ゴトーさんがコインを投げる。
そのコインを取る手の速さは、敬服に値するくらい……速かった。
ゾルディック邸…執事室。
執事さんたちがゴンの怪我の手当てをしてくれた。
広間に案内されて、お茶を出された。歓迎されてはいないけど…許容はされたのかな?
それからゴトーと名乗った執事さんが、キルアがこっちに向かっているらしいことを話してくれた。
よかった。キルアにやっと会えるんですね!
ゴンも喜んでる。ゴンの笑顔を見て、僕もすごく嬉しくなった。
早く会いたい…。
「さて…、ただ待つのは退屈で長く感じるもの。ゲームでもして時間をつぶしませんか?」
ゴトーさんがそういってコインを上にはじいた。それをとる。
「コインはどちらの手に?」
ゴトーさんの言葉に、僕もそのゲームを理解する。3人もわかったようだ。
「「「「左手」」」」
皆答えた。ゴトーさん、ちゃんと見えてますよ?
「御名答。では次はもっと早くいきますよ」
また、ゴトーさんがコインをはじいた。さっきよりは早く。でもまだ、見えます。
「さあ、どちら?」
「また左手」
ゴンが答えた。クラピカ、レオリオ、そして僕もそれにうなづいた。
「すばらしい」
執事さん達が拍手をくれた。なんか照れくさいな。
「じゃ…次は少し本気を出します」
ゴトーさんはまたコインを投げる。
いままでとは桁違いの速さで手を動かし、コインを取る。
速い…けど、まだ見える。大丈夫。
「さあ、どっち?」
「ん〜〜、自信薄だが…たぶん右…」
レオリオが答えた。
あは…、左ですよレオリオ…;
それを聞いたゴトーさん…いや、執事さんたちが雰囲気を変えるのがわかった。殺気のような…でも………よくわからない空気だった…。
「私は…キルア様を生まれたときから知っている。僭越ながら親にも似た感情を抱いている…。
正直なところ……キルア様を奪おうとしている、お前らが憎い。……さあ、どっちだ?答えろ」
「左手だ」
クラピカがゴトーさんをしっかりと見据えて答えた。ゴトーさんがうつむく。
「……奥様は…消え入りそうな声だった。断腸の思いで送り出すのだろう…………許せねぇ……」
ゴトーさんのその言葉に、他の執事もナイフを構えた。1人がカナリアちゃんの首にナイフを押し付ける。
人質…?
…でも、もう知り合ってしまったカナリアちゃんを見捨てることは出来ない。みんなも同じ気持ちだろう。顔がこわばる。
「いいか、一度間違えばそいつはアウトだ。キルア様が来るまでに4人ともアウトになったら……キルア様には『4人は行った』と伝える。
……二度と会えないところにな…」
―――――二度と会えないところ―――――
僕も、その言葉を……理解する。
『…本気か……?この男……』
ゴトーさんの殺気によってジャズが起きた…。いや、前から起きていたのかもしれないけど…。
『ジャズ…』
『……ゼロ…オレに断り無く…死ぬなよ………。万が一そうなるんなら……お前の意思関係なく、オレは出る』
ぐっと言葉に詰まる。
ジャズが出る………。
いやな緊張が、僕を捕らえる。
…落ち着け……大丈夫……大丈夫。
だってただコインを当てればいいんだから………。
「キルアは」
「黙れ」
ゴンの言葉をゴトーさんがさえぎる。
「てめぇらはギリギリのところで生かされてるんだ。オレの問いにだけバカみてぇに答えてろ」
いやな緊張感………心が痛い……。
そして、ゴトーさんがコインを投げた。
速い…っ!!
ジャズの言葉が再び頭をよぎる。
―――うるさい!!だまれ!!集中できない!!
「どっちだ?」
…………大丈夫。まだ、見えた。けど……
(これ以上速くなったら………)
「モタモタすんじゃねー。3秒以内に答えろ。………おい、そいつの首、掻っ切れ」
カナリアちゃんを押さえる執事にゴトーさんが言った。
待ってください…!
「待て!!左手だ!!」
「オレは右手」
「僕も右手です」
「私もだ」
「……まずは…1人アウトだ」
コインは――――右手のなか。
そのままふたたびゴトーさんはコインを投げる。
くっ……。
あせるな、よく見ろ…!
今はジャズは関係ないんだから…!
―――――オレに断り無く死ぬなよ―――――
ゴトーさんのコインに集中するほど…ジャズのさっきの言葉を思い出してしまう…。
どうして……?
外れたら…………外してしまったら――――――
「どっちだ?」
気持ちが――――あせる…。
『左だ』
………ジャズ………
『…テメェふざけんな!!どこ見てやがる!!……オレに代われ』
『―――ッ!!イヤです!!』
『っふざけろ!!!テメェは見えてねーじゃねえか!!ばれる様なヘマはしねぇ…代われ!!』
『イヤだ………。嫌だっ!』
ジャズが出てしまったら……ゴンたちが外してしまったら―――――――ジャズはためらい無くゴトーさんと戦うんでしょう?
