double style ◆16:始末屋と蜘蛛




コツコツと靴の音が邸内に響く。


1人の男がゆうゆうと、広く長い廊下を歩いている。

その男は襟元が大きく開いた黒い服を着て、首に銀の十字架のついたチョーカーをしていた。



足元には何人もの黒服の男たちが横たわっている。










ゼロの奴が一丁前にハンターライセンスをとってから、2週間。

オレはパドキア共和国の、ある屋敷に来ていた。


オレの名はジャズ=シュナイダー。

「始末屋ジャズ」とかって言われてるがオレにはそんなことどーでもいい。

金になる仕事なら何でもやる…ハンターだ。



今回はそこの屋敷に保管された宝石を"始末"してくれとの依頼だった。


理由なんざ知らねー。どうせ聞いたところで仕事が終われば忘れちまう。

それに、理由なんかは知らんほうがなにかと都合がいい。あとから因縁つけるアホもいるからな。めんどくせー。

別にオレは『正義』のために仕事なんざしねぇしな。金さえ貰えればそれでいいんだ。



「な、何だこれは!?――がっ!!」


角から出てきた黒服の首に手刀を浴びせ、気絶させた。

一瞬で背後に回ったから、何が起こったかわかんねーだろな。



…くっそ…。つまんねー仕事だな…。

もっとおもしれー奴はいねーのかよここは。



グチグチと文句を連ねながらも保管庫を見つけ、中に入る。明かりはついていない。

が、依頼人からの情報どおりの場所に目的の宝石を見つけることができた。

素手でガラスケースを割って、収められていた宝石を取り出す。



「……ハ…、チョれー仕事だな…」

窓からの月明かりにくりくりと宝石を照らし、弄んだ。







…………ん〜?



………なんか、いるな。

やたらと絶がうめぇ奴。


どこにいるかわかんねーが、……なんか、いる。




「…めんどくせーことさせんじゃねぇ。誰だ?出て来いよ」


たぶん、複数だと思うが…。

オレはでかい声で「そいつら」に向かって言った。


円を使えば早いんだろうが、正直めんどくせぇ。



しばらく黙って待ってみたが………やっぱ出て来るわけねーか。

まぁ、言われて出てくる奴もそういねぇと思うけどよ…ゼロ以外は。アイツはバカ正直だからな。まあそこがアイツの良いトコなんだけど…。



とりあえず探すのもめんどくさいし、そこまでして探し出す必要性も感じなかったから、オレは"奴ら"を無視してスタスタと出口に向かった。


オレを見たい奴は勝手に見てけばいいぜ。邪魔さえされなきゃオレ的にはわりとなんでもいい。





「…って、オイこら!?マジで出てく気か!?ちょっと待てっての!!」



こっちは出てく気満々だったんだが、部屋中に響くようなくそでかい声に呼び止められてオレは思わず立ち止まって耳をふさぐ。


ったく、うるせえっつーの。


しかもこの声、聞き覚えあるぞ。よりにもよって超めんどくせぇあの野郎の雄叫びだ。


オレは心底嫌そうな表情を浮かべて振り返ってやった。



「よう、ジャズ。ひさしぶりだな」



そこにいたのは予想通り、ガタイのいい大男だった。

毛深いくせに毛皮なんか身に着けて、見た目がマジうぜぇ。いつかそのモミアゲ全部刈り上げてやろうか…。




「…んだぁ?クモ。何の用だ。…オレと遊びてぇってか?」


「まぁな」



そう言ってそいつはいきなり突っかかってきた。

渾身のパンチ(に見えるだけで全力じゃないだろうが。)をオレはひらりと避けた。



「…相変わらずガマンのきかねぇ野郎だな、ウボォーギン。せっかちはモテねぇぞ」

「オレはお前とやれりゃなんでもいいぜ、ジャズ」

「…ハッ、ホモ野郎が…。テメーだけじゃねぇだろ。出てこいよ」



と、オレは周囲に呼びかけるが……


出てこねぇな…。







「…帰るぞ」

すたすたと足早に出口に向かうと、後ろから肩をガッシと掴まれる。


「待て待てジャズ!帰んなって!!」


…このチョンマゲ。

呼んだらとっとと出てこいっつーの。



「…久しぶりだね。ジャズ」


そう言いながら、次に物陰から出てきたのは鋭い瞳をした美少女。


…いや、いいけどお前ら徒党を組むなよ。

クモ3人とかありえねーだろ。 逃げんの超めんどくせぇ…。

とっとと無視して帰りゃよかったな。







クモ―――――幻影旅団。

A級首の盗賊。


ブラックリストハンター共が喉を鳴らして待ち焦がれる、最高の獲物。



…つってもオレはあんま興味ねえけどな。


つーかこいつらとマトモにやりあって無傷でいられるわけがねーし。

遊びならともかく、そんなめんどくさいこと報酬付きだってやりたくねぇ。



とはいえ、この3人に限ってはなぜかオレの仕事とよくかち合う。


狙って邪魔しに来てるとしか思えねーんだが?

