double style ◆84:新たな出立



渋い顔をしたツェズゲラさんから合格の判定をもらって、僕はステージ奥へと歩を進めた。


通路の先の部屋の扉を開けると、階段状に席が並んだ講義室のような場所に15,6人の合格者と思しい人たちが。

三角巾で吊った僕の腕が目立ったのか、その全員から見定めるような視線をもらう。



その中の何人かはなんだか僕の顔を知っているような素振りで、……あ、いや、きっと僕ではなくて『始末屋ジャズ』の顔なんだろうけど。

チッと舌打ちしてそっぽをむかれたり、ふん、と面白くなさそうに鼻を鳴らされた。


もちろん良い気分じゃない……けど、直接絡まれたわけじゃないしとりあえずそういうのは無視して、ゴンたちが来たら一緒に座ろうと広く空いてる場所を目当てに段を上がる。


だけどその途中に、先に席に着いていた、ゴンたちぐらいの小さな女の子と目が合って。

思わず足が止まってしまった。




いっそ場違いなくらい可愛らしいドレスに身を包んだ、お人形みたいな顔立ちの小さな女の子だ。


ゴンとキルア以外にも子供がいたことにまずびっくりした。

その後で、なんとなくだけど天空闘技場で初めてズシと会ったときのことを思い出して、自然と笑みが浮かんだ。



仲良くなれるかな?と思って、そのまま笑顔で片手を振ってみる。

すると女の子は目をぱちくりさせて、僕からのコンタクトを拒むように、ぷいっと反対側を向いてしまった。



……あれれ、驚かせちゃったか。

まあ女の子が1人、僕ぐらいの歳の男から急ににこやかに手を振られて警戒しないわけもないんですけども。……ちょっと寂しい。




『……つっても、こんな懸賞金目当ての合格会場に1人でふてぶてしく座ってる時点で、ただの幼女なわけねーんだけどな』


再び階段を昇りながら、ふうと小さくため息を吐いているとジャズからそんな慰め?の言葉をもらう。

…いや、その通りといえばそうなんですけどね?



『そうは言ってもせっかくゴンとキルアと同い年ぐらいの子と会ったんだから、ちょっとぐらいはお話してみたいじゃないですか。ズシとだって、闘技場では仲良くなれたんだし…』


『あの時とは状況が全然違げーだろ。ゲームクリアの目的は一緒でも、向こうからすれば500億の懸賞金目当てのライバルだぞ?お前みたいなお人好し、利用されるだけされてポイなんてオチが良いトコだ。

あの幼女だってあの歳で、あのナリでソロハント一丁前にやってるなんて、並みの幼女じゃねーのは確かなんだからよ』


『…むー。それはもちろん一理ありますけど…』



なんか意地悪だなぁ。

せっかくのゲームなんだからもうちょっと楽しもうとか、ないんですかね。



『だーから、オレはお前とこいつらじゃゲーム参加の経緯も目的も違うんだって話を……』

『わかりましたわかりました。気を付けますってば』



確かに、ジンさんの情報が目的でゲームをしたい僕らと、おそらくは500億の懸賞金が目当てでゲームクリアを目標に参加するこの人たちとじゃ話が合わないだろうっていうのは仕方ないところなんでしょうけど。


