double style ◆81:惜別





眠らない都市(まち)、ヨークシン・シティ。



高層階から見る夜半の街並みはまるで闇夜に浮かぶ宝石箱…ってな話だが、その反面、明るすぎる街の灯りに負けて満天の星空なんてのは到底臨めたもんじゃない。

月と一、二等星ぐらいの星がわずかばかりに輝く真っ黒闇の天井を、オレは1人、半壊した一室から見上げつつ―――右手に持った黒いケータイへの折り返し着信を待っていた。



電話の相手はもちろん馴染みの情報屋。ゾラのババァだ。


9月2日あたりから日に1回、安否確認を兼ねた経過報告を催促するメールがババァから来てた。



……が、まあ色々あって一度も返信しねぇうちに今日まで来ちまった。…ってことで、さっき初めてそのメールに無事を知らせる符丁を短く返信したわけだ。



一応今回のヨークシンでの仕事は(シャルナークのフェイクだったが)ババァ通しの依頼として受けてたからな。

地下オークションが旅団に襲撃されたなんつー散々な情報も、ババァなら早いうちに仕入れてるだろーし。それだけでたぶんババァならすぐにも――――



なんて、ケータイの画面を眺めていたら、手の中のそれが早速振動とともに光り始めて。


思惑通りなタイミングにオレは思わず口角を上げて、「………よう、ババァ」と通話口に軽口を浴びせた。



『ちょっ…、あんたっ…!「よう、」じゃないだろ、ジャズ!?生きてたのかい!?』

「…ああ、もちろんちゃんと生きてるぜ、ゾラ。何の心配してんだよ?…ハッ!」


『笑ってる場合じゃないだろ、ったく……。ああ…、にしても良かったよ。なんでも地下オークションが蜘蛛に襲撃されて、相当数の組の幹部連中がほぼやられたって話じゃないか。

定時連絡もないもんだからだいぶ気を揉んだよこっちは。……そうかい、生きてたか…』


「ふん…。蜘蛛相手だろうとこのオレがそう簡単にやられるわけねーだろ?…ま、肝心の依頼はミスっちまったから報酬はパーだけどな」



ミス…っつーか依頼自体が最初から蜘蛛の罠だったわけだから報酬もクソもねーが…。

とはいえそこは看破できなかったババァの落ち度でもあるし、…って言うと余計にうるさくなるだけだろーから黙っとくか。


だいたい、よくよく考えたらあいつらが―――たぶんシャルナークかクロロあたりが―――本気で罠張ったとしたらそう簡単にバレるようなミスするわけもねーんだろうから、ババァが見抜けなかったのも仕方ねぇって気はしなくもねぇし。


そもそもそんなこと以上に、ババァには特に落ち度のねー悪い報告もこれからさらにしなきゃなんねーわけで…。

オレ自身そんな大して気にしてねーし、もう済んじまった事であんま年寄りの心身に負担をかけることもねーだろ。優しいなァー、さすがオレ。気が回るぜ。




………ってのはまあ都合のいい嘘だ。言い訳だ。


ようするにどっちも報告したら説教時間が倍になること請け合いだからだ。

どのみちギャーギャー喚かれんだったら、なるべくそういうのは手短に済ませたい、…っつーのが本心だ。主にオレの心労のためにな。



……まあ、頭から全部説明するとすんげー長くなりそうでメンドイってのも理由としてはだいぶあるけど。






『…報酬…、報酬かい…。この期に及んで報酬なんざ気におしでないよ。そりゃ10億なんて金額考えたらもったいないじゃ済まないけどねぇ。相手が蜘蛛ってんじゃそれも仕方ないだろうに。…何事も、命あっての物種だろ。

