最小限の手荷物と武器とをそろえてターセトル駅に集合した僕ら合格者を待っていたのは、僕らを乗せるためだけに貸し切りにされた列車だった。
出発した列車の行き先はシークレット。
一度ゲームを盗まれてるから慎重になっているんだろうってキルアとそんな話になった。
夜もまあまあ更けた頃に到着した駅からさらに少し歩かされ、そうして着いたのは人里離れた場所にある古いお城だった。
見た目はどうにももろそうな古い石造りの城だけど、ツェズゲラさんが言うには『最新式の防犯システムが稼働しているから指示以外の場所は歩くな』とのこと。怪我では済まない事もあるんだって。
そしてそんな中を案内されて最終的に連れて来られたのは、堅牢な扉で閉ざされた地下の一室。
中では何台ものモニターとジョイステーションだけが静かに稼働していた。
「さて、始める前に少しだけ補足しておこう。このゲームはソフトがそれぞれ独立しているわけではなく、どのハード機からスタートしても行きつく先はみな同じ…。
いうなれば電脳ネット上でのゲームと似ていて、ひとつの仮想空間に世界中から参加できるものと考えてもらっていい」
「…えっと…、つまりどーゆーこと?」
ツェズゲラさんの説明がよくわからなかったのか、ゴンがキルアにそんなふうに尋ねていた。
「んー…、ゲーム初心者に説明すんのは難しいけど…。とにかくみんな同じ場所でゲームが出来るってことだよ」
「え?当たり前でしょ?ここに全部ゲームがあるんだから」
「そーじゃなくて…まあそれでもいいけど」
キルアが説明に困っていたけど、実を言うと僕もちょっとよくわからなかったり…。
んー?と首をかしげて考えていると、そこにジャズの声が割り込んできた。
『…つまりゲームに対して『練』を行うことで、ゲームを介してどこかこことは別の同じ場所に飛べるって事だろ。行き先が全員、おんなじ『ゲーム』の中って事だ』
……あ、なるほど?
『念による転移トラップみたいな感じのものって言いたいわけですか?』
例えの話をしたつもりだったんだけど、案外何か思い当たる節でもあったのかジャズが少し考えるようなそぶりを見せる。
『…技術的に応用はしてると思うぜ。念能力者が作ったゲームって話らしいしな。でなけりゃこの部屋いっぱいに先行プレイヤー共の身体が寝てなきゃおかしい。誰も居ねぇって事はそういう事だろ』
『そっか。行き先のゲーム…仮想空間というのが、誰かの念で作られた、どこかこことは別の閉鎖空間の中って事になるんですかね?そこに転移させられるって事なのかな?』
『…………"鉢合わせ"、ガチのマジであるかもしれねーぞこれ…』
顔を引きつらせた感じに言うジャズの様子に、僕も思わず顔がげんなり。
『ええ…。まさかそれ、旅団の人と中で…って事ですか…?うわあ…やだなぁ…』
『ゲーム内で死んだらリアルでも死ぬって意味もこれで分かったな。ゲームとは言うが、ある意味現実。……スタート地点で待ち伏せだけは無いと信じてートコだ…』
『怖すぎる!』
ぶるりと粟立つ鳥肌を思わず手でこする。そんな僕をゴンとキルアが不思議そうな顔で見ていた。
「―――ではメモリーカードを配布する。これを差したらすぐゲームを開始してもらうのだが…。その前に、順番をまず決めてもらいたい。
ゲーム内に飛ぶと最初にシステムの説明があるのだが、それを聞けるのは1人ずつになるからな。中でモメないようここでまずスタートの順番を決めてもらう」
「なるほど。んじゃ全員グーパージャンで決めようぜ。人数の少ない方が勝ちで」
ツェズゲラさんの説明を聞いて、合格者の中の1人…オシャレスーツを少し着崩した、顎がどうにも特徴的な人だ―――が、他のみんなに向かってそう提案する。
スタートの説明自体も数分で終わるらしい……と言ってもこの人数じゃ最初と最後で1時間ぐらい差がでちゃうけど、目くじらを立てるほどの時間でもない。
ここで決め方からモメてもスタートの時間が遅れるだけだし、誰も特に異論も無かったみたいなので、その場で何人かに分かれてグーパージャンケンだ。
みんな言葉少なに、自然と近場の4、5人で集まってジャンケンになった。
「よっし!1番!」
ゴンがそう零して小さくガッツポーズ。
聞いたらキルアは18番目だって。僕は12番だ。
「君が1番か。…おや?たしか君はセーブデータを持ってるはずじゃなかったかね?」
「あ、うん」
ツェズゲラさんに言われて、ゴンはポケットからメモリーカードと指輪を取り出した。どちらも、いつかにジンさんが『ゴンへ』って残していた箱の中にあったものだ。
