ざくっ、ざく、ざく。
「………な〜。お前、それ全員分やる気なのか?」
ジープの後部座席についた悟空が、ゼロへと尋ねる。
ざく、ざく。
土を掘る音。
剣の鞘を使って、ゼロが墓を掘る音。
「だって…っ、このまま野ざらしじゃ…、いくらなんでも可哀想じゃないですか。ふう。」
ざく、ざく、ざく。……ずる、どさ。
穴を掘り、埋める。
斃れた妖怪の骸を一つ一つ。
そして"印"に花を。十字を切って弔いを。
そんなゼロの背中を見て、「どこかの最高僧サマとは大違いね〜」などと悟浄が呟く。
「だったらテメーも埋めてやろうか?」
ジャキッと銃口が悟浄の後頭部に当てられた。汗をたらす悟浄。
「まあまあ抑えてください三蔵。悟浄は体が大きいから穴掘るの大変ですよ?」
「え〜、俺めんどうくさい!掘る時は三蔵1人で穴掘れよ〜」
「ほら。悟空も言ってますし僕もそんなの手伝うなんてカンベンなんで。三蔵1人で穴なんて掘ってたら次の日には全身筋肉痛で動けませんよ?」
「ってか翌日筋肉痛?三蔵サマ年寄りだから3日後くらいじゃね?筋肉痛」
―――ガゥン!ガゥン!ガゥン!!
「あっぶぁ!!いきなりぶっ放してんじゃねーよクソ坊主!」
「自業自得だろうがクソ河童!!」
こんなときでも、いつもとまったく変わらない同乗者たちのやり取り。
もうすこし配慮できませんかね…、などと"墓"の前にしゃがむゼロの背中を見て八戒は思った。(自身が2人を焚きつけたという事実はすでに八戒の頭の中にないらしい)
……と、八戒が見ているとゼロがすっと立ち上がった。最後の1人のそれを作り終えて。
振り向くとゼロは不思議そうに首をかしげる。つられて悟空と八戒も首をかしげた。
「…何?どうかした?」
「あ…、いえ。僕が勝手にやってただけなので…、別に行ってもらって構わなかったのに…って」
泥だらけの手をこすりながらゼロは苦笑いを見せる。
戦いを始めたのも、斃れていった妖怪たちの墓を作ろうとそれを始めたのも、ゼロ自身の意志だ。彼らに『やれ』と言われたわけでもない。勝手にやり始めたことだ。
もちろん、ジープに乗る彼らにとって自分は友達でも仲間でもないのだから、そんな自分を待つ義理なんてないはずなのに。
それでもゼロのそれを待っていた4人。どうしてですか?とゼロは尋ねる。
「いえ、そういうわけにもいかないですよ。彼らを斃してしまったのは僕らの方なのに。……思えばあなたは、殺さないように戦っていたんですよね。その鞘で」
と、ゼロの剣を指差す八戒。
そういえば一度も抜いてなかったな、と悟空と悟浄も言われてそれを思い出す。
「あ…はは、バレてました?……武器を持って襲われたからって僕には彼らを殺すまでの理由はないし…。
もしあの人たちにも"待ってる人"がいたらかわいそうだなって。僕1人でも、全員を倒してその間に逃げきる自信はあったんで」
「そうですか…。どうやら余計なことをしたのは僕らの方でしたね」
ニコリと笑顔で放たれるゼロの言葉。
―――万が一があれば殺されて食われてしまう可能性もあったというのに。
こんな世の中になってしまった今でも、妖怪を相手にそんな気遣いができる方もいたのですねと、半ば忘れかけていた"人間らしさ"のようなものを思い出して、八戒も笑う。
……その笑みには少しの自嘲をにじませて。
持っていたタオルを水で濡らし、「どうぞ」とゼロに差し出した。ゼロは頭を下げてお礼を言って、素直にそれを受け取った。
手を拭いて、土で汚れた鞘の先もきれいにふき取る。
「…だから俺はほっとけと言っただろーが」
「ちょ…、三蔵。自分だけ責任逃れ?」
「ズリー」
「黙れ!」
「まあまあ」
またしても銃を取り出そうな雰囲気の三蔵を抑えて、八戒はジープのエンジンをかけた。
そして穏やかな笑顔をゼロに向け、尋ねる。
「どうでしょう?お詫びと言ってはなんですが、乗っていかれますか?僕ら、今日中に山を降りて近くの町まで向かう予定ですが」
「あ、ありがとうございます。すごく助かります。…あ、でも僕どこに」
