女主混合double style番外編 ◆バース・デイ
※double style本編・ヨークシン編のネタバレ含みますので未読の方はご注意








「ねぇジャズ君ってさ、明日誕生日って言ってたよね?出会った記念も兼ねてお祝いしてあげようと思うんだけど、欲しいものとかあるかしら?」




下着姿のまま鏡の前に座り、化粧を整えながら女がそう言う。偶然を装い、今日街中で誘ったばかりの―――今回のターゲットが。


オレよりもずっと年上の女が、燃えるような赤の口紅を差した唇で――――明日、誕生日デショ?って。



「あ?お祝い?なんで?」


けだるい身体をベッドから起こしつつ、オレは女に聞き返した。

すると鏡の中の自分を追っていた女の視線が、ふとオレの方へと動いた。



「え?えーと…だから、誕生日よね?」

「ああ。だから?何をお祝いするんだ?」



もう一度聞いたら、『何を言ってんの?』と女が怪訝そうに顔をしかめた。





だったらオレも聞きたいんだけど。



―――――ゼロが死んだあの夜に、アンタは何を『お祝い』したいんだ?








…なあゼロ。



お前が死んで、この女は『嬉しい』ってさ。


お前を護れなかった"あの日"のオレを、『お祝い』したいって。





ふざけんな。







「…え?なに、ジャズ君?なにか言っ…」

「……うるせぇな…」





影が、重なる。


女の影と――――黒い、何かのカゲ。




「ひ、っぎゃ…」


ゴボッ



骨が砕ける音と共に、女の短い悲鳴が途切れる。


生暖かい血がびしゃりと頬へ飛び散った。




「………ちっ…、最期まで……うぜぇ女だな…」


呟いて、頬についた血を拭った。



















ピンポーン。



とあるマンションの一室。前触れも無く、誰かがインターホンを鳴らした。

リビングのソファに体をうずめて黙々と本を読んでいたリクは、突然の来訪客に驚いて、勢いよくその身を起こした。



「……え。誰、こんな時間に?」


時計を見れば、もう夜の12時を20分もオーバーしている。窓の外はすでにひっそりと静まり返っていた。

もちろんこんな時間にお客なんか来る予定もないし、一体誰だろうと首をかしげながら、リクはとりあえず部屋の入り口へと向かった。


ドアスコープから見てみれば、ドアの外には返り血らしきものと泥と埃で服も体もドロドロに汚したジャズが立っていた。

あわてて、リクはドアの鍵を外す。



「ジャズ!?いきなりどしたの、そんな…かっこで………」


元気よくドアを開けたリクだったが、ジャズの様子を見て動きが止まった。

ドアを開けた、そこに立っていたジャズの表情に笑みなどは無く、全体的にいつもとは違う異様な雰囲気を纏う。


「(なんか…ちょっと怖い…かも……)」


しかしすでにドアを開けてしまった以上追い返すのも気が引けて、リクはおずおずとジャズの顔色を伺った。



「ジャズ…?その、どうしたの?こんな時間に…」

「ああ…いや、ちょっとな。仕事で近くまで来たから、顔…見たくて…」

「仕事って…始末屋の?」

「……ああ」

「…怪我、したの?」

「これは…オレの怪我じゃねぇよ。……返り血…だから」



控えめなやり取り。

リクのおびえを声から察したジャズは、せめて少しでも怖がらせないようにとごしごしと手で顔をぬぐい始めた。


しかし顔を拭ったその手もすでに血で汚れていたから、結局顔の血糊は汚く伸びただけだったが―――幸いにもそのことでリクの恐怖感は若干和らいだようだった。


「シャワー貸してくれよ…」

「う、うん…。いいよ」






ドロドロに汚れたジャズをすぐにバスルームへと送り、リクはさっさとタオルと服を用意しに部屋へと走った。


―――前に、大雨が降った日に今日と同じように(あんな怖い感じじゃなかったけど)やってきたジャズが残していった服。


その時のジャズは『もういらねーから捨てといてくれ』って言っていたけど。

すぐ水洗いして陰干ししたら色落ちもせずきれいになったので、リクはそれをタンスの隅にずっとしまっておいた。


(べべ別にやましいこと考えてたわけじゃないの。ラフな服なのに意外にもブランド物だったからもったいなくって捨てられなかっただけ!…って、私、誰に言い訳してるんだろ?)


