"鎖野郎"探索のために再びペアでヨークシンに散った蜘蛛。
ノブナガが留守番のため、普段ノブナガと組んでいるマチは人数的にあまっていたヒソカと組むことになった。
『狩り』の作戦を立てる前に、シャルナークとシズクから先ほどの事の詳細を聞いたマチ。
ヒソカと2人きりなった瞬間に、マチはヒソカの頬をぶっ叩いた。
大きな音がヨークシンの夜の闇に響いて消える。
「酷いことするね…」
「そりゃこっちの台詞だ。いっぺん死ね、ドアホ」
怒気を含んだ声でそう吐き捨てて、マチはすたすたと行ってしまった。
マチの後姿を眺めながらヒソカは叩かれた頬に触れる。
「ほんと…つれないよね。………2人とも………」
ヒソカの呟きがマチに届くことは無かった。
広間に1人残されたジャズ。
日が落ち、周りがだんだんと暗くなってきても、ジャズの目はガムテープで覆われていたためそれがわからない。
ジャズはたった1人、この闇の中に残されていた。
あれからずっと、頭に浮かぶのはただゼロへの謝罪で。
耳をふさいでしまったゼロ。
昔のように、きっと泣いている。
―――――オレが、泣かせた―――――
ごめん。
ごめん。
守れなくて……ごめん………。
ずっと前に、誓ったのにな…。
ごめん。
今度はもう…誰にも触れさせないから………
今度こそ、オレがお前をしっかり守るから………
だから、ゼロ――――――
遠くに、逝くなよ………
キシリと、誰かの気配がした。
しばらく離れた場所で止まっていた気配。
極力足音を立てないように駆け寄ってくるのが感じられた。
「(他の奴ら、いないね)」
「(あのチョンマゲにバレる前にオレらもとっとと逃げるぞ)」
椅子に縛られたままの青年に近寄り、こそこそと喋っているのはゴンとキルア。
ノブナガの監視からうまく脱出し蜘蛛のアジトから逃げようとしていたとき、ゴンとキルアはどちらとも無くこの青年も助けようと言った。
そしてあたりを警戒しながら、広間までやってきたのだ。他の蜘蛛達は幸いにも見当たらなかった。
「(じゃあ早く運ぼうよ)」
そう言って椅子を壊そうとしたゴンをキルアが慌てて止めた。
「(バカ、ここで壊す気かよ!音立つだろ!!このまま離れたトコまで運ぶぞ!)」
「(あ、そ、そうだね;)」
ゴンとキルアは椅子ごと青年を連れてアジトから逃げた。
そしてアジトから離れた場所…街に入る前に、椅子を壊し縄と猿ぐつわを解く。
そしてガムテープをそっと外した。
青年は眠っているようだった。
「……ゼロに…そっくりだね……ジャズって言ってたっけ…そういえばたしかゼロの弟もそんな名前じゃなかったっけ?その人かな?そっくりだし…」
青年の顔を見ながらゴンがキルアに問うた。
キルアは神妙な面持ちでその青年をじっと見ていた。
「…?どしたのキルア?」
「…いや……なんでもない。…腕、折られてたよな。気ぃつけろよ」
「あ…、うん」
そう言ってまた2人は走り出した。
ゴンとキルアが青年を連れてホテルへと着いたとき、レオリオとゼパイルは酒盛りの真っ最中だった。
酒瓶が散乱して、つまみやら食べかすやらゴミやらがそのへんにばらばらと散らばっている。しかも部屋中タバコくさい。
折られた腕を気遣いながら2人で必死に人1人担いで蜘蛛から逃げてきたのに、帰るとこの有様。ゴンとキルアはあきれるしかなかった。
「お―――戻ったか。ゲッ、いつの間にかすっかり夜じゃねーか!」
「お前らも飲め―――!」
陽気にそんなことを言うレオリオとゼパイル。
キルアはちょっとムカついた。
「酔っ払い共め…」
「そんなことよりさ、ちょっとベッド用意してよレオリオ!」
ゴンが言うと、レオリオとゼパイルも2人が担いできた1人の青年の存在に気がついた。
「おっ、なんだよ誰だ……………あっ!これゼロじゃねーか!!」
「お?誰よ?」
「あーもういいからベッド用意しろって!説明はそれから!!」
「お、おうわかった;」
キルアに怒鳴られてレオリオとゼパイルが急いでベッドの準備をする。
するとゴンがそのレオリオを呼び止めた。
「レオリオ、この人腕折られてるんだ。診てあげてよ」
「ああ、わかった。とりあえずそこに寝かせてくれ」
レオリオが青年の折れた腕に治療を施してる間、ゴンとキルアは旅団に捕まったことをまず説明した。
「おめーらよく無事で帰ってこれたな…」
すっかり酔い冷めたわーといいながらそれでも治療する手は止めないレオリオ。
「幻影旅団ってのはそんなにヤバイ連中なのか?」
ゼパイルはまだ酒を口にして、あまり事の重大さを理解していない風にあっけらかんと言った。
