「……ありゃぁ!?あの野郎、ダミーホロウ倒しちまいやしたぜ!?どーすんですかー?隊長ぉー?」
演習場を囲う待機所の―――日番谷達が見守る待機所とは別棟の―――屋根の上から、二番隊副隊長の大前田希千代が身を乗り出しながらそう言う。
大前田の背後には、同隊隊長の砕蜂が両腕を組んだ格好で立っていた。
二番隊の2人には、ゼロが斬魄刀を解放できずに死ぬ事になった時かまたは無事に斬魄刀を解放できた時に、残るダミーホロウを停止させるという任務が与えられていた。
しかし、斬魄刀を手に今か今かと出番を待っていた大前田の予想に反して、ゼロは斬魄刀の解放もせずにホロウを倒してしまった。
不満を直接顔に出して、大前田は背後の砕蜂へと振り返る。
「ねー、隊長聞いてますー?」
「…少し黙れ、大前田。総隊長はこのような状況もすでに予想されていたようだ。新たに命令が下るまで、貴様は黙って待機していろ」
「……へぇ?そりゃどーいう事っスか!?わかるように説明してくださいよ!」
「………二度は言わんぞ」
黙れと言ったそばからやかましく騒ぎ立てる大前田に砕蜂は冷たい視線だけを向ける。
「た、たいちょう〜…;」と怯む大前田から早々に視線を外し、砕蜂は演習場を眼下に見た。
「まったく…これからどうなさるおつもりなのか総隊長は…」
試験が始まる直前に、"万が一の時にはその場で待機せよ"と総隊長の山本より厳命されていた砕蜂。
苦々しい視線を演習場へと向けながら、静かに呟いた。
中枢を破壊され木偶と化した巨(おお)きなホロウの身体が、地響きを上げて演習場へと墜ちた。
ゼロは着ている死覇装のあちこちを綻ばせながらも大きな傷を負うことは無く、軽い身のこなしで危なげなく演習場の真ん中へと着地した。
その顔には、嬉しそうな勝利の笑みを浮かべて。
「よっしゃああ!!やるじゃねーかゼロ!」
待機所内。窓に張り付くように外を見ていた恋次が、一番に拳を振り上げゼロの勝利を自分のことのように喜ぶ。
その影ではイヅルがホッと安堵し息を吐いて、雛森はニコニコと笑顔で手を振るゼロに控えめに手を振り返していた。
「やりましたね〜、隊長♪」
「ああ…、だが」
沸き立つ他の副隊長達と同様に嬉しそうな顔で日番谷に同意を求める乱菊だったが――――
日番谷はというと試験が始まった当初と変わらぬ厳しい表情のまま。
藍染も京楽も驚きこそすれ、その場の隊長格で喜んだ顔の者は誰1人として居なかった。
「いや〜…、まいったねぇ…」
「…まさか斬魄刀も解放せずに倒してしまうなんて、案外僕らも彼の力を見誤っていたかもしれませんね…」
「そうだねぇ…この場合、それが良い事なのか悪い事なのか判断つきかねるところだけど…」
そう呟いて京楽は、総隊長である山本元柳斎を横目に見る。藍染もそれに続いて少し後ろへと振り返った。
山本は先ほどから不気味なまでに沈黙を守り、ただじっと窓の向こうの景色を見据えている。
「いやァ…、あんなんええも悪いもあらしまへんやろ。八番隊長さんもけったいなコト言わはりますなぁ」
どうするつもりなのかと山本の様子をそっと伺っていた藍染と京楽の間に、突如として市丸が割り込んでくる。
口元にはいつものいやらしい笑みを貼り付け、京楽の見解を茶化すように言う市丸。それを聞いて、市丸の元上官でもある藍染が不愉快そうに眉根を寄せていた。
「斬魄刀を解放せなあかん話やのに、あれがええ事の訳ないやないですか。見たとこ下手な一般隊士より戦い慣れしてるようやし…、あない強い子、ダミーホロウ程度なんぼ連れてきたかて相手にならんのとちゃいますか?」
「市丸、それは」
「…それはもしや私への挑発のつもりかネ、市丸?ご希望なら今度は試作品の大虚(メノス)で問答無用に八つ裂きにしてあげてもいいんだヨ?」
