俺があの人に出会ったのは、今から半年前のあの日。
東中の縄張りをコソコソ荒らす西中の奴らとのいつもの小競り合いを制したその帰り道のことだった。
「ったく、西中の奴らもよく懲りねーよなー?イッキ」
「クックック、西中のヤツら程度何匹来ようが我が敵で無し!!」
「だよなー。お前、マジで最強だよベビーフェイス」
「オウ、褒めろ褒めろカズ。もっと褒め称えろ俺をフハハ」
「うっぜw」
カズとニギリと3人でゲラゲラ笑いながら高架線下を歩いていた。
そのときに―――
「おい、なぁ…誰かケンカしてる声しねー?」
「ぬ?」
「…本当だ。あっちの方じゃねーか?」
誰かの争う声に導かれて、俺達3人は走った。
少し入り組んだ道の先の荒れた広場で争う数人の男たち。
「おい、イッキ!あいつら…!」
「また西中の連中じゃねーか!こんなトコまで…!蹴散らしにいこーぜイッキ!」
「……いや待て、オニギリ!なんか様子おかし…」
ドガッシャアッ!!
「「うぴょっ!?」」
「なんだぁっ!?」
集団で誰かを襲っていた西中の奴らが2、3人まとめてフェンスにたたきつけられた。
一瞬何が起こったのかよくわからなくて、俺達は慌ててフェンスにかぶりついた。
フェンスにたたきつけられて気絶したそいつらの身体の間から広場の中を盗み見てみると……。
そのほかにも倒れている数人の姿。
そしてその奥で―――最後の1人相手に、俺の十八番のジャーマンスープレックスを凄まじく美しいブリッヂでキメる『あの人』。
――――ゼロさんの姿。
初めて見たときはしばらく言葉も出なくて。
起き上がって俺達に気づいたあの人にふんわりとした笑顔で微笑みかけられるまで、俺達はそこに立ち尽くしていた。
「…すっげ…」
「あいつ、1人でこの人数やったのかよ…!」
「………フッ」
「な…、どしたよイッキ?;」
「フッフッフ…、ククク……」
震えが、止まんなかったんだ。
怖いから…じゃなくて。もっと違う震え。
フェンスを握り締める手に力がこもる。
………ぶっちゃけ、あのジャーマンに一目惚れした。
「イ…、イッキ?」
「フッ…。
この街で俺様より目立つヤツは許さぁん!!!誰であろうと即!サバト!!」
「んなぁ!?おい待てイッキ!!?
早まるなー!!」
「相手けっこうプロっぽいぞ!!やめとけって…、イッキ!!イッキー!!?」
上着を破るような勢いで脱ぎ捨て、カズとニギリの制止も振り切りガシャガシャとフェンスを乗り越える。
ダッシュで飛びかかる俺相手に、あの人はにっこり微笑んで――――
「……もー、元気出しなよイッキ!」
「…あ―――……」
ヒガチューの校庭を校門の方へ向かってとぼとぼと俺は歩いていた。
あっちによろよろこっちにふらふらしていたら、横を歩くリンゴに肘で小突かれる。
「そんな歩き方してて車に轢かれても知らないよ!」
「…お――――…」
こんな気持ちならいっそ轢かれちまったほうが逆に楽かもしんねー。
……そしたらきっと、『あの人』も見舞いに来てくれるだろーし…。はーふぅ〜〜〜…。
でかいため息をつきつつ、校門を出る。
「待てよー」と今度はカズとニギリが駆け寄ってきた。
「あ、カズくんにオニギリくん」
「おーっす、リンゴ」
「…ってかお前ら帰るの早いんだって!一緒に帰ろうぜ」
