通常よりも幾分か長い長剣を背中に携え、一般の死神よりも一回り以上小さい1人の死神が、十番隊隊舎へと戻ってきた。
白い羽織に銀髪の少年。――――十番隊隊長・日番谷冬獅郎だ。
「おかえりなさいませ、隊長。隊首会の方はいかがでした?」
執務室に戻るなり、席官の1人がたずねてくる。
「ああ。旅禍…と思しき人物はすでに三番隊で保護しているらしい。捕縛には二番隊、刑軍が出る。他の隊は旅禍の逃走に備えて待機、とのことだ。
事が済むまでは警戒は緩めるなと伝えておいてくれ」
「はい、了解しました」
「…ところで松本はどうした?」
「はい?あ…、松本副隊長でしたら草鹿副隊長、涅副隊長らと廷内の見回りへと出かけられておりますが…」
「……そうか…。わかった、下がっていいぞ」
そう言うと、席官はぺこりと頭を下げてから執務室の扉を閉めた。
誰も居なくなった部屋で、日番谷は疲れたようにため息を吐いてから窓の向こうの青空へと視線を移した。
「やめてください…っ、やめ、あっ…!?」
日番谷が眺めていた青空と同じ空の下。
茶屋から一番近い詰所で、艶のかかった悲鳴が上がる。
「厭よ厭よも好きのうちってねv 口ではそう言ってても、こっちはまんざらでもないみたいよ〜?」
「ひゃあっ!どこ触ってるんですか!離してくださいってばぁ!」
乱菊に馬乗りに乗りかかられたゼロが涙声で叫ぶ。
『着替えさせてあげるからv』と詰所に入るなりゼロを押し倒した乱菊。
最初はただ"逃げられないように"とゼロの上に乗っかっていただけなのだが、嫌がるゼロの様子に逆に気を良くしてしまったのか、他人の目があるにも関わらず乱菊の行為はだんだんとエスカレートしていった。
はだけた襟元からはゼロの白い肩がするりとあらわになっていて。
帯は解け、もつれた裾からチラリと覗く長い足へと絡み付いている。
乱菊のむっちりとしたグラマラスなその身体に組み敷かれる、細くしなやかなゼロの肢体。
対照的な質感をした二つの白い四肢が絡み合うその様は、片方の性別が男であることなどまったく気にならないほどに美しく官能的だった。
ごくり、と誰かがつばを飲み込む音が聞こえた。
「やっ、あ、…って、ちょっと!見てないで助けてください!!」
「「「「はっ!!」」」」
長らく瞬きも忘れて、食い入るようにそれを見ていたイヅル、修兵、恋次、雛森、七緒。
半泣きで訴えるゼロの声を耳にして、やっとの事で我に返った。
「らららら乱菊さんっ!?何やってるんですか!!」
「…あらやだ。この子があんまりにも雰囲気出すからつい…」
「"つい"じゃないッスよ!」
「そんなこと言ったってあんた達だって止めなかったじゃない」
「いや、それは…!…そ、その…;」
なお、草鹿やちるに至っては、事の始めからネムの手によってそつなく目隠しをされている。
「大丈夫ですか?ゼロさん」
イヅルと恋次、雛森が乱菊に詰め寄るかたわら、しゃがみこんでいたゼロに最初に手を差し伸べたのは檜佐木修兵だった。
「皆さんひどいです…。もっと早くに止めてくれてもいいじゃないですか…」
「すみません…;」
手ひどい辱めを受けぐすぐすと鼻をすするゼロの背をそっとさすって慰める。
いたわるような手の動きに安堵したゼロも、やがて泣き止んで顔を上げた。
修兵に向かい、涙に濡れた瞳が少しぎこちなく苦笑する。
修兵の顔が紅くなった。
と―――七緒が毛布を持ってきて、ふわりとそれをゼロの肩にかけた。
「どうぞこれを」
「ありがとうございます…」
「いえ。―――あ、そうだ。どうでしょう、死覇装が駄目なら檜佐木さんか吉良さんか…阿散井君でもいいですけど、普段着の一枚でも貸してあげては?」
七緒のふとした提案。イヅルと阿散井がお互いに見合わせ、こくりと頷いた。
「そうですね…、今のところそれが一番妥当かもしれませんね…」
「このままほっといたらまたいつ乱菊さんが暴走するかわからねーしな。」
「なによー」
「「あははは」」
