トストスと軽い足取りで先を歩く日番谷の小さな背中。
それを眺めながら、ゼロは背中を丸めて歩いていた。
手には頑丈な手錠がかかり、周囲には自分を取り囲むようにして副隊長たちが歩いている。
(これじゃあまるっきり犯罪者だなぁ僕…)
一応ライセンス取ったプロのハンターなのになぁなんて思いながら、ゼロは「ふぅー」とため息をつく。
「…手、痛いですか?ゼロさん?」
隣を歩いていたイヅルがゼロのそのため息に気づいた。そして気遣うような声色でゼロの表情を伺ってくる。
他の副隊長達も言葉には出さないが―――その視線や表情からはゼロへの同情が見て取れた。
「あ…、いえ…大丈夫ですけど…。それより僕ってこれからどうなるんですか…?」
「それは……その…」
「…そうだな。まずはこのまま技術開発局へ向かう。そこで今朝方異常計測されたという旅禍の霊圧とお前の霊圧を比較計測して…、お前の処置はその結果次第になる」
言葉に詰まったイヅルに代わり、前を歩いていた日番谷が落ち着いた口調で答えてくれた。
ゼロはあまり理解していない感じに、「はあ…、」などと気の抜けた返事を返していた。
……リョカ?レーアツ?なんだろう?
日番谷の口から出てきたのはどれもゼロの知らない単語ばかりだったから。
「結果に問題が無ければ、お前はそのまま市丸の客人として取り扱われるんじゃねぇか?まあその場合、引き続き旅禍捜索の警戒令は出されたままだろうからココでの行動は制限されるだろうがな」
「へー…。じゃあ僕がその、『リョカ』?っていうのだったとしたら………っていうか、その前に『リョカ』って一体何なんですか?僕ずっとそれ気になってたんですけど…」
「『旅禍』か…。旅禍ってのは、死神の導き無しにこのソウル・ソサエティへと入ってきた魂魄の事をいうんだ。この世界へ禍(わざわい)をもたらすもの、とされている」
「へ、へぇえー…」
「………なんか声が上ずってる気がするが…?本当に大丈夫なんだろうな、お前…」
「あ、や、その…、たぶん…;」
顔をしかめる日番谷に、ゼロは自信なさげな笑顔で答えを返した。
しかし内心はというと穏やかではない。――――はっきりいって日番谷の言葉には心当たりがありすぎる。
(リョカってつまり、外の世界からこのゲームの中へ入った"プレイヤー"のことを言うんじゃないのかなぁ…。うわあ、どうしよう。そしたら僕、超ビンゴなんですけど…;)
考えれば考えるほどドツボにハマって、ゼロは歩きながらタラタラと汗をたらす。
「じゃ、じゃあ!もう1個だけ聞いてもいいですか!?」
「ん?」
「その……もし僕がそのリョカっていうのだったりしたら…、やっぱりその…、し、死刑になったりとか…!?」
「……あー……。 …いや。」
心底哀れそうな表情で日番谷に詰め寄るゼロ。
そんな今にも泣き出しそうな仔犬みたいな顔で寄られては、日番谷も早々に折れるしかない。
しょうがねぇな、という風にがしがしと頭をかいて、日番谷はゼロが望んでいるであろう答えを口にする。
「…そう悲観しなくていい。たとえお前が『旅禍』だったとしてもいきなり処刑なんてことはねぇよ。たぶんな」
「そうよぉ!!」
ばしぃん!!