意味あんのかそれ?






「…で?何の用だよ。ノブナガ。マチ。……お前らもオレと遊びてークチか?」

「それもあるけどね。…その宝石、渡しなよ」

「そりゃ無理だ。……なんだ、これ欲しいのか?」

「そ。」



ガッ!!


言葉と同時にマチが動く。

その恐ろしく速ぇー手刀をオレはとりあえずバックジャンプで避けた。

…が、予想着地点ではノブナガが構えてやがる。


着地した瞬間、刀の鋭い横薙ぎをしゃがんで避けて、その後、二撃目が来る前に跳んで間合いを開けた。



「オイ、ざけんな、冗談じゃねぇっての。クモ3人も一度で相手しろってのか。…体がもたねぇよ…」


「イヤならそれ渡しなって」

「はあ?これが欲しいんだったら、オレが来る前にさっさと盗って行けばよかっただろ。何のためにオレより先にココ忍び込んで潜んでたんだ?ぁあ?」



うんざりするぜ。

お前らがとっととこれ盗んでってくれりゃ、こんなめんどくせー仕事がオレんとこまで回ってくることも無かっただろうしな。




「そりゃ決まってる。オメーに会いてえから、待ってたんだよ」


「は?」



…このチョンマゲ、全然笑えねーよ。


どうやら宝石にかこつけてオレと遊びたいらしいな。…面白れぇ。





「ハッ…。なんだよ、そうか。そんなにオレとヤリたかったのかよ、ノブナガ…」


息がかかるほどの距離まで近づいて、首の銀十字を見せつけるようにして最高色っぽく言ってやる。



「そうだな…」


…ってオイオイ、ノリすぎだ。

顔が完全にエロオヤジだぞ。コイツもともと垂れ目気味だから余計だっつーの。


オレの頬から首にかけてするりといやらしく手をかざしてくるノブナガのその手に、オレも自分の手を重ねて頬を寄せた。


そんでもって、『落ちろ』とばかりに視線を流す。



…どうだノブナガ!!

(何が『どうだ』なのか聞かれても困るけどよ。オレはこういうイタズラが大好きだ)




「…ったく、オメーもそういうからかい止めたほうがいいぞ。テメーの首絞めてんのがまだわかんねーのか?」


と、その台詞が終わるや否やそのままぐっと抱きしめられた。


んがっ!?しまった!?捕まった!!




「…ハ…乱暴な男だな…」

「オメーは間違いなくアホだな。ジャズ」



やかましい。





「……じゃ、もらうよ、それ」


と、なぜかため息をついてマチはオレの右手を指す。


ああ、一応宝石も欲しいわけだ…。

ま、こいつら盗賊だしな。


でもオレだって仕事で来てんだぜ?



「……ったく、仕方ねーな。クモが3人がかりで寄ってたかりやがって…強姦魔も真っ青だぜ…」


ニヤリとウインクして見せて、そしてオレはグッと宝石を、コインをはじくように親指で上へ弾いた。




「――って、うおっ!?」


宝石を上に投げた瞬間、ノブナガの背後から何かがノブナガに向かって飛び掛った。


なのに…チッ、くそ。死角から仕掛けたのに避けやがったこのチョンマゲ。腐ってもクモだな。



だけどノブナガがそれを避けた一瞬、オレを拘束する手が緩んだ。

だからその隙にオレはノブナガの手を振り払い逃れる。


ノブナガに飛び掛ったモノはというと、そのままオレが投げた宝石にがっつりと喰らいついて着地した。




「任務完了」

「ジャズ、なんだそのバケモンは。…それもお前の念か?」


とウボォーギンが「バケモン」を指差して言う。


…そういやこの「バケモン」の方の姿をこいつらに見せるのは初めてだな。

たしかウボォーギンの奴とは「擬態」の方を"分身(ダブル)"に見せかけて遊んでやったことがあったっけ。



「このモミアゲは相変わらずバカか?テメーの念能力なんだって聞かれて答える奴がどこにいる?」

「「強化系だからな」」


清々しいほどのバカだ。

「お前にまでバカとか言われたくねぇよジャズ!!」





「…にしてもでけぇな…」


ノブナガが「バケモン」を見上げながら、あごひげを撫でた。


まあ、自分でも形容しがたいその「バケモン」―――オレの念能力"闇食い(リバイアサン)"は、そもそもゆうにオレの2倍はでけぇわけだが。


その身体は、いたるところが人間のものとも動物のものとも違う異様な形に隆起した筋肉で武装されていて、縦長なだけじゃなくそれなりに横幅もあるから立ってるだけで結構な威圧感がある。

