「……どうですか?イッキくんの様子は…」
少しだけ開けたイッキくんの部屋の扉から、そっと中を覗き込んで様子を伺うリンゴちゃんとミカンちゃん。
その背中に、僕は部屋の中までは聞こえない程度に声を押さえてそう尋ねた。
「…ったく、全っ然ダメだな!」
「だっ!?ちょっ、ちょ…;ミ、ミカンちゃん!?声!声!中に聞こえますから…!」
尋ねた僕に向かってくるっと振り返ったミカンちゃんが、開口一番に大きな声でそれに応えてくる。
慌てて僕は人差し指を自分の口元に当てつつ、『声大きいです!』のジェスチャーでそんなミカンちゃんを軽く咎めた。
「聞こえるように言ってんだよ!…ホントうぜぇったらありゃしねぇ。ちっとぐれぇケツの穴爆竹拡張されたぐれーでべそべそべそべそと……なっさけねぇヤローだぜ」
「ミカンちゃん〜!;」
イッキくんへの叱咤か、それとも"やった相手"への非難か…。そんな悪態を残しながら、呆れたようなため息を吐きつつミカンちゃんは茶の間の方へと戻っていく。
そんなミカンちゃんと対照的に、リンゴちゃんはじっと黙ったまま扉の前から離れず。
耳をすませば聞こえなくもない、重苦しい暗闇の中の小さな嗚咽に、中の様子をうかがうその華奢な背中からは悔しさと静かな怒りがありありと読み取れた。
「……ゼロさん。私、やっぱり許せないです。エア・トレックをこんなふうに使う人達の事なんて。……エア・トレックでイッキがあんな目に遭わされるなんて」
「…そうですね。……イッキくん、ずっと楽しそうに見ててくれたのに…」
エア・トレックを練習していた僕のとなりで、自転車のハンドルにもたれて一緒に笑っていたイッキくん。
「いつか一緒にやりたいね?」って僕が誘うたびずっと『いやいやいや俺は〜』なんてはぐらかしてたのに、最近は少し考え直してくれたのか「まー、ゼロさんがそこまで言うならそれも良いかもしんないっスね」なんて言ってくれるようになってた。
あと一押しかな〜?って思ってたし、隣で笑ってたリンゴちゃんもたぶんそう思ってたと思う。
なのにそのイッキくんがエア・トレックで理不尽に傷つけられて、僕のエア・トレックを見下ろしてあんな顔を見せたんだ。
僕だってすごく悲しかったし、リンゴちゃんの心情はなお察するに余りある。
「……ったい…」
「え?」
「……絶対許さないから……」
すーっと静かに部屋の扉を閉めたリンゴちゃんが、こちらを振り向きもせず零した言葉。
そしてそのままミカンちゃんの後を追って急ぎ足で戻っていくリンゴちゃんの後ろ姿に、『このまま殴り込みに飛び出して行ったらどうしよう』なんて不安がよぎって、僕も慌ててリンゴちゃんの後について行った。
いや、某暗殺一家期待のエリートじゃあるまいしさすがに普通の中学生の女の子1人が殴り込みなんてあるわけないと思うけど、……なんとなくそんな雰囲気に気圧されました。
………うん。たぶんキルアなら単身殴り込みに言ってるよね…。
いやいや。考えてみればキルアだったらむしろ殴り込みに突っ走ろうとするゴンを見て逆に冷静になっちゃって必死に止めに走る方かなとも思うけども。
…って、そんなこと考えてる場合じゃないな。
いざとなったら僕が止めよう、と決意新たにリンゴちゃんを追いかける。
……と、意外にもリンゴちゃんは自室じゃなく茶の間に戻って、ミカンちゃんとシラウメちゃんが先に着いていたローテーブルの一角にすとんと腰を下ろした。
「ゼロさんもどうぞっ!!」
と、若干おカンムリの口調でリンゴちゃんから隣の席を勧められ、「あ、はい;」と僕も大人しくザブトンに腰を下ろしました。