「あは、ごめんごめん」
ハァハァと息を切らすカズとニギリ相手に笑顔を向けるリンゴ。
だけど俺にとっちゃそんなんスデにどうでもよくて。
「……って、コラー!!イッキ!待てー」
1人だけでとぼとぼと帰り道を先に進んでたら、1人で帰んなとかってリンゴに手提げカバンで思いっきり殴られた。
勢い余って俺はその辺の壁に顔からダイブ。…ぐぶっ…吐血。
「ハハハ、何やってんだよお前ら」
「てか元気ねーのなイッキ?いつもなら『リンゴコラァッ!』とかって反撃すんのに」
「あー、たしかに。」
アイツなんかあった?と、壁にめり込む俺の後ろでカズがリンゴに訊いていた。
「うーん…なんていうか、『置いてかれた』って腐ってるみたいなの」
「…は?置いてかれたって?…誰ニデスカ?」
「誰にっつーか…まあ予想はつくけどな…。最近ゼロさんコンビニで見ねーじゃん?どっか行っちまったの?」
いつもはピンボケの癖に、こういうときはしっかり図星を突いてくるカズ。
ゼロさんの名前を聞いたら余計に俺の心に穴が開いた。
「なんか、前よりは少しバイト時間減らしたんだって。そのぶんどこかでエア・トレックの練習してるみたいだよ」
「あ、なーる。へーぇ、あの人エア・トレックなんか始めちゃったんだ」
「うん。すっごく練習がんばってるみたい。昼も夜もほとんど家に居ないもん」
「はー、エア・トレックの練習ってやっぱそんなんしないとダメなんだ…」
「そうだねー。ゼロさん、『早く上手くなりたい』って言ってたし」
「へー。たしかにあの人ならマジでやりそー。…って、おいイッキ?;」
俺の気持ちをヨソに、容赦のない会話を繰り返すリンゴとクソカズ。
ドボドボ音が鳴りそうなくらい、俺の瞳からはしょっぱい水が駄々漏れた。
立ち上がる気力もなくて、俺は壁にもたれたままで自身の涙の海に溺れる。
「んなトコで何泣いてんだよお前…」
「うるへー!……うぅ…ゼロさん…。ひどいッスよ…、遠くには行かないって言ってたのに…」
「ねぇ、もー!イッキ!!恥ずかしいから早く立ってってば!ホントに先帰っちゃうよ、私!」
「やめろ放せリンゴ!帰るなら1人で帰れッ!俺はゼロさんの居ない家になんか帰りたくねぇえー」
「もーっ!!」
「………なんかマジで重症みたいだな…;」
へたり込む俺の制服を引っ張り立たせようとするリンゴの手を、電柱にしがみついて耐えた。
そんな俺をカズとニギリは呆れ顔で見ていたが、俺にとっちゃ『イッキくんおかえりぃ〜』とかってあの人が笑顔で待っててくれない家なんてただの空虚なオンボロ長屋でしかないんじゃあ!
「あの人が家にいねーと俺、本気で"奴ら"にドレイ以下の扱いしかされねーし…、ウッ…」
「……ああ…それはなんか分かるわ。目に見える」
うんうん、とカズが神妙な表情で頷く。
ふだん鬼のよーなリカ姉もゴリラのミカンもゼロさんにだきゃあ結構甘いからな。
……思い出したら余計に涙出てきた。
「…ってかそれにしたってよー、なんでそんなにゼロさんなのかわかんねーんだけど?イッキ、初対面であんなボッコボコにされてたじゃねーか。
そりゃゼロさんがムチムチ可愛い女子だったら俺も一生ついていきますって言うか!!」
―――黙れニギリブタ!!