どう見ても4人乗りな気がしてならない目の前の車。ゼロは再び首をかしげた。
「あ〜〜〜……後ろ、もう1人分くらいなら空いてますよね?」
「「あいてま〜す、せんせい」」
八戒の一言に、そろって手を上げて答える後部座席の悟浄と悟空。
「テメ、猿。もっとそっちつめろ」「うるせー、悟浄もその足どけろ」とやいのやいののやり取りを、運転席の八戒はハンドル握りつつ笑顔で待つ。
助手席の三蔵は最初から席を譲る気などなく、我関せずとばかりに煙草をふかしていた。
ゼロはというと、力が抜けてしまい苦笑い。
「…じゃあ皆さ〜んそろそろ出ますよ〜。いいですか〜」
「「はーい、いいでーす」」
「あ、はい。すいません;」
面白い人たちだなぁ、なんて思う。
後部座席の真ん中にゼロの尻が控えめに納まったところで、ゆっくりとジープは動き出した。
「―――俺、悟空ってんだ!アンタの名前は?」
風を切って走るジープの後部座席。
右隣に座る少年から元気よく尋ねられ、ゼロも笑顔でそれに応える。
「僕はゼロっていいますよ。ゼロ=シュナイダー」
「そのお名前だと、やっぱり異国の方なんですね。…あ、僕は八戒っていいます」
「えっ…?と…、異国っていうか…まあいいです。それで」
一瞬、言葉に詰まったゼロ。
先ほどの彼らの戦いぶり―――悟空は何もないところから棒を具現化させていたし、八戒はオーラそのものの扱いに長けていた―――から、彼らも自身と同じく「念能力者」で、この"ゲーム"の"外"からやって来た「プレイヤー」なのだと思っていたのだ。
『異国の』なんて言葉を聞いて、ああじゃあこの人たちも"ゲーム"の"中の人"なのか…と認識を改める。
そしてまさか"中の人"相手に『ゲームをしにきた』なんて言えるはずもなく、ゼロは適当にはぐらかしにかかる。
しかし悟空はともかく、ゼロの隣の悟浄がそんなゼロの逡巡を見逃すわけもなく。
座席にもたれ、煙草をふかしながらゼロへと聞き返した。
「あんら〜?『まあいいです』って何それ。いやに曖昧な答えじゃねー?ゼロさん?」
「まあ色々ありまして。…あなたのお名前は?」
「お兄さんのお名前は悟浄サンです〜…ってか、そこでそうはぐらかすわけ!?」
「ちょっとー」と身を起こす悟浄。ゼロはくすくす笑っていた。
…と、そこへ悟空が顔を突っ込む。
「悟浄のことなら『エロ河童』でいいよ、ゼロ!」
「うっさい、猿!」
言って、悟浄は短くなっていた煙草をピンと指ではじくようにして悟空に向かって投げつけた。
「あっぶねっ!あにすんだよ悟浄!」
「うるせー!」
「あははっ」
「…で?その異国の人間が何故こんなところを1人で歩いていた?」
「え?」
ゼロを間に挟んで悟浄と悟空ががしがしと拳のやりとりを繰り返すのを、笑って見ていたゼロ。
不意に、それまで黙って煙草を吸っていた助手席の金髪の男―――三蔵が、いかにも不機嫌そうな声で尋ねてくるのでゼロは聞き返した。
「えーと?」
「何か用があってこの桃源郷に来たんじゃないのか」
「あ…。えと…」
もう一度問われ、ゼロは少し考える。
ここに―――桃源郷に来た理由。ここで"見つけた"理由。
「んー、なんていうか…最初は人探しのつもりだったんですよね」
「あら意外。アンタも奥手な顔して女の子?」
と悟浄にピッと小指を立てて見せられた。
「いや、違いますけど…。アンタ"も"って?」
「誰の事でしょうねぇ」
あはははと運転中の八戒が正面を向いたまま突然笑い出して、車内に寒々しい空気が流れた。
それでゼロも、悟浄の言う「アンタ"も"」が誰なのかを理解する。
「ええっとー……; 残念ながら…って言っていいのかわからないですけど…僕の探してる相手っていうのは、女の子じゃなくて…男性なんです。僕の「命の恩人」です。
その人に、『オレにまた会いたきゃ、オレを捕まえてみろ』って言われて。そのつもりで、手がかりを探して僕はここに来たんです。………でも、」
「…でも?」
「ここに来て初めて会った人から…あ、"人"じゃないか、妖怪だったんですけど――――その人が面白いことを言ってたんです。