ぶんぶんと頭を振って顔に集まってた熱を散らす。

そしてその服と、タオルを何枚か取り出してリクはそそくさとバスルームへと向かった。



















「落ちねぇな…」


バシャバシャと頭からシャワーを浴びるも、身体をすべり落ちていく湯からはいつまでたっても赤い色が抜けない。

ソレを見下ろしながら、ジャズは1人呟く。




肌の上を伝う赤。

赤い血。



そういえばあの夜も、こうやって"アイツ"の血を洗い落としていた。


汚らわしい、"あの男"の血。





「ちっ…」



足元を流れる赤にあのときの記憶が重なって、どうしようもなくイライラする。




顔を上げれば今度は、目の前の鏡に自分の顔が―――"あの男"の―――"父親"の影を残す自分の顔が映って、思い出したくもないあの日の夜の記憶がいやおう無しに甦ってきてしまう。








―――――今日が1年で最も辛い日だ。




大人になった今でもゼロはこの日が、この日の夜だけは大嫌いで。

"時間"が近づくにつれて、アイツはこの心の……オレが知らないどこかへと隠れて、見えなくなってしまう。




朝になればアイツはまたこの手の届く範囲に戻ってくるが、それでもやっぱり独りきりで取り残されるこの夜は…


今夜だけは、独りで辛かった"あの頃"に――――ネテロにもジンにも出会う前の"あの頃"に、戻されてしまったみたいで――――




このままアイツが朝になっても戻ってこなかったらなんて、考えたくもない事で頭がいっぱいになって不安で押しつぶされそうになる。







―――早く朝が来ればいい。一刻も早く。


このココロが"あの"闇に飲まれてしまわないうちに。








「くそっ…」


鏡に拳を打ちつけ、苦しげに声を漏らした。






『………ジャズ?』


くぐもったリクの声が、ジャズの思考を寸断する。

声がした方を見れば、シャワールームの曇りガラス一枚隔てた向こう側にリクの影が見えた。



『あのね、ジャズ。替えの服とタオル…、ここに置いておくよ?』

「…ああ………サンキュ、リク」

『うん…。じゃあ私、向こうに居るから…』

「ああ…」


返事と共にジャズはコックをひねり、シャワーを止めた。


するとそれまで響いていた水音が突然途切れたせいか、曇りガラスの向こうでリクがびくりと肩を揺らした。

少しオロオロしたあとで足早に脱衣所を出て行こうとする。





「リク」


ジャズはその背中(と思わしき影)に声をかけて。




「お前も…、一緒に入るか?」


『えっ!?…は、入らないよバカッ!!』




バタンッ



困惑した声と共に、大きな音を立てて脱衣所のドアが閉められる。


リクの反応があまりにも予想通りすぎて、ジャズは安堵したようにふっと笑みを漏らした。




――――少しだけ、心の奥に刺さっていた棘が抜けた気がした。
















(…なになに?なんなのよう…)


リビングの中央で、さっきまで読んでいた本を両手で開いたままリクはうーうーと唸っていた。


(まさかあのジャズが、シャワー浴びるためだけにウチに来るわけないよね…?)


さっきのジャズの言葉がぐるぐると頭を回る。

何を考えてあんな事を言ったのか。


考えていたらやはりというべきかとんでもない結論に至って、リクは1人で顔を真っ赤にしていた。



「……………リク」

(ひゃわっ!?)


