何度かコールしたが出る気配の無いゴンへの電話を諦め(たぶんオークションが始まったんだろう)、ゼロの剣と荷物とを肩に下げてオレはホテルをチェックアウトした。
そのまままっすぐクラピカ達の居るアパートに戻るつもりだったが、念のため蜘蛛の奴らの待ち伏せや尾行を警戒して、適当に街中を遠回りしてからアパートへ向かった。
面倒だからゼロのレイ・フォースで一発帰還したかったんだけどな。
オレの中で起きてるのもまだ慣れなくて疲れたのか、ホテルから出る途中でゼロが寝ちまったのでしょうがなく徒歩で帰ってきた。
結局、待ち伏せも尾行もされてる気配は無かったし。
「おーす。帰ったぞ」
ボロアパートに戻って、クラピカの休んでいる部屋の扉を開ける。
クラピカの眠る横で雑誌本を読んでいたレオリオと、センリツとかいったっけ。クラピカの仕事仲間が笑顔で出迎えてくれた。
「…おっ、ジャズ!よく戻ってきたな!何か問題は無かったか?」
「おお、特に何もねーよ?」
「あらあら。嘘はよくないわ、ジャズさん」
なんでもない素振りで荷物を下ろすオレに、センリツが「見抜いてるわよ」とでも言いたげな笑顔を向けてくる。
…やりづれーな。エスパーかこの女。
「…ん!?やっぱなんかあったのか!?おいジャズ!?」
「何もねーよ。いいだろ、こーやってちゃんと帰ってきたんだからよ。ところでクラピカは?まだ目ェ覚ましてねーのか」
案の定絡んでくるレオリオをスルーし、センリツに聞く。
センリツはくすりと大人の余裕をにじませた微笑みを見せて、まだベッドに横たわるクラピカの姿を指した。
「ええ、見ての通り。でもずいぶんと顔色も良くなったし心音も落ち着いてきたから、じきに目も覚めると思うの」
「そか」
「ジャズさんも疲れてるなら今のうちに少し休んだ方がいいわ。キルア君たちもまだ帰ってきていないんだし…」
「そーだな。そーするわ」
「おいジャズ!まだオレの質問に答えてねーぞ!」
「うるせーなぁ…、クラピカ起きんぞ?あと骨折にも響くから静かにしてくれ〜」
「ぐっ…!」
「じゃなー」
一旦床に下ろした荷物を右手で再度持ち上げ、折れてる方の腕をフラフラと振り上げてレオリオとはサヨウナラ。
「待てコラ、このヤロー!」とか喚いていたが無視して、オレはそのままソファーかベッドのある部屋を探して建物の中を歩いた。
そしてふたつみっつ部屋を回って、ボロイけどソファーのある部屋を見つけた。
蝶番が錆びてんのかワクが歪んでるのか立て付けの悪いドアをギィギィと閉め、ゼロの剣とバッグをソファーに立てかけるように置いて―――
チビ共が帰ってくるまで少し寝るかと、まだ使えそうなクッションをマクラに、野宿用のブランケットに包まってソファーの上にごろりと横になったときだった。
「ゼロ〜!ジャズ〜!起きてる〜!?あけてよ〜!」
ドンドンとドアを叩く音と共に、ゴンのでかい声が聞こえてきた。
次いで、鍵なんてついてないはずの開かないドアをガタガタギィギィ揺すってくる。
………うるせぇ。
『…おい、ゴン。これ、カギ掛けてる訳じゃないみたいだぞ』
『あ、ホントだ。立て付け悪いのかな…?キルア、ちょっとそこどけて』
『んー?……って、お前何するつもりだよ?ゴン!?』
あまりのやかましさに辟易して、ドアを開けてやろうと仕方なく立ち上がったとき。
同時に、ドアの向こうからなにやら不穏な会話が聞こえてきた。
……ちょっと待て。スゲー嫌な予感がするぜ…。
「おいおい…まさかあのチビ共……;」
『とりゃあーっ!!』
『あ。』
ドゴォッ!!バキバキッ!
バターン!!!
