黒猫と小猫と黒い蜘蛛 ◆04:見えた本性




1人の少女と少年が住まう大きな家の、明りの灯らない暗い廊下の片隅。

黒い人影がぽつんと一つ、窓際の壁に寄りかかっていた。

窓の外ではいまだザーザーと雨が続いている。



窓ガラスに流れ落ちる雨粒を横目に眺めていた人影。

しばらくのあと、パチ、と音を立ててケータイを開いた。


開いたケータイの画面の光が人影を、黒髪に黒い服の男を淡く照らし出す。

額に大きなバンダナをしたその黒い男は、ケータイに登録されていたデータから一つの番号を手早く選び出して、そして通話ボタンを押した。


3回目のコールで、電話がつながる。




「――――ウボォーか。…オレだ」


闇の底から響くような、陰の気に満ちた低い男の声。窓の外を眺める男の瞳は、黒く、重く、闇そのもののようで。


ケータイの画面の光を反射するのは感情も何も見えない、黒い瞳。

混沌の闇のような黒い瞳を持つその男は、ケータイを片手にじっと窓の外の雨を眺めていた。



『………団長、どこで油売ってんだよ。もう全員そろったぜ?』

「そうか…。すまないが野暮用でな、2、3日着くのが遅れそうだ」

『マジかよ。……オレら、どうすりゃいい?』

「オレが着くまでは好きにしてていい。…また連絡する」


背後に人の気配を感じて、早々に話を切り上げ通話を切る。

振り返れば、蝋燭の灯を持った少女―――昼間、レイと名乗った少女が廊下の向こうからこちらに歩いてくるところだった。



「ルシルフルさん」

自分の姿を見つけて少女はにこりとやわらかく微笑んだ。

少女が手に持つ蝋燭の灯がそれを淡く照らし出して、一層柔らかな雰囲気を醸している。

ケータイを閉じて、男もそれまでとは一転、好青年を思わせる美しい笑顔を浮かべた。


「ここにいたんですか、ルシルフルさん」

「ああ…すまない。探させてしまったようだねレイ?」

「いいえ。かまいませんよ。 夕食の用意が出来たので迎えに来ました。こちらへどうぞ。」

そう言って少女は男…クロロ=ルシルフルの前に手を差し出す。


だがクロロはその手を取らずに、その場でじっと差し出された少女の手を見つめていた。

どうしたのかと、きょとんと目を開いて少女はクロロに尋ねる。


「……? どうしました?ルシルフルさん」

「いや……服を借りてしまった上に夕食までご馳走になっては逆に悪い気がすると思ってね」



シャワーの後に、少女がどこかから持ってきた黒い服。

悪いと言いつつもしっかりと着こなしていたそれを指してクロロは笑った。


「あ…そんなに気にしないで下さい。せっかくのスーツを台無しにしてしまったのは僕のせいですし……
 服が乾くまでの間だけでも多少の恩返しにお世話させてもらいたいんです」

「……そうか……、ではお言葉に甘えて」

「ありがとうございます」


差し出された小さな手にクロロは自分のそれをそっと重ねた。

満足そうににっこりと笑った少女にそのまま手を引かれ、1人の男と1人の少女は暗い廊下を蝋燭の灯を頼りに歩いた。




「…それにしても、珍しいねそれ」

歩く途中、突然クロロがそんなことを言ってきた。何のことかわからず、振り返った少女は首をかしげる。

じーっと男の視線をたどって、その先にあるものを認めて少女もやっと納得した。


「…あぁ珍しいって…蝋燭ですか?」

「うん」



空気の流れに沿って蝋が溶けた独特のにおいがわずかに香る。

少女の片手に支えられた蝋燭の灯が辺りを淡く照らし出す様を、クロロは歩きながらその黒い瞳に映していた。


廊下に明りが無いわけではない。長い廊下の壁には等間隔でランプが設置してある。

それには灯を点さずに、少女は一本の蝋燭を持って歩いている。



――――蝋燭の灯。

…クロロにとってはなじみの深い代物だが、こんなところでもお目にかかれるとは思っていなかったのだ。少し笑ってクロロは少女に問いかけた。



「…蝋燭、好きなの?」

「嫌いじゃないですよ。…ルシルフルさんは、蝋燭お嫌いですか?」

そう聞き返されて、クロロは少し苦笑いを見せる。


「………なんかその"ルシルフルさん"っていうのもくすぐったいな。クロロで良いよ」

「…そうですか?ごめんなさい。…じゃあ……クロロさん。」

「フフッ、ありがとう。………オレも蝋燭は嫌いじゃないよ。電灯なんかよりもずっと風情があって…いずれ尽きるとも知らず、闇の中で揺らめく蝋燭の灯はまさに人の命の灯火みたいで美しいと思わないか?」