「びゃっ!?」
「…松本…;」
日番谷の言葉に続くように、乱菊がゼロの背中を勢いよく叩いてきた。
ゼロは驚いて、叩かれた勢いのまま前のめりにつんのめってスッ転んだ。両腕を手錠で押さえられていたので上手くバランスが取れなかったようだ。
「もし仮にそんなことになったとしても大丈夫よ!ウチの隊長が
ぜ〜ったい何とかしてくれるから!!…ですよねっ隊長ー?」
「お前は少し黙れ松本。俺にだってできる事とできない事があるんだ。気休めで物を言…」
「またまたー。そんな事言っててもイザとなったら助けてあげるんでしょー?隊長ってば人情派!」
「黙れ!!」
「あ…はは…;」
乱菊と日番谷のやり取りを眺め、なんとなく不思議な感覚に陥るゼロ。
もたもたと起き上がりながら、そばにいた雛森にこっそりと疑問をぶつけてみた。
「…あの、『隊長さん』…っていうのはやっぱり……?」
「あ、うん。日番谷くんのことだよ。日番谷くん、ああ見えて十番隊の隊長さんなの」
「ちっちゃいのにすごいでしょー?ちなみにあたしが副隊長の松本乱菊ー♪ヨロシクねーっv」
「はあ…;」
「…ま〜つ〜も〜と〜!!」
「ひゃっ、すいません隊長!もうあたし黙りますね!」
「「「………;」」」
いつもどおりといえばいつもどおりの日番谷と乱菊のやり取りに、かける言葉をなくす一同。そしてどう反応して良いのか分からずに苦笑いを浮かべるゼロ。
恋次や修兵が、『まあまあ、ここは抑えてください』と日番谷をなだめるそんな中――――、後ろから人影が近づいてきた。
派手な着物を肩に羽織り、笠をかぶった男。
日番谷たちの姿を認め、にこやかな顔で手を振った。
「―――やっほー。皆そんなトコで集まって何してんのかな〜?」
「…京楽隊長!」
手を振って歩いてくる京楽に最初に気がついたのは京楽の副官の七緒だった。七緒は思わず彼の元へと駆け寄る。
「あれ〜?どったの七緒ちゅわんvこんなところで奇遇じゃないの〜v …あ!もしかしてボクのこと追っかけてきてくれたの〜?」
「違います。」
「ああっ…つ、冷たい……;でもその冷たさが七緒ちゃんの良いところだよねぇv」
「そんなことはどうでもいいですから。隊長こそこんなところで一体どうされたんですか?」
「いやーほら、砕蜂隊長が捕らえてくるって言ってた旅禍がさ、かわい〜い娘さんだって聞いたからそれならちょっと見ておかなくちゃと思ってさ〜ンフフv」
「………そうですか………」
「日番谷隊長のトコもそうなんだろう?なんかいつもよりずいぶん大所帯だけども」
「大所帯なのは成り行きです…」
ハイテンションな乱菊の相手をしたその次には、のんきな京楽のこの言い分。日番谷はもうなにもかも疲れたように眉間を押さえて、深いため息を吐いた。
―――誰かこの位置代わってくれ。
しかし京楽はそんな日番谷の様子にも気がつかないのか、それとも"いつもの事"だから気にしないのか。
「副隊長みんな揃ってるんだねぇ〜」と漏らしながらその場の面子を確かめて――――その中に見知らぬ顔を発見する。
「……あれ?初めて見る顔だけど、この子は…?」
イヅルの後ろのゼロを指差して、京楽は日番谷に聞く。
『死覇装は着ているから……死神だよねぇ?十番隊の新人さん?』などと。
説明するのも面倒くさくなってしまった日番谷は投げやり気味に返答を返した。
「…違いますよ。そいつが市丸の言っていた旅禍と疑わしき奴です」
「こ、こんにちは…」
女の子を期待していたらしい京楽相手に「気まずい…」と思いながらもゼロは笑って挨拶した。
案の定京楽はすぐには反応できず。
「え…?あ…、あー!そうなの〜!君が…!」
そう言って京楽はぽんとゼロの両肩を叩いて、そして気づく。
「――――って…、あら?もしかして君……男の子?;」
「すっ、すいません男で!」
「ああ!いやっ、君は悪くないよ!…なぁ〜んだ、そうかぁ男の子だったの!うん、大丈夫!大丈夫だよ!誰だろうね〜、娘だなんて間違えて報告したのは!ひどいもんだねぇ!」
「かわい〜い娘さんじゃなくて残念でしたね隊長」
「あうっ七緒ちゃん痛い!心が痛いよ!」
必死で取り繕おうとする京楽に対し、ぐさりと辛辣な言葉を刺し込んだのは当然、七緒だ。
実際に鋭いナイフが刺さったかのように胸を押さえて痛がる京楽の姿も七緒はそのまま無視した。そして日番谷相手に振り返り。
「とにかく十二番隊へ急ぎませんか?涅隊長も待っていらっしゃると思いますし」
「そ、そうだな…。じゃあ行くか…」
「「「………;;」」」
―――――「まったく、遅いんだヨ!待ちくたびれてしまったじゃないかネ!?」
十二番隊に着くなり、白と黒で奇抜な化粧を施した面妖な男―――涅マユリが怒鳴り声で日番谷たちを迎えた。
「こちらにも準備というものがあるのだから、時間通りにきてもらわないと困る!…そもそも何故二番隊ではなく十番隊の君が旅禍を連れてきたんだネ!?