「よし、決まりだな。んじゃ、俺がひとっ走り宿舎まで―――って………檜佐木先輩?」
「「「?」」」
恋次の呼びかけに、その場の視線が修兵へと向く。
修兵はというと、目の前のゼロに視線が釘付けだった。
中性的で整った顔立ちのゼロ。細く柔らかな髪の間からは、涙で潤んだ瞳が修兵を見上げている。
生半可な女など太刀打ちできないほどに美しい笑顔。きらきらと輝いて見えるようだった。
「……あの…;檜佐木さん…?」
「…ゼロさん…」
いつくしむような視線でゼロを見つめ、頬を赤く染めた修兵がゼロの両肩をガシッと抱いた。
近づく修兵の顔。「ひ、」とゼロが悲鳴を漏らした。
「…い、センパイ。
…檜佐木先輩ってば!」
「はっ!!?」
恋次の呼びかけに修兵がはっと意識を取り戻す。
周りを見れば、他の副隊長たちの冷たい視線に取り囲まれていた。
「…それ以上行くと戻れなくなりますよ?」
ジト目の恋次に言われ、修兵は目の前のゼロを見る。
ゼロは修兵の腕の中で、今にも泣きそうなほどに顔を歪めてプルプルと震えていた。
「あ!!!…いいいいや、違うんだこれは!!違う!」
「「何が(スか)(ですか)」」
恋次と七緒が、うさんくさそ〜なものを見るような目で修兵を見る。
その背後でゼロはイヅルと雛森に保護されていた。
乱菊に続き修兵にまでこんな目に合わされて、ゼロは完全に怯えてしまっていた。
「大丈夫ですか?ゼロさん?…いや、大丈夫じゃないと思いますけど;」
「うぅ…、ぼく、もう帰りたいです…」
「ねぇ吉良くん。やっぱり予備の死覇装貸してあげたほうが良くない?」
「そうだね…」
雛森に言われ、うーん、と思案するイヅル。
すると横から恋次も会話に入ってきた。
「ああ、そのほうがよさそうだな。このままじゃ乱菊さんの暴走より先に檜佐木先輩が狼になっちまう」
「だから違う!!」
「きゃははー!しゅーへーちゃん、顔真っ赤ー!おもしろーい!」
「草鹿副隊長ッ!!?」
きゃっきゃとはしゃぐやちるを黙らせようと修兵は走り出した。
鬼ごっことばかりに詰所の中を逃げ回るやちるとそれを追いかける修兵の姿を尻目に、恋次が「おーい、誰か死覇装もってこいー」と投げやり気味に声を出す。
「じゃあ適当に予備の物探してきましょうか」
クイッと眼鏡を上げながら七緒が言う。
「えー!!?もう着替えさせちゃうの?まだ化粧だってしてないのに」
「いや、必要ないじゃないっスか!!」
――――ガラッ。
「「「あ。」」」
突然、詰め所の引き戸が開け放たれた。
戸を開けたのは、乱菊の霊圧をたどって探しに来た日番谷十番隊隊長だった。
日番谷の姿を見て、その場の面子の動きがぴたりと止まった。
「たいちょ…っ!!」
「松本…てめぇ俺が戻るまで隊舎で待機してろと言った筈だぞ…」
額に青筋を浮かべて静かな怒りをみせる日番谷。
後ろからゴゴゴゴと音が聞こえそうなほどだ。皆、それを見て青くなった。
しかしそこへ空気も読まずにぴょこーんと手を上げて、やちるが元気よく挨拶。
「やっほー、ひっつん!どしたのー?」
「"ひっつん"じゃねぇ草鹿、日番谷隊長だ。
……大体お前ら副隊長が、揃いも揃ってこんなところで何油を売ってやがる!今どういう時か分かってんのか!」
「「「「も、もうしわけありません日番谷隊長!」」」」
「申し訳ありません」
びしっと姿勢を正して日番谷の前に居並ぶ恋次、イヅル、修兵、七緒、ネム。
雛森は姿勢を正しつつも「そんなに怒らなくてもいいのに…」と漏らしていた。
「…何か言ったか雛森」
「ふぁい!?ごめんなさいシロちゃ…ああ!?日番谷隊長っ!」
「ったく…。で?その後ろの奴は誰だ。見ねぇ顔だが…」
イヅルの背後に居たゼロを指差し、日番谷は言う。
隊長である自分を見ても挨拶のない女。
死覇装も着ておらず、死神には到底見えないが――――
――――十二番隊長さんが言わはった子ならここに来る前にうちのイヅルに預けてきましたから……、何もなければ三番隊の隊舎でイヅルが見とるはずですよ?