こっちも依頼人とは一時期から一切連絡が取れなくなっちまってね。あぁ、これはやられちまったんだなと思って頭抱えてたところだったんだよ』


「ハ!アテが外れてよかったじゃねーか」


『本当だよ、ったく…。こっちはあんたからの連絡見て、思わず拳を上げちまったぐらいだ。

……だから……ありがとよ、ジャズ。あんただけでもちゃんと生きて帰って来てくれて…、あたしは嬉しいよ』


「ははッ!なんだよ、しおらしいなんて全然ババァらしくねぇ!」

『う、うるさいね!長い付き合いなんだ、心配ぐらい少しはさせなよ。…本当、生意気な小僧だあんたは』



「ふん、誉め言葉として受けとっとくぜ。……けどまあ、ここ数日色々とあったのは事実だしな。心配かけて悪かった…」



『……ん………ま、まぁ、あんたがそ』

「なーんて!そんな事オレがいじらしく言うとでも思ったかよ?悪いついでに、ババァにとっちゃさらに最悪かもしれねー報告が1コあるぜ。

それからもうひとつ、でっけぇ頼み事もな」


『………あんたね…。…まったく…。仕方ないね、聞いてやるよ。ま、報告にしろ頼みごとにしろ…、どっちにしてもお手柔らかにお願いしたいとこだけどねぇ、ジャズ?』




「ハッ!そりゃーもちろん、聞いてのお楽しみだぜ?ゾラ!」

























………と、まあジャズがゾラさんにそんな電話を掛けてたらしいその翌日―――――






「…………。」




鳥の鳴き声を目覚ましに、僕はむっくりとベッドから身を起こした。


ベッド…っていうか、昨日見つけたソファに野宿用ブランケットでくるまってた…。





えと……昨日の、……翌日……



翌………翌日だよね?なんか全然頭が働かないけど…。




部屋は、えーと……そう、部屋はジャズがボロボロにしちゃったんで別の部屋にソファを運んで来て休んだんだった。




枕元に置いてあったバッグの中に見えた、僕の白いケータイをのそのそと取り出して、日にちと時間を確認する。


……うん、やっぱり昨日の翌日だった。7時前か…。



ぽいっとケータイをベッドに投げ出し、んー、と少し伸びをする。





はあ。




なんだか昨日の記憶がところどころ抜け落ちてて、なんかもう昨日あったことの全部が夢で見た事みたいになってるよ…。


あー……、なんだろこれ…。頭痛くなってきた。ガンガンする。熱出した後みたいだ…。





『……ま、オレとお前で今まで一方通行だったモンが急に繋がっちまったからな。オレん中で起きてた分の後遺症…っつーか、そーいう感じのあれだと思うぜ。そのうち慣れるんじゃねーの?』


「…はあ…、そんなもんですか…」




唯一動く右手で顔を押さえてうなだれてたら、頭の奥でジャズの声。…キミにしてはずいぶん早いお目覚めですね。



……なんて心の中で突っ込むと同時に昨日の記憶…っていうか映像が一気に頭になだれ込んできて、……いたっ、いたいたたた。頭がキーンとしてきた。


ぎゅっと目を閉じて、同じくぎゅーっと眉間を押さえてひどい頭痛をやり過ごす。





以前は、ジャズに体を明け渡した後でもこんなことなかったのにな…。


一眠りの間に日にちが飛んでて、その間にやろうと思ってたことが予定通り出来なかったりとかそういうことで困ることはあっても、こんな、記憶がこんがらがって頭が痛くなるなんてのは初めてだ…。

今後ジャズと交代するたびこうなっちゃうのかなぁ。結構身体的にツライんですが…。




「………っていうか………」




よくよく考えたらそんなことより、今後僕の目の前でジャズが変なことしたりしないかの方が心配だよ…。



昨日だってクラピカ相手にエライこと言い出して、その上何を盛大にやらかしてくれてるんですかキミは。

……も〜〜〜〜……思い出して来たら恥ずかしくて顔から火が出そうです;



キミと手をつなげたことはそりゃ嬉しいですけど………。僕、そのうち別の心労で倒れるんじゃないかな…。




『あきらめろ。オレとお前は2人で1人なんだから。ある意味じゃお前が心ン中で思ってたことだ。……鬼のパンツが』

「やめてー!!やっぱり僕、一刻も早くキミであるときの記憶は忘れたい!!」




頭を抱えてどんよりと曇ってた僕に、ニヤニヤと楽しそうにトドメを刺してこようとするジャズ。

『バカー!!』とか、頭痛いのに思わず頭の中で叫んじゃいました。いたたたたっ。



それでもジャズは僕の中ですごい楽しそうに笑ってて、本当イラッ☆としますね!