……クク、逃げられたのか連れ出したのか…、どちらにしろ隊首会で責任の所在を追及する必要がありそうだネ、隊長君?楽しい事になりそうじゃないか、エエ!?」
「必要ないっすね。巡回中にたまたま俺がこいつを見つけて連れてきただけですから。第一、誰が連れてこようと問題はないはずでしょう」
小さな日番谷を見下ろし傲岸不遜な態度で詰め寄るマユリだったが、日番谷はそれを至極平静な表情で受け流した。
マユリはそれに面白くなさそうに「ちっ」と舌打ちを残して、くるりと踵を返す。
そして京楽の前に立っていたゼロの元へ。
ゼロはというと、それまでマユリのあまりの奇怪な風貌に青ざめ口をパクパクさせていたのだが、そのマユリが自分の方を向いたことで思わず1歩、足を引いた。
しかしその背も、京楽の手によってガッシと受け止められてしまう。
「ンフフ、大丈夫だよ〜ゼロくん」
「だっ…、で、でも〜…;」
逃がしてもらえそうもない事実にあうあうと半泣きになるゼロ。
目の前に立ったマユリからするりと顎に手を添えられて、思わず体を硬くする。
「そうだヨ。おとなしくし給え、旅禍の少年。……なぁに、不安に思うことなどなにも無いヨ。もうベッドも道具も準備は万端整っているからネ。
君がおとなしく私の調べを受け入れさえすればすぐに終わるヨ。そう、それこそ天井のシミをひとつふたつと数えているうちにネ」
「ひぃ〜!なんか表現が微妙にいやらしいのは何でなんですか〜!?」
「そんなもの説明するまでも…、
―――ムッ!?」
「ひゃーっ!!?」
突如、マユリがカッと目を開いて般若のような顔になった。
目の前でそれを見たゼロが悲鳴を上げる。
「…一体どうしたんだい、涅隊長?」
恐怖のあまり真っ白になってしまったゼロに代わって後ろの京楽がマユリに尋ねる。するとマユリは再びキンキンの怒鳴り声を上げた。
「………思えば貴様、『少年』…だと?旅禍は『娘』ではなかったのかネ!?」
マユリは己が放った言葉の隅に一点の違和感を覚えて目を見開いたのだ。すぐさまその疑問を日番谷へとぶつける。
「いや…、初期の報告に誤りがあったようで、そいつは見たとおり『娘』ではなく…」
「『男』なのか…!ああ!まったく、誰だネこんな重大な間違いを犯したのは!!
男の身体など調べてもなにも面白くはないんだヨ!『娘』と聞いていたからこそこんな面倒な仕事も引き受けたというのに!」
「まあまあ涅隊長、ちょっと落ち着いてよ。誰でも間違いってのはあるからさぁ」
「これが落ち着いていられるかネ!!そもそもどうやったらこんな男を女と見間違えるんだ!」
「「「………;」」」
マユリの怒鳴り声に、その場にいた一同は苦笑いを浮かべるしかなかった。
説明するにしてもマユリが納得してくれるかどうか疑問だ。
ちなみにそのとき、別の場所でくしゃみをした貴族が1人いたとかいなかったとか。
「…ハァー。まったく、がっかりだヨ。君には失望した。さっさと裸になってそこに寝るんだ。こんな仕事は早く終わらせるに限るヨ、まったく…」
そうゼロに吐き捨ててマユリはガチャガチャと診察台(一見すれば単純な仕様の実験台にも見える)の脇の大きな機械を弄り始める。
言われたゼロは一瞬思考がついていかずに、疑問の声を上げた。
「えっ……。えっ!!?は、裸ですか!?女性もいるのに!?」
「……皮膚と服とがグズグズに同化してもいいならそのまま寝ろ。私はどっちでも構わんヨ」
「ヒアア!脱ぎます!脱ぎます〜!!」
マユリの言葉を聞いて慌てて、着ていた死覇装に手をかけるゼロ。
しかし途中で、両腕をしっかりと拘束する手錠に気がついて。
「あ…でもどうやって脱いだら」
へらっと笑って手錠をマユリに見せて尋ねる。
するとマユリは容赦なくかちりと目の前のボタンを押した。とたんに大きな音を立てて動き出す装置。慌てるゼロ。
「ちょっ、ちょ、待って!まだ僕脱いでませんよ〜!!」
「…ああもう五月蝿い子供だネ。愚図は嫌いだヨ。面倒だからそのまま装置に入れ。何、皮膚の1枚や2枚たいした問題じゃないヨ」
「たいした問題です!!ひい〜ん!ちょっと、日番谷隊長さ〜ん!;」
「……大丈夫なのか任せて」
「まあまだ調査段階だし下手はしないでしょ。…たぶん」
たすけてください〜、と泣き出すゼロをどこか遠い目で見るようにして漏らした日番谷と京楽。
「それじゃあ日番谷くん、あたし達部屋出てますね…;」という雛森たちの言葉に、「ああ…そうしてくれ…」と疲れたように返事を返していた。
つづく
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人が多い…
すもも