double style ◆28:罪悪感





遠くで、歓声が聞こえる。

僕は、薄暗い通路に取り残されていた。






ゴンとキルアそして僕が200階へ進入して、2日目。

今日はゴンが、足の無い男…ギド、という選手と戦う日。


もうすでに試合が始まっているのか、大きな歓声が上がっている。

それを僕は、会場とは程遠い場所で聞いていた。





朝、起きて。キルアと共に、ゴンの応援に行こうとしていた。


部屋を出て、キルアの部屋に向かおうとした瞬間、体をなにかに捕らえられた。




僕は少し、油断していたんだ。






「……貴方は………」

「やぁ、エンジェル。…おはよう」


後ろに立っていたのは、昨日会ったばかりの表情の無い片腕の闘士だった。

そしてそれにゼロが気づいたときには、ゼロの身体はすでに彼のオーラの"左腕"に掴まれてしまっていて。

ぎりぎりときつく締めつけてくる"左腕"の持ち主を、ゼロはただただキッと睨んで威嚇した。


「…っ、何の用ですかっ…!」

「そう怖い顔しないでよ、エンジェル…。ちょっとキミと話したくてさぁー」


そう言ってその男は"左腕"をそのままに、ゼロを人気の無い通路まで連れて来た。

そこでやっと"手"を離されて、ゼロは2、3歩前につんのめる形で男と少し距離を取ることができた。




「…ねぇ、エンジェル。本当にオレのこと覚えてない?」

「……すみません、わかりません……」

「…知りたいよねぇー?」


能面のように無表情でも、ニヤニヤと笑う男。



「………教えてくれるつもりがないなら、別にいいです」


つっけんどんにそう言うと片腕の男はくすくすと笑いだした。


「まぁまぁ。そう邪険にしないでって。……オレ、サダソっていうんだけどさ」

「サダソさん…?」

「…わかる?」



その名を聞いても―――覚えが無い。

ゼロはフルフルと頭を横に振った。



「あはは、ひどい天使だなー」


「(そんなこと言われても…わからないですよ〜。誰だっけ………?)」


今まで会った人たちの顔を思い浮かべてひたすら考えてみたが、全く思い出せず。




「いやぁ…、考えてくれるのは嬉しいけど、絶対分かんないと思うなー?……前にさぁ、オレ、キミと戦う予定だったんだよね。……190階で」

せっかく頭をフル回転させて悩んでいたのに、突然始まったサダソの話を聞いてゼロはきょとんとした。




180階―――戦ったことのある人間だったら多少はわかったかもしれないが……






"180階のエンジェル・スマイル"






190階には受付をしに行くだけで、そのあとは控え室にすら赴かない。

そんなゼロに、190階での対戦予定の相手の顔なんかわかるはずも無かった。





「ずいぶん待ったんだけど…キミ、全然現れなくってさ。オレは不戦勝でこの200階に来たわけ」

「はぁ……」


「で、200階で洗礼を受けてこの体になったんだよね。………キミはあのときからすでに念使いだったんだろ?」


ゼロは話の先がみえなくて、きょとんとしたままこくりと頷いた。

それを見てからサダソは続けた。




「あのとき、キミと戦ってれば……オレはこんな体にはならなかったかもね。キミは優しそうだから…」



もっといい方法で、目覚めさせてくれたかもしれない――――







「……あ…………ごめんなさい…」

「いいよ別に。覚えてすらいないってことは、オレはキミにとってどうでもいい存在だったってことだろ?…そうだろ?"180階のエンジェル・スマイル"…」


「……ちが、……っ、…………………いえ…、それでも…いいです」



恨まれても、仕方が無いと思った。


サダソの言葉に、ゼロはなんだか罪悪感を感じて俯いた。




「…あれ?ちょっとは気にしてくれたのかな?…まぁいいや。いまさら謝られても困るしね。

 ……オレさー、キミがここに来るの、ずっと待ってたんだよね―――」


「え…?」



サダソの言葉に、ゼロが俯いていた顔を上げた時、サダソはダンッと勢いよくゼロの後ろの壁に手をついた。

サダソの能面のような顔が、ぬらりとゼロを覗いてくる。



「……オレ、絶対にキミと戦うからね。オレがあれから、どれだけ苦しんだか…キミにもわからせてあげるよ。………この"力"でね」


低く言ったサダソ。

その失われた片腕に再びオーラが集まってくる。


ひどく陰湿なオーラが。



「……まぁでもその前にまずはゴンちゃんとキルアちゃん、あの2人と遊んでからかな?

 キミの大切そうなもの、全部ぶち壊してから……最後にキミもズタズタにしてあげたいんだよ。じゃないとオレの失った物と釣り合わないだろ?」


失った左腕に集めたオーラの手でゼロの首をツッと横になぞり、サダソはくすくすと下卑た笑みを口元に浮かべる。

ゴンとキルアはそんなに弱くない!と言ってやりたかったが―――、結局何も言えずにゼロは俯いた。




しばらくそのままで沈黙が続いた。

…が、やがてオーラの左手は闇へと消え、サダソは壁についていた右手も下ろして身を引いた。




「…なんだよ、そんなに怯える理由は無いだろ?オレより歴の長い念能力者のキミがさー」

「………すいません…」


「謝るなよ。すっぽかさないでくれたらオレはそれでいいんだから。…ねぇイタズラなエンジェル。

次すっぽかされたらさぁ…今度こそオレ、本気ですねるからね―――?」



「…わかりました」


「そう?イイコだねー」


そう言ってサダソはまたクスクスと笑い出し、俯いたままのゼロの頭を撫でた。




「……じゃあ、時間とらせて悪かったねエンジェル。ゴンちゃんの応援、行くんだろ?」


一つ礼をして、ゆっくりとゼロは方向を変え通路の向こうに去っていった。

ゼロのその背を、サダソは見えなくなるまでじっと眺めていた。














『…ハ、上等だな』


こつこつと通路を歩いていると、突然ジャズに話しかけられた。




『お望みどおり、ブチ殺してやれよ?ゼロ』

「はは…物騒ですねー…………」


そこで言葉が途切れる。

歩む足が緩やかにその場で止まる。




『………お前のせいじゃねーよ…泣くな』


「……………泣いてなんか…いません……」






『弱かったアイツが………悪いだけさ』






歓声が、聞こえる―――――







つづく


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………………なにこれ?サダソ夢?

すもも

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ももももも。