ゴンはこくりと頷いて説明を続ける。
「それでオレ達が捕まって奴らのアジトに連れてかれたとき、ちょうどこの人が旅団に押さえられて腕を折られてたとこだったんだ」
それを聞いたレオリオがゴンの言葉に違和感を覚えた。
「ん…ちょっとまて、何でそんなに他人行儀なんだ?『この人』って…コイツ、ゼロだろ?」
「ううん。旅団の奴らは『ジャズ』って呼んでたよ」
それを聞いてレオリオは、ハンター試験のあと調べたあの名前を思い出した。
ゼロの弟といっていた人物。初めて見たが本当にゼロにそっくりだと思った。
――――ただの「兄弟」とは、思えないくらいに。
(双子って奴か…)
「……ちょっと待て!『ジャズ』!?ジャズってアレか!?『始末屋ジャズ』か!?」
レオリオが考えていたとき、ゼパイルが突然そう叫んだ。ゴンもキルアもレオリオも驚いて視線を移した。
「ゼパイルさん、知ってるの?」
「知ってるも何も有名だぜ、この業界じゃ!『始末屋ジャズ』っつーのは、依頼さえあればどんなに貴重なモンでも始末しちまうっていう悪魔みたいな野郎の名だ。
業界の連中は皆恐れてる。
………そうか、こいつが……こんな若い野郎だとは思ってなかった…」
眠る青年の顔を覗きながらゼパイルが言う。
「へぇ…。怖い人なの?」
「…っていう話なんだがな。………そうは見えねぇな…」
ベッドに横たわる、20歳前くらいの青年。
美しく整った顔立ちのその青年は"噂"で聞いた男の風貌とはかけ離れたように、全く別人のような穏やかな寝顔を見せ眠りについている。
大怪我をして、死んだように静かに眠っているせいか……ゼパイルにはその青年がただの…いや、普通の青年よりももっとずっと儚く、もろいもののように思えた。
「始末屋…ジャズさん…かぁ」
レオリオの手によって、くるくると折れた腕に包帯を巻かれている間も、ピクリとも動かず眠っている青年の、その顔。
前にもどこかでも見たことある綺麗な寝顔。
一体どこで見たんだろう?とゴンは首を捻っていた。
きれいな…寝顔。
突然、はっと思い出したゴン。
………ああそうだ。
天空闘技場でいつだったか見た、ゼロの寝顔と全く同じなのだ。
(…"双子"ってホントに「そっくり」なんだなぁ…)
と、そんなことを考えながら、ゴンはレオリオの脇に立ってその寝顔をじっと眺めていた。
自分以外の3人がベッド脇に集まる中、その少し後ろで唯1人キルアは迷っていた。
(オレはどうすりゃいいんだろ…)
自分が知っている、この青年のこと。
いつ、どういう風に、この青年のことを…自分の考えをゴンたちに言うべきなのかわからず、キルアはただ黙っていた。
蜘蛛のアジトで聞いた、蜘蛛達の会話。
まるで
ゼロとジャズが同一人物のような口ぶりだった。
でもキルアはゼロの口から、ジャズが双子の弟だということも聞いていた。
(なんなんだよ…)
考えても混乱するだけだった。
ただ、一つの可能性だけが頭に浮かぶ。
ゼロが、ジャズを演じている。またはその逆。
全うに考えていけばそうなる。
だけど―――――
ゼロとジャズ。
演技にしては違和感無く、全くの別人のようだった。
あれほどまで別人に成りすませるものか?
大体、そんなことをする理由がわからない。
ゼロがジャズに成りすましてるとすれば、なんとなく理由もつけられる。
―――自分が『始末屋』だということを知られたくないから。
でも
ゼロは、たったそれだけのために、"あんな男"になれるだろうか?
(無理だろ…どう考えても……)
ゼロとの付き合いも長い。
今までを思い起こして、結論に達する。
ゼロという男は、そんなことなんか出来ない。
じゃあジャズが、ゼロに成りすましている―――――?
ジャズみたいな男が、"そんなこと"をする意味は―――――?
(あーっ、くそ、わかんねー!)
頭の中でこんがらがって、結局考えるのをやめた。
聞くほうが早い。そう思ったから。
「よっしゃ、一応これで大丈夫だ」
ぱしんと膝を叩いたレオリオ。青年の折られた腕に的確な処置を施して、青年の眠りを邪魔しないようにベッドから離れた。
「そんで明日は朝イチから競売だぜ?オレはもちろん行くがお前らどうすんだ?」
そしてゴンとキルアにそう聞く。
「うーん、本当は行きたいけど…」
「クラピカに会わなきゃなんないんだ。…話したいことがある」
つづく
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拍手メッセ等で、ヒソカに殺意を抱いていた方が多かったので急遽マチにぶっ叩いて貰いました
すもも