こんな小さい女の子相手にしてまでそんな目くじら立てなくてもいいと思うんだけどな。




女の子より2列くらい後ろの、誰も座っていない段の真ん中の席に着いてちょっぴりため息。


ゴンとキルアを待つ間、斜め前に座る女の子のツインテールをなんとなしに眺めてたら、それがちょっと動いて――――女の子が、チロリと僕の方を盗み見てきた。

僕もまた同じように視線を向けていたことに気付くと、女の子は慌ててサッと前を向いてしまったけど、………うん。なんだろう。そのうち仲良くなれそうな気はしてきた。



そうしてのほほんと考えながら席で待っていると、そんなに経たない内にキルアがひょこりと、僕も来るときに使った扉からその姿を現した。


「(こっちですよー)」とばかりに僕はパクパクと声に出さないまま口を動かして、キルアに向かって手を振る。



きっと合格してくれるってもちろん信じてましたけど、本当にそうなってくれたところを見るのはやっぱり嬉しい。

だけどキルアは僕みたいに大きく喜ぶでもなく、ただふっとニヒルに笑って、すたすたと平静な感じで僕のところまで上がって来てくれた。


…うーん。キルアらしいといえばらしいんですが……なんかすごい温度差を感じます。



「合格おめでとうございます、キルア!」

「ま、トーゼンってヤツ。ゼロも合格おめでと。あとはゴンだけど…」

「大丈夫ですよ、ゴンだって絶対…」


と―――言いかけたところで、ドォンッという大きな爆発音と、部屋中に響く軽い振動。


これはもしかして…なんて考えていると、少し後にガチャリと扉が開いて。

そこから現れたのはもちろん……



「ゴン!!」

「あ、キルア!ゼロ!良かったー!2人とも選ばれてたんだね!!」


キルアの呼びかけに反応したゴンが、嬉々として僕らの席まで駆け上がって来た。




「今の音はやっぱりゴンですか?」

「うん。あいつに、『それ』で壁を殴ってみろって言われて」


そう言ってゴンがグッと握った拳を前に突き出してくる。

その意味するところは僕もキルアももちろんよく分かってる。ジャズに見せられてから、この4日で猛特訓しましたもんね。


「ふふっ、さすがゴンです。本当にすっかりマスターしたんですね」

「へへへ〜」

「『これでやっと、あのいけ好かねぇオッサンのツラにも一泡吹かせてやれたってわけだな』ってジャズも喜んでますよ」


…って、他の人に聞こえないようコソッとゴンに耳打ちすると、「モチ!」とゴンはニカッと歯を見せて、握った拳の親指を立てた。



『……別にそんな喜んでなんていねーし。ナチュラルにホラ吹くな』

『ふふん。ほんとにそうですかね〜?』


なんて僕らが話している間に他にも3人ほどの合格者が出て、すべて審査も終わったのか最後にツェズゲラさんも部屋へと入って来た。






「―――さて、とりあえずおめでとうと言っておこう。君たち22名にグリード・アイランドをプレイする権利を与える。

ゲームをクリアした場合に限り、バッテラ氏から500億ジェニーの報酬が支払われる。詳細は契約書にあるので目を通しておいてくれ。

午後5時にはヨークシンを出発する予定となっているので、それまでに契約書へサインを済ませ、プレイの準備を終えてターセトル駅の中央口に集合するよう。以上」



淡々とそう言って書類の束を配り、ツェズゲラさんはさっさと部屋を出て行った。

まあ、ツェズゲラさん自身も"雇われ"とはいえ主催であるバッテラさん側の人間ですから、出発の準備とか色々とあるんでしょう。


でもとりあえずは僕もゴンもキルアも全員無事に選考会に受かったことだし!これでジンさんへの手がかりをつかむための準備が整ったと見ていいのかな?



貰った契約書をざっくりと確認した感じ、ゲーム内から持ち帰った物はすべてバッテラさんの所有になるみたいなことが書いてあったので、やっぱりバッテラさんも何か目的があってゲームを集めてるみたいですね。



ゲームの中から持ち帰れる「何か」…。

中で死ぬと、現実でも実際に死ぬゲーム。


念能力者が作ったゲーム…か。




「一体何がこの中で待ってるんでしょうね〜」

「楽しみだね、ゼロ!」

「はいはい。無邪気なお子ちゃまたちも立った立った。もう残ってんのオレ達だけだぜ?オレ達も早く戻って準備にかかんないと」

「ぇえ…。冷めてますねキルア…」

「はしゃいでんのがゴンとゼロだけって話だろ?5時には出発なんだから、それまでに契約書の確認とかメモカの用意とか色々やることやっとかなきゃ」

「それはそうですけど…」



むう、と思いながら部屋を見回すけど、キルアの言う通り合格者の人たちは僕ら以外の誰1人として部屋に残っていなくて――――


もちろん、あの女の子もだ。

ゴンとキルアと一緒にお話できなかったのはちょっと残念だったけど、まああの子も合格者なんだから会う機会は今後もあるでしょうし。



僕らもそこを出ることにして、まずはレオリオと連絡を取って適当なカフェで合流することになった。


レオリオにも契約書の内容を確認してもらいたいってゴンが言ったのもあって。



……うん、まぁこういう公式文書って読むのも理解するのも大変ですしね。

会場から出る間にゴンが契約書とにらめっこしながら、頭から煙を吐いていたのは……しょうがない、見なかったことにしておいてあげよう。






「んー…、書いてる内容は要約すると3点。まず、怪我したり死んでも文句言わない。あとはゲーム内から持ち帰った物は全てバッテラ氏に所有権があるってことと、ゲームをクリアした者には500億の報酬を与えるってのだな。それでいいならサインしてくれって契約書だ」



