double style ◆79:強化系馬鹿たちの憂鬱





「ふう…」


壁に手をつきながら、クラピカがアパートの廊下をゆっくりと歩いていた。



ゴンとキルアとジャズのアパート内追いかけっこの後、彼らの騒がしい声のせいか眠っていたクラピカもついに目を覚ました。


精神的な疲れと高熱とで衰弱した身体を癒すには、滋養を摂ってもう少し休んでいた方が良いのはもちろん分かっていたし、傍に居たレオリオとセンリツにも同様の事を言われた。

だが自分が2日近く寝込んでいたことを2人に聞いて知ったクラピカは「こうしてはいられない」と早速服を着替え、帰り支度を始めた。


センリツの話によると自身のボスであるネオン=ノストラードは、昨日の時点ですでにヨークシンを離れ帰郷したらしい。

クラピカも今はまだネオンのボディーガードとして雇われている身であるから、目覚めたのなら一刻も早く仕事に戻らねばならない。そう思ったからだ。



センリツには「私が連絡しておくから、貴方はもう1日くらいゆっくり休んで」と止められたが、クラピカはそれすらも押し切って部屋を出ようとした。

しかしそこでクラピカははたと気が付いたのだ。




ジャズはどこへ行ったのだろう、と。



振り返り、みすぼらしいベッド―――それこそベッドと呼んでいいのかもわからないクッションと布の塊―――が一つっきりしかない、古びたアパートの一室。

あのベッドで、ジャズと共に眠りついていたはずだ。



レオリオとセンリツに尋ねると、ジャズは一足先に目覚めて部屋を出て行ったという。



それを聞いて、「そうか…」と。


会えないのは残念だな、と零した。





「だったら、帰る前に一度会ってこればいいじゃない」

「おう、そうだぜ。ジャズもゴンもキルアもここのどっかには居ると思うから、帰るならちゃんと挨拶ぐらいして行けよ」


と2人に言われ、「そう…だな…、その通りだ」とクラピカは部屋の後始末をセンリツとレオリオに任せ、ジャズやゴンやキルアを探してアパート内を回っていたのだ。






1人で立って歩くにはまだまだ少々つらくはある。

それでも帰る前にもう一度彼らに――――いや、"彼"に会っておきたいと思ったから。


壁に手を付き、時折息詰まりながらでもクラピカは歩く。



そうして休み休み探し歩いていると――――


ふと、壁に開いた大きな穴がクラピカの視界に飛び込んできた。

等間隔にドアが並ぶ廊下。間隔どおりに考えれば、大穴のあった場所にはきっとドアがあったはずだが…。





当然の疑問を頭に浮かべクラピカはのろのろと穴の開いた部屋へと向かう。


すると穴に近づくにつれ聞き覚えのある3人の声が耳に入ってきた。

それでクラピカはなぜあんなところに穴ができてしまったのか、その原因がなんとなくわかって、クスリと口元に笑みを浮かべたのだった。

















「……つーか個別能力の開発はいいとして、まずお前らの系統ってのはなんなんだよ?」




ゴンとキルアにソファの上から押し出され、床の上に潰されたその流れで、オレはそのままその場にヒジ枕で寝転がっていた。

その恰好のまま、目の前にある口の開いたポテチの袋にごそごそと包帯の巻かれた方の手を突っ込んで、そんなことを尋ねる。



オレの前に座るゴンはそんなオレを見て、汗をたらして苦笑いして。

キルアはその猫みたいな目を思いっきり吊り上げて、ビシッとオレを指差しキレた。


「ってかジャズ!!なんだよその格好!?やる気なさすぎ!!全然真面目に教える気ねーだろ!?」


「はあ?何言ってんだ。オレがやる気を出すかどうかは、お前らがこれからどんだけ自分の可能性をオレの前に示せるか、その度合いにかかってんだぜ?

オレが手ェかけて育てるからにはオレを楽しませてくれるようなイイ男になってくれねーとオレがつまんねぇ。骨折り損のくたびれ儲けだったなんて思われねーよう、精々努力しろ?」



なーんてそれっぽい事を言いつつ、まとめて掴んだポテトチップス数枚を上から落とすようにして口に放り込む。ゴロゴロ寝っ転がったままな。

そんな風にだらけるオレがキルアはなおさら気に入らないみたいで、「こんのっ…!」と拳を握りしめて肩をプルプルさせていた。



「くっそ…ムッカつくなぁっ!!ゴンも何か言ってやれよ!せめてちゃんと座れとかっ!」

「ええっ!?オレが!?…なんか…、またぶたれそぅ……;」



別にそんな意味なくぶたねーよ、めんどくせぇ。どんだけ凶暴に思われてんだよオレ。



「つーかよ、マジでオレの事はいいからさっさと系統答えろって。お前らの系統がどんなかによって、お前らがやれるコトも、これからやんなきゃなんねーコトも全然違ってくんだからよ。

お前らだって天空闘技場で見たんだろ?自分の系統に合わねー能力を開発しちまった奴が最後どうなったか」



油っぽくなっちまった指をぺろりと舐めながらそう言うと、ゴンがなぜか姿勢を正して、少しオレの方にその身を乗り出してきた。


…なんだ突然?