「んと…。じゃあ今日の予定は…、なんでしたっけ……。そうだ、ゴンとキルアの選考会に向けての修行を手伝ってあげるって話で………って、そういえばクラピカはどうするんでしたっけ?」


のんびりと着替えてから、どこかの誰かの部屋へとなんとなく記憶をたどりながら向かいつつ、指折りに今日の予定を確認する。



とりあえず僕の部屋から一番近かった、クラピカがいたはずの部屋の扉を静かに開けたけど――――見れば部屋はとうに引き払われていて、部屋の中には誰も――――何もなくなってた。




「あっ、あれっ!?; …へ、部屋間違え…っ!?って、いや間違ってなぃ…、な、な!?…あれれ?; なんで?」




予想だにしてなかった事態に焦って、ドアを何度か閉めたり開けたり、廊下と部屋をキョロキョロと何度か見比べもして、僕は記憶が間違ってないことをオロオロと確かめる。

そんな僕を見て『何やってんだ…』とジャズの呆れたような声が頭にこぼれた。



そして次いで放たれる、『クラピカなら今日の朝便で仕事先に戻るっつってたぞ?』なんて唐突な爆弾投下。



「……は?…ちょっ…、今キミ、なんて言いました?」


『だから、あいつならたぶんもう空港。今日帰るって言ってたからな』

「―――は!??ちょっ…ちょ!!なんでキミそれ先に言わないんですかっ!!」



全然のんびり準備しちゃったじゃないですか、もー!と盛大にその場で叫んで、僕はすぐさまタクシーを捕まえに大通りへ向けてダッシュした。



クラピカめがけて"追尾する光の矢(レイ・フォース)"を飛ばしても良かったんだけど…、それでもしも万が一、出立しちゃった飛行船を撃墜しても嫌だし―――っていうかそれはもはや『嫌』とかいうレベルの問題じゃないな…;

…それに一応、まだ街には旅団の人たちもいるみたいだし変に目立って探られたらそれはそれで事だと思うし。


最悪間に合わなくてもそこは仕方ないか…、と半泣きの諦めモードになりながらも運よく即捕まえられたタクシーに飛び乗って、空港へと急いでもらった。

間に合うか心配だったんだけど、後部座席で白いケータイ握りしめて冷や汗かきながら予定便の時間確認してヒーヒー言ってた僕を見かねてか、運転手さんが気を使って飛ばしてくれたおかげでなんとか間に合ったみたいでした。



お礼も兼ねて代金をちょっと多めに支払って、空港内を急ぎながらレオリオに即電話をかける。


聞いたらやっぱりレオリオはクラピカの見送りで空港に来てたみたいで、―――もちろんその事に関して言いたいことはいっぱいあったけど先に場所誘導してもらってまずは合流を目指した。








「…レオリオー」



空港ロビーの待合スペースで電話片手に手を振ってくれたレオリオの元に、慌てて走り寄る。


レオリオは「おう、ゼロ!こっちだぜー。遅かったじゃねーか」とかにこやかに迎えてくれたけど…、いやいや『遅かったなー』じゃなくて!?