「なんでってか、兄貴みたいなもんなんだろ?アイツ兄弟いねーしさ」
「うん…。それが突然いなくなったんだもん。しょうがないよ」
「つったってそんなん自慢のマウンテンバイクで追っかけりゃ良いじゃん。いなくなったってもエア・トレックの練習に出てるだけなんだろ?なぁイッキ?」
オニギリのセリフを聞いて、俺はむくっと起きあがる。
マウンテンバイク…か…。
「最初はそりゃ…俺だってそう思ってたさ」
まだ上手くエア・トレックに乗れないゼロさんにくっついて、説明書とか指南書とか読んでやってさ。
ヘロヘロながらも楽しそうに走るゼロさん追っかけて、俺もチャリで一緒んなって走ってた。
でも……毎日毎日、ハンパねぇ上達速度でぐんぐん上手くなってくゼロさんを見てて、―――やべぇって思ったんだ。
『あ、この人本気出したら俺のMTBなんかじゃもう全然追いつけねー』って。
「イッキ…」
「ゼロさんはやさしーから、どんなに上手くなっても笑顔で俺にあわせて走ってくれるけど……。本当はもっと走りてーんじゃねーかなって…。
そう思ったら一緒に付いて行けなくなったんだよ。ゼロさんならもう、ずっと高く遠くまで行けるはずなのに、俺がいるせいで飛べねーなんて、やっぱさ。
俺、あの人の足かせにだけはなりたくねーし」
ガリガリ頭を掻いて、カズとリンゴの2人に俺は笑ってみせる。
リンゴがなんでか俺よりつらそーな顔してたけど。
俺はもういーんだ。情けねーコトだけど、口にしたら逆に吹っ切れた。
「あの人の邪魔になるくれーなら俺は潔く身を引く!それが俺の男としての生き方だ!」
立ち上がって、胸張ってザムザム歩き出したら、背中からカズとニギリにどつかれる。
「……へっ、カッコつけが。ホントは寂しいくせによ」
「うるせーよカズ」
「『あぁんゼロさ〜ん行かないでぇ〜んvV』」
「死にてーのかこのブタ!!」
「………ねえイッキ。それだったらさ…」
「…あん?」
気持ち悪く足にじゃれ付くブタを蹴り剥がしてたら、リンゴから声をかけられ俺は振り返った。
俺達から少し離れた後ろのほうに立っていたリンゴ。
なんかゼロさんみてーな優しげな顔をしてた。
「…んだよ?」
「んーん。……あのさ、置いてかれるのがヤなら…、イッキもエア・トレックやってみたらいいんじゃないかなって」
「はあ?俺がエア・トレック?―――無理無理あんなもん」
「そう?ゼロさんならきっと上手に教えてくれると思うよ?」
「じゃなくってよ…。あーホラ、俺カネもねーし」
「…っそんなの!だったらイッキもゼロさんみたくバイトすればいいじゃん!」
「でもよー…」
……っつーか何でお前そんなに必死なんだよ?
渋ってたら今度はパンッとカズに肩を叩かれた。
「そーそ、やるならさっさと始めた方がいいと思うぜ?ほっといたらあの人のことだから
カワイイ彼女とかすぐ作っちまうんじゃないか?」
「なっ、かっ…、かかかか彼女!!?」
―――あのゼロさんにカノジョ!?どどどどんな女だそれ!?
「いやだってホラ、あの人顔もルックスもいいじゃん?性格もいいし。そのうえ日本語ペラペラだろ?モテると思うんだよねー。実際ウチのガッコの女子にも人気あっし…」
「フンヌ―――ッ!!!」
「ごあっ!?待てイッキ!なんだよ、いきなりキレんな!」
ちくしょう!!ゼロさんはなー!
あの人はカノジョなんて軟派なもんはぜってーつくらね―――!!
「つったってあの人だって一応男なんだしよー」
「うるへー!!」
またしょっぱい水が心の奥から溢れてきた。
それを噛みしめながら俺はダッシュで逃げるカズを追いかける。
「あー!ちょっとイッキ!!もー!」
なんていうリンゴの声が、後ろのほうから聞こえていた。
「いや、だから俺は、あの人追いかけるなら今のうちって事をだな、」
公園の近くまで走ったところでカズのヤツを捕まえる。
余計な口を叩くヤツはこのまま引っこ抜いてブレーンバスターの刑にしてくれるわ!フハハハ!!
