「おおっ!」
刀の解放と同時に吹き荒れた風の効果か演習場の霧が晴れた。
その中から『浅打』とはまるっきり姿を変えた黒い斬魄刀を手にしたゼロの姿が現れる。
それを見て、待機所でやきもきとその時を待っていた恋次と修兵が、感嘆の声をあげて窓にかぶりついた。
「藍染隊長の『鏡花水月』のせいでどうなってんのか全然わかんなかったが、ゼロの奴ついにやりやがった!!」
「ああ。刀の形が変わってるってことは、斬魄刀を解放できたんだな。やったな、阿散井!」
「ええ!」
恋次と修兵が喜びをあらわにして話す後ろで、イヅルと雛森、乱菊もほっと安堵したような表情をお互いに見せ合っていた。
「いやはや…才能にあふれすぎでしょ、この短時間で〜〜。しかもゼロ君の斬魄刀も二刀一対じゃ、ボクや浮竹の影も霞んじゃうってもんだねぇ?七緒ちゃん」
目深にかぶっていた傘を持ち上げてゼロの姿を確認した京楽がおどけた口調でそう漏らす。そしてゼロの両手に握られる二振りの斬魄刀を指差しつつ、自身の後ろに控える七緒に振り返った。
問われた七緒は眼鏡の位置を手でクイッと直しつつ、淡々とした口調でそれへと応える。
「大丈夫ですよ。ゼロさんの斬魄刀がどんなものでも、隊長の濃ゆいキャラが霞むなんてことありえませんから」
「グッサァ!!ちょっと七緒ちゃん!?今刺さったよそれ!ボクの心に!!刺さったってば!ヒドくない!?」
騒がしく七緒に詰め寄る京楽をよそに、更木は腕を組み壁に寄り掛かって立ったまま寝入っている様子だった。
待つのが飽きたのか自身が戦れなくてつまらないのかは定かではないが、すっかり興味を無くしてしまったらしい更木に対し、その肩にちょこんと乗ったやちるは「よかったねぇ剣ちゃん」と嬉しそうな顔で更木のことをぺしぺしと叩いていた。
市丸はただ1人、口元に薄い笑みを張り付けたまま、いつもと変わらぬ糸目で窓の外のゼロと藍染を見ていた。
「――――総隊長。これでゼロの恩赦は確実となった…と考えてよろしいのですか?」
落ち着いた声色で日番谷が、最後部に控える山本元柳斎重國総隊長に問いかける。
その言葉を耳にし、恋次やイヅル、副隊長数名の視線が山本に集まった。
それらの視線を受け止め―――また窓の外の、二振りの黒剣を手にしたゼロの姿をその瞳に写しつつ、山本はただ一言「むう…」という重苦しい声を漏らすのだった。
「……黒い…剣。……すごい、本当に剣の形が変わった……!」
まさか1本の剣が2本に分かれるなんて思ってもいなかった。
刀身も、吉良さんの剣や『浅打』の剣から見て随分と形が変わっちゃったし。
…でもこれが剣の名を知るってことか。
剣を『解放』できたってことで…いいんですよね?
「(…それはいいけど………、これ使いづらそう…)」
……って言ったらまた『リバイアサン』はショックで泣くかもしれないけど…。
だけど本当に、黒くてギザギザの刀身はどう見ても剣というより片刃のノコギリに近い形で。
見ようによっては獣の牙にも見えなくないけど、
僕の得意な居合斬りにも刺突にも向かない、まさに引き斬るための剣って感じだった。
「(これから戦い方全部変えなきゃならないのかも…。だとしたら大変だな…)」
とか剣を手にぼんやり―――まるで他人事のように考えていたら、藍染隊長さんにポンと肩を叩かれてビクった。
「…よくやったねゼロ君。おめでとう」
風により晴れた霧の中から姿を現した藍染隊長さん。
霧の中では気配すら掴む事ができなかったのに、いざ霧が晴れてみると藍染隊長さんは僕とかなり近いところに立っていたから驚いた。
「それが、君の斬魄刀かい?『リバイアサン』…が名前なのかな?」
「あっ…。え、あ…はい、そうです!いろいろ教えてくれたあなたのおかげです。ありがとうございます、藍染隊長さん」
「フフッ、僕は何もしてないよ。君の才能さ」
そう言って藍染隊長さんはにこりと優しく微笑んでくれた。
だから僕も、両手に剣を握ったままだけどぺこりと頭を下げた。
「こんな短時間で斬魄刀を解放できるとは素晴らしいよ。僕の見込んだとおり、やはり君には死神としての素質があったようだ。
これで恩赦を受けられたも同然だね、良かった」
「はは…、だといいんですが」
と、乾いた笑いが口から漏れた。
――――今、手にある二振りの黒剣。
その剣は確かに僕の「恩赦」の条件ではあったけれど。
「…本当に…いいんでしょうか…」
「ん?」
ぼそりと放たれた僕の言葉に、何事かと藍染隊長さんが首をかしげる。
「もちろん、君は僕たちが提示した条件通りに斬魄刀を解放できたんだし、誰もキミの恩赦に対して異論は唱えられないさ。処刑なんてなくなるはずだ。…ほかに何か不満でもあるかい?」
「えと…不満というか、不満ではないんですけど…」
「……納得がいかないのかい?」
「はい…。 ……あ、いえ…!すいません」
…恩赦が納得いかないみたいな偉そうな返事になってしまった。そういうわけではないんですけど。
案の定、僕のその答えは藍染隊長さんの気分を少し害してしまったのかも。
藍染隊長さんがまた僕に対して剣を向けてきた。
「そうか…。なら、君が納得できるまで僕がもう少し付き合ってあげようか。それじゃダメかな、ゼロ君?」
「うわっ!?」
ギャリッ!!