ガタンと戸の開く音と、ジャズの声。

背後を振り返ると着替えたジャズがリビングの入り口付近に立っていた。



「…あ…、ジャズ…。も…もう出たの?」

「…ああ」


そっけなく答えて、ジャズはぺたぺたと裸足でそばまで寄ってくる。リクは慌てて、クッションをひとつジャズに手渡した。


クッションを受け取って、ジャズはのろのろとした動作でリクの隣に座り込んだ。

そしてリクが開いている本を横からぼんやりと眺める。




―――やはりいつものジャズとは様子が違う。


暗く虚ろなジャズの瞳がどうしても気になって、リクはジャズに声をかけた。



「…ねぇ、ジャズ?なんか今日は元気ないね…?」

「ああ…ちょっとな…」


言葉を濁すジャズ。

それ以上「なんで?」と聞くこともはばかられ、気まずいなぁとリクはうつむいた。

なにか話題がないかと視線を泳がせていると―――ジャズの髪から透明な雫が一滴、したたるところが目に入った。


「…ねぇジャズ。」

「ん?」

「これ…、ちゃんと拭いた?」


隣に座るジャズの髪をそっと撫でてみる。

案の定髪はまだ濡れていて、冷たかった。


しかしそれでもジャズは「…拭いた」なんて、軽く一言で済まそうとする。



「うそばっかり。風邪引くよ?…ちょっと待ってて」

「…おい、リク」



そう言ってリクは立ち上がって、スタスタとベッドルームの方へ。

乾いたタオルをタンスから出して、リビングに戻ろうとした。


そのとき。




(―――ぴょっ!?;)


リクの後を付いてきたのかドアのところでジャズと鉢合わせし、リクは思わずしりもちをつきそうになった。



「…な…ちょっとなにしてるのジャズ。あっちで待っててって言ったのに…」

「おう…ワリィ…」

「う…まぁいいけど……ホラ、頭出して。拭いてあげるから」



リクがそう言うと、「ん、」とジャズは頭を下げる。


…子供か!

心の中で突っ込みを入れつつ『しょうがないなぁ』とばかりにリクは苦笑して、ごしごしとジャズの濡れた髪を拭いてやった。



「………リク」

「なに?」

「なんでお前、…こんな夜中にオレみたいな男…部屋に入れたんだ?」

「……え?」



ドキッとして手が止まる。

―――見れば、ぐしゃぐしゃの髪の間から寂しそうな表情を覗かせるジャズと目が合った。




「…リク」

「……な、なに…?どしたの?ジャズ…?」



嫌な予感がして、リクは一歩後ずさる。

しかしジャズはもちろん、そんなリクを逃がすわけも無く。

距離が離れる前に、すっとリクの背に手を回して抱きしめてきた。


「…ゃわ!?あ?えっ!?あ…、な、ジャズ!?」

「………。」


そのまま一歩二歩と足をもつれさせるようにしてリクは後ろに歩かされ、結局背後にあったベッドへ押し倒された。


「っななな!?」


ジャズの腕の中で、顔を真っ赤にしてうろたえるリク。

が、ジャズはそんなリクを離すまいとしてか、よけいに腕に力をこめてくる。



「いたいいたい!離してってばジャズ!」

「………悪い、…悪い。……頼むリク、今だけでいいんだ。今夜だけ……このままでいさせてくれ…」




カタカタと弱弱しく肩を震わせ、か細い声でジャズは言う。

何かを恐れるようにリクの肩に顔をうずめ、ぎゅっと強くリクの体を抱きしめてくる。



リクは大いに困惑した。


心臓が、爆発しそうなまでにドキドキと高鳴っている。




「ど……。 どうして?…仕事でなんかあったの…?」


搾り出すようにそう問いかけると、ジャズは『違う。』とばかりに頭を横に振った。

だがその理由を続けて喋るわけでもなく――――




「…ただ一緒にいてくれるだけでいいんだ。傍にいてくれるだけで…」



静かにそう言って、ジャズはリクの肩に顔をうずめてくる。


答えに困ったリクは、おそるおそるジャズのほっぺたを撫でた。ジャズがゆっくりと目を閉じる。



「あの……、わ…、私でいいの…?ジャズ…」

「……いい。…お前とならきっと大丈夫。………お前がいれば………」




安堵したような声だった。




ジャズでも、"そういう時"があるんだ…とリクは思う。


誰かのぬくもりが欲しい時。





(……そうだよね…)