『人間と妖怪って、全然別の種族だけどこの桃源郷では昔は共存できてた』『でも今は互いにいがみ合ってる』『その争いを止めたい』『人間と妖怪が元通り共存できる平和な世界を取り戻したい』って…」
ゼロの台詞を聞き、三蔵の視線が少し動いた。悟空と悟浄、八戒のそれも。
「………『それ』を妖怪が口にしたのか?」
「あ、はい。…まあ結局あとから全然口から出任せってわかったんですけど」
「…………;」
きっぱり言うゼロに4人は各々半笑い。
ああきっとこの青年にちょっかいを出そうとして軽く返り討ちにされて、見逃してもらう言い訳に口から出任せを吐いたんだろうと易々想像がついた。
「でも僕、それ聞いたとき思ったんです。―――ああ…それいいなぁ、って。
ジンさん…あ、僕の「恩人」の名前ですけど、ジンさんを探すのもたぶん容易じゃないと思うんです。
だったらジンさんを探すのと一緒に―――僕も『そのため』の力になりたいな、って。……まあ、僕一個人の力なんてたかが知れてますけどね」
なんともいえないような目で見てくる悟浄と悟空の視線にたまりかね、ゼロは「あはは」と大きく笑ってそれを濁そうとした。
すると「…だからか?」と再び前の方から低い声で言われ、ゼロは視線をもう一度そちらに移す。
助手席から聞こえた声。
後ろを振り返りもせずに、三蔵が煙草の煙と一緒に吐いた声だった。
「…え?えっと…」
「お前が妖怪を殺そうとしなかった理由だ」
訳も分からず聞き返すと、三蔵は続けて問いかけて来た。
それに対し、『ああ、なるほど』と納得してゼロはにっこりと三蔵の背中に笑みを向けた。
「ハイ、そうですよ?妖怪さんだって、全部が全部悪い人じゃないし。僕はそれを知ってしまったから。
それなのに"妖怪は全部悪い"って決め付けてむやみやたらに殺したら、僕の方がよっぽど悪者じゃないですか。
僕ら人間にも家族がいて友達がいて恋人がいて………同じように、妖怪さんたちにもそういうの、あると思うんです。
ヨソから来たばっかりの僕が、それを壊して回るわけには行かないでしょ?
すごく小さなことかもしれないけど……でも憎しみっていう『負の連鎖』はそういうところから始まっていくんだと思うから」
「…耳に痛いですねぇ」
なんて、運転席の八戒がにこやかに相槌を打つと、助手席の三蔵もまたフッと溜息のようなものを吐き、
「……甘ちゃんの戯れ言だな。」
と呟いた。
「…やっぱり甘ちゃんですかね…;」
「ああ、とびっきりに甘すぎる。
どんなに綺麗事を並べようが、昔はともかく今はもう『捕食者』に変わっちまった奴ら相手にお前の想いなぞひとかけらも通じねぇ。
いずれお前は―――いや、いずれと言わずすぐにでも……お前はこの世界の現実に打ちのめされるだろう。
もうすでに相容れなくなっちまった者同士―――食う者食われる者の関係になってしまった今や、お前1人がどんなにあいつらを思い、理想を押し付け、奴らを見逃したとして、…結局世界は何も変わらねぇ。
奴らは別のところに移るか、お前が居なくなってからまた人間を襲うだけだ」
「……そう、ですね。たぶん、その通りなんだと思います。…弟にもあなたとちょうど同じ事を言われました。「そんなもんただの偽善だ」って…。
…でもやりたいんです。例え僕1人でだって……。だって思う人が誰1人いなくなってしまったら、それこそ世界は断絶しちゃうじゃないですか。
せっかくこうやってここに来たんだから…。例えそれが嘘から始まった言葉だとしても、『異国から来た』まっさらの僕だからこそやれることはきっとあるって…、そう信じて」
そう零して、ゼロはとある男の笑顔を思い浮かべる。
――――小さな僕を撫でてくれた、ジンさんの大きくて無骨な手。
そのジンさんが作ったゲームなら――――僕が誰よりも信じるあの人が創った世界なら。
きっとそれを止める術も、必ずあるはずだからと……そう信じて。
