夜。
今度の"仕事"のための準備に、蜘蛛数匹が「家」を離れた。
今残っているのは、クロロ、フェイタン、シャルナーク、ノブナガ、ヒソカ。
そして、「家」の住人である2匹の猫の片割れ、白い服の猫が瓦礫の上ですやすやと眠っていた。
白い猫のガーディアンである黒猫は今、食料の調達に出ているためにここにはいない。
食料調達の名目で居なくはなったが、その本心は
「こんなメンツの中に残りたくなかった」
からである。
黒猫の気配が遠のいたところで、クロロが読んでいた本を閉じた。
そしていつもの黒猫と同じように丸くなって眠る白い猫にゆっくりと近寄っていく。
「何してるね、団長?」
そのクロロの行動に他の蜘蛛が気づかないはずもなく、フェイタンがまず声を掛けた。
否。――――威嚇した。
「ん?もう夜だぞ。寒いだろうと思ってコートを掛けてやろうとな」
「で?団長。なのにどうしてスキルハンター出してんの?」
クロロの手には、その念能力・"盗賊の極意(スキルハンター)"の本が握られている。それを目ざとく見つけたシャルナークが聞いた。
「これか?別に。何もしないぞ?ちょっと場所を変えようと思っただけだ」
さらりというクロロ。どうやら白い猫をどこかに連れ去る気らしい。
「まぁ…、団長の考えてるコトはだいたい想像つくがな…」
ぼりぼりと胸をかきながらノブナガが言う。
「行き先はホテルってトコかな?」
ヒソカが続けた。
「寒いからな。ゼロを暖めてやろうと思っただけだ」
聞いてもいないのに取り繕うクロロ。しかも微妙に取り繕いきれてない。
真顔でも中身はかなり焦っているようだ。
しかし当然それを他の蜘蛛が許すはずも無く。
「ワタシは許さないね」
「オレも」
「ボクもかな♣」
「…オレはどーでもいいな。」
最後にぼそりといったのはノブナガ。さすがにこのメンツはヤバイ、と思ってるらしかった。
ピリピリとした空気がしばらく流れていた。
(オレも準備メンバーに加わりたかった……)
ノブナガは思った。
「…へぷしっ!」
白い猫のくしゃみに、変な緊張感が吹っ飛んだ。
皆、その奇怪な音をだした主を見た。
………。
くしゃみをしただけで、白い猫は起きなかった。ただ、丸くしていた体をより一層丸くしたのが見えた。
白い猫・黒猫は共に十字架のついた小さな首輪と、上は白または黒の、襟口の大きく開いた長袖のTシャツ。下はこれまた白か黒のズボン。
前にウボォーギンに吊られたとき、黒猫はヘソを出していた。シャツの中は何も着ていないのだろう。
今寝ている白猫のぺろりとひらいた襟口からのぞいている胸元。白猫もどうやら黒猫同様にTシャツ一枚。
こんな廃墟で寝るには肌寒いだろう。
「やっぱりどこか暖かいところに行こうか」
すたすたと白い猫に近寄るクロロ。
「待つね!団長!!団長には黒猫がいるね!!白猫にまで手を出さないで欲しいよ!」
「そうだよ!!ジャズに『団長が浮気した!!』って言いつけてやる!!」
(シャル…『浮気』ってどうよ?)