そうしたら僕らの秘密がばれる…そうなったら………そうなったらジャズはみんなも殺すじゃないか!!
『迷ってる場合かバカが!!いいから代われ!ここからじゃよく見えねーんだよ!!もっと速くなるぞコイツは!!』
『でも…』
でも……
『…オイ、よく聞けゼロ。…この体はお前のモンだが……同時にオレのモンでもあるってことを忘れるな。お前がどう思ってようが、お前の意思関係なくオレは外に出られるんだ。
……オレがキレて全員ぶっ殺しちまう前にさっさと代われ。今ならまだ穏便に、バレないように済ましてやる。』
ジャズ………
『………まだ迷ってんのか?テメーの今の実力から言やぁ選択肢は一つだろうが。早くしろ。オレがキレる前にな。』
『………。』
僕は悔しくて…………
目から涙が、
落ちた。
一番端に座る青年の様子がおかしいことにゴトーは気づいた。
あれだけ脅しをかけたんだ…緊張して当然だが……それでダメになるような、そんなやわなガキにキルア様は預けられん。
この程度の速さについてこれないような連中もダメだ。
しかし………緊張しているにしては様子がおかしいのも確かだ。
胸を押さえているが…発作か何かか?
他のガキ2人はお互いに違うほうの手を指す。まぁ賢明な選択だな。いつまでも使える手ではないが…
しかし端に座る男は答えない。
苦しいのはわかるがとっとと答えろ。演技ならばなおさらだ。
「…お前は何だ?」
私の言葉に、そいつも顔を上げた。
「……左…手……です…」
いやに苦しそうだな…。本当に発作か…?
「当たりは左手…。残りは2人か」
言った瞬間、背に悪寒が走った。
目に映る…端の男の雰囲気が一変する。隣のガキどもは気づいていない。
さっきまでの苦しげな表情が一瞬で消え…鋭い眼光が私を捕らえる。
ちっ…なんてガキだ…。
だがやめはしない。死にたくなければ答えればいい…。
「いくぜ」
………眠い………
「ちょっと待って!」
ジャズの中で………ゆっくりと眠りに落ちていく僕の耳に、ゴンの叫ぶ声が聞こえた。
意識が――――戻る。
「なんだ?ただの時間稼ぎなら1人ぶっ殺すぞ」
「レオリオ、ナイフ貸して」
ゴン?一体何を…?
ゴンがレオリオのナイフで…ここに来るまでにカナリアに殴られ、大きなコブになってしまった左目の上を切る。
血が流れ出た。
…そうか。これでゴンの両目がひらく。
「よし、オッケー。よく見える。どんと来い!」
意識を振り絞る。
そうだ。ここで寝たら…僕は完全に――――ジャズに落ちる。
そうなったら…みんなの前にはもういられなくなっちゃう!そんなのいやだ!!
『ジャズッ!!』
『…なんだ?』
『ジャズは手を出さないで下さい……僕はゴンを信じたい……』
しばらく黙っていたジャズ。けれど…
『…ハッ!いいぜ。お前がそれで良いってんならオレは手ぇ出しゃしねーよ。…………ただし……このガキが外したそのときは……………
ゼロ、覚悟しとけよ………』
『…………。』
「フン!」
ゴトーさんがコインを投げた。
ガキは2人とも、コインから目をそらさない。…やるな。
黒髪の少年はともかく、端の青年は私の目を見つめてくる。
…いや、私の目をまっすぐに見据える。私を射殺さんとするような目で。
ゾルディックの者達と同じ目をしている…。この男は……危険だな。
「どっちだ?」
「左手!」
まず少年が答えた。
「……同じく」
青年もそれに追従する。その目はかわらず、私を見据えている。
答える気が無いのか……
それとも、少年にまかせるということか……?
少年が外したとき、この男はおそらく動くのだろう。
『この場に居る者を殺す』
その決意が私の心に届いた気が………した。
ぞくりと悪寒が走る。
まさか、な…。
私はゾルディック家の執事。
ゾルディック家に仇なす者を排除する。
それが私の仕事。
こんなガキに気圧されるなんて――――
「………やるな。…じゃ、こいつはどうだ」
2人の執事とともに手を動かす。
私の最速スピード。
だが………ほんのわずかな一瞬。
青年の殺気が高まる。
私だけを見て、私だけにそれを向ける。
――――っくそ。
私はまだ、こんなところで死ぬ訳には行かない―――
その思いが…わずかに私の手を鈍らせる――――
「さぁ……誰が持ってる?」
ゴトーが聞いた。ゴンがにっと笑って、椅子の後ろに座る執事を指差した。
「こっちの…後ろの人でしょ?」
それを聞いてゴトーは、ふっと笑った。
「すばらしい!!」
ゴトーと、他の執事達もゴンに拍手を送った。
「……命拾いしたな……」
クリアした瞬間、無意識に言葉が漏れた。
ゴトーも、ガキ共も……。
――――――――命拾いしたな――――――――
オレはそのまま、ゆっくりと眠りについた―――――
つづく
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すもも