double style ◆57:絆





オレは…、



オレの名はジャズ=シュナイダー。


ゼロの後に生まれた、ゼロのもう一つの人格。






「…双子ではなく二重人格者というわけか…」

「…そうだ」



ジャズは天井を向いたままぽつぽつと話し始めた。


ジャズがどんな気持ちで、それを話しているのか知らずに…

オレ達はジャズの話を聞いていた。




「オレとゼロは二重人格で、同じ体を使っているにもかかわらず使える能力が違う。オレは具現化系。ゼロは放出系」


「そうか…、だから今まで話さなかったのだな…」


クラピカの言葉にジャズはこくりと頷く。




「どういうこと?クラピカ?」

よくわからなくなって、オレはクラピカにそう聞いた。



「ゴン。…そうだな、たとえば他人に自分の能力が知られる、ということを考えればいい」


「そっか、自分から弱点になり得ることを話す奴はいない!」

「あ…、そうか…」


クラピカに言われてキルアが先に気づく。それを聞いてオレもなんとなくわかって、ポンと手を叩いた。




「うむ…。双子ではなく二重人格だということがバレれば必然的にその力にも気づく。 …それがどれほどの脅威を示しているのかも」



「確か放出系と具現化系って対極の位置にあったよね」

「普通に考えりゃ両方極めるのは不可能なんだよな」

「そうだ」



ジャズは答えて、ベッドの上に人間を1人具現化した。


ジャズそっくりな……ジャズの分身。




「これがオレの能力、"闇食い(リバイアサン)"…」


『リバイアサン』と呼ばれたもう1人のジャズは、ベッドに横になっているジャズのうえにまたがるように座り込んだ。




「…"分身(ダブル)"とは違うの?」


天空闘技場でみたカストロさんの能力に似てるけどどこか違うのかな?