「レオリオ、ひどいですよ!クラピカ今日発つって知ってたらなんで僕のこと起こしてくれなかったんですか!?」

「あ、そうか。いや、わりい…。気持ち良さそうに寝てたもんだからついな」

「つい、じゃないです!」


ほとんど悲鳴に近い感じでレオリオに訴えてると、出立の手続きを終えたらしいクラピカとセンリツさんがわざわざこっちに、お別れに来てくれた。




「ゼロ。来てくれたのか」


「く、く、ク、クラピカー!!?聞いてください!誰も僕に今日クラピカが仕事に戻っちゃうこと教えてくれないんですよ!?ひどくないですか!?」



なんて、今度はクラピカに詰め寄ってレオリオの事後ろ手に指差したら、「いや、私が伝えないでおいてくれと頼んだのだ」とクラピカの口から意地悪な答えが。ちょっぴりショックを受けましたよ僕。



「…ああ、すまないゼロ。私も別にお前との別れを惜しんでいないわけではないんだ。

ゴンもキルアも1秒を惜しんで修行しているだろうし…、それに…お前たちも。2人に付き合って、彼らの師匠をやるとジャズから聞いたぞ?邪魔をしては悪いと思ってな。

…これが今生の別れというわけでもないのだしな」



放心状態で口をパクパクさせてる僕を見かねてなのか、「すまなかったな」とクラピカが微笑った。相変わらず、クラピカは綺麗な顔だなぁなんて思います。




「あ、いえ…。そういうことなら僕だって…。でも僕は、最後にどうしても直接クラピカに謝っておきたかったので…」

「ん?私にか?何をだ?」


「あ…、えーと…。 …昨日の事なんですけど…」


なんとなく言いづらい感じで僕は言うけれど、クラピカは特に何も気にしてない様子でした。



「昨日?…何かお前に迷惑を掛けられたような覚えもないが…」


「あ、僕じゃなくてジャズの事なんですけど…。えと…、ジャズ、たまにすごくバカでデリカシーもないし、口下手で…、僕はジャズと繋がってるからジャズが言おうとしてることわかるんですけど…。

あー、でもそもそもジャズと僕は1人の人間で、結局ジャズが思ったことも言ったことも僕自身が心のどこかで思ってた事なのかもしれなくてそうやって思い出すと僕今すごい恥ずかしくて、でも、ああ、あぅ」


「…ゼロ、おま、少し落ち着けよ; …深呼吸!」



クラピカを前にぐるぐる考えてあわあわ早口になってく僕を落ち着かせるように、レオリオが僕の両肩を叩いて一呼吸させてくれる。




「はう、あう……。あの、それでも僕は…、ジャズは、クラピカのことを想ってたのは本当ですから。…その…旅団の人の話を出した時も…」



「……ああ、わかっている。…だが、そうは言っても奴―――の事は、ジャズにとってはやはりどこか気の置けない友人の1人だったのだろうと私は思うよ。

ジャズ自身は友人という言葉を否定していたがな。…おそらくジャズなりの整理の仕方がああいう形になってしまったのではとな」


「それは、その…」


「何、お前がそうまで気にすることはないさ、ゼロ。相手が蜘蛛であるからと、お前たちとのその関係までを否定するつもりは今の私にはない。私には私の、ジャズにはジャズの生き方と……、これまで歩んできた道があるのだから。

私ではないどこかの誰かが、それぞれの道半ばですれ違った人間とどういうやり取りをしてどんな関係となるか。そんなことまで私には関与できまい。

私にとっての憎悪の対象であったのだとしても、ジャズの友人でもあった男をこの手で葬ったのは事実。……だから私はジャズにならどう恨まれても責められても構わないと、そう思ったのだが…」