もう少し言葉を慎むべきだと注意に口を開いた藍染だったが、それよりも早くマユリが話の合間に入ってきた。
「あら。いややなぁ。ボクは総隊長さんがこれからどないしはるおつもりなんか気になって言うただけやのに、そない悪う取らんでもええやないですか。十二番隊長さん、ボクの事嫌いですかァ?」
「好きな奴が居たらそいつの頭を今すぐぶちまけて中身を見てやりたいくらいだヨ!!まったく、いちいち癇に障る男だネ、君は!」
「まあまあ涅隊長、少し落ち着いて。市丸隊長も勘弁してよ」
「ああ…、すんません〜」
「……で?どうする?山じい。ゼロ君、結局勝っちゃったしこれで恩赦ってことには…?」
肩をすくめて笑う市丸とそれに激昂するマユリをなだめ、京楽が山本へと向き直り訊く。
誰もが訊くに聞けなかった言葉。
それに対する山本の答えも京楽は半ば予想済みであったが、それでも、と希望を込め尋ねてみる。
だが山本の返答は当然のように、その場の皆の予想とまったく変わらぬ否定的なものだった。
「……ならぬ」
「…だよねぇ、やっぱり…」
「此度の件はホロウを倒すこと自体が目的ではない。刀を解放できるか否か、死神となる素養があるかどうかの試験じゃ。小僧の恩赦には斬魄刀の解放が不可欠。
しかし…斬魄刀を解放もせずに倒してしまうとはのう…。予想以上に大きな力を持っていたようじゃな…。―――ならば、仕方あるまい」
そう言って、山本は杖を手に演習場へと繋がる通路へとその足を踏み出した。
その行動に、山本がこの後何をするつもりか一瞬で悟って、日番谷と藍染、そして京楽が行く手を塞ぐ。
「……一体どちらへ行かれるおつもりですか?総隊長」
「まさか総隊長は、最初からこのような事になると見抜いておいでだったのですか?」
――――最初から、ホロウ程度では相手にならないと踏んでいたのか。
――――自らの手で解放をさせるつもりで、まずは力試しをしたのか。
そういう意図の言葉を藍染から投げられて、山本は一時足を止める。
「加減していたとはいえ仮にも儂の霊圧を防いだ小僧じゃ。予想していなかったわけでは無い。じゃがまさかこれほどまでに早く済んでしまうとは思いもせなんだがの」
「いやぁ、だからってわざわざ山じいが出るまでも無いんじゃないの?」
「小僧の恩赦には斬魄刀の解放が絶対条件じゃ。ホロウで相手にならぬとなれば誰かがやらねばなるまいて…」
山本のその一言で、それまで部屋の隅で退屈そうに留まっていた戦闘狂のケダモノが1匹、その口元に凶悪な笑みを浮かべ、真っ先に刀を抜いた。
「……はっ!面白れぇ!!そういうことなら次は俺が遊んでやるよ!わざわざジジィが出るまでもねぇ!!」
「あはっ!剣ちゃん嬉しそーぅ!」
一気に高まる殺気と存在感に、その場の者たちの視線が集中する。
視線の先には、護廷十三隊最強の戦闘部隊・十一番隊の長、更木剣八の姿。
その場にいる者の中で、副官のやちるだけが更木の肩の上で楽しそうに笑っていた。
「なぁ!構わねぇよなァ!ジジィ!!」
「―――おい待て、更木!話を聞いてなかったのか!?今回はゼロを殺すことが目的じゃないだろ!」
殺気立ち、どう考えてもただで済ます気が無いであろう更木に向かい、日番谷が声を荒げる。
「そうだねぇ。"こういうの"だったら浮竹や卯ノ花隊長なんかが上手いんだけど…。お2人さんとも今日はどうしたのかな?七緒ちゃん」
「浮竹隊長は体調を崩されたそうで、本日は近くにいらっしゃってないようです…。卯ノ花隊長は…おそらくこことは別の場所からご覧になっているかとは思いますが……」
「そっかぁ…、そりゃ困ったねぇ…。助けてあげたいのは山々だけど、ボクもこういうの苦手だし…」
