Troublesome visitor (in BLEACH) ◆1-19:これから




暖かな春の陽光が、静謐な雰囲気をたたえた広い庭へと差し込んでいる。


穏やかな表情で、開け放たれた障子戸よりそれを臨みながら四番隊隊長の卯ノ花は座敷の真中に敷かれた布団の脇へと座り込んでいた。




障子戸の影には、一番隊副隊長の雀部長次郎が静かに座して時を待ち。


卯ノ花の前に敷かれた布団では1人の青年―――ゼロが、これまた静かに寝息を立てていた。




流れているのか止まっているのかそれすらもわからなくなるほどゆったりとした時の流れの中。


庭から入り込む柔らかな緑の風がゼロの髪をサラサラと揺らしていく。






「……ぅ…」

「あら」


風に誘われてかゼロのまぶたがピクリと動くのを見て、卯ノ花は青年の目覚めが近いだろうことを悟り笑みを零した。



「そろそろお目覚めのようですね」


「総隊長を、」と続く言葉を卯ノ花が口にせずとも、障子戸の影に座っていた雀部は意を汲んで立ち上がり、執務室の方へと廊下を歩いていく。



護廷隊の長・山本元柳斎重國が坐する一番隊執務室。

それよりさらに奥に位置する座敷の真ん中で、卯ノ花は穏やかな笑みを浮かべ静かにゼロの目覚めを見守っていた。












「うぅ……。うう…ん……、あ………ち、違うんです…。バナナ…それだとただのバナナ焼きです、キルア…。アルデンテが、アルデンテが…うぅう…ゴン、ゴンはその牛脂で何する気ですか、ぅうう…、うーん…うーん……あっ、ピ、ピクルスは、ピクルスはやめてぇっ!!

………ぅあ、…あ、あれ?ここは…?;」




いやな夢で目を覚まし、僕はガバリと身を起こした。



いつの間にか知らない部屋で……あ、いや、なんとなく見たことあるな。

ネテロさんの…というか市丸さんのうちと似た感じの、木と藁のにおいがする部屋の真ん中。そこに敷かれたふかふかのふとんに僕は寝かされていた。


僕の横には落ち着いた雰囲気の、胸の前で三つ編みをしたきれいな女性(白い羽織を着てるから、たぶんどこかの隊長さん?)が優しげな目を僕に向けて座っていた。



「…何やら楽しげな夢を見ておられたようですが、よく眠れましたか?」

「ひゃああーっ!? すすいません!!よく、あの、たぶん眠れました!ありがとうございます!」

「まあ、そんなに驚かれなくてもよろしいじゃありませんか」



醜態をさらして慌てふためく僕を見て、女性隊長さんは口に手を当てくすくすと控えめに笑い出す。


うわあ、すごい大人な人だ…。恥ずかしい…;




「…あ…あー……えっと…; それであの、僕…」


それにしてもなんで僕こんなところで寝てたんだろ?

