涅マユリの指先がカタカタとパイプオルガン状のコンピュータのキーを叩く。
薄暗いモニタ室の中、画面に次々と流れる膨大な量の情報をマユリはとても興味深そうな目で追っていた。
「…ほほう…、これは……」
「…涅隊長。1人で納得をしていないでボクらにも結果を教えてくれないかな?結局ゼロ君は旅禍なのかそうでないのか……、どうなんだい?」
じっとモニタに向かい、目を細めるマユリに横から尋ねたのは京楽。その後ろには渋い表情の日番谷が立っている。
「ふん…。調査の結果―――やはり今朝方異常計測された霊圧とゼロと名乗るあのボウヤの霊圧は同一のものと判明した。
ただし、不可解な事にボウヤと同じ霊圧が断界や穿界門を通った形跡は一切見られない。旅禍侵入の観測が遅れたのはそのせいだろうネ」
「……どういう事だ?」
「さぁてネ。それは私にも解りかねるヨ」
「…虚(ホロウ)っていう可能性はないのかい?奴らの通り道は僕らのそれとは違うだろう?」
「それも調べたが痕跡は無かったヨ。それに、ボウヤから発せられている霊圧も魂魄自体の組成も、ホロウのものではなくれっきとした人間のものだからネ」
「そうか…」
「……だが、それを調べる過程で一つ面白い事が解ったヨ?」
指を1本ピンと立て、マユリが椅子ごとクルリと振り返ってきた。
怪訝な表情を見せる京楽と日番谷。
「……面白い事とは?」
「あのボウヤ。計測された内在霊気だけでも、その霊威は上位席官から副官補佐クラス……、場合によっては各隊副隊長の力にも届くかもネ。こちらに対して敵意を持っていないようで助かったヨ。
他愛ない程度の力とはいえ、抵抗されれば面倒な事には変わりないからネ」
「…ぇえ?」
涅の話を聞き、京楽は自らの笠を持ち上げた。
その表情からは驚きの色が隠せないでいた。
「ちょっと待ってよ涅隊長。たしかにゼロ君は多少なり霊力を使えそうではあったけれども…、そんな…副隊長クラスにもなるのかい…!?」
「…なんだネ?私が嘘をついてるとでも?」
「いやいや、そういう意味じゃないんだけどさ。しかし…なるほどねぇ…、副隊長か…。そんな風には見えないんだけど…」
「まったくダネ。…それに―――」
「? それに?……なんなんだ?」
「……いや、なんでもないヨ」
ふと言葉を濁すマユリに気づき、問いかけたのは日番谷。
しかしマユリはそれにも答えはせずに、椅子ごとくるりとモニタへと向き直ってしまう。
「…涅?」
疑念を放置された日番谷が再度問うが、マユリの視線はモニタに向けられたまま。日番谷の眉根にわずかばかりのしわが寄った。
「フム…」
しばらくモニタを眺めていたマユリだったが、突然思い立ったようにキーを叩き始めた。
すると画面は切り替わり、先程とは別の数値表が現れる。
「(やはりこの数値…。魂魄の質量が常人に比べてずいぶんと少ない気がするのだが…、さて…)」
とりあえず、今調べられる範囲で出てきたデータのすべてをコンピュータに保存する。
こんな現象は初めて見るし、もっともっと骨の髄までドロドロになるまで徹底して調べ尽くしたいものだが―――それにはまだ"彼ら"の存在が邪魔だ。
背後にいる京楽と日番谷を横目で見、マユリは軽く舌打ちをした。
「……なんだい?涅隊長?」
「なんでもないと言ったじゃアないか」
「そうかい?ならいいんだけど……」
そう呟いて、京楽は次に日番谷の方へと向いた。
「それじゃ、とりあえずは資料をそろえて総隊長に報告…だね?日番谷隊長」
「ああ…、そう…ですね…。それしかないでしょう…」
京楽から意見を求められ、日番谷は顎に手を当てて考え込んだ。
―――ゼロ。
出会ってからまだ短時間のやり取りではあったが、人柄にも特に問題もなく、副官達との関係も良好だったように思う。
悪人などには到底見えはしなかったが…。
しかし――――
「……『旅禍』…か……」
"その存在"である以上、おそらく彼の処分は。
「京楽隊長」
「ん?」
「その…、彼の処分としてはやはり処刑が妥当なんでしょうね」
「そうだねぇ…。ま、何とかしてあげたい気持ちは分かるけどね」
深く笠を被り直し、「行こうか」と京楽は日番谷の歩みを先導した。
「へっ…、くしっっ!!」
いつまでも裸で装置に寝そべっていたら、寒くて思わずくしゃみが出た。
くしゃみの反動ついでに僕は体を起こして、装置の上に座り込む。
「ぐしゅ……。んん…、僕これ、もう降りてもいいのかなぁ…?」
さっきまで重苦しく響いていた機械音も、装置自体の動きもすでに止まっている。
検査って全部終わったのかな?
