Troublesome visitor (in AIR GEAR) ◆09:「ストームライダー」




野山野家のアパートの玄関先。道路まで続く小さな石階段に、僕はシラウメちゃんと一緒に腰を落としていた。


シラウメちゃんの細くて小さな脚の上には僕の白いエア・トレックが載って、シラウメちゃんの周りには僕にはよくわからない器具やら工具やらエア・トレックの細かいパーツがずらりと並んでいる。

そしてそれらを手に、シラウメちゃんは脚の上に抱えた僕のエア・トレックをカチャカチャと弄くっていた。



「っと。…はい、できたでしよー!ゼロちゃん!」

「わー、ありがとうシラウメちゃん」


エア・トレックをシラウメちゃんの手から受け取る。

にっこりと笑顔でお礼を伝えるとシラウメちゃんもニコッと可愛く笑ってくれた。


「全然問題なかったでしよ。さすがゼロちゃん。ちゃんとゴミとりも丁寧にされてるですし、パーツの一つ一つからゼロちゃんへの『ありがとう』の声が聞こえそうなぐらい、大事に大事に使われてるのがわかったでし」

「そっかー。そうだといいなぁ」


『…お前、念のガードあるからってなんだかんだぶっ壊す勢いで結構無茶してるからな…』

『そ…! …そこまで無茶はしてません…;』



ジャズからの痛い突っ込みに、ちょっと目を泳がせつつ反論する。


僕だってもちろん、この1足きりのエア・トレック、毎日大事に使ってるつもりだけど……。

ジャズにもこっそり使われてたってことだし、やっぱりたまには専門的なメンテナンスも受けさせてあげたくて。


お金もまた少しだけど溜まったし、ショップに1回相談に行こうかなーと思ってたら、意外にもシラウメちゃんが「メンテナンスならウメがやってあげるでしー」と僕に声をかけてくれた。


こんなに小さいのに、エア・トレック走るの上手いだけじゃなくてメンテナンスまでできるなんて、シラウメちゃんはホント凄いなぁ。


僕、男だしこんな身体大きいんだし。

走るのだけでもいつかはシラウメちゃんに追いつかなきゃね。…いつか、と言わず早めに、かな?



「ゼロちゃん、履いてみてどうでしー?」

「あ。うーんとね」


とシラウメちゃんが訊いてくるので、僕はごそごそと白いエア・トレックを足に履いて。

玄関先の駐輪スペースでするするっと滑ってみる。



「……うん。さっきまでと比べてずいぶんターンが滑らかになりました!本当にありがとう、シラウメちゃん!さすがですね!」

「でへへへへ!そんなことは…、あるですけどぅ!お礼は明日、ウメをお姫様抱っこで学校まで連れてってくれるだけでいいでしよ〜、ゼロちゃん!」

「あはは、そんなのでいいの?」


ジャッと階段横を滑り降りながら、シラウメちゃんをすれ違いざまにお姫様抱っこで拾い上げる。




「…じゃあ僕が、明日はエスコートしてあげる」

「きぃや〜〜〜〜〜!!ゼロちゃん〜〜〜!!vvv」



ノリノリでプレイボーイなハンサムさんを気取って、傍で甘く囁いてあげたらシラウメちゃんは目を><にして、悲鳴に近いような歓喜の声を上げた。


あはははっ、可愛いなぁ。




『……お、お前どうしたんだよ、へなちょこ…;』


お前のキャラじゃねーぞ…、とジャズが戦々恐々と訊いてくる。


だってそんな事言ったって、フルメンテナンスってお店でお願いしたらいくらかかるか知ってますか、ジャズ?

このくらいはお礼にやっても全然バチは当たらないと思いますよ!


…っていうか「へなちょこ」はやめて下さいってば!



