「一体どこなんだよ、次にホロウが現れる場所ってのは!?その指令とかいうヤツに書いてんだろ!?」
「この先だ!この先の公園に…」
ケータイの画面に映る指令書を元にルキアが前を指差した瞬間、重苦しい"ホロウ"の鳴き声が一護とルキア、2人の耳へと届いた。
その声を聴いて一護は「くそっ」と吐き捨て、眉間のしわを深く刻む。
そして隣でもどかしく、赤いグローブをはめているルキアに向かって大声で叫んだ。
「もう出てんじゃねーか!!おい、ルキア!?」
「解っている!そう急くな!」
ルキアの持つ、ソウル・ソサエティ製の特別なグローブが無ければ一護は『死神』としての力を行使できない。
走りながらもどかしくグローブをはめるルキアを促して、自身の死神化を急がせる。
そうしてルキアの手によって『死神』として外殻(からだ)から抜け出た後は、身の丈ほどもある大刀を手に一気に走るスピードを上げた。
「…おい!おい待て、一護っ!!逸るな!!」
脱ぎ捨てられた一護の生身の肉体を重たそうに引きずり叫ぶルキアを背後に、死神と為った一護は1人先に公園の中へと飛び込んだ。
公園に着いて、一護の目に一番に入ってきた光景は、今までに見たことのないような異様な光景だった。
「…な…んだよ、あれ…」
白い仮面をつけた大きな"ホロウ"。
そのホロウの首筋に、もっと体躯の大きな黒いホロウがガッシリと食らい付いていた。
白い仮面をつけたホロウを口に咥えたまま何度も何度も大きく空中に振り回し、地面へと叩きつける。
舞い上がる土煙の中、一護を向いたその黒いホロウは。
見たこともないくらい醜悪な形相をした―――人のものではない貌(かお)が剥き出しになった―――仮面の無い化け物だった。
「グギャァアアア!!」
突然、身体の小さな白い仮面のホロウが悲鳴を上げた。
黒いホロウがその小さなホロウの体に深々と牙を突き立てたからだ。強靭な顎でバキバキと骨を砕き、身体を引きちぎって飲み込んでしまう。
「くそ…何がどうなってやがるんだよ…」
呟いて、一護は持っていた大刀を両手で構えた。
だが一護の脚は、まるで金縛りにあってしまったかのように動かなかった。
「…ッ、なんだこれはっ!?」
「ルキア…!」
知った声を耳にして一護はわずかに振り返る。
すると一護よりも一足遅れて公園の入り口に立ったルキアが、惨状を目にしてそこで立ち尽くしていた。
「ホロウがホロウを食うなど…そんな話私は聞いたことが無いぞ…。それに何故あのホロウには仮面が無い!?」
「んなこと俺が知るかよ!」
そんなことをやりとりする間に、黒いホロウは小さなホロウを欠片も残さず食べ尽くしてしまった。
「…食い…やがった…」
「油断をするな、一護!来るぞ!」
ルキアの叫び声に反応するかのように、ぎょろりと黒いホロウが一護とルキアの方を向いた。
おおよそ"獣"の顔をしていない―――"化け物"の目が一護とルキアの姿を捉える。
無機質なその瞳の輝きに危険を感じ、一護は正面に構えていた大刀をとっさに強く握りなおした。
手のひらにじっとりとかいた嫌な汗で刀を取り落してしまいそうだ。
…が、ホロウの方はというと一護達には興味が無いのか、その後くるりと向きを変えてしまった。
「…あっ…、お、おい!?」
一護に背を向け、ズルズルと太い尾を引きずって歩いていく黒いホロウ。
「んだよあれ…、ドコに…。―――ッ!!」
ホロウの歩いていく先を目で追って―――
そして一護は、公園のベンチに腰掛ける1人の男の姿を見つけ出す。
「まさか…!あいつを狙ってるのか…!?待ちやがれっ!!」
「一護っ!?」
ルキアの制止の声にも足を止める事無く、刀を手にしたまま一護は走り出した。
高く跳び上がり、身の丈ほどの大刀を振りかぶって背後からホロウへと斬りかかる。
しかし寸前でホロウはぐるりと振り返り、その大きな手でなんなく刀を受け止めてしまった。
「な…っ!?」
次いでホロウは太い尾を鞭のようにしならせ、一護の身体をなぎ払おうとしてくる。
「ぐっ…!」
それに吹き飛ばされつつも、尾での攻撃そのものはなんとか刀と腕とで防いだ一護。吹き飛ばされた勢いをそのまま利用して、ホロウとは少し離れたところへと着地した。
「ちっ…、バケモンの癖に意外と防御上手ぇじゃねーか…」
一護と、ベンチに座る男との間―――その真ん中で、ホロウは毛を逆立たせて自らの巨躯をさらに大きく誇示していた。
「『俺を倒してから行け』ってのか?へっ…。ったく、仮面のねぇホロウってのはどう倒しゃいいんだ?」
刀をホロウに向けて再度構えなおして、一護は苦笑する。冷や汗をその額に浮かべながら。
じっと自身を見つめるホロウを見据え、じりじりと間合いを詰めようとした。
そのとき――――
「…ハ、」
と…、誰かの笑う声が一護の耳に届いた。
「(…まさか、こんな時に誰かいるのか…?)」
と目の前の"ホロウ"の動きに警戒を払いながらも、一護は声の主を目だけで探す。
しかし近くにある人影といえば(幽霊も含めて)、醜悪な形相の真っ黒いホロウが狙っているであろうベンチに座る男の姿だけ。
ベンチに座って脚を組み、顎に手を当て――――男は嗤う。
余裕をにじませた、妖艶な笑みを口元に浮かべて。
「………えっ?」
男と目を合わせた瞬間、一護の心臓はどくんと音を立てて大きく跳ねた。
……今、間違いなく男と視線が交わったのだ。
何人にも不可視の存在―――『死神』であるはずの自分と。
「…なんだよお前?いきなり斬りかかってきやがって」
まっすぐに自分の目を射抜く、男の視線。
一護は男の口から放たれたその言葉が、視線と言葉の内容から、自分にかけられているものだと知る。
「お前…、まさか俺が見えてるのか!?」
驚愕に目を開き、一護は男に問いかける。
――――目…、合ってる、よな?