ふぬー!!!
「いっててて!マジギブ!ギブってイッキ!…ゼロさん!!あそこにゼロさんいるし!!」
「む!?」
ゼロさんの名前を聞いて顔を上げる。
カズの指差す先―――公園の真ん中にはたしかにエア・トレックを履いたゼロさんの姿。
……その横にはカワイイ女の子の姿も。
ガーン!!
「離せって、もー!…ゼロさーん」
力が抜けたところを狙ってカズは俺のホールドから抜け出した。そして手を振りながら階段を駆け下りていく。
途中、「どしたイッキ?行かねーの?」なんてアホ面で振り返るカズに、俺はハラワタが煮えくり返りそーになる。
ショックのままだが俺も階段をトボトボ下りていった。
「……それじゃあ私はもう行くね」
俺達が公園に着くと、ゼロさんと一緒にいた女の子はそう言ってスルリと駆け出した。
ブーツ状のエア・トレックを履いた、芸能人みたいにかわいい女の子。
俺とカズに投げキッスをして、ポーンと空に飛び上がり風みたいに去っていく。
「…かわいい子ッスね…」
頭がうまく働かなくて、それしか言葉にならなかった。
「…あの、いまのって…?」
「ゼロさんの……っかかか彼女ッスか?」
「え?いや、違いますよ。この辺で走ってるんだって。ジャンプ失敗しそうだったところを助けてもらったんですよ」
「…そっすか…」
あんな子もエア・トレック…、やってんだ…。
そう思ったらなんだかどんどんゼロさんが遠くなってく気がした。
エア・トレック始めて、
俺達とは違う、全然知らない奴らや女の子とトモダチになって
このままだといつのまにか、どっか遠くまで行っちまう。
………まだ俺、
…いまならまだ、追いつけますかね?
「イッキくんもやりたくなりました?エア・トレック」
そう言ってゼロさんが笑いかけてくる。
俺の気持ちを見抜いてるかのように。
「あ…いや…俺は…」
「今エア・トレック始めたら、あの子とも仲良しになれるかもしれませんよ?今はこの辺走ってるんだって言ってましたから、あの子」
………と思ったんだけどやっぱりゼロさん、ちょっとボケてた。
まあゼロさんらしいといえばゼロさんらしいケド。
「いや、だからそんなんじゃねースってば!人が悪いなぁゼロさん…」
「そう?可愛い子だったのに〜。もったいない」
「いや、別にあの、俺は女の子には困ってないっていうか、えーとその……そっすね…」
確かに可愛かったデスネ。群を抜いて。
でも俺は女の子目当てとかじゃなくって…。やっぱ、できるならゼロさんと一緒の道…走ってみてーッス。
ゼロさんの優しさにすがり付いてじゃなくて、―――おんなじ速度を『自力』で。
「(へっ…)」
……ってか俺キモッ。
今から始めたってすぐ追いつけるわけじゃねーし…。
そんなんきっとゼロさんだって迷惑だっつーの。
「………ッキくん。イッキくんってば」
「え…?あっ。……ッス。」
いつの間にか俺の真横に立っていたゼロさん。
ツンツン肩をつつかれて俺はハッとした。
「な、なんすか?ゼロさん?」
無意識のうちになんかヘンなコト口走っちまったかなと不安になる。
照れ隠しに鼻っ柱を掻いて、目線を下にずらした。
でもゼロさんはそんな俺の肩をポンッと叩いて。
俺に向かってにっこりと笑ってくれた。
「…大丈夫。僕も待ってますからね?イッキくんがエア・トレック始めてくれるの」
………もしかしてゼロさんも、俺とおんなしこと考えててくれたんだろーか。
つづく
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3話のイッキ視点。
ちなみにゼロさん、にっこり微笑んでからのエルボーによるマジカウンター→イッキが平伏土下座するまでふるぼっこにしました(爆)
すもも