猫背気味にオレの後ろから3匹のクモをぎょろぎょろとデカい目で覗き見て、リバイアサンはその醜悪な顔の半分以上ほどもある裂けた口に汚らしく涎を溢れさせていた。



「…言いたかねェけど、ひっでぇセンスだなジャズ」

「ほっとけ」


一番見た目が獣じみてる奴に言われたかねぇぞウボォーギン。




「しかし宝石を飲み込んだってこたぁ……、そりゃシズクと似た能力ってことか?…ハッ、やっぱりオメー、クモ入れよ」


「あ?このチョンマゲ、全然理由になってねーよ。誰だ、シズクって」

「おお、いい考えじゃねーかノブナガ。そうすりゃいつでもコイツと遊べるなァ!…なっジャズ!そうしろ!」

「ああ!?ふざけんな!毎度テメーのバカみてーな体力に付き合わされるこっちの身にもなれってんだよウボォーギン。冗談じゃねぇ」


テメーにうっかり殴られでもしたら間違いなく死ぬっつんだ。毎回どんだけこっちが神経すり減らしてテメーの攻撃だけは受けねーように立ち回ってるか知らねーな?

下手すると掠っただけでもオレの自慢の顔が潰れるんだぞ。

したらどうしてくれんだよ。この見たまんま強化系の体力バカが。




「…ま、それはさすがにあたしらだけで決められることじゃないけどさ」

「ってオイ!だったら最初から誘うんじゃねー!」


「…おいおい。なんだオメー、誘うのが好きなクセにこっちが誘うのはダメってか?」

「だから『誘う』意味が全然ちげーだろチョンマゲ。オレは誰かとつるむのなんて真っ平御免なんだよ。ジャマくせぇからな」


言って、オレは背後の「バケモン」をフッと消す。さて、これでもう奴らに宝石を奪う手段は無くなった。




「オレは諦めねーからな、ジャズ」


びし、とオレを指差して言ったウボォーギン。



「諦めろモミアゲ。じゃな」


さっさと無視して窓まで歩いて行って、窓の鍵を開けた。

そこから出て行こうとしたが、背後から再度声がかかる。なんだってんだよ、クソッ。




「…ジャズ。9月1日にヨークシンに来な」

「……なんでだ?」

マチに言われ、窓に足をかけたまま止まるオレ。…ちょっとポーズがマヌケくさい。



「たぶん"団長"が来るはずだから。"団長"にあんたを見てもらう」

「…マチ。だからオレは入らねーって…」

「"団長"のお眼鏡にかなわなかったら諦めてやってもいい」

「『やってもいい』って…。確約じゃねーなら意味ねーじゃん」

「"団長"がいらないって言っても、あたしらは欲しいからね」


「ハッ…、男に餓えてんならホストでも誘えよ」

「アンタ以上の男なんか"団長"以外ではそうはいないね」


「……なんだ、オレが良いのかマチ?」

「まぁ、そう言う事になるね」



ハ、嬉しいこと言ってくれるな。



「……マチ、お前はイイ女だ。お前にそう言われるなら全然悪い気はしねぇぜ?

だけどそれ以上にそこのムサイのがうぜぇし、めんどくせーからやめとくぜ。…諦めな。オレは、ぜってークモには入らねー」


そう言い切ってオレは完全に窓に乗り上げた。



「おいジャズ、忘れんなよ。オレ達クモが"盗賊"だってことをな」


「……あ?何が言いてぇんだウボォーギン?」



窓に乗り上げたままで、チラリとモミアゲの方に向き直る。

まどろっこしいの嫌いなんだよ。

言うならとっとと言え。ソッコー蹴ってやるから。





「そりゃもちろん。――――欲しいものは力ずくでも奪い取るってこった」



「…ハハッ!面白れぇ。オレが欲しいってんならいつでも来な。…ただしそのときは1人でな。

…そうしたら………たっぷり一晩…テメェと一緒に踊ってやってもいいぜ…。じゃあな」



「おいジャズ!9月1日、ヨークシンだぞ!」


ノブナガがなおも、窓から飛び降りたオレにそう呼びかけてくる。

…が、もちろん聞く気はねーよ。



「ヤぁダねー」


とだけ残して、オレはとっとと闇に紛れた。













「…ったく…まるで野良猫だな」

ジャズが消えた先の闇を見つめて、ノブナガが言う。



「…来ると思う?」

「さぁなぁ…コレばっかりはわかんねぇな」


と口では「わからん」と言いつつ、ノブナガの目には確信があった。

マチとウボォーギンを見やれば、2人も同じ意見なのかこくりと頷く。





「ま、来ないなら…」

マチ。



「探し出してでも…」

ノブナガ。





「奪うだけだからな」

ウボォーギン。




そんな言葉を残して、蜘蛛達もまたその場からするりと闇に消え失せた。









つづく


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ゴンたちがゾルディック邸で試しの門を開けるまで1ヶ月かかる、ということでとりあえず閑話
番外編は過去話です。ウボォーと以前に闘った時のお話。読んでも読まなくても問題ありません。

すもも

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ももももも。