……と。
「ハァ?何をワケのわかんねー事言ってんだ?…お前もどうせ『プレイヤー』なんだろ?」
「プレイヤー…?んだよ、それ…」
聞きなじみのない単語―――もちろんプレイヤーという単語も知っているし意味もわかるが、この場面で出るような言葉ではない―――に一護は、何の事だと普段から深い眉間のしわを一層深くした。
しかし男は、一護に答えらしい答えを返すこともなく、ゆらりとベンチから立ち上がった。
それから髪をサラリとかき上げて、非常にめんどくさそうに大きなため息を一つ。
「ったく…、説明もなしにいきなりこんなトコ放り込みやがってワケわかんねーんだよ…。お前、説明してくれるか?
それともプレイヤー同士で潰し合えってルールがあるとか言うなら存分に遊んでやるけどなァ」
そう言って薄く笑う男の目は、やはりしっかりと一護の目を見据えていた。
「ちょっ…、ちょっと待てよ…!お前、やっぱそれ俺に言ってんのか!?
俺はそのプレイヤーとかってヤツじゃねぇ!!俺は『死神』で、今はこのホロウを…!!…っつか、お前そのままそこ動くなよ!?怪我すんぞ!?」
「ハ……こんな街中でそんな物騒な得物ぶら下げてんだ、プレイヤー以外のナニモンでもねぇだろ?
…で、お前はそれをオレに向けてる。……っつーことは、だ。お前はオレの―――」
「敵の眼前で何をやっておる、莫迦者!!」
男が何かつぶやいた言葉に、ルキアの凛とした声が重なる。
それと同時に、目の前の黒いホロウが一護を叩き潰そうとその太い腕を振り上げた。
――――ドォオンッ!!
「うおああっ!?」
危ういところで、一護はその場から飛び退いて地面を抉るようなホロウの一撃から逃れた。
ゴロゴロと地面を転がっていった先には待ち構えたかのようにルキアが仁王立ちしていて、目が合うなり一護はルキアに怒鳴られる。
「一護!このたわけ!ホロウの懐で余所見をするなど…!死にたいのか貴様!?」
「わ、悪かったって…。つーかあの野郎がわけわかんねー事を……、そうだ!!あいつは…!?まさか巻き込まれてやられちまったなんてことは…」
自分で言った自分の言葉にハッとして、一護は顔を上げた。
「…なんだ一護?"あいつ"…とは?」
「人だよ!ホロウの影に男が1人居たんだ!それも幽霊じゃねぇ、生身の!」
「なんだと…!?」
一護の指差した先、ホロウの腕のさらに向こう。
目を凝らせば、舞い上がる土煙の中に男の影が見えて、一護はとりあえずホッと息をついた。
だが土煙の中から悠々と歩いて出てきた男……ジャズは、やはり先ほどと同じくその顔に笑みを浮かべたまま――――
黒いホロウを背後に、一護とルキアの前へと立った。
「オイオイ。『敵』に動くなって言われてお前は黙ってマグロになんのか?マゾか?それともバカなのか?」
「なっ…!?バッ、バカだと!?お前、俺のどこが…!!」
「一護っ!!今はそのような言い争いをしている場合ではない!」
「あっ、そ、そうか…。ったく、もうプレイヤーでもなんでもいい!―――おい、お前っ!」
ルキアの忠告を受け、一護はジャズの元へ走った。
迎え撃つためか右半身に構えたジャズを無視し、一護はその後ろの化け物からジャズのことを守るように身体を割り込ませて化け物へと刀を向けた。
それを見て、ジャズが怪訝に眉をひそめる。
「……って、何してんだお前?」
「『何してんだ』じゃねぇ!!お前、すぐにここから離れろ!!俺の姿が見えてるって事は、あの化け物も見えてんだろ!?」
「はあ?」
「だからっ…!!お前、俺のことが見えるんだろ!?だったらあの化け物も見えてるはずだ!
こいつは『虚(ホロウ)』っていって、お前みたいに俺の姿が見えるような強い霊力の持ち主を狙ってエサにしてるバケモンだ!俺がこいつを食い止めるから、その間にお前は逃げろ!」
「…はぁああ!??だからなんでオレが逃げなきゃなんねーんだよ!?コイツはオレの念獣で、オレはお前の『敵』だ!!殺れ、リバイア―――」
「ッギャアアウ!!」
ジャズが大きく腕を振るった。化け物へ命令を下すように。
しかしその刹那に、化け物は大きく咆哮を上げる。
ジャズですらも今まで聞いた事のないような、悲鳴のような甲高い咆哮だった。
一護もジャズも、揃って獣に目を向ける。
苦しげに咆哮を上げながら突如としてその獣は、首をのけぞらせてその巨躯を振り回し、大きく激しく暴れ始めた――――
つづく
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個人的に一護さんはなんだかんだ面倒見のいい正義漢だと思ってますよ
すもも