……作戦会議かな。なんてあえて濁してみたり。…うん。作戦会議は大事です。
「…で?リンゴちゃん。これからどうする気でしか?」
僕がザブトンに腰を下ろすなり、小さめのノートパソコンから顔を上げたシラウメちゃんがリンゴちゃんをジトリと睨んでそう訊いてくる。
うわぁ…当然といえば当然だろうけど、シラウメちゃんも機嫌悪いな…;
「…ウメちゃん、お願いできる?」
「そう言うと思ってもうやってるでしよ」
年相応の小さな手で、シラウメちゃんは不相応なほど手早くキーボードをたたく。
なんでも、警察保有の犯罪データベースからこのあたりで評判の良くない・またはGメンが目をつけてる暴風族(ストームライダー)をこっそりピックアップしてるとか…。
う、うん…?;
「エア・トレックも履いてねぇ一般人をあそこまでボコに出来るんだ。ゼッテー初犯じゃねーだろ。マルフー辺りがもうすでに目ェ付けてるだろーさ」
……マルフー……、って、ああ…。あのロングヘアに大口径銃持ったおっかない警察のお兄さんがそんなところに所属してるとか、そういえば言ってましたね。
「なるほど…、Gメンですか…。あー、でもシラウメちゃんがそれでいくつかのチームをピックアップできたとしても、イッキくんをあそこまでしたのが『このチームだ!』っていう特定は難しいんじゃないですか?決定的な証拠でもあれば別ですけど…」
僕がそうやって尋ねたら、「いずれ尻尾は出すでしよ」とパソコン画面に目を向けたままシラウメちゃんが言って、ミカンちゃんもがこくりとそれに頷いた。
「あのバカだってあれで一丁前に『ヒガチューガンズ最強のベビーフェイス』だなんだってイキってたんだろ。手癖の悪い連中なら2、3日中には間違いなくそっちにもちょっかい掛けてくるはずだぜ。それで完全特定だ」
「そっか…。で、特定できたとして……一体それからどうする気なんですか?まさかミカンちゃん、直接殴り込みする気じゃ……?;」
「そのまさかだ!!」
「ええええええ!?」
目に怪しい光を灯して、悪い笑みでミカンちゃんが力強く頷いた。
…ええ?頷いちゃいましたよこの人…!
「いやいやいや、駄目ですよ!いくら3人でって言ってもフツーに女の子がそれは危ないし、無茶が過ぎます!
そこはさすがに僕に頼んでくださいって!こんなナリでも僕、一応ケンカは強いつもりなんですから!」
相手がイルミさんとか旅団の人とかバリバリの熟練念能力者じゃなければ、僕だってほら、多少はね…!?
ふんっと両拳を脇に引き付けて格好をつけてみたけど、リンゴちゃんはその僕の前に手のひらをかざしてストップをかけてくる。
「ありがとうございます。ゼロさんの気持ちは嬉しいけど、でも大丈夫です。別に拳で殴り合いをするわけじゃないし」
「…あっ?そ、そうなんですか?でも殴り込みに行くって、今…?」
リンゴちゃんとミカンちゃんの顔を交互に見る。
リンゴちゃんが説明のために口を開きかけたけど――――それをミカンちゃんがわざと声量(ボリューム)を大きくしてさえぎってしまう。ヒエッ。
「心配すんな。俺たちゃただ可愛いだけの『女の子』じゃねぇ。『ストームライダー』だからな。ルール無用の外道が相手だろーと、ぐうの音が出ねーぐらい完膚なきまでにボッコボコにぶちのめしてやんよ。なあリンゴ!?」
ポキポキ指を鳴らして飢えたメスライオンみたいに凶悪に笑うミカンちゃん。
完全にやる気じゃないですか!『殺す気』と書いて『やるき』と読む顔ですよそれ!!