「ひいっ;」
倒れてきたドアを、オレは横に跳び退けて避けた。
ドアは勢いよく床に叩きつけられ、風圧によって大量の砂ぼこりが部屋の中に舞い上がる。
蹴破られたドアと、それに引っ張られたのかおもいっきりひしゃげたドア枠。
そして、ボロボロと崩れる周囲の石壁。
『入り口』の長方形をかろうじて保ってるといった感じの、無残に開いた大穴の向こうには、やっぱ声の通りチビ2人が立っていた。
「あーあ、やっちゃった。」
いたずらな猫のように、腕を頭の後ろに組んだキルアがあきれたようにゴンにそう言う。
一呼吸置いてゴンの方も、自分のやったことにハッとして、倒れたドアとその向こうで構えていたオレを見てきた。
「ドアに八つ当たりすんなよ。向こうにゼロとかジャズがいたら危ねーだろが」
「あ………;;ははは……; …あの…ゼロ、大丈…夫…?」
「…これが大丈夫そうに見えんのか?」
「うっ…、もしかして……ジャズ…?;」
「………オレで悪いか!?ぁあ!?
ざっけんなオラ!!ケツ出せやガキ共―――ッ!!!」
「「うわぁあっ!!」」
キレて自分達に向かって走り出したゼロ――――もといオレを見て、ゴンとキルアは反射的に踵を返した。
小賢しくアパート内を逃げていくゴンとキルアを全力で追い回す。
ドタバタ走り回る音に気付いてか、レオリオとセンリツがドアから顔を出していた。
その前を、風を切るように通り抜けて追いかけっこは続く。
「ちょっと待てよジャズ!オレ、何もしてないぜ!?」
「あっ、ずるいっ!キルア抜け駆け!?」
「ハァ!?ドア蹴破ったのはお前だろがゴン!諦めて捕まれ!」
「やだっ!絶対ぶたれるもん!」
「ゴチャゴチャやかましいッ!!!問答無用だ!仲良く2匹ともケツペンペンしてやるからこっち来いコラァ!!」
「「い、嫌だ―――!!」」
ゴンとキルアもなかなか素早いが……ハッ、オレの足に敵うはずもねぇな。
最初に観念したキルアの襟首をとっ捕まえ、諦めずにさらに逃げようとするゴンの足にスライディングタックルかまして転がした。
そして捕まえた2匹のネズミにデコピンを喰らわす。
「痛ったぁ!!」
「〜〜〜〜っ!!何でオレまでデコピンされなきゃなんないんだよジャズ!!」
ゴンはデコを押さえてごろごろ床をのた打ち回り、キルアは目に涙を浮かべて理不尽そうに怒鳴ってくる。
「はっ。そんなもん、お前らダチなんだから連帯責任に決まってんだろ。気持ちよく寝ようと思ってたトコ邪魔しやがって」
「む…、そりゃ悪かったと思うけどさ…」
口を尖らせ、納得いったようないかないようなそんな顔でキルアはブツブツ何かを言っていた。
「ったく、よ…っ」
座り込んでいた状態から立ち上がり、「部屋戻んぞ」とゴンとキルアにも立つのを促す。
キルアはしぶしぶ立ち上がったが、ゴンの方はしゃがみこんだまま本気で悔し泣きの姿勢……?