ん〜、と困った顔で京楽は天井を見上げる。
「あぁ、ほんならボクが行きましょ…」
「……っ、だったら! 俺が解放まであいつを手ほどきします!!俺にやらせてください、総隊長!!」
「ちょ、ちょっと隊長…!;」
手を上げかけた市丸に被るように、日番谷が無礼を承知で山本の前へと出た。
普段から冗談など言わない日番谷だが、山本へと向けられた眼差しはまさしく真剣そのもの。
乱菊が横から控えめに止めようとするも、もちろんそれで早々に退くわけがない。
「(――――剣の解放ができなかったとはいえ、あいつは宣言どおりにホロウに勝って、生き残った。それならば――――)」
生き残った後のことは任せろと、そうゼロに言った手前、解放まで導いてやるのは自身の仕事だと日番谷は考えていた。
「お願いします、総隊長!!」
「むう…」
「待ってくれ、日番谷隊長。そういう話なら僕が出よう」
そう言って誰かが日番谷の肩を叩いて止めた。
背後を見上げる日番谷の瞳に映ったのは、藍染の姿だった。
「…藍染」
「日番谷隊長の氷輪丸は力が大きすぎてこういう事をするには向いてないだろう?更木隊長や市丸隊長なんかにやらせるのは問題外だろうし」
「…ぁあ゛!?なんだと藍染!!」
「なんや、ヒドいなぁ五番隊長さん。それが可愛い元部下に対する言葉ですか?」
「君の元上司だったからこそ君の本質は理解してるつもりだよ、市丸」
「あらら…。そない信用あらへんの…傷つくわー…」
不満そうに肩を落とす市丸と不機嫌そうに眉間にシワを寄せいきり立つ更木、そのどちらをも無視し、藍染は日番谷に向き直った。
「…大丈夫だよ。僕に任せてくれ。ヘマしたりはしないさ」
「………。」
眼鏡の奥の瞳に柔らかな笑みを浮かべた藍染。
それを見て日番谷も、藍染にならば、と山本の前からその身を退いたのだった。
「うーん…。何とか無事に倒せたけど……、本当にこれでよかったのかな…?」
倒れた魔獣の頭に埋め込まれた機械がパチパチと火花を散らす。
生き物だと思っていた白い仮面の魔獣は、頭の中身と骨格が半分機械でできたアンドロイドだったみたいだ。
魔獣本来の肉の部分は中枢が潰れてもなお必死にあがこうとしていたけど、やがてはそれも動かなくなり。
仮面の奥に爛々と輝いていた魔獣の瞳も、時間の経過とともにゆっくりとその光を失っていった。
「おやすみ」と魔獣の亡骸に言葉をかけて僕は立ち上がる。
「ふぅ……それにしてもこれ、やっぱり良い剣だなぁ」
この魔獣を倒せば恩赦が受けられるって話だった。
でもこうやって実際に倒してみてもその後は何の合図も指示も無く。
何となく手持ち無沙汰に陥った僕は、演習場の真ん中で空高く昇る太陽に剣の刃をかざして眺めていた。
この剣――――切れ味がいいだけじゃない。僕のオーラが信じられないくらい綺麗に通る。
今日初めて手にしたっていうのに長年愛用した僕の剣と同じくらいに手に馴染む、すごい剣だ。
「もしも恩赦が受けられたら、これ1本もらって帰れないかなぁ…?」
剣を眺めて微笑む。
と…その刃の向こう、待機所からの出口の方から藍染隊長さん…って言ったっけ、近づいてくる姿が見えた。
「その刀、気に入ったのかい?」
「あっ!」
慌てて僕は手に持っていた鞘に剣を収めた。
「おめでとう。よくあのホロウを1人で倒すことができたね」
「はい!ありがとうございます!」
そばまでやってきた藍染隊長さんから、にこやかにねぎらいの言葉をもらう。僕はぺこりと頭を下げた。
そして顔を上げて、優しげな笑みを向けてくる藍染隊長さんに、僕は気になっていたことをおずおずと切り出す。
「…あの…、それで僕、ちゃんと恩赦を受けられるんでしょうか…?」
藍染隊長さんも笑ってくれてはいるけど、周りの空気はあまり喜ばしい感じではない気がする。