僕とキルアの分のメモリーカードを買いに行く途中で聞いたけど、あの指輪もこのゲームをするときに必要なものだったらしい。
オークションの後バッテラさんと会ってゲームプレイの交渉をしたときに教えてもらったそうだ。
「…使うかね?」
改めてツェズゲラさんに問われて、ゴンは僕とキルアに少し目を向けてきた。
だから僕とキルアは『大丈夫』と頷いてみせる。
するとそんな僕らのやり取りを見てか、ツェズゲラさんが「安心したまえ」と付け加えてくれた。
「たとえどこでセーブしたデータであっても、最初に行きつく先は他の者と同じ場所だ。スタートから仲間と別の場所に飛ばされることはない」
「…ならスタート地点で待ってれば合流はすぐ出来そうですね」
「だな」
と、隣のキルアとコソッと耳打ち。
そのうちにゴンも、ジンさんの残した『それ』を使う覚悟が出来たみたいだ。
「ゴン!説明聞いたらそのままスタート地点で待っとけよ!」
キルアの声かけにゴンは『オッケー』とばかりに親指を立てて、ゲームへと向いた。
指輪をはめ、メモリーカードをゲーム機に差して。
それに向かって『練』をしたゴンの身体は、その瞬間にその場から消え失せた。
「おお…」「へえ…」といくつかの感嘆の声が、誰となしに呟かれる。
「『NOW PLAYING』の文字が画面に出たら、次の者がスタートだ」
そうして、僕らの短い待ち時間も始まったのだった。
「……なあゼロ」
「はい?」
ゴンの姿が消えてから『NOW PLAYING』の文字が画面に出るまで、時間を測ったら約3分とちょっと。12番目の僕が来るまで、大体40分くらいだ。
結構あるなぁと壁際に腰を下ろしていたら、隣にキルアもやってきた。
すぐに順番が来る2、3人を除いて、時間がかかりそうな他の合格者さんたちも各々椅子に座ったり床に座ったりで適当に時間をつぶしている。
ツェズゲラさんは稼働中のゲームのそばで腕を組んだ仁王立ちで、トラブルなんかが無いかを確認している……のかな?
「キルアも18番じゃ結構かかりますね〜」
「ま、それはしょうがないし。オレより時間かかる奴らもいるしね。
…つーかそれよかさ、あの女さっきからゼロの事スッゲー見てんの、気付いてる?」
「ああ…。あはは…それはまあ…;」
最初は立ったままゲーム画面を眺めて待っていたんですけど、背後から妙に視線を感じてチラッと見たら、あのツインテールの可愛い女の子だった。
僕が振り返るとサッと視線を逸らしてしまうんだけど、僕が前を向くとまた背中に視線が;
気になるから壁を背負って座ってみたけど、それでも女の子は僕のことを横目にチラチラと見てきて。
目を向けるとやっぱり顔を逸らされるし、どう反応すればいいのかわからなくなって気付かないふりで僕も見ないようにしてたけど、女の子の意識に釣られてか他の合格者の人たちも僕の事を気にし始めて、そろそろ気付かないふりがつらい状態でした。
なんなんでしょうね?僕と話でもしたいのかな?
「オレが訊いて来てやろうか?ヒトの事ジロジロ見て、何の用だよって」
「ああ、いや、いいですよ。それなら僕が自分で行きますから」
女の子と同じ年頃のゴンとキルアと親しく話してるから、何か聞きたいのかな?
それともまさか、僕の顔が『始末屋ジャズ』そっくりだってことにでも気が付いて?
まあ僕の方も、「もし話す機会があれば」って思ってたからちょうどいいといえばちょうどいいとも言えますけど。
「あの…」と女の子に話しかけると、女の子ももう見ていないふりは出来なかったのか、くるっと僕に向き直ってくれた。
「君、ずーっと僕のこと見てますよね?何か僕にお話でも…」
「―――変なナンパ!!」
「うえ!?」
結構大きめの声で叫んで、女の子はタタッと離れた場所に逃げてしまった。
残される僕の手と、目が点のジャズとキルア。
しんとした部屋の中、集まるその場の視線。好奇と同情の。
「す、すいません…;」
恥ずかしくて顔真っ赤です。
のろのろと元の場所に戻って顔を隠すようにしょぼんと体育座りしていたら、キルアと、近くにいたジャンケンを提案した顎の人からポンポンとそれぞれ左右の肩を叩かれた。
「…次、ゼロの番だよ…」と控えめにキルアに声かけられるまで、僕はそのまま顔を上げられませんでした。
つづく
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事案発生
すもも