鎖をちゃらりと鳴らし、拳を強く握るクラピカ。いつもの、凛とした厳しさの見える表情が僕の心にズキリと圧し掛かる。




「…ごめんなさい。クラピカにわざわざあんな風に言うことじゃなかったのに」


「いや、だからゼロが謝る事ではない。どんな理由があったとしても、誰かの命を奪うということはそういう事なのだ。…奴らにはそういう悔悛も自戒もないのだろうがな」



そう言ってクラピカは拳を下ろし、ふっと表情を弛ませる。





「だがジャズのおかげ…と言っていいのか、あれで逆に私も少しだけ肩の荷が下りたのだよ。口は悪いしデリカシーもないが、それでもいくらかはジャズの言葉に救われたのだ。

私の背に重くのしかかっていたあの11番の影が、少し軽くなったというか。奴の、私だけをじっと睨みつけていた恨みの視線がどこか少し逸れた…というか」


「…え…; あんな…鬼のパンツ…がどうとかうデリカシーのかけらもないジャズのおちゃらけがですか?」


「はは、それもあるがな。………私にはジャズの言葉が一番響く。私のせいで一度は死なせかけたジャズの、な。」


「いや!でもそれはクラピカのせいじゃないし、それこそ僕が…!」



「コラ、その話はそこまでだ、ゼロ。ストップ!」



と―――、背後からレオリオが僕の口を押さえて、一歩、僕をクラピカから引き剥がす。




「レオリオ…」


「あのな、ゼロ。どっちが悪いとか、責任の所在がどうとか、そういうのはもう言いっこなしだ。仲間だろーが。ジャズだってちゃんと無事に戻って来てんだしよ。お前らはどっちも、何も悪くねぇ!

それでも納得いかねぇなら、二度と同じ後悔をしねーようにこれからを頑張れば良いんだ。同じ過去には絶対に戻れねーけど、取り返すことは十分できる。…オレだってそれで医者目指してんだからよ。

…ゴホンッ!―――ってことでこの話はここで終わり。自分が悪いとかもう言うな。良いな、ゼロ?」



「うー…。はい…」

「おーし」



よしよし、と満足気な顔のレオリオに、子供に言い聞かせたみたいに頭をポンポンされる。…あれ、おかしいな。レオリオって僕と同年代のはずだけど。





でも確かにレオリオの言うとおりだったのかもしれない。



…けど、それでも、なんだかクラピカには申し訳なくて。




かといって謝ったらまたレオリオに怒られそうだし(…っていうか僕を見るレオリオの目がズバリそう言ってる)


どうしたらいいのかわからなくなってクラピカを前にもじもじしてたら、「…とはいえ―――」とクラピカにため息交じりに話を続けられて、びくりと肩が跳ねてしまう。




「おい、おまっ!…クラピカ!」とレオリオがクラピカを諫めようとするけど、その口から次に出た言葉は―――


「お前が言うとおり、鬼のパンツとかいうデリカシーのかけらもない一言には、正直文句の一つも言いたいところだったがな」


なんていうものだった。




「うっぐ……; あとで僕がちゃんと叱っておきます…;」

「フフ…、そうだな。そうしてくれると助かる」




クラピカに気を使わせちゃったみたいで、胸がチクチクする。


『鬼のパンツ』とかいうジャズのデリカシーなさすぎる言葉がクラピカの口から出たのも地味〜に刺さる。


どうにもいたたまれなくなって手で顔を隠したら、「…よろしく頼むぞ?」なんてクラピカに追い打ちかけられた。




もしかして僕いじめて楽しんでますか?クラピカ…;





「はう…。わかりました。もう良いです…;