なんだか状況がさっぱりつかめなくて、女性隊長さんに尋ねてみた。


するとその人は自身の後ろに置いてあった二振りの剣を引き寄せ、僕との間にトンとそれを置いた。



……鞘にきっちり収まったその剣の形状は、『浅打』と同じ細身。


だけど僕にはわかる、それは――――



「その…『りばいあさん』…と、申されましたか?貴方の魂に応えた、貴方だけの斬魄刀です。

貴方は修練場でこれを解放し五番隊の藍染隊長と一戦を交え……、これを折ってしまわれた後ショックで倒れられて、そのまま半日ほど気を失っておいででした。

ここは一番隊隊舎の奥座敷です」


「…あ…そうですか…; ……そうでした…。そうだ、僕、剣折っちゃったんだっけ…」




そうだ、この剣は僕の『闇食い(リバイアサン)』だ。

あの、ギザギザでのこのこの。



…折れちゃったんでした…。





ふぅ、とため息をついた僕を気遣うように、女性隊長さんはそっと僕の背に手を当ててきた。


優しくてあったかい、オーラを纏った手。

するりと背を撫でるその手が、落ち込みかけていた僕の心をゆっくりと暖めてくれる。


「そう気を落とされずとも大丈夫ですよ。斬魄刀は死神自身の魂の写し身。貴方の心と密接に結びついた、いわばもう一つの貴方自身です。

折れた部分も、貴方自身の回復とともにいずれ元の姿を取り戻しますから。解号とともに名を呼べば、再び貴方の前に力を示してくれるでしょう」


「…そう…なんですか…?」


「ええ」




すごいなーなんて、思考のぼんやりした頭で思う。

…あ、でもこの剣が念能力と同じように僕の心から生まれた力だっていうなら、それほど不思議な事でもないか。



おっとりと僕を見つめる、女性隊長さんの優しげな微笑みに癒されてかだんだんと落ち着いてきた。


僕は掛けふとんをとりあえず足元に折りたたみ、敷布団の上でだけど正座して隊長さんに向き直った。

そして一言断ってから、僕は置かれていた二振りの剣のうち長剣の方を手に取る。



「…これ、抜いてみてもいいですか?」

「ええ、どうぞ」



そうやって了承を得て抜いた長剣はノコギリ状の刃から一転『浅打』と同じ細身に戻ってはいたけど……、やっぱり切っ先から3分の2がきれいに折れて失くなってしまっていた。

それと剣の鍔も、僕が最初に借りた『浅打』のものとは違った形になっていて、そこからあの黒い鎖が剣の柄よりも少し長いかなって程度の長さで垂れ下がっていた。

もちろん、今僕の前に置かれている少し短い方の剣にも。(そっちは鍔じゃなくて柄頭から鎖が伸びてたけど)




ちゃらりと手に取ったその鎖は、あの海底で"獣"を縛り付けていた鎖から見ればずいぶん小さくて細い。



でも、重苦しい色合いのそれは相も変わらずの頑強さを以って『闇食い(リバイアサン)』の剣の鍔にしっかりと結びついていて―――


こんな小さなものなのに、どう頑張っても僕の力じゃ切れそうにない。



……まるでジャズの手が、『闇食い(リバイアサン)』の首根っこを掴んで、押さえているみたいだ。








「(………ジャズ………)」




…ジャズ、ごめんね。


キミが…居ない間に……、僕が勝手にあの"獣"の縛を解き放ってしまった事……。



折れてしまったこの剣と、いまだにそれを繋ぐこの黒いキミの鎖を見てたら、『本当に良かったのかな』って今さらながらに思えてきちゃいましたよ……。





ジャズにしか外せないこの黒い鎖が―――ジャズの心が、あの"獣"の解放を拒んだから……


だからこの剣(リバイアサン)はきっと本来の力も出し切れずに、こんなふうに折れてしまったんですよね…?



そうでしょ?ジャズ………。







ぎゅ、と氷のように冷たいジャズの鎖を握り込む。



だけどジャズの声が、いつものように僕の心に届くこともなくて。







「……やっぱり僕…キミがいないとダメですね…ジャズ……。全然ダメダメです……」



寂しさで溢れた目元の涙を手で拭って、ぽつりと呟いた。







「そう駄目ばかりでは無いじゃろう」


「…え……?」




呟いた言葉に突然返ってくる声―――それも目の前の女性隊長さんの声とは違う、しわがれたお爺さんの声―――があって、僕はゆっくり顔を上げた。


顔を上げて、正面に座る女性隊長さんが他所を向いているのを見て、僕も視線を同じ方向へ。

横方向を見上げるとそこには、見覚えのある立派なおヒゲの御仁が。


杖をつきながらもしっかりした足取りでビシッと立って、お爺さんは僕を見下ろしていた。



えと…、『総隊長』…さん?でしたっけ…。

ついでに白いショウジの影にも、誰かの気配が。総隊長さんのお付きの人とかでしょうか?