コツコツと歩きながら大層にそんな演説をしてみせるクロロ。それをみてクスリと少女が笑いを漏らした。


「えっと…それは『嫌いじゃない』じゃなくて、"好き"だっていうんですよクロロさん。結構ロマンチストなんですね」

「…そうかな?」

「そうですよ。…僕は単に便利だから使ってるだけですけど。クロロさんが蝋燭を使う理由は僕とはたぶん違います」

「うーん…そうかな………そうか…」

歩きながら、口元に手を当てて考え込む体勢に入ってしまったクロロ。


少女はニコニコと、そのクロロの前に再び小さな手を差しのべた。

その手を見て、クロロはハッと意識をこちら側へと戻す。

「暗いですからそんな風にして歩いていたら危ないですよクロロさん。足元気をつけてください」

「…あ。 ああ…ごめんごめん。ありがとう。キミこそ転ばないようにね」

「はい。」


気遣った振りをすると、少女は嬉しそうに柔らかな笑顔をクロロに向けてくる。

だからクロロもそれにつられて少し笑った。













真っ白いクロスのかかったテーブル、数本の蝋燭を挟んで、クロロとジャズが向かい合わせに席についている。

クロロの前にあった料理はすでにきれいに片付いていたが、ジャズの前の皿の上にはアスパラ数本とブロッコリーが無残な姿になって転がっている。


それらを残して他のものは平らげたが残った緑色を食べる気にもならず、ジャズがフォークを刺したり抜いたりして皿の上で転がしていたからだ。

吐き出したわけでもないのにズタボロになっている緑色の物体を見たクロロがフッと笑った。


「…そんな親の仇のようにグチャグチャにしなくてもいいだろうに…。そんなに野菜が嫌いなのか、ジャズ。子供だな…」

「う、うるせーな!お前には関係ねーだろ。……つか、んなことよりもなんでお前がさも当然のようにここでメシ食ってんだよ?」

「仕方がないだろう、まだ服も乾いてないし…。なによりレイが夕食に呼んでくれたからな」

「な………ちょっ…おま、勝手に呼び捨てにすんな!」

「構わないだろう?レイはなにも咎めなかったぞ?…男のジェラシーはみっともない、やめておけよジャズ」

「なんだと!?」

ガタン、と椅子を揺らして立ち上がり、クロロに向かってジャズは敵意をむき出しにする。

しかしクロロはそんなジャズと視線も合わさずに涼しい表情でそれを流してしまう。

それが、酷くカチンときた。


「…ッテメ…!!」

「…ジャズ、食事中に暴れないでください。それにお客様に失礼なことしないでって、僕、前にも言いましたよね?」


ジャズがクロロに掴みかかろうとしたその寸前で、少女の高い声が背後から響いた。ぴたりとジャズの動きが止まる。

そーっと振り返ると、そこにはコーヒーカップとマグカップを手にした双子の姉のレイが立っていた。



「あ、姉貴…; これ…は、その……」

「………ジャズ?また野菜残してるんですか?デザートはスティックキュウリがいいですか?」

「いやっ、あ…、えと……ご、ごめん」


顔は笑っているが、目が笑ってない。…ヤバイ、怒っている。


ジャズはサーッと青ざめた。両手をあげて降参のポーズをとる。


「もう…! ……はい、クロロさん。食後にコーヒーでもどうぞ。今お皿片付けますね」

「ああ、ありがとうレイ。美味しかったよ」

「そうですか?ありがとうございます。……はい、ジャズにも」

そう言ってレイはクロロの前にコーヒーを、ジャズの前にホットミルクを置いた。


そしてクロロとジャズの前の皿をかちゃかちゃと片していく。

クロロはコーヒーを口にしながら、そのレイの姿を楽しそうに眺めていた。



「…こうしているとなんだか奥さんをもらったみたいに感じるよ」


「はっ!?」

「へぇっ?」


ぼそりと場に放たれた言葉を耳にして、ジャズとレイが目を丸くした。

そんな2人をよそに、クロロはさらに言葉を続ける。


「レイは可愛いし、器量も良くて、料理も上手。さぞ男にモテるんだろうね」

「ぇえっ!?そんなことないですよ!そんなの初めて言われました」

「ハハッ、そうなんだ?そうは見えないけどね」


"可愛い"などと言われ、恥ずかしいのかレイは少し俯いて頬を紅く染めた。

そんなレイを見てクロロは一層楽しそうに笑う。

ジャズは面白くなさそうに、笑うクロロをじっとりとにらめつけていた。


「うん、本当に可愛らしいな。…レイは彼氏なんかいるの?」

「えっ…いないですけど…」

「へえ、もったいない。じゃあオレが立候補してもいいかな?」

「なっ…!!」

「ええ?!」



