※季節のイベントネタの
バレンタイン夢「花束をキミに」の続きかもしれないです。
そしてお相手もジャズじゃなくてリバイアサンかもしれない(爆)
トントンと誰かがドアをノックした。
「………ジャズ?」
何度ドアを叩いても返事の無かった部屋。
恐る恐るといった感じにドアノブを回すと、ドアはかちゃりと音を立てて開いた。
どうやらカギはかかってなかったらしい。
ドアの隙間からひょこっと顔を覗かせたのは黒い髪をした小さな少女だった。
「…ジャズ……?」
なぜか無数の花束で埋まる部屋の中心に、少女は見知った背中を見つけた。
「何してるの?ジャズ」
「…………。」
部屋の中心に座り込み、ひっきりなしに手を動かして周りの花をかき集める青年の背中。
呼んでも、返事も、振り返ることすらしないその青年の様子に、何かいつもと違うなぁと思いつつ、少女は青年の隣にしゃがみこんだ。
(……? …あ、これ、ジャズじゃない)
何をしているのかと、青年の手元を覗き込んだ少女は、そのとき全てを理解した。
床に散らばる花束を拾い集め、青年はそれを次々とサラダでも食べるかのように口へと運んでいく。
ぱき、しゃぐ、はぐ、もぐもぐ。ゴクッ、ばく、もぐもぐ。
(リバイアサン…)
横でじっと自分を見る少女を気にもせず、青年はひとつひとつ花を口に運び、喉を通してそれを腹へと収めていく。
けだるそうに開かれた目には目の前のエモノの姿しか映っておらず、少女の姿は確かに視界に入っているだろうに、ケダモノはちらりともそれを目に映すことはない。
無感動で無機質な表情のまま、ジャズというヒトガタをとった寡黙な"化け物"はただひたすら部屋中に散らばる花を食べていた。
(………一体何のお仕事なんだろ…?)
―――『モノでもヒトでも、なんでも始末する「始末屋」』として活動しているジャズ。
これも何か『始末』の仕事なのかな、と少女は首をかしげる。
目の前のケダモノは相変わらず花にしか興味がないようだし(それ以前に話せるのかどうかも不明だ)、
その疑問に答えてくれそうな人物…ジャズ本人の姿もなかったので、質問の答えを得ることはできなかったが。
(それにしてもお行儀悪いなぁ…)
ぷらぷらと花を指でつまみあげて、舌を出して下のほうから口へと運ぶ。
よく噛みもせずに花を飲み込んではまた花を拾い上げ、肉でも引きちぎるようにそれを食い散らす。
ジャズ本人がなにか物を食べているところはほとんど見たこと無いけれども。
あの青年もこんな野卑な食べ方をするんだろうか、などと想像する。
(しかも悪食だし……。おなか壊すぞ?)
おなかを壊したときはきっと、「うー」とか、「あー」とか、間の抜けた声を上げながらそのへんをごろごろと寝転がったりするんだろう。
一度としてジャズのそんな姿は見たことがないが、簡単に想像できてしまいなんだか笑いがこみ上げてくる。
突然クスクスと笑い出した少女の様子を、リバイアサンはそれこそ、きょとんとした間抜けな顔で眺めていた。
「なんでもないよ」と少女が手を振るとケダモノもまたゆっくりと元の作業に戻っていく。
(なんか可愛いなぁ)
ほくほくと和んだ少女はぺたりとケダモノの隣に座り込んだ。
(………それにしてもジャズ、どこ行ったんだろう…)
拾い上げた一輪の花をくるくるとまわしながらそんなことを考える。
視界の端では、先ほどからずっとずっと同じようにケダモノがもぞもぞと動いている。
そしてケダモノの主もずっと戻ってこないまま、30分が過ぎようとしたころ。
少女の手元の一輪に、長く綺麗な細い指が伸びてきた。
「リバ…?あっ」
「ヴルルル……」
気がつけば部屋の中にいっぱいにあった花もほとんどがその姿を消している。
少女がハッとした瞬間、目の前のケダモノが牙をむいた。
おとなしくて優しいゼロや、ある意味で紳士的なジャズとは違い、そのケダモノはやはりケダモノらしく乱暴に少女を床に叩きつけた。
そしてギラギラと餓えた野犬のような瞳で少女を見下ろし、ケダモノは歯をむいて少女を威嚇する。
ジャズやゼロにはない、牙のような鋭い2本の八重歯を吊り上げた口元から覗かせて。