「小僧……いや、ゼロと申したか」


「ふぁっ!?―――はい!」



威厳のにじんだ低い声とその眼差しに、一気に背筋が伸びた。

反射的に鞘に納めた剣をサッと女性隊長さんの前に置いて、僕は正座のまま手でくるっと身体の向きを総隊長さんの方へと変える。


「あらまあ素早いですね」なんて女性隊長さんに控えめに笑われたけど僕の心中はそんな、全然笑えるどころの話じゃなくて。



なんていうか、悪い事してないのに悪い事して責められてるみたいな感じです…。

とはいえ実際不法侵入だとかなんだとか、処刑か恩赦かを待ってた後ろめたい身分なので、それも間違ってないんですけど……。

例えるなら小さい頃の、僕の知らないうちにジャズがやった性質の悪いイタズラのせいでネテロ会長に突然怒られた時みたいな…。頭真っ白になるんですよね…。


僕、どうなっちゃうんでしょうか…。やっぱり処刑かなぁ……。




……………うぅ; ダメだ、弱気になってるな僕…。





「……ゼロ。そう萎縮せずとも良い。断罪を言い渡しに来た訳ではないからのう。……よくぞ斬魄刀を解放した」

「え……断罪じゃない…って……?えっ、でも僕これ、すぐ折っちゃったんですけど……」


折れた方の長剣を横目に映して、それから冷や汗たらしつつ上目づかいで控えめに総隊長さんを見上げる。

総隊長さんは、リボンで結んだその立派なおヒゲを揺らして「うむ」とこっくり頷いてくださった。



「じゃが解放は解放じゃ。まだ鍛錬が足りぬとはいえ、のう…。お主は自らの運命を自ら切り拓いたといえる。

お主の穢れ無き眼(まなこ)を信じた、皆の期待通りに」


「……期待通り…ですか?」


「そうじゃ。解放した斬魄刀を折ったからとて、なにもそれが駄目とは言うとらん。五番隊隊長である藍染との実力差を考慮すれば結果も已む無し。

折れた斬魄刀もいずれはお主の精神・霊力の回復とともに元に戻る。さすればこの次は折れぬように、このソウル・ソサエティでさらなる修練に励むが良いじゃろう」


「この次……って…、あっ…それって…つまり僕、恩赦を受けられるって解釈しても良いんですか…?」



修練に励めるだけの時間(これから)が、ちゃんと貰えるってことですよね?と僕は身を乗り出して総隊長さんに訊き返した。




「そう言うておる。お主はこれよりここで新たに術を学び、徳を学び、死神として新たに従事するが良し。それで此度の不法侵入の件は不問に致そう。

いかがする、旅禍の少年?……いや、ゼロ」


「…あ…っ」


なんだか信じられなくてキョロキョロしたら、女性隊長さんの肯定するような微笑みに出会えて、僕もなんとか破顔できた。


「ありがとうございます!」と、目に浮かんだ涙を振り払い、総隊長さんに向かって勢いよく頭を下げる。




「しかし斬魄刀も無しに巨大ホロウを屠るお主の戦闘能力を手放しで歓迎する訳にもゆかぬ。

まだお主のことをホロウ共の手先と考えている者も少なからずおるからの。常に監視はつける事になるじゃろうが…」



「―――それでも良いです、もちろん!ありがとうございます!」




監視付きでも、ここで死ねって言われるより全然いいです!


『本当に死ぬかもしれないゲーム』なんておっかない触れ込みの世界に、結構安易に飛び込んじゃったから…。



本格的に『ゲーム』を攻略していくには、きっとまだこれから色々考えなきゃいけないんでしょうけど……


とりあえずこれで、第一関門突破ってことで良いのかな?…ねぇ、ジャズ…?







つづく


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というわけでゼロさんがゲームの世界じゃないって気づいてないのも何とかしてあげたいなーと思いつつ、ゼロさん編はここで一旦区切りです。
次からはジャズくん編!…もやりながら、ゼロさんの新生活もちょろちょろ書いていきたいと思ってます。

すもも

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ももももも。