本気でやって勝って来いって言われたから頑張ったけど、……わりと普通に倒しちゃって逆に危ない奴扱いになっちゃったかな…。
…とか思ってオドオドしてたら、藍染隊長さんの口からは僕の予想とは正反対の言葉が出てきて、僕はものすごく驚いた。
「うーん。そのことなんだけどね……実は恩赦の条件というのが、本当はあのホロウを"倒すこと"ではなくて…」
「…………は?…え!?あれ倒さなくて良かったんですか!?;」
「その通り。今回の戦いの本当の目的はあのホロウを"倒せるか"どうかではなく、君が"その斬魄刀を解放できるか否か"。…に、かかっていたんだ」
僕の持っていた剣を指差して、藍染隊長さんは言う。
「はぁ。これを…"解放"…?ですか…? よくわからないですけど……あっ、てことは…それじゃ」
「そう、まだ君の試験は終わっていない。――――だから次は、僕が相手になるよ」
そう言って藍染隊長さんは、にこやかな表情のままで腰に差していた剣をスラリと抜いた。
「って…、え…、ええ――――!?急にそんなこと言われても困りますよ〜!;」
「困っているのは僕らも同じだよ。本来ならば入隊して間もない一般隊士があのクラスのホロウを倒そうと思ったら、始解……斬魄刀の解放が不可欠なんだ。
…でも君はそれも無しにホロウを倒してしまった。だから」
笑顔の表情を全く変えずに、藍染隊長さんは剣を振るってくる。
振り下ろされた藍染隊長さんの剣を、僕も持っていた剣を抜いて防いだ。
「うう…?でも、剣を解放って…?解放って漠然と言われても一体どうやったら…」
僕の力にあわせて手加減してくれてると思うんだけど、それでもかなり重い一撃をギリギリと受け止めながら尋ねる。
…やっぱり"隊長"って言われてるだけあって強いなぁ…。本気でやられたら全然敵いそうもないんですけど。
「そんなに難しいことじゃないよ。斬魄刀は本来、今君が手にしているそれのように誰かから与えられる物ではなく、死神の霊力そのものがその魂に呼応して形を変えたモノなんだ。
つまり死神にとっては自身の分身ともいえるもの。自身の魂のもう一つのカタチだ。そしてそれを具現化するには、己の心と向き合いその名を知ることがなにより必要なんだ」
「名前…? ―――んっ!」
――――ガキィン!
力任せに藍染隊長さんの剣を弾き飛ばし、少し間を取る。
ゆらりと剣の切っ先を下した藍染隊長さんは、またニコリと笑みを深くした。
「…名前…。剣の名前ですか……」
「そう。君だけの斬魄刀―――その名前を呼ぶことができれば、今君が持つその刀は君の霊力(チカラ)に応えてその形状を変えるだろう。
君の心と、その魂に相応しい形へ」
「へぇー…」
……そういえば吉良さんが言ってたな。
僕に渡すこの剣は、学院の研修生に支給されているものと同じだって。『浅打』…っていうのがこの剣の名前だって。
それとは違う、僕だけの剣の名前…か。
心に相応しい形と力、って……なんか念能力とちょっと似てますね。
「…いいかな、ゼロ君?」
「えっ…?あっ…;」
「そうだね、急に言われて戸惑う君の気持ちもわかる。…だから一度見せてあげよう。よく見て、ついてくるといい」
そう言って藍染隊長さんは剣を逆手に持って、その切っ先を地面に。柄を上に向けて僕の方へとその手を突き出した。
「死神が持つ斬魄刀はどれもが皆名前を持っている。君のそれにも必ずあるはずだ。
――――そしてこれが僕の斬魄刀の名前だよ。 『砕けろ、鏡花水月』 」
藍染隊長さんのその言葉と同時に僕の視界は白い霧に包まれた。
つづく
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あれー?
すもも