「……"必ずできる"って信じること。誰になんて言われたって、己の信念を突き通す…。それが大切だって、僕はジンさんにそう教わりましたから」
胸の前で、ぎゅうっと強く拳を握る。
まっすぐに前を、―――助手席に座る三蔵の後ろ姿をその瞳に映して、力強くゼロは言う。
「………単に理想を語るのは簡単だ。力が無ければただの弱者の幻想にすぎん。それでもお前は……」
「―――はい。やりますよ」
ついにはちらりとゼロの方に視線を動かした三蔵の、夕日に輝く金髪の隙間から覗く紫電の瞳をゼロはしっかりと見返して頷いた。
「大丈夫です!だって僕、なんかそれほど弱くないような気がしてますから!」
「……そうか」
正面に向き直り、フウーッと長く煙草の煙を吐き出した三蔵。
その視界の端にはいくつかの民家の屋根が映っている。山道もじきに途切れるのだろう。
何を思っているのかその後はしばらく車内に無言が続いたが――――
町の入り口が見えてくると、「…あ、僕この辺で十分ですよ、八戒さん」とゼロが切り出し、「…そうですか」と八戒はゆっくりとジープを停めた。
「ここまで乗せてくれてありがとうございました!すごく助かりました」
車を降りたゼロが、ぺこりと礼儀正しく頭を下げて礼を言う。
にこやかな笑顔のまま手を振って「またどこかでお会いできるといいですね」と4人に別れを告げ、先にテクテクと歩いて町へ向かう――――ゼロの後ろ姿。
それを後部座席から名残惜しそうに眺めながら、ぽつりと悟空が「……三蔵」と零した。
「ダメだ」
「まだ俺、何も言ってないじゃんか!」
「うるせぇ!!テメーの考えてることなんざお見通しだ、このサル!!」
「…まあまあ三蔵。お見通しならいいじゃないですか?」
「こっちだって遊びでやってんじゃねーんだぞ!?」
「つってもねェ〜。おサルちゃん、単純だからさ。こーきたらもう引かないの、三蔵も分かってるっしょ」
八戒と悟浄にもやんわり諭され、三蔵はチッと舌打ちした。
こいつらとの付き合いももう長い。会話にはならずとも何を考えてるかぐらいはすぐに解かる。
解かるからこそ、この後に続くであろう面倒事が図らずも予見できてしまい、うっとおしそうに三蔵は再び煙草を取り出して火をつけた。
「なー、三蔵。良いだろ?だってアイツ、放っといたらいつかぜってー妖怪に殺されて食われちまうもん」
「同感ですね。できればああいう絶滅危惧種は乱獲される前に手厚く保護してあげたいところです」
「そ〜ね〜〜。ゲンジツ知らない良い子ちゃんって言っちまえばそれまでだけど、どっかの三蔵サマよりよっぽど人間らしいのに」
「人間らしいというか、よっぽど僧侶っぽいですよね」
「サンゾー、形無し」
「…殺すぞテメーら」
ジャキ。と今度は愛用の短銃を取り出す三蔵に、「ひゃー怖い」と全く怖がったそぶりも見せず言う悟浄。
「まあとりあえず、時間も時間ですから一緒に食事でも誘ってみましょうか?」と八戒が言うと、「それ!良いじゃん!!」とそれに乗った悟空が、いの一番に車を飛び降りた。
「なーゼロー!これから一緒にメシ食いに行かねー!?」
「…わあ、なんですか!?」
すでに遠ざかりかけていたゼロの背中に向かって駆けた悟空が、昼間と同じくゼロの上に飛びつく。
八戒は「ほら、危ないですよー」とそれに声をかけて、一旦隣の三蔵に目をやってから――――諦めたようにシートにもたれて黙って煙草をくゆらす姿を、彼なりの『了承』と受け取って、ゆっくりとブレーキペダルを緩めるのだった。
つづ…かない?
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雀呂さんの事とか色々とカタついてませんし、話としてはオチてないどころか何も始まってないですが終わりです(爆)
ネタ的にはたぶんこの後登場のヘイゼル司教と意見対立で一悶着させたかったんだと思います
他にも三蔵一行とジャズ君がアレしたりコレしたり、雀呂さんと再会したりいろいろ考えてたらしいんですがネタ帳がどこかに吹っ飛んでしまったので一応これまでに
すもも