………と、隊首会で市丸が言っていた言葉をふと思い出す。
「吉良。」
「は、はい!」
「市丸が連れて来た女ってのはもしかしてコイツか?」
「は…、え?何故それを日番谷隊長が知って…」
「いいから答えろ」
「あ、は、はい…その通りです…。でも彼は…」
「そうか、やはり…………ん?
『彼』?」
「隊長、隊長。この子、女じゃなくて男ですよv」
日番谷の疑問に答えるように、乱菊はゼロの上半身をひん剥いた!
むきっ、と薄い胸板があらわになる。
「わひゃ――――っ!?」
「うぉおい!?何やってんだ松本―――っ!!?」
「キャ―――ッ!!」
「だっ、誰か!誰か死覇装――――っ!!」
「ううぇ…、僕もうお婿さんにいけない…」
「あーもう鬱陶しい。泣くな、男だろ。」
その後結局、日番谷に促されてゼロはイヅルと恋次の手を借りて死覇装に着替えることができた。
いまだに半泣き状態のゼロを椅子に座らせ、なだめる日番谷。その脇に5名の副隊長たちが苦笑いで立っていた。
ちなみに乱菊は日番谷の命によって詰所の隅で正座をさせられている。やちるは側で笑っていた。
「じゃあ着替えてもらってすぐで悪いが…、お前を連行しなきゃならねぇ。手荒な真似はしたくないし、暴れればお前の立場も悪くなる。大人しくついてきてくれるか」
「ぇえ…っ?」
「は!?ちょっと待ってください日番谷隊長!?『連行』って、彼は…」
唐突な日番谷の言い分。イヅルが当然のように食って掛かった。
ゼロは市丸から預かった大事な客人であって、今回の旅禍とは関係ない人なのだと。
しかし日番谷はあくまで冷静にイヅルを抑え、言う。
「わかってるさ、吉良。市丸の『客人』……、だがそもそも『それ』自体が間違ってるかもしれねぇんだ。
市丸が知ってて連れて来たのかそうでないのかはまだわからんが―――とにかく、こいつに旅禍の疑いがかかってる。見つけ次第まずは連行しろとの命令だ」
「そ、そんな…」
肩を落とすイヅル。
ゼロはここまで何の問題も起こしていないし、自分の上官が笑顔で連れてきた人物なのだ。
当然イヅルはゼロを市丸の客人だと信じきっていた。
もし市丸がゼロを旅禍だと知ってて連れて来たのなら、"いつもの冗談"にしてもかなり性質が悪い。
「吉良くん…」
心配そうに、雛森と恋次がイヅルを見る。
日番谷も、イヅルのショックが理解できないわけではなかったから、「フゥ」と吐き出した溜息とともにうまくフォローを搾りだす。
「まあそう気を落とすな。旅禍なのかどうかはまだこれからの調査次第だ。もしかしたら本当にただの客人かもしれねぇんだから」
「はい…」
「じゃあそろそろ行くぞ。―――お前、名前は?」
「あ、えと…、僕、ゼロっていいます」
たずねられて、素直に答える。
『なんか厄介な事に巻き込まれてそうだなぁ…』などと他人事のように苦笑しながら、ゼロはとりあえず日番谷の指示へと従った。
つづく
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檜佐木さんて原作本編だと硬派イケメンですけど、おまけとかカラブリとか見る限りムッツリスケベな気がしてならない…
すもも