えっ、なんでだよ!?;
「お、なんだ!?どーしたゴン!?」
「……んでっ、」
「…あ?」
「なんでだよもぉおおお!!!オレの力のどこが不足だっていうんだよ―――!!あ――――!!ムカツく――――!!」
「うおっ!?なんだっつんだよ!?」
突然、ゴンが頭をぐしゃぐしゃとかきむしって叫びだした。
何事かと最初はちょっと引いたが、チビ共の行ってた先を思い返せばその理由も大体察しがつく。
「…ははーん。さてはお前ら、作戦失敗したな?」
座り込んで俯いたままのゴンを見下ろし、茶化すように尋ねる。
「お前の作戦、いつもいいトコで失敗だなーハハハ」
と、ゴンの肩を叩きながらそんな冗談を言えば、癇に障ったのかゴンからギッと睨まれた。お、おう…。
「失敗なんかしてないもん!!途中まではうまくいってたのに、すっごくムカつく奴が出てきてさ!!それでオレみたいのは受からないとか、う〜〜〜ムカつく〜〜〜!!あいつ絶対見返してやる!!」
「あーあー、わかった、わかったって!悪かったっつの」
予想以上の反応でやいのやいのと感情的に騒ぎ立ててくるゴンに辟易したオレは、「どうどう」とそれをなだめつつ、傍らのキルアにゴンにしたのと同じ質問を投げかける。
同じ場に行っていたならキルアに聞くほうが順序立ててわかりやすく話してくれそうに思えたからだ。
「何あったんだよコイツ。ちっと通訳頼むぜキルア」
「…ああうん、まあ…;色々あってね…;」
とりあえず部屋行こうぜと指差し歩き出すオレに頷き、キルアも一緒に歩き出す。
オレの腰周りに纏わりついてキャンキャンと子犬がうるさい中、歩きながらキルアはオレが電話した後のオークションの会場での出来事を、簡単に説明してくれた。
話をするだけなら別にどこの部屋でも良かったんだが、オレの荷物もゼロの剣も置いてあるっつーことでオレが元居た…ドアのぶっ壊れちまったあの部屋に戻った。
オレはソファに、ゴンとキルアはオレの正面の地べたに座り込んで話を聞く。
「そしたらムカつく奴が急に出てきてさ!!」
「うん、わかったって。お前は少し黙ってろ、ゴン」
キルアから話を聞く途中、何度も感情的になったゴンが割り込んできて、全然話が進まなかった。
だからオレはぐりぐりとゴンを足でもって輪の外に追いやる。
「ジャズ〜; 蹴らないで聞いてよ〜」
「今聞いてるだろ、キルアから。お前がいちいち噛み付いてくるせいで全然話が見えてこねー」
ぴしゃりと言い放つとゴンは「うー」と唸りつつも正座して黙る。
しょんぼり頭を垂れる姿で一応反省した風にも見えるが、その姿ももう何度見たことか。
「んで、どこまで話してたっけ?」
どうせまた話が進めば突っかかってくると踏んで、ゴンのことは放ったままオレはキルアに再び尋ねた。
それまであきれたようにオレとゴンのやり取りを見ていたキルア。
オレの呼びかけによって、ハッと何かを思い出したようにしてまた話し始めた。
「あ…、えーと…。……ああ、で、結局バッテラが今日の分のグリードアイランドを競り落として、そこまではうまくいってたんだ。
後はゲームのプレイヤーとして雇ってもらえれば作戦は大成功だったんだけどね」
「でもダメだった、と」
「ダメっていうか……プレイ希望者はオレ達以外にもたくさんいて、だから今すぐにオレ達を雇うわけにはいかないんだってさ。
ゲームセーブの関係でプレイ人数が限られてるから、その中からプレイヤーを厳選したいって話」
「ふーん…メンドクセェな」
「クリア報酬も莫大だから仕方ないんじゃねー?…で、プレイヤー選考会ってのが今度あるって事なんだけど、その審査員っつーのがその場にいてさ。ついでにその場で審査してもらったんだよオレ達」
淡々と説明するキルアの横で正座をしていたゴン。
そのときよっぽど嫌なことがあったのかゴンが目に見えて不機嫌になっていくのがわかった。
あー…、なんとなく読めたぜ。
そんでその審査員てのになんかイヤミでも言われたんだな。
「おいゴン…」
「でも、『お前たち程度の力じゃ死ぬのがオチだ』って言うんだよ!アイツ!ムッカつくのなんのって!」
オレが声をかけた瞬間、ゴンのイライラがついに爆発した。
つーかオレにキレてどーすんだ。
「あ゛〜〜〜〜〜!!ムカツく!!絶対アイツ見返してやるもんね!!ぐうの音も出ないようにしてやるんだ!
…ねぇっ!!ジャズ!どうしたらいいと思う!?」
「ああ?知らねーよ。そこでオレに聞いてどーすんだ。そいつを見返してやりたいって思ってんのはお前だろが、ゴン」
「う…;」
「そういうのは自分で考えてこそじゃないのか?」
「うう〜…;」
ぷにぷにとほっぺたをつつきながら言うと、ゴンは言い返せなくなったのか変なうなり声を上げた。
そしてまた正座をして、ゴンはだんだんと小さくなっていく。
「まあまあジャズ。……でも見返すにしろなんにしろ結局オレ達のやることはひとつだと思うぜ、ゴン」
ゴンへの助け舟か、そう言って今度はキルアが横から話に混ざってくる。
「えっ、なにそれ?どーゆーこと?キルア」
「いや、だから…ゲームを競り落とせない以上、オレ達がゲームプレイするためにはどの道選考会にパスしなきゃなんないんだからさ。今の段階で資格無しって言われたオレ達が4日後の選考会で受かれば、それだけであいつを見返すことにもなるだろ?