『つってお前!オレですらこんな幼女にゃおま…っ!……やっぱタラシだ。お前はタラシ!うわぁー、もうたまんねぇな!天然!年下キラー!』

『ええ?もー、なんですか?それ』


「イッキー?……あっ、ちょっと何してんのウメちゃん!?またゼロさんに迷惑かけて…!」


頭を抱えたっぽいジャズの、訳が分からない突っ込み?らしき言葉に不平を返していると、ガラッとアパートの扉が開かれて中からリンゴちゃんが顔を出した。

シラウメちゃんをお姫様抱っこしたまま玄関先をくるりと滑る僕を指して焦り声で諌めてくる。



「あぁ!違うんですよリンゴちゃん!シラウメちゃんがじゃなくて、僕がシラウメちゃんに迷惑かけたから、これはそのお詫びにですね…!」

「そうでし!ゼロちゃんは今、エア・トレックのメンテナンスのお礼にウメを世界一幸せなお姫様にしてくれただけでし!」



そう言ってシラウメちゃんは、僕の腕の中でフンハァッと得意げに鼻息を吹いた。


いやいや、お姫様はそんな男らしく鼻息吹かしちゃだめですってばシラウメちゃん!



「う…。そ、そうですか。ゼロさんが言うなら、しっ仕方ないですね…。あ、ところでゼロさんにウメちゃん、イッキ知らない?」

「イッキくん?それなら」

「あーらら。まーたイッキちゃん、居なくなったんでしか?大変でしね〜、ウメのゼロちゃんと違って糸の切れた凧みたいな夫を持つと」


イッキくんだったら…と僕が言いかけたと同時に、シラウメちゃんはリンゴちゃんに見せつけるかのようにうっとりした表情で僕の胸元に懐いてきた。

…あはは;ちょっと調子に乗らせ過ぎちゃいましたかね?;



「夫って…やっ!?やめてよ!ウメちゃんまでそーゆー事言うのっ!?」


顔を真っ赤にして「どこでそんな言葉覚えたの!?」なんてリンゴちゃんは言うけど、否定すればするほどなんだか泥沼の様相を呈してきてますよ、リンゴちゃん。大丈夫?


「あ、あのねリンゴちゃん。イッキくんなら僕、見ましたよ?」

「…え?」


助け舟…って訳じゃないけど、さっきシラウメちゃんにさえぎられてしまった、僕が見たイッキくんの足取りを僕はリンゴちゃんへと教えてあげた。




シラウメちゃんが、「やっぱりメンテナンス行って来ようかなぁ」なんて玄関先で悩んでいた僕に声をかけてくれるより、少し前のこと。


アパートの壁を使ってウォールライドの練習中だった僕に、今さっきの、イッキくんを探すリンゴちゃんと同じく玄関からひょっこり顔を出して「ゼロさ〜ん?」と僕を探し出したイッキくん。

ニッカリ笑ってタオルとミネラルウォーターのボトルを差しいれしてくれて。

それからイッキくんは「カズがなんかガンズのことで相談があるっていうんでチクッと行ってきます!」とマウンテンバイクに跨ってそこの坂をすぃ〜っと下りて行った。


「行ってらっしゃ〜い」って手を振る僕にぶんぶんと大きく手を振り返してくれましたよ〜、と告げるとリンゴちゃんは「なんだぁ〜」と肩を落としてしまった。



「…イッキくんに何か用事あったんですか?僕、ひとっ走り探してきてあげましょうか?」

「えっ!?いや、なななにもないですよ!?なんにもないですからゼロさんはどーぞどーぞ練習続けてください!ほらウメちゃんも!いつまでもゼロさんの邪魔しない!」

「ぶー。ウメはゼロちゃんの邪魔なんてしてないでしー…」

「いいから!もー!」

「あははは、じゃあ下ろしますよシラウメちゃん」


リンゴちゃんの言葉に沿って、僕は抱っこしていたシラウメちゃんの足を地面に降ろす。

シラウメちゃんは体操選手のように両手を広げて、たしっと着地し。それからちょっと不満げに頬を膨らませながらリンゴちゃんを見上げた。



「…あ!そうだゼロさん!ついでにって言ったらなんですけど、実はお願いがあって…」

「えっ?」



シラウメちゃんの恨みのこもった視線に耐えられなくなったのか、誤魔化すようにポンと手を叩いてリンゴちゃんが僕に言ってくる。



……お願いって、なんでしょうね?