「だめだよミカン姉!私たちが出しゃばってただ相手を懲らしめたって、それだけじゃイッキのためにはならないし…。イッキ自身がライダーとして公式戦で勝たなきゃ何も意味がないじゃん!」
「はあ!?ライダーとして!?なんだそりゃ!?公式戦って…、そりゃ俺らのことなんもかんも全部イッキにバラすって事か!?」
「(え?)」
「そ、そうじゃなくて!全部じゃなくても、今回だけでも…。ちょっと力になることぐらいならって…ごにょごにょ…」
「あ!?聞こえねーぞリンゴッ!!」
「…え、あ…ッ。あ、えーと…; あ……ははは…;」
なんかちょっと僕には口を出しにくい話で口ゲンカを始めちゃった2人の間からソーッと逃れる。
姉妹ゲンカになんて巻き込まれていい事はないし、どうにもリンゴちゃんが劣勢っぽいですし。僕にできることは無さそうだったから。
ミカンちゃんにグイグイ責められて小さくなってくリンゴちゃんを横目に、僕はさっきから相も変わらず真剣な表情でパソコンに向かっているシラウメちゃんの隣に移動した。
シラウメちゃんが向かうパソコンの画面をなんとなく横から覗き込むと――――、エア・トレックのトリック動画が一番に目を引いた。
(ちなみにその動画の背景には、グラフや地図、いくつかの書類ファイルのウィンドウも開いてたけど、今の僕の日本語スキルじゃ何書いてるのか全然わかりませんでした…;)
「ねぇねぇシラウメちゃん。これ、エア・トレックですよね。もしかしてこれがパーツウォーってやつですか?」
「そうでし。ちょうどこのあたりを縄張りにしてるライダーのパーツ・ウォウの記録(ログ)を辿ってるところでし」
「へー」
もちろんそれも犯人捜しのため……ってのは分かってるんですが……、それよりも僕は単純に"他人のトリック動画"っていうのに興味が沸いてしまって。
「勉強になりますね〜」なんて、犯人捜しそっちのけで動画に食い入ってたら、シラウメちゃんは「でし!」と僕のためにか他にも動画を別ウィンドウで開いて同時に見せてくれた。
「パーツウォー…エア・トレックの公式戦でしたっけ。公式戦って具体的にはどういうことをするんですか?」
「……ゼロちゃん、知らないでしか?」
そう言ってシラウメちゃんはパーツウォー…パーツ・ウォウについての説明を簡単にだけどしてくれた。
元々はエア・トレックの余りパーツの交換の場だったものが、いつの間にか、パーツとパーツ、またはそれ以外のモノなんかも含めて"賭けて"、お互いにルールや条件を守ってのバトルゲームになったんだって。
今は非公式ながら公式のルールがあって、AからFまで分けられたプレイヤーのランクごとに対戦方法が違うらしい。
Fランクはダッシュ…つまりエア・トレックで走って競うだけの「かけっこ」から始まって、障害物競走「ハードル」、ガチンコバトル「キューブ」、大ジャンプと空中制御「エア」、エア・トレック上級者として必要かつ総合的な技術を競い合う「ディスク」「バルーン」…。と、バトルとは言ってもただケンカするものじゃなくて、エア・トレックの上達に必要なあらゆる要素を順序良く習得できるようにもなってるらしい。
「そっかー…。パーツ・ウォウか…」
「…ゼロちゃんも興味あるでしか?」
「あ、うん。まあ…。そういえばこれBクラスまで上がったら、なんかトーナメントに出られるって聞いたんですけど。僕でもそれ参加出来たりしますか?」
…って、昨日のジャズの話もあったし、それとなくシラウメちゃんにそう聞いたら唐突に「え゛…」って踏みつぶされたカエルみたいな声が別の方向から聞こえて――――
その場の空気が死んだ。
何事かと汗を垂らして横を見ると、声の主はリンゴちゃんだったらしい。ミカンちゃんと言い争ってた恰好のまま、デッサンの崩れたような驚きの表情でこっちを見てた。…いや、怖いですよ;