とにかく今はただ念能力者として早急なレベルアップが必要ってこと」
「…おいおい。早急にったって念能力はそんな簡単に強くできるモンでもねーぞ?」
安易に言ってくれるキルアに、念能力の研鑽には時間と経験が不可欠だって言おうとした(制約と誓約っつー裏技もあるにはあるが)。
だけどキルアは「まだ手はあるよ」と自信ありげな笑みを見せる。
「オレ達って今の段階じゃ念能力者としてはまだまだ初心者なんだよね。天空闘技場で修めたのも、オレ達が毎日ずっとやってるのも「纏」と「練」が主で、そんなの念の基礎の基礎だろ?
そろそろ次の段階に進んでもいい頃だと思うんだ」
そう言ってキルアはピッと人差し指をゴンの前に立てた。
ゴンの奴はきょとんとしたままだ。
「次の段階って?」
「だからさ…。纏を知り、絶を覚え、練を経て、発に至る……『発』、つまり必殺技の体得だよ!」
「おー…考えたな。ま、手っ取り早く審査員ビビらすにはいいんじゃねーか?」
たしかに4日のリミットがあるなら地味な基礎能力向上を狙うよりは、『発』―――何かと目に見えて派手な個別能力を習得して審査員の前で一発かましてやった方が勢いで受かる可能性は高いかもな。
…『必殺技』ってのも発想がガキだけど。
「なるほどー」
と、キルアの話に頷くゴン。
ゴンが理解したのを見るや、キルアはくるりとオレの方を向いてきた。
「…でさ、ジャズ!」
「………あ?」
「もちろんジャズも協力してくれるだろ!?」
「はあ!?なんでだよ、メンドくさ!」
「『メンドくさ』じゃねーって!!いいじゃん、教えろよ!オレ達、全然シロートなんだぜ!?師匠のウイングもいないしさ、オレ達が審査受かるかどうかはジャズにかかってんだよ!!」
「知るかよ、懐くな!離せっての!」
ソファに座るオレを逃がすまいと、キルアがオレの足にガッシと掴まった。
「ゴン、ぜってー逃がすなよ。そっち押さえろ!」
「うん!!」
キルアに言われゴンもわっしとオレの体にしがみつき、詰め寄ってくる。
「ジャズ!ねぇジャズ、オレ達に念、教えて!!」
「やぁだって!ガキのお守りなんてメンドクセー事なんでオレが!?」
「そんな事言わないでよ〜!!……あ!ねぇ!じゃあさ、ゼロは!?ゼロなら協力してくれるよね!?」
「ゼロは寝てる!!」
「え―――――!!」
「うるせぇ!!」
「つったってジャズだってオレ達と一緒にゲームやるつもりなんだろ!?少しぐらい良いじゃんか!ジャズがうんって言うまで、オレ達絶対離さないからな!?」
「ぁああ゛!?」
必死でしがみついてくる2匹を振り放そうとするが、まったく埒の明かない処理になった。
ぐりぐりと足元のキルアを押しのけても、横からゴンがオレの腕を止めるようにくっついてくる。
ゴンの対処をすれば今度はキルアがオレを止めにかかるし、はいつくばって隙間から抜け出そうとすれば2人揃って背中に飛び乗ってくる。
五体満足ならともかく片腕が使えない上にまだ病み上がりのオレでは、エネルギーの有り余ってるガキ2匹を相手にするには絶望的に不利だった。
結局先に根負けしたのはオレの方だ。
「はぁ、くそっ…。わかったよ、手伝ってやるから……;」
「よっしゃあ!」
「やったねキルア!」
床に潰れるオレの背中に乗ったまま、ゴンとキルアがパチンとハイタッチする音が聞こえた。
つづく
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ウイングさんの出番を取っちゃった件
すもも