しかもそりゃ、あきらかに黒猫に対する嫌がらせだろォー、とノブナガは思った。
ヒソカは笑っていた。
クロロがフェイタンとシャルナークを無視して白い猫のそばまで行こうと瓦礫を踏み台にした瞬間。
ガゴッ!…バキバキバキッ
「あ。」
どうやら変なところを踏んだらしく、白猫が寝ていた板が白猫ごと、クロロとは反対側へとすべり落ちて行った。
そして山の向こうから、
「にぎゃーっ!!」という白猫の悲鳴。
「ゼロッ!!」
「白猫ッ!」
シャルナークとフェイタンが白猫が落ちた先へと急ぐ。
クロロは板を踏んだ格好のまま固まっていた。
そのクロロを見てヒソカは笑っている。
ノブナガは目を点にしていた。
また山の上の瓦礫も、微妙なバランスを保っている。
(これは…下手に動いたらゼロの上に落ちちゃうな)
山を越えていこうとしてその上に登ったシャルナークがその場で動けなくなった。
下に見えるのは白猫の足。下手に動けば自分の乗る瓦礫が白い猫の上に落ちて、白猫が埋まってしまう。
どうしようかと考える間に、山を迂回したフェイタンが先に白猫の元へと着いた。
白猫は半分くらい埋まったまま動かない。
「白猫。白猫。起きてるか?…死んだか?」
がさがさととりあえず白猫の上の瓦礫を避けた。そして声を掛けるフェイタン。
「どうなのー?フェイー?」
上からシャルナークも声を掛けた。
「わからないね。白猫?死んだか?白猫…」
「…うっぐ……」
ずるりと瓦礫の隙間から白猫の体を引き抜くと白猫がうめき声を上げた。どうやら生きていたようだ。
「白猫。よかたね。死んだ思たよ」
フェイタンはなぜかほっとした。
なぜかはわからないが。
「…ぅう〜?……なにがあったんですか〜?」
なんかあちこちが痛いです、と言って体の傷むところを順番に見はじめた白猫。
いきなりべろりとシャツをめくって腹を見せる白猫にフェイタンはちょっとびびった。
(ななっ…。いきなり何しだすねこの白猫はっ…!!)
本人は痛むわき腹の確認をしたかっただけなのだが。
理解不能な白猫の行動にかなりドッキリなフェイタン。
白猫はそんなフェイタンに気づかずに、襟口から中を覗いたり、肘をめくったりしていた。
そしてすりむいていた腕の傷をぺろぺろとなめ始める。
「…お前、やぱり変な奴ね…白猫。」
「んぅ?…前から思ってたんですが…それって、僕のことなんですか?フェイタン」
いきなり呼び捨てにされてフェイタンはまたドッキリとした。
その様子が違和感だったのか、白猫が首をかしげる。
「……?どうしました?フェイタン。何か変ですか?」
「おっ………お前に呼び捨てにされる謂れはないね!」
勢いでそう言ってしまったフェイタン。
ちょっとしまったと思った。
せっかく、自分だけ白猫に呼び捨てにされてるというのに…!
「あー…、すみません…。でもフェイタン…さん?って語呂悪くないですか…?
あ…、す、すいません、嫌ならすぐ直し」
「なっ直さなくていいね!」
白猫のセリフに反射的に声を上げてしまった。
柄にも無いフェイタンの大きな声に、瓦礫の上のシャルナークも驚いてうっかり前に体重をかけてしまった。
バキバキッ!
「うわっ!?」
瓦礫ごと今度はシャルナークが、座り込んでいた白猫めがけて落ちてくる。
「わー…」
間抜けな声を上げる白猫。どうやら状況が理解しきれなかったらしい。
ガツッゴゴッ、バリバリッ
「っと…!」
シャルナークは空中で体勢を整え危なげなく着地したが、白猫の居たところには大きな瓦礫が直撃し、ほこりが舞い上がった。
「ゼロ!?無事!?どこなわけ!?」
「ここね」
瓦礫の落ちた場所から少し離れた場所に、フェイタンが白猫を抱いて立っていた。
「怪我はないか、白猫?」
「はい、ありがとうございますフェイタン」
「ならよかたね」
そう言ってフェイタンはぼとりと白猫を床に落とした。
「いだぁっ!ひどいです〜;僕怪我人なのに…」
「今お前、怪我無い言ったね」
「その前についた傷です…」
しれっと言うフェイタンにそこはかとなく脱力した白猫。
そしてぽてぽてと服のほこりを払いながら言った。
「あの…それから僕、『お前』とか『白猫』とかじゃなくて……わずらわしくなかったら…名前で呼んで欲しいんですが……」
「ワタシお前の名前知らないね」
そういえば、とパクノダからフェイタンの名は聞いたが、自分は名乗ってなかったことに気づいた白猫。
フェイタンは白猫の名前を知っていたが、あえて知らない振りをしていた。
「あ…すみません。僕、ゼロって言います」
ぺこ、とお辞儀をする白猫。
フェイタンが黙っていたため少し間があく。
そのため、なんだかだんだん不安になってきた白猫がその眉を下げる。
フェイタンはしばらくそれをじーっと見て、そのあとで口を開いた。
「……わかたよ、ゼロ」
それを聞いてぱーっと表情が明るくなる白猫。
「じゃあ…フェイタンって呼んでもいいですか…?」
先ほどの確認のように聞いた。
「…別にかまわないね」
つづく
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すもも