――――獣が、怒っていた。
「ごめ…」
「シャアッ!」
ブツッ、
「痛っ…!」
声を出した瞬間、それに反応するようにケダモノが少女の手に牙を突き立てた。
手の骨が折れてしまうのではないかと思うほどの強い顎の力によって、鋭い牙はぎしぎしと少女の柔肌へ食い込んでいく。
にじみ出た鮮血がケダモノの口元を伝った。
「ヴルルル…ッ」
(うぅ〜〜っ…)
ぎちぎちと食い込む牙。
痛みに上がりそうになる悲鳴を、少女は歯を食いしばって必死で押し殺す。
何故こんな油断をしてしまったのだろう。
ジャズの分身だから大丈夫だなんて、根拠も無く気を緩めてしまった。
この獣に、主がどんな命令を下したのか知る術はない。
もしかしたら『邪魔をする奴は喰い殺せ』とでも命じられているのかもしれない。
だとしたら悪いのは自分だ。
"ケダモノの獲物"にうっかり手を出してしまったのだから。
「ヴ〜〜〜ッ」
(ごめんね…、ごめんなさい…リバ…)
逃げる獲物を追うのは、獣の本能。無理に手を引けば、おそらくこの手はそのまま食いちぎられてしまうだろう。
目に涙を溜めつつも、少女は必死に痛みを我慢する。
そしてただじっとケダモノが口を離してくれるのを待った。
しばらくの間、獣の荒い息遣いだけが静かに部屋に聞こえていた。
だが自分がどれほど力をかけても何の抵抗も見せない少女の様子に敵意はないと判断したのか、ケダモノもついにはおとなしく牙を退いた。
「……ふ…」
「グル…」
少女の手にあった花をするりと抜き取って、ケダモノはそれを口へと運ぶ。
最後の一輪を腹に収め、与えられた仕事も無くなったケダモノは、何物にも興味をなくしたのかプイッとそっぽを向いた。
ゆっくりと部屋の中心に戻って、ぼんやりと座り込む。
「………リバイアサン…?」
噛まれた手を押さえ起き上がった少女が、ケダモノの名を口にする。
名に反応したのか、それともただ音に反応したのかケダモノは少女のほうに顔を向けた。
ケダモノはしばらくじっと少女を見ていたが、結局はくるりと元の方向を向いてそこに座っていた。
「リバイアサン…」
テクテクと近づいて、少し間をおいて少女は獣の隣に座る。
獣はもう少女を見なかった。
役割を失った獣は静かにそこに座っているだけだった。
「…お仕事…邪魔してごめんね、リバイアサン…」
「ぐるる…」
そおっと手を伸ばして髪を撫でると、獣が喉を鳴らした。
獣が鳴いたのはそれきりで、少女が続けて頭を撫でても獣は威嚇も攻撃もすることはなかった。
しばらくの間おとなしく頭を撫でさせていた獣だったが、不意に少女の方を向いた。
突然動いた獣と、自分をじっと見つめてくるその瞳を恐れるように、少女は少し身を引く。
「…な、なに…?リバイアサン…」
「…………。」
のそりと動き出し、自分の方に寄ってくるケダモノを制止させようと少女は手を出した。
するとケダモノがその腕をがしりと強い力で掴んでくる。
「あ、あの…」
また自分は何かしてしまったのだろうか、頭を撫でたのは本当はいけなかったのか。
また噛まれるのかと思って少女はギュッと目をつぶる。
「………?」
目をつぶっていると生暖かい濡れた感触が手のひらを這って、驚いた少女はぱっと目を開けた。
見れば目の前の獣が、先ほど自身が噛み付いた傷口からあふれる少女の血をぬるぬると舐めていた。
「リ、リバイアサン…?」
自分を呼ぶ声も気にすることもなく、ケダモノはうっとりと酔うように少女の腕に垂れていた血を舐め上げる。
軽く開かれた薄い唇の間からのぞく、赤く血に濡れた舌。
ぬるりと傷口を舐めて血のついた指に軽く吸い付いてくる、………ジャズと同じ顔の獣。
それはまるでジャズからのこの上なく甘いキスのようで、なんだか胸がどきどきする。
手当てのつもりなのか、それともただ血肉が気になっただけなのか………言葉を持たない獣の考えなど少女にわかるはずもなかったが、
私のどきどきには気付いてないんだろうなぁと少女は傷を舐めつづける獣の姿に見入った。
やっと血が止まるころには、少女の手はケダモノの唾液でべたべたになっていた。