「ぇえー…?っと…?;その…。ごめんね、こんな時に…。前に"誰か"からパーツウォウっていうやつで上の方のランクまで上がったら、えと…グラムスケイル・トーナメント?っていうのに出場できるって聞いたことがあったなって…。僕でもそれ出られるものなのかなってふと思ったから…。
でも、今聞くべきことじゃないですよね。ごめんなさい」
「あわわ、謝らないでください!そう言うことなら別にゼロさんが悪いわけじゃないし…!まさかゼロさんが空のレ、…そ、狙うわけな、なぃ…あ。」
「…はい?」
何かよくわからないことをあわあわ言ったかと思ったらリンゴちゃんはまた壊れたロボットみたいに固まっちゃった。
「空の…レ?なに?」
「うううううん!?なんでもないです!知らないならいいんです!」
「(ばーっか、リンゴ)」
「(墓穴掘りまくりでしリンゴちゃん…;)」
ぶんぶんぶんぶん両手と首を横に振り続けるリンゴちゃんに、「なんかごめんね…;」ともう一度軽く謝る。
「いやぁ、んなもんお前が謝る事ないと思うぜ?パーツ・ウォウだったらこのサイトで誰でも登録できるし。してないんだったらしとくか?登録」
「あーっ!ミカンちゃん、何するでしか!」
シラウメちゃんがいじっていたパソコンをくるっと自分の方に向けてカチャカチャといじり出しちゃうミカンちゃん。
…ええ…。それ、シラウメちゃんすごく重要な仕事してたんじゃないんですか…?;
シラウメちゃんは当然怒ったけど、それよりも先に「ちょっ、ちょっ…!!ミッ、ミカン姉!?」とリンゴちゃんが僕を後ろに押しのけてまでミカンちゃんに食ってかかってた。
「(何やってんのミカン姉!?ゼロさんに何教えてんの!?)」
「(はあ?何言ってんだお前。リカ姉との口止めの約束はおろか、トロパイオンの掟を破ってまでこれからイッキを「この世界」に引き込もうって時によ。それに加えて狩る奴が1人増えたって何も問題ねーじゃねーか?)」
なにやらこそこそとリンゴちゃんと小声で言い争いしながら、ミカンちゃんが親指で僕を指してくる。
あー…、なんかこれ、僕が聞いちゃダメなタイプの話みたいです;
押しのけられた格好のまま一応ずりずりと後ろに下がって、座って待つことにしてみました。
仕事を邪魔されたシラウメちゃんも僕の横でブーたれて、可愛いほっぺた膨らませながらミカンちゃんたちを睨んでましたね。
「(それはそう…だけど、でも…。だって、イッキは…!イッキは……)」
「あ?聞っこえねー!」
「…っだって!このままじゃイッキの「誇り」は折れたまま…。私はっ、そんなイッキなんて見ていたくなかっただけで…っ!!」
おー。
と、僕がパチパチと控えめに手をたたくと、横に居たシラウメちゃんも「愛でしねー。リンゴちゃん」と棒読みにしつつ冷めた感じの目でパチパチ手を叩いてた。
リンゴちゃんはそんな僕たち2人に向かって真っ赤な顔で「ちっ、違うっ、違うからっ!全然そういう意味じゃないからっ!」とぶんぶん手振り加えて必死に否定してきましたけど。
バレバレなのになー。そんな否定しなくてもいいのになー。って、フフッと笑う。
「ハイハイごちそーさん。それでイッキが良いってんならゼロの奴だって別に良いじゃねーか。…大体そいつ、そもそも知ってんだろーし」
「…ハイ?」
なんか僕にまで飛び火してきた…。
「パーツ・ウォウ。パーツ・ウォウな〜。そういや最近、パーツ・ウォウに関しておもしれぇ噂があってよぉ」
と、ミカンちゃんが振り返ったと思ったら、急にニヤニヤと超イイ笑顔を見せてパソコンを持って僕に詰め寄って来た。…何ですか?その顔…;
「はあ。あの…、噂ってどんなですか?;」
ちょっと体を退きながら答える僕に、ミカンちゃんは持ってたパソコンをグイッと押し付けて、その画面の一部を指してくる。
「それがなー、今スゲー勢いでランクを上げてるライダーが居てよ。Dクラスの……コイツ」
そう言ってミカンちゃんが指差して見せてくれたのは、盗み撮りしたような荒い画像。
遠目だし夜だし、ボヤボヤで分かりづらい…けど、黒コートに黒メットの…白いエア・トレックの…ライダー…?