「…ねぇジャズ。それってカストロさんの事?」

「ん?…おぉ、そんな名前だったか?強化系っぽいくせに『分身(ダブル)』なんて選んじまって死ぬ羽目になった馬鹿だ」



名前までは憶えてなかったから何とも言えねーが、ゴンが今頭に浮かべてるだろう奴の姿はきっとオレの記憶の中の男と一致してんじゃねーかと思う。たぶん。

まあ違ってたとしてもそういう前提で話は進めちまうケドな。



……とはいえオレも直接自分の目であいつの最期を見たわけじゃなかったりするが。


それでも、ゼロの奴が途中でギブアップしたあの日の試合結果は、その衝撃的な試合内容もあって闘技場内に居れば嫌でもあちこちから耳に入って来た。

新聞やらテレビやらでもしばらくの間はでかでか取り上げられてたしな。


名前は…結局覚えられなかったけど。



―――で、ゴンはというとオレが言った事に対して「…そっか…」と呟いて何やら考えた後、「…うん!わかった」と顔を上げた。




「えっとね、ジャズ!オレの念の系統は強化系だよ!」

「おっ…; そ…。おう…、そうか;」


寝っ転がるオレに向かってやたらと元気良く、しかも大まじめに答えてくるから、訊いたのはオレの方だってのに少し面食らっちまった。


…うん。まあ確かにそういうトコも強化系っぽいっちゃぁ「ぽい」んだけどな…;




「―――って、おいゴン!?なんでお前はそう聞きわけ良いんだよ!ジャズが面倒くさくなりすぎてテキトーこいてるかもしんないだろ!?」

「…おいキルア、テメーな…」


面倒くさいのもやる気に欠けているのも確かだが、さすがにあんまりなキルアの言い方に一言返そうとした。

…が、オレが口にするよりも先に、ゴンの奴が二カッと笑ってキルアに言う。




「そう?でもさ、キルア!天空闘技場っていえば、ウイングさんも言ってたじゃん。念能力はその人の個性に大きく影響されるって。

念にも1人1人得手不得手があるから、真剣に念を極めたいと思うなら、誰かのマネじゃなくて、自分の資質をちゃんと見極めて、自分にあった能力を見つけることが大事だって!

ジャズが今言った事って、それと同じことでしょ?ウイングさんとジャズと、全然違う2人が同じことを言うんだから、間違ってないんだと思うよ!」


「うっ…;」


「…ほー?見たまんま強化系馬鹿かと思ったら案外利口じゃねーかゴン」

「えへへ」


感心して思わず起き上がっちまった。

そのままゴンの前に胡坐をかくと、オレのその行動に今度はゴンの方が面食らったみたいで目をパチパチさせていた。


そしてキルアも、ゴンの正論に納得せざるを得なかったらしい。

ムスーッと口を尖らせたままだったが、一応は観念したようにオレの前―――ゴンの隣に大人しく座り込んだ。





「……オレは変化系。でもオレはもう、能力、どんなのにするかは決めてるから」

「えっ!?キルアもう決めたの!?」

「とっく。早く試したかったんだけど、ここんとこバタバタしてたしさ」


手振りを加えつつ、ぶしつけにそう言ったキルア。

…つっても今の自分に(自分で言うのもなんだが)『師』が必要なのは十分にわかってるみたいで、「ただ…」とそのあとに付け加えてくる。



「…ただ、自分1人でそれを体得するまでのやり方とか考えて、実際に実践してくにもやっぱり限界があるだろうし、今回はそこに4日っていうリミットもついたしね。

体得までの効率も考慮に入れておかなきゃなんないし、ジャズが本気でオレたちを育ててくれるっていうなら、一応オレも考えてる能力とその修行法についてのアドバイスを受けときたい」