ろくでもないことを言うとは予想していたが。

クロロが放った言葉を聞いてジャズが驚いて、言葉を詰まらせる。

レイは思わず片していた食器を落としそうになった。



「オレじゃ不満?」

「ふ、不満とか…そ、そんなんじゃなくて…あの」

男っぽいしっかりとした、それでいて綺麗なクロロの指が、さらさらとレイの髪を梳いていく。

何をどう答えていいのかわからず、レイは困惑する。


しかしクロロの口から出るこの後の言葉に、さらに混乱することになるのだが。


「それとも…彼氏はいなくても好きな男はいるのかな?…そこのジャズ君とか?」

「えああ!?ジャズですか!?ジャズはそんな、ち、違いますよ!ジャズは…僕の…、そう!僕の弟!ですし…!
 その…、クロ、クロロさんみたいな素敵な方には僕なんかつりあわないですよ!」

「そうかな?レイさえ良ければオレは全然構わないのに」

「ぼ、僕…ああ、あの、そのっ、…じょ、冗談は止めてください!!恥ずかしいです!」

「あっ、姉貴!」

一向に退かないクロロに押し負けたのか、レイは半分泣いたような状態で逃げるように部屋から出て行ってしまった。


残されたのは呆然とレイが出て行ったドアを眺めるジャズと、クスクスと笑うクロロだけだった。

クロロの笑い声を聞いて、ハッと意識を戻したジャズ。

ぐるっと音を立てそうな勢いでクロロに向き直り、今度こそ牙をむき出しにする。



「お前っ…!!調子に乗るのもいい加減にしとけよ!!」

「……なんだジャズ?恋愛は彼女の自由だろ?いくら弟君でも止められる理由はないと思うが」

「なん…っ!?」

人が変わったようなクロロの一言にジャズは何も言い返せずに、そのまま主導権を握られる。

ただ黙って睨みつけるしかないジャズを見て、クロロはフッと口元を歪め笑った。



「別にオレも冗談で言ったわけじゃないんだぞ、ジャズ。
 彼女…顔は言うまでもないし、器量も良くて、料理も上手。少しサイズは小ぶりだがスタイルもいい。あの声で、愛らしく喘がれたらさぞ極上の快楽が得られような。……性格は…まあ好みではないが悪くもないし、一度くらいなら寝てやってもいい」

「……!! ……テメエ!!」


クロロが吐いたセリフにカッとなって、ジャズはグッとクロロの襟元を掴みあげた。

だが激しく睨むジャズの視線をも軽く流し、クロロはさらに挑発を続ける。


「それに…どうも彼女はオレに負い目を感じてるようだしな。1日2日あればあんな素人女1人、落とすのにも十分だ」

「テメェ…ふざけろ、それ以上くだらねー事ほざくつもりならこの場でぶっ殺す」

「…ほう?やるか、このオレと」

ゆらりとジャズのオーラが揺れる。

それにともない、クロロも自身のオーラを強く発現させる。


クロロの黒い闇のような瞳が、鋭くジャズを捉えた。



揺るぎない自信を宿した黒い瞳。一欠けの乱れも無い力強いオーラ。

オーラの総量もこの男のほうが上。おそらく実戦経験はそれ以上に天と地の差だろう。

悔しいが、まともにやりあって勝てる相手じゃない。





「……っち」

舌打ちと共に、掴んでいたクロロの襟首をバッと投げ捨てるようにして解放する。

乱れた襟元を正して、クロロが勝ち誇ったようにうっすらと笑った。


「…なんだ、敵を目の前にそれで終わりか。意外にヘタレだな、お前」

「うるせぇ!!」



くそ、くそっ、くそ…っ!!!

殺してやりたい……!!







「テメェ、オレの女に手ぇ出してみろ!!そのときは…そのときはっ…」

「…クッ…『オレの女』、か…。滑稽だな。ただの弟としてしか見られていないくせに。 いくらお前が彼女を好いていても、彼女はお前のことを弟としてしか見ていないぞ?」

そう言うとジャズは不愉快そうな表情で強くクロロを睨みつけてくる。

あれほど派手に言い切られたというのに…。

馬鹿な奴だといわんばかりにクツクツと笑いを漏らすクロロ。


どれほどコケにされていても返せる言葉もなく。ジャズはひどく悔しそうに唇を噛む。

ギリギリと両の拳が、悲鳴を上げていた。





「諦めろジャズ。…彼女はオレがいただくよ」



クロロの声が、空気を震わせて。

それからダンッと、ジャズの拳が強く壁を揺らした。







つづく


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いや、ちょっ…待っ。とりあえず一つ言わせてください。
お前は誰だ。>クロロ

すもも

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ももももも。