血を舐めとったケダモノがふと顔を上げる。目が合ったので少女はにこりとケダモノに向かって微笑んだ。
「…ありがと、リバイアサン…」
「クルルル…」
包帯がわりに手にハンカチを巻いて。
さらさらと頭を撫でてやると獣もゆっくりと身をかがめる。
そしてドサリと少女の膝の上にその身を横たえた。
体を撫でられて心地良いのかそのままうとうとと目を細めた獣。
「リバイアサン…?…耳、でてるよ…?」
「キュウ〜ゥ…」
気を緩めているのかリバイアサンの頭からひょこりと黒い獣の耳のようなものが出てきた。
頭を撫でるとそれに合わせるようにぴくぴくと動く耳。なんだか面白くて少女がくすくすと笑いを漏らす。
「ここが気持ちいいの?」
「グゥ…」
「ん…?あ、リバ…?」
突然のそりとケダモノが身を起こしたので、少女はケダモノを撫でていた手を止める。
ケダモノは耳を立て、入り口のドアのほうを見ていた。
ガチャリと開いたドアの向こうには戻ってきた獣の主が立っていて。
部屋の中の様子を目に映して、主は不思議そうな顔で首をかしげた。
「………何やってんだ、リク。オレの部屋で」
「ジャズ!」
パタリとドアを閉め、カツカツとジャズが傍に寄ってくる。
リクの膝の上にはリバイアサンが上体を預け寝転がっていたので、リクはそのままでジャズが近くに来るのを見上げていた。
「ハッ…飼い主居ねぇ間にペットたらしこむとはいい度胸じゃねぇか…、なぁリク?」
「なっ、ち、ちがうもん!」
ひどく愉快そうにクツクツと肩を揺らした青年に、少女はむっと不平を漏らす。
そんな少女を見て、青年はやはり楽しそうな表情を見せ笑っていた。
「オレよりもそのケダモノのほうが悦かったってのか?」
茶化したように続ける青年の様子に腹が立ったのか、むーっとふくれた少女はケダモノに抱きついた。
「そうかもね、ジャズよりもリバのほうが舐めるの上手だし!」
「…って、おい」
「ちょっと乱暴だけど…ひねくれてて意地悪なジャズよりもずっと素直で可愛いもん」
「おい、リク。本気かよ」
「なに?嫉妬?ジャズ?」
「するか」
そう吐き捨てながらもジャズはリバイアサンの存在を早々に消す。
リバイアサンに抱きついていたリクの体はコテンと床に転がった。
「もー、なにするの!」
「…疲れた。もう寝る」
「ちがうー!ジャズのことじゃなくって!…ねぇ!」
あくびを吐いてベッドに向かい、そのままベッドに横になったジャズ。リクも立ち上がってベッド脇に寄った。
リクが近くに立っても、ジャズは壁向きに横になったままだった。
「ジャズ〜?…怒ったの?」
「ん〜…?」
「…ジャズ…」
「………ん?…おい、なんだリク?」
さわさわと頭を撫でられてジャズが不思議そうな顔でリクを見上げた。
「リバイアサンはここを撫でたら機嫌を良くしたから」
「…一緒にすんなよ…」
眉根を寄せて、納得がいかないというような呆れた表情を見せたジャズ。
そのときに、リクの手に巻かれたハンカチを見つけてジャズは勢い良く起き上がった。
「お前…、どうした?これ」
「あ…、ううん。なんでもないよ?あいたたたーっ!?」
後ろに隠そうとする手を乱暴につかまれ、まじまじと見られた。
「これは、その…、あの…;」
「…噛まれたのか?」
「うう…」
「ったく、バカが。下手に構うからだ」
「ごめんな、ひゃっ!?ジャズ!?」
リクが頭を下げる間もなくジャズは、噛み痕のあるリクの指にトロリと舌を這わせてきた。
結ばれたハンカチを噛んでずらし、手の甲に口付けて、唇で指を軽く食むジャズ。
自身の手に濃厚なキスを繰り返すジャズの姿を、リクは顔を赤く染めてとても気まずそうに見ていた。
「……ジャズ……」
「ハッ…、んだよリク。濡れそうか?」
もじもじと初々しい反応をするリクを見て、ジャズはこれ以上ないくらい気分良く笑った。
――――その後に大きな爆弾を落とされるとも知らず。
「その……、ジャズ…リバと間接キッス…」
「!!!」
つづく
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リバイアサン夢とかどこ向け
すもも