ほら、と書類の束をゴンの前に戻して、レオリオが言う。

言った後はビールを手に、テーブルの上に並んでいた軽食をつまむ。


…………。



「……んだよ。んな怖い顔すんなってゼロ。一応ノンアルコールで頼んでんだぜ!?」

「…だってビール…」

「リオレオは老け顔だからバレないだろーし、大丈夫だってゼロ」

「誰が老け顔だコラッ!つーかレオリオだ!!」

「で?どうするゴン?サイン良いよな?」

「…え?あ、う、うん…;」


前のめりに噛みつくレオリオを無視して、隣の席に座るゴンにサインの確認をするキルア。

ゴンは苦笑いだし、無視されてさらに目を吊り上げるレオリオは「どうどう」となぜか僕が諫める羽目に。…なんで?



その後は僕もゴンもキルアも、それぞれ自分の名前を契約書にサインして。


―――残ったレオリオとは、結局そこでお別れすることになりました。





「レオリオ、試験頑張ってくださいね!」


「おう。これから猛勉強だぜ。お前らの方こそ、気を付けてな。なんか危ねーゲームだって話だからよ」

「次会う時はお医者さんだねレオリオ!!」

「……ゴンお前、それは最低でも4年会わねーって事か?」

「まあまあレオリオ。きっとゴンなりの激励なんですよ」


試験に受かってお医者さん…じゃなくて、医大試験受かった後もお医者さんになるまでたくさんの勉強をしなきゃならないって……ゴンもたぶんそのぐらいは分かってるはずですし…。

レオリオなら必ずお医者さんになれるからって、そういう意味でゴンは言ってるんじゃないでしょうか。たぶん。



『…もし逆に医者になるまで会わねーって意味だとしたら、むしろ今後二度と会えねーって可能性もあんじゃねーの?ここでしっかり今生の別れしといた方が』

『そんなこと絶対無いから、ジャズちょっと黙って』


全然面白くもないジョークを飛ばすジャズを叱って、何事も無い顔でレオリオの乗ったタクシーをゴンとキルアと一緒に見送る。

車内から笑顔で手を振ってくれたレオリオに、僕らもまた手を振り返して。





「…クラピカもレオリオも行っちゃいましたね…」


と……タクシーの走り去って行った道の先を名残惜しく眺めながらそう呟いたら、ゴンが

「また3人になっちゃったねー」

なんて、あっけらかんと僕とキルアの方に向き直って言った。


……そういえば天空闘技場からくじら島にいたとき以来でしたね。この3人で何かするのって。




「いや、3人は3人だけど、今回はジャズもいるから4人じゃね?」

「あ、そっか。そうだね」

「ふふ。いるだけなら、前もずっと一緒にはいたんですけどね。…今回はジャズも仲間に入れてくれるんですか?」


そう言うと、ゴンはすぐさま「当然だよ!」と力強く答えてくれた。



「ま、ジャズにはまだまだたっっっぷり!念の事とか、これからも教えてもらう事が山ほどあるしね」


逃げられると思わないでよ、とニヤリと悪戯っぽく笑って、キルアが僕の、折れてない方の腕をガッシと掴んでくる。

すると「あ!ズルいキルア!」と何がズルいのかわからないけど、ゴンにも反対側の腕……の代わりに服の裾を控えめに掴まれた。



……そんな事しなくても、僕ら逃げたりなんてしないのにね?


クスッと笑って『…ねえ?』とジャズに同調を求めてみたけど、ジャズにはすかさずそっぽを向かれた。

素直じゃないなぁ。




「じゃあとりあえず、必要な荷物をまとめてからターセトル駅まで行きましょうか!4人で!」

「「おー!」」


右拳を突き上げて笑顔で応えてくれるゴンとキルア。

嬉しさを隠さず、僕も笑顔でそれに頷いて。



これから始まるゲームについての話を色々と話しながら僕たちは歩き出した。








つづく


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すもも

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ももももも。