えと…それじゃあ、これから少しクラピカとは離れちゃいますけど…。何か困ったことがあったら…、いえ、他愛ない事でもいいんで時々連絡ください。

なにかあれば僕、すぐに飛んで行きますから。ジャズに用事なら、僕がすぐに首根っこ捕まえて連れて行きますから」


「それは心強いな。私から言わせるとお前たちの事の方がよほど心配なのだが。

ゴンとキルアがそばに居るなら大丈夫だと思うが、お前たちも、自分1人だけが戦っていると思うな。困ったときにはこっちも頼れ。私もできうる限りお前たちの力になろう。

……レオリオも微々たる助けにはなるかもしれない」


「あっ!?てめ、コラ、クラピカ!!なんで急にこっち刺してくんだよ!!」


「ふふっ」



なんだかやり取りが少し懐かしく感じられて、つい吹き出してしまった。

クラピカの隣でセンリツさんも微笑んでたのが印象的でした。







「あっ…と、そうだ」



と、突然ある事を思い出して、僕はピンと右人差し指を立てる。

クラピカと、クラピカに食ってかかってたレオリオと、センリツさんの視線がそこに集まった。



それに怯まずに僕は


「きっと知らないと思うんで」

とウェストポーチからメモ用紙を出して、つらつらとそれにある番号を綴った。





そしてそのメモ用紙を笑顔でクラピカに渡す――――渡そうとした時。











クラピカの指先にそれが触れるその瞬間、まるで気が変わったかのようにゼロは手にしていた紙をズバッと素早く上に引き上げた。


急な変わり身にクラピカとレオリオ、センリツが何事かと目を見張る中――――




「おっま…!!ナニ渡し…っ!?」


というやや乱暴な文句がゼロの口から洩れて、『ああ、なるほど』と3人はゼロの―――ジャズのその行動に納得する。




バツが悪そうにそっぽ向いて、メモ用紙を手にしたままガシガシと頭を掻くジャズに、「何をそんなに照れてるんだ?ジャズ」とクラピカが軽く笑みを零しながら尋ねてくる。

『確信犯かよ』とジャズが心の中で毒づいた。




「…ジャズ。お前には世話になったな。ありがとう。最後に改めて礼を言うよ」


「うるせーな。世話になったのはこっちの方だっつーの。……サンキューな、クラピカ」



「…めんどくせー奴だな、お前…」

「うるせーっつってんだろレオリオ!」



ビシッとレオリオを指差し突っ込む。



…が、そうすることで指差した方の手に握っていたメモ用紙が再び視界に入り込んでしまい、ジャズは苦々しく口をへの字に曲げる。


そのままわずかばかり逡巡した後、意を決したのか舌打ちと共に「仕方ねーな」と零した。

そしてペンを取り出し、先ほどゼロが何か書いていたメモ紙にさらに何かを書き足していく。




「…別に礼って程でもねーケドな。お前に良いモンくれてやるよクラピカ。…このオレがだぞ?ありがたーく受け取れよ!」



と書き終えたかと思ったらすぐさまそのメモ用紙を、クラピカの手にバチッと音がするくらいの勢いで叩きつけてきた。




じんじん痛む手を見やるクラピカの目に入ったのは、手の中でくしゃくしゃに折れたメモ紙と、そこに書かれていた電話番号と思しき数字の羅列が2行分。



1行目―――上の整った字はおそらくゼロのもので、乱雑な下の字がジャズのものなのだろう。


同じ体を使っているというのに全く違うそれらの字に、「こうも変わるものなのか」とクラピカは興味深そうに見入る。

レオリオとセンリツも、それに続いてメモを覗き込んだ。



「…んだこりゃ?電話、番号…か?誰の番号なんだよジャズ?」

「上のものはゼロが書いた……もしやお前の連絡先か?となると下は誰のだ?ゼロのものとは違うようだが…」



以前に本人から教えてもらった電話番号を思い出しながらクラピカはジャズに尋ねる。


ジャズは先ほどまでとは態度を一変させ、得意げな表情でメモを指差した。



「下の番号はゾラってババァの連絡先だ。オレが始末屋やってた時に懇意にしてた情報屋」

