼたと料理に落ちた。

レイが心配そうに顔を覗くから、オレはあわてて袖で涙を拭う。



「今日はどうする?泊まっていくの?」

「…うん、いいならそうする…」






―――――なぁ、レイ…。



『泊まり』じゃなくてさ……、オレ…またお前と一緒に暮らしたいんだ…。

帰って来ちゃダメか?オレみたいなの、居たら迷惑かな…?


レイは可愛いし…彼氏の1人や2人いるのかもしんない。

(………つーかそんなのいたら半殺しだけど。)



オレ金持って無いし、料理も出来ないし、ハンターの仕事も信用無いから全然ダメだけど。図体ばっかでかい邪魔な奴、だけどさ。




お前の足だけは引っ張らないように努力するから。


だからまた一緒に居させてくれないか?

…ダメ、かな…?





そうやって…聞きたくても、聞けなかった。

サクッとフォークをキュウリに刺して、口に運ぶ。

苦いような、青臭いヘンな味。……やっぱ嫌いだ、コレ。



苦い顔をすると、レイはそんなオレをにこにこと見ていた。






レイの元を出てったのはオレ。


わがままなのはわかってる。



だけど―――――






ちらっと視線を上げれば、優しそうな笑顔を向けていたレイと目が合った。するとコト、とレイはマグカップを置いた。





「…ねぇジャズ、寂しいなら帰っておいでよ。
 君がいつ帰って来てもいいように、僕はこの大きな家を買ったんだから……」


少し視線を落として静かに言ったレイ。

言われた瞬間、すげーゾクゾク…、したんだ。


なんだろ…?幸せってこういうことなのかな…?




「……レイ……」

「うん…」


「……サンキュ…レイ……」

「…うん」




テーブル越しに手を伸ばして、オレの頭をなでるレイの手はちっちゃいけどあったかくて。


オレはしばらく涙が止まんなかった。







つづく


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またハンターキャラがいない…

すもも

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ももももも。