「あの…、これからその、出来るだけリカ姉にはエア・トレックのこと内緒にしてもらえませんか?」

「…へ?リカさん?内緒も何も僕、…昨日かな?バイト行くときリカさんに見られちゃいましたけど」

「え゛!!?」


「バイト先までエア・トレックで行くつもりで玄関先でヒモ結んでたら、ちょうどその時帰ってきたリカさんに『あらゼロさん、素敵な物をお持ちですね?』って…」

「えぇええ〜〜!!?」



がっくりと地面に項垂れてしまったリンゴちゃんに、なんだか僕の方が悪い事したみたいな気分に;

シラウメちゃんも「ウメ、しーらないっです〜;」と汗をたらしながらヨソを向いてしまう。



ええぇ〜…;僕だって今そんなの言われても困りますってー;







「ゼロさん?一体どこでそれ、手に入れられたのですか?」


と昨日の朝、玄関にしゃがみ込んでエア・トレックの紐を結んでいた僕の前にズンと立ちふさがって尋ねてきたリカさん。

僕を見下ろすリカさんは、なんだか綺麗な笑顔だったのにものすごく…その、なぜか剣呑な雰囲気を醸していたのだけは覚えています;


「え…ぇえっと…;あっこれはその、テッ、テレビでっCM見て!僕もやってみたいなぁーってずっと思ってて…!

アルバイトで稼いだお金がやっと購入金額まで届いたんで、こないだ、かっ、買ってきちゃいました!

パーツやなんかの購入もメンテナンスも自分で賄いますし、その…;リカさんちの家計には絶対に迷惑かけることないように気を付けますから…!」


「あら?そうだったのですか。格安家賃で一部屋お貸ししてるのにずいぶんと一生懸命バイトしてお金貯めてらっしゃるから、まさかウチを出て行かれるつもりなのかと心配していたのですよ?

そうですか、エア・トレックの資金だったわけですねー?」



その時僕は、ホホホと上品に笑うもなんか怖いリカさんに思いっきり気圧されてしまいましてですね…;

とっさに謝罪の言葉が口をついてしまいました。


「すいません; 来月からは割引無しの請求でお願いします…;」


「冗談ですよ。エア・トレックは初期費用もそうですがメンテナンスにもお金がかかるものですからね。

ゼロさんには今までどおりの家賃を納めていただいて……、後はたまにウチのお掃除お洗濯お皿洗いに電球交換、雑巾掛けその他雑事なんかを見てもらえたらじゅう〜〜〜ぶんですから」


ゼロさんはせっかくの若い男手ですからね、と笑顔で肩ポンされて、「あっ。ハイ。それはもう…ぜひ…」と相槌を打つしか選択肢が見えなかった。






「そ、そうなんですか…;」


「そうなんですよ。だからリカさんには僕がエア・トレック持ってるの、もう知られてるんです。

あっ、でもリンゴちゃんたちの夜の姿を見て、って事は僕言ってませんから!安心してください!」


「は、はあ…。(…それであの時リカ姉、少し怒ってたんだ…;)」

「(ていうかゼロちゃん…どさくさ紛れに雑用押し付けられてるでしよ…;)」



そのときは、なんで僕リカさんに怒られなきゃならないのかなーって思ってましたけど…。


そっか。僕、今わかっちゃいました。

イッキくんにエア・トレックやってることを秘密にして?ってリンゴちゃんに言われたあの話、出所はリカさんからだったからですね?