藍染隊長さんの打ち込みを短い方の黒剣で受け流して、僕はその場から飛び退いた。
「…逃げることはないよゼロ君、そのまま向かってくるといい。解放した斬魄刀の力を試してみたいんだろう?僕のことなら心配いらないから、全力でかかっておいで」
「…いや、えっと…、あの僕…!そんなんじゃなくってですね……!」
慈愛に満ちた笑みを見せながらも、若干目が笑ってない藍染隊長さん。
……自信ありすぎだし、笑顔が逆に怖く見えます; 実はものすっごく強いですよね?藍染隊長さん…;
「(…納得いかないのは本当はそんな理由じゃなかったんですけど…)」
と、僕は僕の腕に絡みついてチャラチャラと音を立てる、黒い鎖に目をやった。
「それ」はもう1人の僕が……ジャズが、"あの獣"をあの場所に縛り付けていったあの鎖と同じものだ。
―――――"獣"の背に降り注いだ光の矢は消えた。
………でも、あの鎖……ジャズの鎖は切れなかったんだ。
「(……ジャズの鎖はたぶん、ジャズの力でしか切れない……)」
だから僕の中の"獣"は、まだあの鎖から完全に解き放たれたわけじゃない…。
「(それって本当に…、本当の意味で僕がこの剣を『解放』できたって言えるのかなって……思ったから…)」
でもジャズの姿は僕の心のどこにも無くて。
…当然だ。ここは「ゲーム」の世界……なんだし……。
だけど、それでもこの剣は…『闇食い(リバイアサン)』は、僕の声に応えてこうして姿を変えてくれた。
頑強な楔(くさび)に痛々しく手足を貫かれようとも。あの冷たい鎖にがんじがらめに縛られた身体でも――――
それでも、僕の力になりたいって……そういうことなんですよね…?『リバイアサン』…。
「(僕のためにって無茶しようとするところはジャズに似てるかな…)」
そう思ったら、すごく懐かしくて……寂しくて。
ジャズ……。僕、……キミに会いたいです……。
「…そんな顔でどうかしたかな、ゼロ君。僕が怖いかい?」
ひゅん、と藍染隊長さんの剣が風を斬る。そして一歩一歩確実に、藍染隊長さんが僕の方へと近づいてくる。
…今どんな顔してたのかな、僕。
「…ふう」
大丈夫。
試してくれるっていうなら、ぜひその胸を借りよう?藍染隊長さんなら、絶対怪我とかしなさそうだし。
せっかくこうして剣を解放もできたんだ。ここで藍染隊長さんに認めてもらって……
そして早く、「現実」に置いてきたジャズに会うために、この「ゲーム」をクリアしよう。
だから、縛られたままで大変だろうけど……力を貸してね、『闇食い(リバイアサン)』。
僕はもう、君の事―――――
「……大丈夫。もう、怖くないです。…だから、行きますね藍染隊長さん!」
「うん、おいで」
「はあっ!!」
立ち止まり片手で剣を構えた藍染さんに向かって、姿勢を低く踏み込んだ。
そして両手に持った2本の剣―――少し長い方の黒剣から順に、藍染隊長さんへと上段から振り下ろす。
――――ガッ、キィイン!!
「…え?」
「ん?」
力いっぱいに振り下ろした長剣が藍染隊長さんの剣と激しく交わった。
その瞬間に、僕と藍染隊長さんの目の前で――――長い方の黒剣が、刀身の3分の1を残して真っ二つに……
折れた。
「え…っ、ちょ;」
突然起こったあまりの出来事に僕、もうなんて言ったらいいか。
藍染隊長さんも予想だにしていない状況に驚いてか、目を丸く見開いていた。
待機所で見ていてくれている阿散井さんたちの、
「折れた―――――!!!?」っていう絶叫までもが、聞こえるわけないのに耳に届いたような気さえした。
つづく
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折れたwww
すもも