「…検査終わったならもう服着たっていいよ…ね?;」
いくら検査で…って言われてても、やっぱりいつまでも裸でいるのは恥ずかしい。
何も言われてないけど勝手に『検査は終わったんだ』と判断して、僕はこそこそと装置近くの台の上に置いておいた黒い服に手を伸ばした。
黒い服―――シハクショウ、って言ったっけ。
「(…実は着方がよくわかんないんですよね…)」
目の前にシハクショウを広げて、しばらくそれとにらめっこ。
さっき吉良さんと阿散井さんに着させてもらったのを思い出しながら適当にそれを羽織るようにして着てみた。
「えと…この紐がたしかこうで……あれ?…あ、こう?あれ、ちがう;」
案の定途中でよくわからなくなって困っていたら、部屋の入り口から京楽隊長さんと日番谷隊長さん、涅隊長さんが入ってくる。
「あっ…;すいません、勝手に服着てて…」
「いや、構わないよ。もう結果は出たしね。…1人できちんと着付けられるかい?」
「えー…その、あんまり…;」
ぐちゃぐちゃになっていた僕の服を見て、京楽隊長さんは苦笑い。
そして「こうだよ〜」と、着るのを最初から手伝ってくれた。ハハ…;
今度また着る機会があったらちゃんと1人でも着れるように着方を教えてもらわないと。
……あ、それよりも市丸さんから僕の服返してもらうのが先かな?
「……それでゼロ。調査の結果についてなんだが…」
服の着付けも終わりかけた頃、日番谷隊長さんが唐突に口を開いた。
言いづらそうな雰囲気を見るに、調査の結果っていうのは――――
「…やっぱり僕、『リョカ』でした?」
「………ああ。残念だがな」
「そうですか…」
なんとなく結果は予想できてたといっても…。
はぁ、困ったな。これからどうしよう?僕にはレイ・フォースがあるから逃げるのは苦じゃないんだけど…。
でも、僕の後からゴンやキルアがここにやってくるとするなら、まだ残ってた方がいいのかな。
そんなことを上の空で考えていたら、目の前の京楽隊長さんがその僕を見透かすようににっこりと笑った。
ギュッと腰紐と縛ってくれて、それからポンと僕の頭を撫でてくる。
「…? あの、京楽隊長さん?」
「ゼロ君。お願いだから今はまだボクらと戦おうとか、逃げようとかは考えないでいてくれるかな。
今回の調査の結果、君は確かにこのソウル・ソサエティへ不法に侵入した『旅禍』だと判明した。『旅禍』の処置はこれから上に報告してから決めるわけだけど…。
必ずしもそこで、君にとって悪い結果が出るっていうわけでもないからね」
「……それって処罰とかされないですむ可能性もあるってことですか?」
「まぁ、完全に処罰なしで…っていうのは難しいかもしれないけど。でも身の振り方を決めるのは処分内容が決定してからでも遅くはないと思うんだよ。
今暴れられたらそれだけで君の罪は重くなる。だからもう少しの間だけ大人しくしてて欲しいんだ」
「うーん…、まあ、そう…ですね……」
言われてみたらそうなのかも?…でもなぁ、と僕がなお悩んでいたら、横から涅隊長さんが割り込んできた。
「―――何、私は別に暴れてくれても構わないヨ。君の処刑が決まれば、それこそおおっぴらにキミの死体を調べることができるしネ!」
「…涅隊長〜〜〜…」
涅隊長さんの横からの発言に対して、京楽隊長さんが困ったように非難の声を上げる。
京楽隊長さんのその言い方がなんだかおかしくて、僕はクスッと小さく吹き出してしまった。
………でもちょうど良かったかな。涅隊長さんの一言で考えも固まったから。
「じゃあ…、わかりました京楽隊長さん。連れてってください」
手錠、またつけるんですよね?と京楽隊長さんの前に両腕を差し出す。
京楽隊長さんは一瞬呆気にとられたような顔をした。けれど、それもすぐに被っていた笠の下へと隠してしまう。
「…京楽隊長さん?」
「ああ、ご免よ。まさかそんなすんなり了解してくれるとは思ってなかったから、ついね」
「……すいません;」
「イヤイヤ…、物分りの良い子は好きだよ」
そう言って、にこりと緩く力の抜けた笑顔を見せた京楽隊長さん。
僕も同じく、笑顔を返した。
つづく
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京楽さんって平和主義者なのか単に面倒事が嫌いなのかどっちなんだ
すもも