リンゴちゃんや僕に感化されてイッキくんがエア・トレック始めたりしないように。

リカさんが、リンゴちゃんに指示したんだ。秘密にするように、って。



…あぁ、そう考えたらリカさんの最後の言葉も意味が解るなぁ…。







「……でもゼロさん。エア・トレックを使うのならこれだけは覚えておいてくださいね?」


と、アルバイトに走ろうとしている僕に、リカさんがどこか寂しそうに…そしてどこかつらそうに言ってきたあの言葉。



「はい。なんでしょう?」


「エア・トレックには人を重力の枷から解放して自由に空へと飛びたたせる、そんな大きな力がありますが…。高く遠く飛べる分、堕ちた時にはその反動もまた激しいものになります」

「…そう、ですね…」


「私にはゼロさんを引き留める権利なんてありませんし、それをやるのを咎める気持ちもありません。

ゼロさんは自分の行った行為とそれに伴う結果についてしっかりと責任を果たせる方だとも思いますし、そういう年齢でもあるのでしょうから」


「はあ」





「……でも、ゼロさん。くれぐれも、怪我や事故には気をつけて」





心配そうな「お姉さん」の顔を覗かせて、リカさんが静かに、強く、僕へと伝えてきたその言葉。



リカさんはあの時きっと僕の後ろに、イッキくんの姿を見ていたんですね。


きっと―――ずっと以前にリカさんの大事なヒトか誰かが、エア・トレックを使って……堕ちて。

自己の責任だけで済ませられないような、大きな事故か怪我をしたんですね?


それを、イッキくんには味わわせたくないからって…、リンゴちゃんたちにエア・トレックの事秘密にさせて…、イッキくんを『それ』から遠ざけようとしてたんだ。







「………いやいや…。それ、無理だと思いますよ〜、リカさん…;」


「え…、ゼロさん?;」

「あ、いやごめんねリンゴちゃん。こっちの話…;」



うっかり僕が漏らした言葉に、リンゴちゃんとシラウメちゃんが首をかしげる。


……リンゴちゃんたちは良くてイッキくんがダメって言う理由もよくわからないけど、まあリカさんにとってはイッキくんは自分の家で預かってる別のおうちの長男さんですしー、過保護になっちゃうのも仕方ないんでしょうか?




…でもね?でもねリカさん。




イッキくん、『男の子』なんですよ?





どんな危険があったとしても、目の前にある新しい扉には例えこの身一つでも飛び込まずにいられないってのが『僕たち』ですから。


…まあ一度ならず二度も逃げちゃった僕が言えることじゃありませんけど。





『ハ…、野心を失ったら男は終わり―――ってか?けどオレは、あんなションベンカラスをそこまで買い被るお前の気が一番知れねーけどな』



と…ジャズが僕の思考にぐいぐいと割り込んでくる。


ションベンカラス…もしかしてそれ、イッキくんのことなんですか?



『…ジャズは誰にでもケンカを売りすぎですね』

『オレぁ強ぇえから良いんだよ』


『はいはい。知ってますよ』



キミの強さは、僕自身が一番よく知ってますって。


……でもその強さゆえに、堕ちた時にはとても脆いんだってことも。






―――――「くれぐれも、怪我や事故には気をつけて」







先達のご忠告として……その言葉、ちゃんと心に刻んでおきますね。リカさん。




『ね、ジャズ?』とニコリと笑って相棒に言うと、「ちっ」と舌打ちを漏らしてそっぽを向く。


…バツが悪いですよね。堕ちかけた身としては。





ふてくされたようなジャズの態度に、僕はくすっと笑みを零し。


そして次にはキリッと、そばのリンゴちゃんに向き直った。

笑顔から一転真面目な表情になった僕に、びくっとリンゴちゃんが肩をすくめる。




「…ゼロさん?;あのその…、ど、どうしたんですか一体…?;」


「―――リンゴちゃん。でもこれは考えようによってはチャンスですよ?」


「はヒっ??」


「だってほら僕はイッキくんにエア・トレックさせちゃ駄目なんてリカさんに言われてませんしリンゴちゃんからもそんな話聞いて無かったことにして素知らぬふりで僕がイッキくんをチームに誘っちゃえばあるいは僕ならきっとリカさんにもそんなに怒られない気もしますし」

「えっ、えっ、えっ!?;」


『…悪い誘惑だなゼロ…』



リンゴちゃんに詰め寄って、ぐるぐるぐるとトンボを捕まえる時のような催眠術と言葉の洪水でリンゴちゃんを惑わす。

そんな僕を見て、『今しがたリカの切な想い受け取っといて、お前がその道にあのカラス頭を引っ張り込むのかよ…』とジャズが呆れたように突っ込んでくるけど……



「だってリカさんはダメって言ったかもしれないけど、でもやっぱり僕はイッキくんと走りたいんですもん!!