ジャズは少し考えていたようだけど、待っていると話してくれた。




「…いろんな能力を付加しているから…厳密にはダブルじゃない。 ダブルに見せかけて使ってるのはたしかだが…。その方が色々と便利だし。

…コイツはどんなものでも際限なく食う。鉱物だろうが植物だろうが人工物だろうが…何でも。……もちろん人間も」



「なるほど。だから『何でも始末する』ってわけか…」


ジャズの話を聞いてレオリオが『リバイアサン』を見ながら頷いてた。






「ところですぐにゼロに変われたりできるのか?」

クラピカがジャズに聞く。



しばらくの間ジャズは黙った。






窓から見える空は闇のように暗くて、遠くでゴロゴロとうなる音だけが部屋に響く。


外は、雨が降り始めていた。



水滴が窓を叩く音が聞こえてくる。







それらの音の中で、ジャズはゆっくりと口を開いて…そして静かに言った。













「ゼロは……死んだ」











「え…?」




呟いたオレの声が、酷く大きく響いた気がした。







「死んだって、なんで!?だって…だってジャズはここにいるのに!!ジャズとゼロって1人なんでしょ!?」




声を荒げても、ジャズは答えなかった。


ずっと黙っていた。





「…ジャズ…」


クラピカの声が、寂しく部屋に響く。

遠くで雷が鳴っていた。












「せっかく……笑えるようになったのに……」




しばらくの間の後で、ジャズが静かに口を開いて、



少しずつ、ゆっくりと話し出す。


ゼロのことを。











「……アイツさ……ゼロは…母親が死んでからずっと………長い間父親から、虐待を受けてた」

「ゼロが……?」


「…ああ。毎日のように……嬲られて、犯されて…玩具のような扱いを受けてて…、幼いゼロはいつも泣いてばかりだった。


わずかな"エサ"と水だけ与えられて……あの野郎の快楽のためだけに生かされてたようなもんさ。

毎日毎日地獄のような日々が続いて、やがてゼロは壊れて…泣くことも笑うこともしなくなった。



……そして『あの日』……霧みたいな雨が静かに降る夜だった。

どんな風に抱いてももう泣き叫ぶこともなく、淡々と"行為"を受けるようになっちまったゼロを……あの野郎……。


テメェの快楽のためにゼロの首に手を伸ばして………思い切り首を絞めやがった。


苦しんで、もがいて…死の淵に追いやられて反応する体に、あの男はニヤニヤと笑って――――――




………それまで、ゼロは『助けて』って言ったことがなかったんだ。

どんなひどい事されても…ゼロはあの男のことを"家族"だと……"父親"だと思ってたから…。

けど目の前にいたのは、優しい"父親"の姿なんかじゃなく、てめぇのことを殺そうと顔を歪めた1匹の醜悪な"悪魔"だけで……

アイツは初めて『助けて』って、悲鳴を上げた。


…そのとき"オレ"が生まれたのさ。………この"力"を持ってな。」




ジャズが伸ばした手に……もうひとりのジャズは頬を擦り付けていた。

鋭く光る目を細め、猫が喉を鳴らすように"それ"は「グル…」と一言鳴いて、ジャズに甘える。



「目覚めたその場で、目の前の"悪魔"を食い殺し……そして怯えて泣きじゃくるアイツを抱えて、オレは家を出たんだ。


その後オレは、日銭のためにあの野郎と同じような男を誘って、殺して、金を奪って…そうやって生きてた。

アイツはそれをオレの中からずっと見ていて…


―――――『この世に、"人間"なんかいやしない』…。みんな、"ヒト"の皮を被っただけの"悪魔"なんだって。

ゼロは怖がって、震えて…心に閉じこもった。



でもある日にネテロのジジィに出会って…、ジジィと…その弟子共と人並みの暮らしをして………

あいつら…物言いはキツイけど…結構気はいいやつらでさ。―――オレ達は初めて、"ヒト"に会うことができた。


そしたら…そのときはもう闇の底に…オレの中に消え入りそうだったゼロが…、ちょっとだけ上を向いたんだよ。


オレは、そのゼロの断片をなんとか捉まえて…大丈夫だっていつも話しかけてた……。

でもアイツは耳ふさいで、ぜんぜん聞いてくれなくて…。



…ネテロは…ひねくれたジジィだったけど、オレはネテロのこと結構信用するようになってたから…

あるときジジィに聞かれたとき、オレはゼロのことをジジィに話した。


もうちょっとなんだ、って話したら……そしたらジジィの奴、オレ達を引っ張って、ジンのところに連れて行ったんだ」





「ジンに…?」


オレがそう聞くとジャズは少しこっちを向いて頷いた。





「前にゼロが少し話してただろ…? ……最初は、ヘンな汚ねぇオヤジだと思ってたんだけどな…」

「う…;;」


「こんな奴がゼロを助けられるのかって、スッゲー不安に駆られたもんだが…。 まぁ…ネテロがわざわざ選んだ人間だし…、初めはしぶしぶながらジンと暮らしてた。


けど一緒に暮らしていくうちに……オレはなんだか"傷"が癒されていくのを感じた。

ジンの強さと優しさと温かさが…まるで、本当に欲しかった"あの"ぬくもりを思わせるようで………



ホントの……父親みたいに……ジンはいつもオレの心を、優しく強く抱きしめてくれた…。

欲しかったぬくもりを…ジンは黙ってオレ達に差し出してくれたんだ…。


…アイツもそれを感じてたのか、傷ついた心もだんだんと癒されて………

オレの内にこもってずっと表に出てこようとしなかったアイツが、ジンと暮らし始めてからは少しずつ顔を見せるようになったんだ。


オレは…あのつらい記憶をゼロから奪って、オレの心の奥底に封印した。 そしたら…アイツもいつか笑ってくれると思って…。

実際…毎日ちょっとずつだけど、アイツは元のように笑うようになってさ…。


何年も過ぎて、元気になって…戦う力もつけて…

もうあのことは忘れて、ゼロは新しい人生を歩めるはずだったのに……歩んでいたのに………



………なのにっ…!!」



それまで淡々と喋りつづけていたジャズが、とたんに表情を変えた。ギッと歯を鳴らして、声を荒げて言う。




「あいつが…あいつらがっ……そのゼロの心の傷を深くまで抉りやがった!!

オレが封印して…ジンのおかげで忘れることが出来たあのクソ忌々しい記憶を…!!あの野郎が呼び覚ましやがった!!」



「『あいつら』……?…『あいつら』……って、旅団の奴ら……?」




オレの問いに答えはなかったけど、黙ったジャズを見てオレは確信を持った。



そしてジャズはまた、ゆっくりと話し出す。

小さく、呟くように。






「……後はもうどうにもできなかった…。

わずかなきっかけが過去の記憶を呼び覚まし―――


ゼロは恐怖でパニクって、泣き叫んで…耳をふさいでまた闇に閉じこもっちまった……。 …あのころみたいに…。


………いや、昔よりももっと暗く、深い場所へ隠れちまって…アイツがどこにいるのか…もうオレにもわからねぇんだ…………

あのころはまだわずかに感じられたのに、今はもうその断片すらも感じない……

…この心のどこかにアイツはまだいるのか………それすらわかんなくなっちまったんだよ………」




ギュ、と胸の辺りを握り締めたジャズ。とても苦しそうな顔をしてた。



「そっか…だから…『死んだ』って……」






「……オレは……っ、アイツを守れなかった……!

