遠くで、歓声が聞こえる。
僕は、薄暗い通路に取り残されていた。
ゴンとキルアそして僕が200階へ進入して、2日目。
今日はゴンが、足の無い男…ギド、という選手と戦う日。
もうすでに試合が始まっているのか、大きな歓声が上がっている。
それを僕は、会場とは程遠い場所で聞いていた。
朝、起きて。キルアと共に、ゴンの応援に行こうとしていた。
部屋を出て、キルアの部屋に向かおうとした瞬間、体をなにかに捕らえられた。
僕は少し、油断していたんだ。
「……貴方は………」
「やぁ、エンジェル。…おはよう」
後ろに立っていたのは、昨日会ったばかりの表情の無い片腕の闘士だった。
そしてそれにゼロが気づいたときには、ゼロの身体はすでに彼のオーラの"左腕"に掴まれてしまっていて。
ぎりぎりときつく締めつけてくる"左腕"の持ち主を、ゼロはただただキッと睨んで威嚇した。
「…っ、何の用ですかっ…!」
「そう怖い顔しないでよ、エンジェル…。ちょっとキミと話したくてさぁー」
そう言ってその男は"左腕"をそのままに、ゼロを人気の無い通路まで連れて来た。
そこでやっと"手"を離されて、ゼロは2、3歩前につんのめる形で男と少し距離を取ることができた。
「…ねぇ、エンジェル。本当にオレのこと覚えてない?」
「……すみません、わかりません……」
「…知りたいよねぇー?」
能面のように無表情でも、ニヤニヤと笑う男。
「………教えてくれるつもりがないなら、別にいいです」
つっけんどんにそう言うと片腕の男はくすくすと笑いだした。
「まぁまぁ。そう邪険にしないでって。……オレ、サダソっていうんだけどさ」
「サダソさん…?」
「…わかる?」
その名を聞いても―――覚えが無い。
ゼロはフルフルと頭を横に振った。
「あはは、ひどい天使だなー」
「(そんなこと言われても…わからないですよ〜。誰だっけ………?)」
今まで会った人たちの顔を思い浮かべてひたすら考えてみたが、全く思い出せず。
「いやぁ…、考えてくれるのは嬉しいけど、絶対分かんないと思うなー?……前にさぁ、オレ、キミと戦う予定だったんだよね。……190階で」
せっかく頭をフル回転させて悩んでいたのに、突然始まったサダソの話を聞いてゼロはきょとんとした。
180階―――戦ったことのある人間だったら多少はわかったかもしれないが……
"180階のエンジェル・スマイル"
190階には受付をしに行くだけで、そのあとは控え室にすら赴かない。
そんなゼロに、190階での対戦予定の相手の顔なんかわかるはずも無かった。
「ずいぶん待ったんだけど…キミ、全然現れなくってさ。オレは不戦勝でこの200階に来たわけ」
「はぁ……」
「で、200階で洗礼を受けてこの体になったんだよね。………キミはあのときからすでに念使いだったんだろ?」
ゼロは話の先がみえなくて、きょとんとしたままこくりと頷いた。
それを見てからサダソは続けた。
「あのとき、キミと戦ってれば……オレはこんな体にはならなかったかもね。キミは優しそうだから…」
もっといい方法で、目覚めさせてくれたかもしれない――――
「……あ…………ごめんなさい…」
「いいよ別に。覚えてすらいないってことは、オレはキミにとってどうでもいい存在だったってことだろ?…そうだろ?"180階のエンジェル・スマイル"…」
「……ちが、……っ、…………………いえ…、それでも…いいです」
恨まれても、仕方が無いと思った。
サダソの言葉に、ゼロはなんだか罪悪感を感じて俯いた。
「…あれ?ちょっとは気にしてくれたのかな?…まぁいいや。いまさら謝られても困るしね。
……オレさー、キミがここに来るの、ずっと待ってたんだよね―――」
「え…?」
サダソの言葉に、ゼロが俯いていた顔を上げた時、サダソはダンッと勢いよくゼロの後ろの壁に手をついた。
サダソの能面のような顔が、ぬらりとゼロを覗いてくる。
「……オレ、絶対にキミと戦うからね。オレがあれから、どれだけ苦しんだか…キミにもわからせてあげるよ。………この"力"でね」
低く言ったサダソ。
その失われた片腕に再びオーラが集まってくる。
ひどく陰湿なオーラが。
「……まぁでもその前にまずはゴンちゃんとキルアちゃん、あの2人と遊んでからかな?
キミの大切そうなもの、全部ぶち壊してから……最後にキミもズタズタにしてあげたいんだよ。じゃないとオレの失った物と釣り合わないだろ?」
失った左腕に集めたオーラの手でゼロの首をツッと横になぞり、サダソはくすくすと下卑た笑みを口元に浮かべる。
ゴンとキルアはそんなに弱くない!と言ってやりたかったが―――、結局何も言えずにゼロは俯いた。
しばらくそのままで沈黙が続いた。
…が、やがてオーラの左手は闇へと消え、サダソは壁についていた右手も下ろして身を引いた。
「…なんだよ、そんなに怯える理由は無いだろ?オレより歴の長い念能力者のキミがさー」
「………すいません…」
「謝るなよ。すっぽかさないでくれたらオレはそれでいいんだから。…ねぇイタズラなエンジェル。
次すっぽかされたらさぁ…今度こそオレ、本気ですねるからね―――?」
「…わかりました」
「そう?イイコだねー」
そう言ってサダソはまたクスクスと笑い出し、俯いたままのゼロの頭を撫でた。
「……じゃあ、時間とらせて悪かったねエンジェル。ゴンちゃんの応援、行くんだろ?」
一つ礼をして、ゆっくりとゼロは方向を変え通路の向こうに去っていった。
ゼロのその背を、サダソは見えなくなるまでじっと眺めていた。
『…ハ、上等だな』
こつこつと通路を歩いていると、突然ジャズに話しかけられた。
『お望みどおり、ブチ殺してやれよ?ゼロ』
「はは…物騒ですねー…………」
そこで言葉が途切れる。
歩む足が緩やかにその場で止まる。
『………お前のせいじゃねーよ…泣くな』
「……………泣いてなんか…いません……」
『弱かったアイツが………悪いだけさ』
歓声が、聞こえる―――――
つづく
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………………なにこれ?サダソ夢?
すもも