ジンさんに似たオーラを持ってるイッキくんなら、どこまでも堕ちずに誰よりも高く飛んでいけると思うし!イッキくんと一緒なら、きっと飛ぶの楽しいと思うんだ!!もちろん怪我には気を付けます!」


「あっ、―――わっ、わ、私もっ!!私もそう思いますゼロさん!!イッキなら、誰よりもおっきな"羽"を持ってるって!私も、ずっとずっと…そう思ってたんです!!」


「ですよねリンゴちゃん!もう!この際僕、やりますよ!!」

「ぜっ、ぜひ!ぜひお願いします!!ゼロさん!!」



がっし!と固く手を握り合って意気投合する僕とリンゴちゃん。

シラウメちゃんとジャズが、そんな僕らの後ろで「リ、リンゴちゃん…;」『ダメだこいつら…;』と肩を落としていた。






『………おっ?』

「…ん?」


突然、僕の中で意識をあさっての方向へと持ち上げたジャズ。それに引っ張られて、僕もジャズが気を引かれた方へと意識を移す。




『ハ、噂をすれば影…ってか?ほらゼロ。お前待望のカラス頭が帰ってきた……ぜ…?』


「イッキく…ん…? ……えっ?」




坂になった道路の向こうから、自転車で出かけたはずのイッキくんが徒歩で帰ってきた。

ズボンも上着もボロボロに破られ、顔面すらもずいぶんと殴られたのかどす黒く腫れ上がり、酷く怪我をした状態で。



「…イッキ…!?」

「イッキちゃん!!」


「……っ!」


途端に真っ青になるリンゴちゃんとシラウメちゃん。

僕はとっさに玄関先に置いてあったスポーツバッグからタオルと水のボトルを引っ掴んで、イッキくんの元へとエア・トレックでひとっ飛びした。




「どうしたんですかイッキくん!?その怪我…もしかして、ケンカ…!?カズくん達は!?一緒だったんじゃ…!?」

「……ゼロ、さ…。カズは……、」



タオルを水で濡らして、血と泥で汚れていたイッキくんの眼窩の傷にそっと当てる。

摩擦で皮膚がこそげ取られたようなひどい傷が目のすぐ下を走っていた。



「これ…痛むよね?早くアパート戻って手当てしよう?イッキくん…」

「…………。」



僕の呼びかけに、一度は顔を上げて僕を見たイッキくんだったけど……、すぐにその視線は地面へと落とされてしまった。




悲痛なまでに暗く沈んだイッキくんの瞳が―――僕の、足元へ向けられて。




「…あっ、ちょっとイッキくん!?」

「イッキ…!きゃっ」


ギリッと唇を咬んだイッキくんは突然、僕の手をタオルごと振り払って逃げるように走り出した。

途中、駆け寄って来ていたリンゴちゃんをも突き飛ばして。そのままイッキくんは、ダッシュでアパートへと駆け込んでしまう。



「イッキちゃん、何するでしか!ひどいでし!!」


「…リンゴちゃん、大丈夫ですか?怪我はない?」

「あ…、は、はい」


どういう理由かはわからないけど、拒絶されてしまった手前すぐに追いかけるのもなんとなく気が引けて。

とりあえず僕は落ちたタオルを拾い、それから道路にしりもちをついてしまったリンゴちゃんの元へとまず向かった。

その手を引いて身体を起こしてあげる。



「私は大丈夫です。…けど、イッキが…」

「そうですね…。イッキくん、一体どうしたんでしょうか…。あんな酷い怪我…。やっぱりケンカ…?それとももしかして自転車で接触事故でも…?」


『…ハッ!あの目つきは事故なんかじゃねぇよ。ケンカだろ。ケンカでブザマに敗けたに決まってら。ヒガチュー最強のベビーフェイスとか粋がってようが、しょせんは中坊ってこったぜ!』