いくらジャズが、普段あんなに強いからって言っても、ジャズだってやっぱり1人の『人間』なんだし…。




「私でいいんなら…少しだけ」



そう言うとジャズはリクの肩に顔をうずめたままコク、と少しだけ頷いた。

そしてリクの体を抱いて、すう、と安らかな寝息を立て始める。



(…ジャズ…あったかいな…)



身動き取れなくて少し息苦しいけど、つらいとは思わない。

ジャズのぬくもりと匂いを心地よく感じながら―――リクもそっと目を閉じ、そのまま眠りについた。


















「…つーかさ、リク。年頃の女が男も連れ込まねーで一日中部屋で読書なのかよ。そろそろカレシの1人や2人つくっとかねーと行き遅れるぞ?」

「あのねジャズ…」


リクがパンをトーストする間に、付け合せのハムエッグを手づかみでぺろりと平らげながらジャズが軽口を叩く。


起きてみれば夜中の事なんてまるで無かったかのようにジャズはケロッとしていて。

さらには余計なお世話を平気で口にするのだから、リクは呆れ返る通り越して脱力した。


「ジャズのほうから『シャワー貸せ』っていきなり訪ねてきたくせによくそんなこと言えるね!大体彼氏が居たらジャズは昨日確実に閉め出しを食らってたわけなんだけど!」

「…ハ、お前に彼氏なんかいたのかよ。まあ、例えいたとしてもそん時はお前の彼氏半殺しにして入っただけだし」

「はい?…なにそれ。すっごいダブスタ」


リクが席に着くと、ジャズはそれに見計らったようにぺんぺんとテーブルを叩いた。


「つか、んなことはどうでもいいんだよ。今日オレ、誕生日なんだけど」

「…は?そんなの聞いてない」

「言ってねぇもん」


当然、というようにサラッと言うジャズ。

リクはため息が出た。


「急に言われても何にも用意できないよ!」

「おう、いいぞ別に。…でも晩ごはんには、ケーキが食べたいです!

「ゼロの真似したってダメ。ていうか似てないし!自分でホールケーキ買ってくれば!?」

「何怒ってんだよリク」

「怒ってないもん!」


ぷう、とほっぺたを膨らませてそっぽを向く。

ジャズはくつくつと楽しそうに笑って、リクの膨らんだほっぺたをつついた。



「怒んなって。ホント面白れーなぁお前。―――じゃあリク。…プレゼントはお前でもいい」


「はぁあ!!?」

「…ハ、なんだよいいじゃねーかちょっとくらい。ウブな乙女じゃあるまいし」


目を細めてニヤニヤ笑うジャズを見て、リクは瞬間的に頭に血を上らせる。

そしてテーブルの上にあった自分用のハムエッグをとっさにジャズに投げつけた。


「ちょっとくらいって何よバカアー!!!」

「あぢっ!?…あ゛ーっ!!テメ、目玉焼きっ…どうすんだオレの一張羅!」

「私が出してあげたんじゃない!ジャズってばわがままばっかりでもういやぁー!もうウチ来ないでー!」

「おま、泣くな!」


焦った様子でジャズはリクを慰める。

半熟の卵の黄身が顔から服にかけてべったりとついた格好はなんとも間抜けだ。

思わず、泣いた顔のままでリクは噴出した。


「…ぷふ―――っ!」

「って、お前笑ってんのかよ!!もう知らね!脱ぐぞここで!!」

「やあーッ!?ダメダメダメダメ!やめてやめて!!洗濯する!するから脱ぐならあっちで脱いで!!」


無遠慮にその場で裸になろうとするジャズを、リクは慌ててリビングから廊下へと追いやる。

『開けろコラ!』とドンドンドアを叩くジャズを適当に無視し、ドアに寄りかかりながらリクは今夜のパーティの献立を考えるのだった。






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えろに行っといたほうが良かったんだろうか…(死)
ヨークシン編よりも前の段階でのお話?日付は特に限定していません。(辻褄合わせミスったら大変なので/死)

すもも

TopDream女主混合double style番外編◆バース・デイ
ももももも。