double style ◆39:出会いと別れ




『……すいません……』



ウイングの宿からの帰り、ゼロがスゲー申し訳なさそうにオレ達に謝って来た。





―――悪いのはお前らで、ゼロが謝る理由なんて一つもないのにな?






『意外と僕が一番の原因かもしれません…』


そう言ってお前との…、元から不必要な"因縁"って奴を、ゼロは全部正直に教えてくれたぜ?


でもオレに言わせりゃその話だって、お人好しのゼロの事、オレ達と同じくカモにしようとしてついた都合のいい嘘に聞こえたし。

例え本当だったとしても、そもそも見当違いな逆恨みもいいとこだろ?



…ま、それも今となったらどーでもいいコトだけどね。




これっきりだったはずの"約束"破ってゴンに手ぇ出した挙句、ゼロにまでちょっかい出したんだ。


……だから今度はオレが教えてやるよ。






5月29日。


キルアvsサダソ。

試合開始10分前。






――――"約束"を破ったらどうなるか。






音も無く、気配も無く。

選手控え室へと侵入する。






――――ガキだと思ってオレを嘗めてかかったのがお前らの運の尽きだってことを。







鏡の前で笑っているターゲット。


今この瞬間に、オレ達を罠にかけて"してやった"と満足気に笑っている、目障りなそいつの後ろ首に―――オレは持ってきたナイフを、ありったけの殺意と共に突きつけてやった。





「動くと殺す」



言うと、奴の動きがピタリと止まる。





「念を使うと殺す。声を出しても殺す。わかったらゆっくり目を閉じろ…」



鏡越しに伝わる、奴の恐怖。


今まで『食う側』だったはずの男の顔が、みるみる哀れな『食われる側』の表情へと変わっていく様には、さすがのオレでも少しだけ胸がすく。






「約束破ったらどうなるかわかったか?わかったらゆっくり目を開けて鏡のオレを見て、よく聞け」



後悔してももう遅いって事その目に、頭に、失くしたその腕に刻み付けて―――






「二度とオレ達の前に汚ねぇツラ出すな。……"約束"だぜ?」





今度こそな。






「…わ…、かった……」



絞り出すかのような、情けねぇドブネズミの返答。



恐怖で固まって動けもしない…、奴の姿にオレはもう目もくれず。


控え室を出て試合会場へ戻ろうと歩き出した。




その瞬間―――






「クク……、オレが出るまでも無かったな…」



…と、低い声が耳に聞こえて

オレは驚いて振り返った。





そう声を掛けられるまで、気づかなかった。


気配なんて…何一つ感じなかった。



そこにはいままで、何も無かったはずなのに。




いつの間にか、銀の十字架のチョーカーをして黒いコートを着た男が壁に寄りかかり立っていた。






「ゼロ………?」


そいつの顔をみて、真っ先に浮かんだのは、ゼロの名前だった。

だけど言った後で思った。




こいつはゼロだけど――――ゼロじゃない。


ゼロは、こんな男じゃない。





「ハッ……」


オレの言葉を聞いて、その男はそう吐き捨てる。

それからその男は、オレとは反対方向へと歩き去って行こうとした。



こいつ…まさか……




「始末屋ジャズ…ッ!?」





オレがそう叫ぶと、その男は歩みを止めた。

ゆっくりと振り返り、オレの前にまでやって来て。


ゼロと同じ瞳の色が、オレの顔をじろりと覗いてくる。





「ふぅん…。オレを知ってるのか…」



親父から話を聞いたことがあった。

遠目に見たこともあった。

ゼロに教えてもらったこともあった。


でもこんなに近くで、「そいつ」を見たのは初めてだった。




ゼロと同じ顔。

ゼロと同じ声。


何もかもがゼロと同じなのに、「そいつ」はゼロとは全く違った。



研ぎ澄まされたナイフみたいに、触れるだけで切れそうな雰囲気で………

しぐさの一つ一つに、ゼロにはない独特の色気があって………


余裕の表情でゆったりと笑う「そいつ」は、ゼロとは全く逆方向にだけど……でもスゲー綺麗だった…。




これが、ゼロの弟………


"始末屋ジャズ"………か。






「見てたの…?」

「ああ」


ジャズはオレの目をじっと見てる。


くそ、目ぇ逸らさないし全然隙ないなー。



しばらくジャズはオレを観察していた。

だからオレも負けじとジャズの瞳を見返す。


するとジャズが、突然ふっと笑った。

少し子供っぽく、ゼロならあんまりしなさそうなイタズラ者の顔で。




「クッ…ふ、そうか…なるほどね。お前がゾルディック……『キル』って奴だな…」

「…キルアだよ。………なんでそれ、知ってんの?」


オレのこと『キル』なんて呼ぶの、ウチの家族だけだ。

なんでそれをジャズが知ってる?