『ええ?でもケンカでやられた怪我だとしたらそれも相当なもんですよ?あんなボッコボコになんて…、リンチレベルじゃないですか!やっぱり事故じゃ…!』



「…ただのケンカでも、事故でもないでしよ。あの傷は」


「え」

『……ぁあん?』


まるで僕の中でイッキくんを嗤ったジャズの意見を否定するかのように、シラウメちゃんが珍しく怒ったような鋭い目つきをアパートの方へと向けて、静かに言う。


「シラウメちゃん…?;」


「………そう…ですよ…。あの頬の傷は、ケンカなんかでできる傷じゃない…。あれは"ストームライダー"にやられた傷です…」

「…ストームライダー…?」




…あれ?それってどこかで聞いたような…。



リンゴちゃんの言葉に首をかしげていると、僕の横からシラウメちゃんが教えてくれる。



「"ストームライダー"は、有り体に言えばエア・トレックを履いた暴走族みたいなもんでし。

ライダー同士、トリックプレイのための場所取りや縄張り争いなんかでバトルに発展することもあるでしけど…。

でも普通は、ライダー同士ちゃんとした公式のルールに則って決着をつけるものなんでしよ」



「ルールに則った…バトル、ですか…」



あ…、それってたしか昨日ジャズが言ってた奴ですよね…?たしかパーツウォーとか言う…。



じゃあイッキくんはそのエア・トレックのバトルで怪我を…?

―――いやいや、そんなはずないじゃないですか!イッキくんはまだエア・トレック持ってないです…!



…ってセルフツッコミしていたら、今度はリンゴちゃんがシラウメちゃんの言葉に続いて教えてくれた。




「……でも、中には性質の悪い事をする連中もいるんです。

縄張り維持の名目でエア・トレックを使って、ゼロさんみたいに純粋に楽しくプレイしているライダーや果ては一般人にまで謂れのない暴力を振るったりするような人たちが…!」


「え…、エア・トレックで暴力…!?エア・トレックを使ってあんなひどい事する人たちがいるんですか…!?」


「…はい。哀しいですけど…」

「そんな…!」



小さく頷くリンゴちゃんを見て、そこで僕はハッと気づいた。




ああ…、だからイッキくん、僕のエア・トレックを見てあんな顔をしたのか、って……。


―――僕に優しくされたことが、逆に余計にイッキくんを追いつめちゃったのかな、と心が痛んだ。





『……別にお前が悪いわけじゃねーだろ』とジャズは言ってくれたけど……。




……たしかに、そうなんだけど……。







今の今まで、イッキくんとも一緒に楽しくエア・トレックで飛べたらって……そんな話をしていたのに。



悲しくなって横を見たら、リンゴちゃんも同じだったのか―――いや、もしかしたら僕よりもリンゴちゃんの方がもっとショックが大きかったのかもしれない。

楽しかった気持ちの全部をこの瞬間に砕かれたからか、リンゴちゃんはくりくりとしたその大きな瞳から悔しそうに大粒の涙を零していた。





「ねぇウメちゃん…、ゼロさん…。どうしよう…、私許せないよ。エア・トレックをこんな風に使う人たちの事…。許せそうもない…!絶対……!絶対許さない!!」



「…リンゴちゃん…」

『………。』





その涙にずきりと痛んだのは、僕の心か。それとも。









つづく


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雰囲気をなるべくエア・ギア原作に合わせようとするとゼロさんのキャラが崩壊する件について小一時間

すもも

TopDreamTroublesome visitor (in AIR GEAR)◆09:「ストームライダー」
ももももも。