「…!!そんな大事な情報を何故!?……いや、その前に『やってた』…とは…、なぜ過去形なんだ?」



今も始末屋として懇意にしているんだろう?という意味で問われたクラピカの言葉。


わずかな言い回しからも過不足なくその真意を汲み取ってくれるクラピカに、ジャズは嬉しそうに薄く笑みを向けてきた。




「ハッ…、なぜ過去形かって?そりゃもちろん、始末屋はもう廃業したからな」


「はぁ!?廃業!!?」



大きな声でいち早くそう反応したのは、横で会話を聞いていたレオリオだった。

クラピカも少なからず驚いていたようだが、レオリオの声に先を越され、逆に冷静になったらしい。

さらに口を挟もうとするレオリオを片手を挙げて制止し、改めてジャズに問いかける。



「…廃業とはまた思い切ったな、ジャズ。まあ、お前がそう決めたのなら私たちが口を挟もうことはないが…。

とはいえ懇意の情報屋の連絡先などそれこそ仕事内容や依頼人の情報などと同等に機密性の高い情報だろうに。なぜ私なんかに?」


「うるせーな、礼だっつったろ。素直に受け取っとけよ。ババァも了承済みだ。

前回報酬の10倍振り込むから今度はオレの代わりにお前の面倒見てくれって――――オレがババァに依頼した。

良い金づるに逃げられた、穴埋め代わりにさらに面倒押し付けてくるなってめちゃくちゃ怒られたけどな」



「報酬額の…10倍?一体いくら…」



つぎ込んだんだ?とクラピカがジャズに問う前に、件の男の口は何事でもないかのようにさらりと「100億」と紡いでいた。


その答えを聞いて、いの一番に飛び上がったのは、やはりというべきかレオリオだった。



「ひゃっくっ!!?―――はぁぁあ!?お前ちょっとその金オレに貸せジャズ!!」

「やーだ〜〜」

「―――レオリオ!!」



おちゃらけ、舌を出すジャズに、それこそ押し倒すような勢いで詰め寄るレオリオを、『頭痛がする』という体で額に手をやった格好のクラピカが強めの語気で止める。


……頭痛はおそらく、レオリオの行動だけが原因ではないのだろうが。

ゼロの苦労というものが偲ばれるな…、とゼロの困り顔を思い浮かべながらクラピカは静かにため息をついた。





「まったく…。礼の仕方にも礼儀があるということを知らないらしいな。私には、お前の言った金額に吊り合うようなことをした覚えなどないのだが…」


「ハ…、嘘つけよ。こっちは金なんかじゃ買えねーモンを救ってもらってるってのによ。100億ぽっち、むしろ少ねぇぐらいだろ?」



「………そこまでしてもらう理由がない」


「理由は無くても、お前にゃ十分『必要』ってモンがあるだろーが。このオレがわがまま放題できたババァだぞ?万能じゃねぇがなかなか有能だし、信頼はできる。

…だから安心してコキ使え。じゃなきゃ見つかるモンも見つからねーだろ」




そう言ってジャズは自身の目元をトントンと人差し指で突いてみせる。



その瞬間、クラピカの纏う―――これまで一見は穏やかそうに見えていた雰囲気が、明らかに変わった。

レオリオとセンリツが、わずかに緊張した面持ちでクラピカに視線を向ける。








「お前の探し物……『奪われた仲間の眼』ってヤツ。…取り返すんだろ?どんな手段(て)を使っても」








『奪われた仲間の眼』―――――




先日クラピカがそう口にした言葉から、ジャズはすでにゾラと共にその心当たりを探っていた。




クラピカが"仲間の仇"と追っていた蜘蛛、幻影旅団。奪われた眼――――


いくつかのキーワードを拾い、そして『それ』が闇市場で通称『緋の目』と呼ばれるモノであるという結論に達するまで、それほど時間はかからなかった。







『緋の目』―――――さすがにジャズでも知っている。




世界七大美色。

世界でも指折りの、趣味の悪い美術品。



そして、そんなものを喉から手が出るほどに欲しがっている好事家が想像以上に多いことも。






「…けど『それ』を取り戻すなんて事、蜘蛛共に復讐を果たすよりよっぽど厄介かもしれねーぞ?