ゼロを傷つける奴は片っ端からこの力で排除してやるって、アイツが目覚めたときに誓ったのに…

そのために生まれた意思なのに………なのにオレは…っ、オレは…アイツを………。


………アイツが…………

…ゼロがいなきゃ……オレは……っ、"オレ"の存在価値は……っ!!」





ジャズが苦しそうに叫んだと思ったら、突然ジャズの上にいた『リバイアサン』がメキメキと音を立てて変形しはじめた。

口が裂けて、体が大きく膨らんで…見たことも無いような醜悪な形相をした巨大な化け物に変化する。


ジャズに覆いかぶさるようにして化け物はぎちぎちと口を動かしていた。



そして…



そしてジャズに向かって、その口を開き―――――






ジャズが目を閉じたのが、見えた。









「―――っだめだ!ジャズッ!!」



「ゴン!!」







ジャズめがけて、化け物が大きな口を開いて食いかかろうとして



だからオレはとっさに化け物とジャズの間に入って、ジャズをかばった。











ブツッ












食われるのかと、思った。



でもオレもジャズも無事で。





見ると、キルアもクラピカもレオリオもジャズと化け物の間に入って、化け物を押さえてた。



あんな大きなものをたった3人で押さえられるとは思わなかった。


けれど、化け物の動きは止まっていた。






「な……おまっ……何いきなり死のうとしてんだよ!!」


キルアがジャズに向かって怒鳴る。

きっと化け物の歯が刺さったんだろう、腕から少し血が流れていた。



「………ゼロがいなくなって、不安になる気持ちもわかる。

だが、だからといって"死ぬ"という気持ちまでは理解できないな。…何をそんなに追い詰められているんだ、ジャズ…」


クラピカが少し強く言う。



「ジャズ…諦めんなよ……ゼロが居なくなったんならまた探せばいいだろ?一度は…ゼロだって戻ってきたんだろ…?」


レオリオが諭すように言った。


だけどジャズは叫ぶ。



「探す…って?!どうやって!?オレの声も届かないのに…ゼロの声が聞こえないのに…どうやって!!?

ジンの声じゃなきゃ、きっとアイツには届かない!!

ジンは…何もかもから見捨てられた小さなアイツが…たった一つ………もう一度だけ信じた絆だったんだ! ジンがいなきゃ、もうアイツはこの世界に見向きもしない…!


けどオレにはっ…ジンの居所なんかわかんないし!!アイツの…ゼロの力だけが、ジンを探し出す唯一の方法だったのに!!


アイツの念能力がなきゃジンには会えない!!もうアイツのことを救えない…!


…アイツがいなきゃ…アイツを守るために生まれたオレは…ゼロを守るためだけに居るオレは………アイツがいなきゃ、ここに生きてる価値も…意味も理由も無いんだよ!!」



「ジャズ!」


ジャズの叫び声をさえぎるように、オレは大きな声を出す。

ジャズはすごくビックリしたみたいで、目を見開いてオレを見てた。





「驚かせてごめんジャズ…。でも、一つだけ言わせて…。

……ジャズは、ジンじゃなきゃダメだって言うけど………

…ねぇ…オレ達じゃ…ダメなの?……ジンじゃなきゃ本当にダメなの?オレ…ゼロのこと、友達だと思ってたのに…それじゃダメなの?

ゼロが信じてたのは、ジンのことだけなの…?…オレ達の声も…ゼロには届かないのかな?…ジャズ…」



「――――……そ…れは…。」


言葉をとぎったジャズ。

それきり顔を伏せ、黙ってしまった。





しばらく、沈黙が続いた。




雨の音が続く中


オレはベッドの上に力なく置かれていたジャズの右手をそっと持ち上げ、強く握り締めた。





「……ゴン…」


ふと顔を上げたジャズが、ひどくやつれたようにも見える。



――――ねぇ、泣いているの?






「ジャズ……。ジャズ…大丈夫だよ。……ゼロはきっとそこにいる。聞いてくれてるはずだよ。 オレ達の声も、ジャズの声も…きっと届いてるから…」



だから、泣かないで。





「そうだ、ジャズ。…諦めるにはまだ早い。」


「昔と今じゃもう随分と状況も違ってるだろ?」


「ああ。……ゼロも、…ジャズ…お前も、もう「ひとり」じゃねーんだよ」




キルアもクラピカもレオリオも、そこに―――オレの後ろに立っている。

その目にしっかりと、ジャズを捉えて。



「…ゼロ……、ジャズ。…ジンはここにはいないけどさ………でも、オレ達はここにいるよ。」




ジャズの手をぎゅっと握ったまま、にこりと微笑む。


しばらくじっとオレの目を見ていたジャズだったけど、不意に何かに気づいたようにして呟いた。






「………ジン…?


…………そうか…お前は………」




「オレはゴン!ゴン=フリークス!!ジンの息子!」


「そう…か……。そうだったな…」




オレがそう言うとジャズはオレが握っていた手を解いて、ゆっくりとオレを抱き寄せた。

だからオレも、ジャズの体を強く抱きしめ返す。


ジャズのぬくもりも、においも、ゼロと…おんなじ。優しくて、あったかかった。




「ジャズ………、オレ…ジンがやったように…

ジンの代わりに、絶対オレがゼロを助けるから…。


だから泣かないで。…諦めないで、ジャズ。もう少しだけ頑張って生きてみようよ?」





少しの間ジャズは戸惑っていたようだけど、やがてオレの体をきゅ、と抱き返してくれた。




「ジャズ………」


「ゴ、ン………。

―――――――……。」



「………うん…」


耳元でかすかに聞こえたジャズの声。オレは力強く、頷いて返す。


肩を震わせ、弱々しくすがり付いてくるジャズの体。


なぜだかそれは、ゼロよりもずっと小さく幼いもののように感じられて………



オレは何度も、その震えるジャズの背を撫でてあげた。








『――――あり、…がと…………ゴン。』







つづく


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すもも

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ももももも。