「直接バトルした奴の話では、チームも組まずに単独でやってるらしいんだが、これが鬼強で」
「へえ…」
「いつも決まって黒服に黒いヘルメットつけてて、顔をさらしたことはないらしいが、見た奴の話だと中身は青い目をした外国人だそーだ。エア・トレックだけが真っ白で、ついたアダ名が…"長ぐつを履いた猫"」
「………へぇ」
………ピンときました。
ジャズですね。
たぶんこのとき僕は能面みたいな顔をしていたと思う。
「俺はお前じゃねーかと思ってんだけどなぁ〜〜〜?」
「…白状したほうが身のためでしよ?ゼロちゃん?」
ニヤニヤと僕に詰め寄るミカンちゃんに続いて、隣のシラウメちゃんからもため息交じりに横目で言われる。……えーと……。
「い…や、あ〜〜……;その〜…。それは僕、さすがに知らないです〜?;」
「嘘はためにならんぜ〜〜?ゼロ〜〜っ?」
「あっははははっ!?やめてください!!ホント、ホントに知らないですから〜!」
「み、ミカン姉…;」
パソコンをシラウメちゃんの方に放り投げて、がばあーっとミカンちゃんが僕に馬乗りに襲い掛かって来る。
あちこちコチョコチョくすぐられて、たまらず僕は腕を「バツ」に組んで降参のポーズだ。リンゴちゃんの呆れたような声が途中に聞こえた。
「…あ、ほらシラウメちゃん!シラウメちゃんも!何か情報は見つかりました!?シラウメちゃんの腕ならちょいちょいですよね!?」
全然解放してくれないミカンちゃんから体をよじって逃げつつ、バシバシとタタミを叩きながらシラウメちゃんに催促。
シラウメちゃんは僕がミカンちゃんに襲われてる間、ミカンちゃんから返してもらったパソコンを体育座りの膝の上に乗せて、さっそくとばかりにいじっていた。
「もちろんでし」と、自信満々な声が聞こえた気もするけど、ミカンちゃんの指はそれでもこちょこちょと容赦ない。
「オラオラ〜、ここか?ここが弱いのか〜?白状しやがれ〜?ゼロ〜〜?」
「あはっ、ちょ、やめ…!?もう!完全に面白がってやってるでしょミカンちゃん!ほら!待っ…、シラウメちゃんが何か言ってますよ!?」
「見つけたの?ウメちゃん」
「でし!この辺りはチームも結構多いでし。とりあえずいくつかを絞るぐらいでしけど、現時点でかなりクサい事してるチームが…」
はーはーと息を切らしてタタミの上に潰れる僕そっちのけで、リンゴちゃんとミカンちゃんがシラウメちゃんの指したパソコンの画面に食い入る。
ふえ〜…; と息を整えた僕が顔を上げるのと同時に、パソコン画面に見入っていたリンゴちゃんがすっと立ち上がって、家の奥へと向かって行った。
どうしたのかな、ってタタミに転がったままリンゴちゃんの消えた先を見てたら、エア・トレックのバッグを一つ両手に抱えて戻って来たから驚いた。
「えっ!?え、エア・トレック!?どっどっどうしたんですか?それ!?」
「…だってイッキをこのまま放ってなんておけないです…。このままだとゼロさんのエア・トレックを見るたびイッキは嫌な事思い出しちゃう…。
イッキにエア・トレックをそんな目で見てほしくないし、そんなイッキを見るのなんて、私は嫌です!同じ舞台に立てさえすれば、イッキは絶対に誰にも負けない!」
「いや、そうかもしれないけど…。イッキくんにやらせるって事ですか?それを使って?リベンジを!?」
そりゃ…、イッキくんの知らないところでミカンちゃんたちがボッコボコにやり返すよりは、イッキくんが自分の手でやられた相手にやり返すってのが一番良いに決まってますけど…。
ミカンちゃんやリンゴちゃんやシラウメちゃんみたいな女の子たちが、大の(たぶん)男ライダーたちとやりあうのもどうかと思いますし…。
……それよりも今は僕、リンゴちゃんの家からパソコンやらエア・トレックがそんないくつもホイホイと出てくる事実に一番驚いてますけど…!!