「…キキョウに聞いたから」

「おふくろ知ってんの?」

「まぁな」



なるほど…。『始末屋』なんて肩書から言えば、なくもない…けどさ。







「………あんた、強いね」

「そうか?」


オーラなんか欠片も見えないけど、こいつ…ぜってー強い。

たぶん、ゼロよりもずっと。




このまま黙って帰られるのも癪だし、どの程度の実力かぐらいは計ってやるって思って


「オレと遊んでよ」


動揺をちゃんと隠せてるかもわかんないけど、余裕ぶって言ってみた。

こーゆー場合、目ェ逸らしたら負けだしね。




「……ハッ、………どいつもこいつも……」


ジャズは一言、呆れた感じでそう言って―――オレの頭をがっしと押さえてきた。

そして息がかかるほど、唇が触れそうなほど顔を近づけてジャズは言ってくる。




「火遊びは大人になってからするもんだぜ?ボウヤ…」

「そう?子供にしか出来ないこともあるんじゃない?ジャズ…」




心臓バクバクいってるけど、オレはニッと笑って見せた。

するとジャズは、途端に楽しそうにクスクス笑い出した。


「な、なんだよ…」

「フッ……ククッ……。いや?面白い奴だな、お前。…キルアってったっけ?」


「……そーだけど?」


「もうちょっとオトナになって…イイ男になったら相手してやってもいいぜ…。…今はまだ、な……」



その瞬間、オレの頬にやわらかいものが触れる。




「……っちょ、」



やられた。








「じゃあな、キルア…」


顔を上げ、ジャズはぺろりと自身の唇を舐めて。

くすりと綺麗に笑って、ヒラヒラ手を振り去って行った。




「…っなんだよ…。ガキ扱い…すんなっての……」



キス………ほっぺたにされた…。


















サダソさんは、結局今日の試合には現れなかった。

キルアが不戦勝。


その理由をジャズから聞いた僕は1人、通路で待っていた。





「……やあ……エンジェル………」

「…こんにちは、サダソさん」



コツコツと、サダソさんがこちらへ歩いてくる。

大きめのバッグを持って。


そして僕の前で立ち止まり、しばらくそのままで沈黙が続いた。






「……今度は…オレがすっぽかすことになっちゃったよ…。………ごめんねー、エンジェル……」


そう言って、苦々しげに笑みを作ったサダソさん。


「お互い様ですよ」と目を見て言うと、サダソさんは視線をそらして「はは…、」と乾いた笑いを零す。





会ってみたら少しは同情できるかなって思ったけど……、全然そんなことなくて。



キルアと同じく、僕だってこの人のやり方には憤りを感じてたし、


確かに彼の腕の事は……申し訳ないと思いますが……





――――『つーかそれだってホントにマジな話だったって…、お前は今でも信じられるのか?』


って…そんな事をジャズに言われて、………否定しきれない僕もいるから…。






「……その話も、作り話だったんですか?」



僕と戦って、……勝ちを譲らせようっていう魂胆の嘘だったんですか?




思わずそう尋ねる。


すると、サダソさんの口からは「好きなように取ればいいよ…」と力の無い答えが返ってきた。



「今となっては何の意味もないし…。オレはもうここから消えるつもりだから。……二度とキミの前に現れることも無いから……

……忘れたらいいよ。今まで通りにね…」


「………そう、ですか……」




「…それじゃあ、さ。………バイバイ、エンジェル……」

「……さようなら……」



すれ違って、廊下の先に消えた彼とはそれきり……本当にもう二度と―――――会うことは無かった…。






つづく


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あれ、こんなキャラだったっけサダソ…

すもも

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ももももも。