「ハッ、殊勝な心がけじゃねーか。さすが、天才肌は頭の回転速度が違うなぁ」


素直でよろしいーっつってゴンをチラ見すると、キルアに一歩先を行かれたことを悔しがってか、ゴンは「むー」とこぼして眉間にしわを寄せた。



「ふふん。どーするゴン?このままだと選考会、もしかしたらオレだけ受かっちゃうぜ?」

「えええ〜〜。どうしよう〜ジャズ〜?オレ、自分の能力どんなのにするかなんて、そんな急に決められないよ〜」

「そうか?こういうのはどっちかってーと強化系ほど直感で決めるもんだと思ってたけどな。パッとこう…インスピレーションでよ。

本当になんにもねーのか?漠然としたイメージでもいいぜ。『こんな能力使いたい!』っての。とりあえず言ってみろ?オレがそれを形にしてやるから」


「うーん…そう言われても…。なんかすごい能力!としか」

「漠然としすぎだろ、強化系馬鹿」

「あうっ」


愉快な返答をしやがる天然のドタマに、びしっとデコピンをくれてやる。



「…でもさ、ゴンの系統って強化系だろ?やっぱ基本は何かを強める能力が良いんでないの?」

いたいよジャズ〜、とゴンがデコを撫でてると、横からキルアがそうやって助け舟を出してきた。



「まぁ確かにそうなんだけどよ。でも結局、念ってのはイメージだ。"自分に合ってる"ってピンとくるモンが一番大事なんだ。

自分自身の生き方や育った環境、それらがあって今現在のお前がここに"在る"わけだろ?強烈にこだわってる事とか、変えられない信念とか、人それぞれあるからこその"個性"だろ。

だからゴン。お前自身がこの瞬間にピンと考えつくモノで良いんだよ。そういうモノにこそ念は強く表われる。その直感だって系統だって、全部今のお前自身から生まれるもの。おのずとお前に合わせた"色"に成る」


「そりゃー…。やっぱそういうモン?」

「そういうモンだ。お前が今考えてる能力ってのも、そうなんだろ?キルア」

「まあ…そう言われると、そう…だけど。でもオレはいろいろ考えて決めたから」


「おー、そうだろうな。お前は『自分に合ってる』以上に、ちゃんと効率とか戦りやすさとか考えて考えて考え抜いて、『やっぱりオレにはこれしかねぇ』って決めるタイプだ」

「褒められてるわけ?それ」

「一応な。…でもコイツは違うだろ?感じたままに決めてこそのコイツであり『強化系』だ」


ピッとゴンの鼻先を指差して、はっきりとそう言ってやる。




「こいつらには、具現化や変化や操作みたいな小細工を色々考えるだけの頭がそもそもねぇんだからよ。

頭ン中だけで小難しく考えた能力を、戦闘中に求められる刹那の判断の中で使いこなしてさらに応用させるなんて絶対にできねぇ。

生まれ持った天性の直感とセンスで、まっすぐ、力技の真っ向勝負で全てをぶっ飛ばす。そう"できる"と本気で信じる。それが強化系だ。

…もちろんお前の親父のシルバみてーな例外もたまにいるが、基本的には単細胞多いしな。どう見たってコイツは後者だろ」


「た、単細胞…;」



直(チョク)で言われたゴンは汗をたらして苦笑いしてたが……。別にバカにしてるわけじゃねーんだぜ?

ま、多少バカにしてるニュアンスも含んでなくねーが、いうなれば"愛すべきバカ"…ってとこか。


あいつらの捻くれて無さっつーか、己の信念だけは絶対に曲げねぇ一本槍の馬鹿正直さってのは嫌いじゃねー……。


なんて…



――――そんなことを考えたら、よーく見知ったモミアゲ馬鹿の笑みがつい頭によぎっちまって。









「…かといって感情先行の考え無しにはなるなよ、ゴン。馬鹿でも理性は必要だし利口でなきゃいけねぇ。…でなきゃ、いくら強かろうと長生きはできねーからな」




――――『あの野郎』みたいにな、という言葉をオレは飲み込んだ。



…いや、あいつだってもちろん、ただの考え無しの馬鹿じゃなかった。


戦いに関してのみだったが、ちゃんと利口な馬鹿だった。……けど、








「………その長生きできなかった強化系能力者というのは、もしや旅団の11番のことか?ジャズ…」






凛と良く通る声が、突然に部屋へと響いた。


振り返った先には――――もちろん、オレが言葉を飲み込む羽目になった相手の姿。




ゴンとキルアの背後、ドアの形をかろうじて保つ大穴の向こうに立った金髪の―――それに見え隠れする無表情の赤茶の瞳に、なぜかあの野郎との最後のやり取りを思い出して。





あの最強の強化系馬鹿も……戦った相手が悪かったんだろうと、



今はただ、確信して言える。









つづく


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気配で気づきました

すもも

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ももももも。