もうどう突っ込んでいいのかわからずに汗ダラダラしながら起き上がりかけの格好で固まってたら、リンゴちゃんがそんな僕をどう捉えたのか、キッと覚悟を決めたような目で見てきた。
「…それに私、本当に許せないんです!ゼロさんみたいに純粋に楽しんでくれる人もいるのに。エア・トレックをただの暴力のための道具にする人たちが、ライダーを名乗ってる事も…!」
「……あー、はい。そうですよね。僕もそこは同意しますけど。…でもリンゴちゃん。落ち着いて聞いてくださいね。
…リカさんにバレたらどうするんですか?"あの"リカさんに、リンゴちゃんがこうして率先してイッキくんにエア・トレックを渡しちゃう…ってのがバレるのはさすがにまずくないですか?」
起き上がって正座して、その上で僕がぴっと手のひらを立てて冷静に尋ねてみると、リンゴちゃんは「う゛」とチョップでおなかを刺されたような声を漏らしてぴたりと動きを止めた。
「…リンゴちゃん?;」
「……だっ、…だだだ大丈夫ですよ!!その時は、そのときは……その…私がなん、なんとか……」
目をあちこちに泳がせて、すんごい汗を滝のようにたらしながら、リンゴちゃんは言う。
だんだん声が小さくなっていくとこをみると、やっぱりというかリカさんに言われた事は頭から飛んでたらしい。
たぶん思い出したら、リカさんの怖〜い顔も一緒に思い出しちゃったんだろうな。うん。リカさん、怖いですもんね。
「…わかりました。その時は僕も力になりますから」
苦笑まじりに言うとリンゴちゃんがバッと、首が一回転するんじゃないかって勢いで僕を向いた。いや、怖いです。それも怖い。
「もしもリンゴちゃんがリカさんに怒られそうな時は、僕がなんとか止めますよ。一応僕も格闘技やってるし…」
現役女子プロなリカさんの怒りの鉄拳…いや、ジャーマンスープレックス?フツーに考えたら逃れるのはちょっと難しそうですけど…。
それでもリカさんは別に「念使い」ってわけでもないし、僕だったらまあ大丈夫だとは思うんですよね。…思うんですよね。
ただリカさんを無事抑え込めたとして、部屋借りてる身としては立場が低いんでその後が怖かったりしますが…。
大家さん伸(の)しちゃって後で家賃倍額にされたりしたらどうしよう……; 最悪、アパート出ていくしかなくなるかも…。
なんて恐々と考えてたら、「ゼロさんんん〜〜〜!!」とうれし泣きか、たっぷり涙目のリンゴちゃんに縋られるように両手をがっしり握られた。…あはは;
「ありがとうございますゼロさん!ありらドゥごぞじゃす!ゼロさん゛ん〜!」
「リンゴちゃん!顔、顔!」
美少女がすごいことになってますよ!なんてツッコミ入れつつ、『ま、それしかないよね』とリンゴちゃんの泣き笑いで喜ぶ顔に向かって僕も腹を決める。
ミカンちゃんとシラウメちゃんも「ったく、しょうがねぇ」「でし」と多少の呆れを顔に出しながらも僕と同じく頷いてた。
とりあえず、野山野家の方も今後の方針は決まったみたいだ。
「…ま、最下層の下僕とはいえウチの者(モン)に手ェ出したんだ。礼儀のなってねぇ三下ライダー共には、いっちょお仕置きしてやんねーとなぁ!!」
「いやいや、だからそれ殺る気!完全に殺す気満々の目じゃないですかミカンちゃん!」
つづく
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野山野アパートのツッコミお兄ちゃんと化すゼロさん
すもも