"あんな"悪趣味で稀少な、しかも表に出回ることなんて絶対にねぇお宝を手に入れられる……そんな奴らなんて、間違いなく裏社会で長く生き抜いてきた海千山千の汚ぇ獣共だ。一筋縄で行くわけがねぇ」


「そんなこともちろんわかっている。だが、もう私にしか出来ないのだ。例え私自身が獣と成り果てようとも、それだけは果たさねばならない」


「……だろうな」








―――わかってる。オレだって同じ立場ならそうする。ゼロのためになら―――





と……真摯にクラピカを見つめるジャズの瞳がそう言う。







実際のところあの夜にジャズはそのように行動したし、"だからこそ"……とジャズはクラピカに手を差し出す。









「……要らねぇか?」



「………いや…。―――――もう一度だけ聞くが、本当に良いのだな?ジャズ」


「ああ。良いぜ、もちろんな。始末屋廃業しちまったらオレにはもう使い道のねーモンだし。オレがいなくなったらババァだって暇持て余すだろ」



「…遠慮などは今の私には出来ないぞ?かなりの無茶を願い出ると思う」


「おーぉ。存分にコキ使ってやれよ。金にはうるせークソドケチだから、追加料金ボッてくるかもしんねーけどな」

「そうか…。用意は怠らずにしておこう」

「冗談だって」






ははっ、と些細な悪戯が成功した子供のような顔で笑ったジャズを見て、クラピカは申し訳ない気持ちと深い感謝を心に抱く。



手の中にあるメモに再度視線を落とし、それから握りつぶさない程度にそれを握りしめて胸の前へと掲げた。

そして祈るようにゆっくりとまぶたを閉じ――――もう一度、改めてその黒い瞳にジャズの姿を映す。





「……すまないジャズ。…ありがとう。恩に着る」


「気にすんな。全部綺麗に終わったらでいい」




そう言ってジャズはクラピカの金髪をさらりと撫でる。


「……なんか2人の世界って感じだな。入れねぇ」と小声で愚痴をこぼすレオリオに、センリツが「まあまあ、いいじゃない」と優しい笑みを浮かべて返していた。











「……では私たちはそろそろ行くよ」


数日前までの厳しい表情とは一転、わずかばかり晴れやかに見える顔で、クラピカはそう言って軽く手を振る。



「お前、たまにはちゃんと連絡寄越せよクラピカ!?」

「用があればな」

「用が無くても連絡ぐらいちょいちょい寄越せっての!」

「遠恋中の乙女か」



クラピカに向かって指差し騒ぎ立てるレオリオに突っ込むジャズ。それを見て、クラピカの横でセンリツが微笑んでいる。そんな光景。




頭のどこかで誰かの焦ったような声を聴きながら、ジャズは「またな」とクラピカに手を振った。


……"また"、か。とクラピカはそれを頭の中で反芻し。




「ああ。……またな、ジャズ。お前も、無茶はするなよ」

「ハ…、おせっかい焼きが」

「どっちが」



互いに笑顔でそう悪態をついて、搭乗口に向かうクラピカとセンリツに最後の別れを告げる。


出立時間を過ぎて、飛行船が空港を飛び立つのをロビーで見送って。



「じゃ、帰るか」というレオリオの朗らかな声に誘われてタクシーに乗ったところで、―――うるさく喚いていたもう1人に主導権を渡したら―――その瞬間に怒鳴られた。




「だっ!?ちょ、ちょ!!!?なんで僕にもお別れさせてくれないんですかジャズ!!もー!!」

『うるせーな最初に十分しただろ』


と、余計な電話番号を勝手に渡そうとしたことに対する意趣返しのつもりだったことをジャズはゼロへと白状した。


「代わって、って、僕にもお別れさせてって、僕何度も言いましたよね!?」というゼロの悲痛な叫びを聞いて、横で何事かと汗を垂らしていたレオリオも何のことかをうっすら理解したらしい。




「もう!分かりました!メールします!」




力強く宣言してごそごそとポーチからケータイを探し始めるゼロに、「またな、が台無しだよ」とレオリオが笑った。









つづく


NEXT→82:不安の影←PREV(前話へ)

次からG・I編です。
クラピカ救済してみたかったんだけどうまくいったのかどうか…


すもも

TopDreamdouble style◆81:惜別
ももももも。