黒髪の小さな嬢ちゃんになにやら言いくるめられてるオレンジ頭をニヤニヤと眺めていたら、嬢ちゃんが今度はクルリとオレの方を向いた。
そして―――
「おい、貴様」
と、相変わらずマチにも負けず劣らずのスゲェ口調で、凛とした美人が仁王立ちにオレを睨んでくる。
その顔で「貴様!」とか…。これ初見で面食らわねぇ男(ヤツ)が居たらちょっと会ってみたいぜ。
………と思ったケド、考えてみたらクロロの奴はたぶん驚かねぇわ。………あ、イルミも驚かねーわ。
「…あのなぁお嬢ちゃん。話の腰折って悪ィが、せっかく可愛い顔してんのにあんまそういう言葉使いは」
「黙れ。今は下らん事を言い争っている時間は無いのだ。いいか、よく聞け。これから貴様を狙って再びホロウがこの場所へやってくる」
「……ほーう?」
言われてオレはにやりと口元を吊り上げ、周囲への警戒感を強めた。
『円』…程じゃないが、オレを意識して見る―――ようなコトをする奴が近くに居たらそれを感じ取れるぐらいには感覚を鋭く研ぎ澄ます。
オレのそれに合わせてリバイアサンも「グルゥ」と鳴いて少し体勢を低く構えて―――
空気が詰まったのを感じ取ったのか、オレンジ頭とお嬢ちゃんもそれぞれ反応を見せた。なかなかカンは鋭いらしいな。
…っと。
「(…確かに、見られてる感じはするが……)」
網広げた瞬間にいきなり引っ掛かるのもどうかと思うが。
けどまぁ、今日何度か経験したホロウとか言う化け物の視線とは少し違う。もっとよく感じ慣れた―――人間の視線を、遠くもなく近くもなく微妙な距離に感じ取る。
敵意じゃあ…なさそうだが。…リバイアサンも姿隠してるわけじゃねーし、そっちを警戒してるのかもな。
視線を感じた方向―――近くのビルの屋上の方をちらりと見やれば、ちょうど黒コートかマントかわからねーが翻って死角へと逃げていくのが目に入った。
どうやら向こうさんにも、オレが"気付いた"ことに気づかれたらしい。見たきゃ近くで見てけばいいのにな。…ハッ!
…にしても、黒コート…か…。まさかな。
「……どうしたんだよ?急に。何か見つけたのか?」
「いや、なんでもねーよ。気のせいだ。……で?さっきの続きだけど、お嬢ちゃんはなんでそう言い切れる?」
「…む?」
オレンジ頭からの声掛けに、オレは視線をそばの2人に戻す。
戸惑うお嬢ちゃんに「なんでホロウがオレを狙って来るってそう言える?」と改めて訊くと、お嬢ちゃんは持っていた携帯をスッとオレの前に差し出して来た。
……ん?画面を見ろってことか?
しぶしぶ覗き込んだ携帯の画面には、ハンター文字じゃねぇカクカクした感じのあんま見たことねぇ文字と数字とアルファベット…30メートル…。
あとは時間か?18:00pm.プラマイ10min……?
暗号…か?どういう意味だ?
「…いや、全っ然わかんねーけど、なんだこれ?」
「これはソウル・ソサエティからの指令書だ。これを元に我々死神はホロウの出現場所を特定し、その存在を昇華・滅却する。
そしてこの指令書には、今から15分後の前後10分…早ければ5分以内にこのあたり一帯のどこかに再びホロウが現れると、そう示されているのだ」
「ふーん。…指令書っつーのの内容はわかったけど、それってオレが見ても良いモノなのか?それだけの情報でなんでオレが狙われてるってことになる?オレの事も書いてるのか?」
そもそも暗号になってて全然読めねーから、見ること自体は大した問題になんねーだろうけどよ。
「指令書」とかって名前からして普通は社外秘…的な大事な資料なんじゃねーの?
「構わん。この指令書通りにホロウが現れるのならば、ほぼ間違いなくホロウの狙いは貴様なのだろうからな」
「へ――ぇ。……ハ、面白ぇ。そう言い切れる理由は?」
ホロウってのは死者も生者も別なく襲うっつってたよな?と聞くとお嬢ちゃんははっきり「そうだ」と応えた。
「……先ほど説明した通り、ホロウとは元・人間の魂魄。ホロウと成り果てる際に亡くした自らの心の代わりに、他者を襲い、その魂を喰らって喪(うしな)った己の心を補完しようとする。
……そしてその襲撃は一見無差別のようにも見えるが、奴らが狙う魂には優先順位がある」
そう言って、お嬢ちゃんは顔の前に指をピッと2本立てて見せてくる。
優先順位が二つ―――。
オレが目を細めると、お嬢ちゃんも『その通りだ』と言わんばかりにこくりとそれに小さく頷いて話を進めていく。
「一つはホロウとなったその者が、生前に最も愛した者の魂。…もう一つは、より霊的濃度の高い魂…。それらに引き寄せられるように奴らはやって来る。
そして、今この場には魂の霊的濃度が高いと言える者が2人いる。……こやつと、貴様の事だ。お前たち2人がここに揃っている以上、このあたりに現れるホロウ共が狙うものなど容易に推測できるだろう。
もしくは……、貴様の後ろのそいつがまた変容する報せなのかもしれぬがな」
と、お嬢ちゃんはオレの後ろのリバイアサンをピッと指差した。
「…オーケィ。コイツの再度の変貌も可能性としては無くもねぇが、確率で言やぁもちろん前者。狙いはオレ、とも言える訳だ」
「うむ」
「っつーことは…、だ。霊的濃度が高いとかなんとかってのはつまり、オーラを使う能力者って事で説明つくって事か?」
「むっ?」
『念能力者』って言ってやっても良かったが、このオレンジ頭が『念能力者』なのかはちょっと微妙なトコだしな。
でもこいつが常人には不相応なでけぇオーラを持ってるのは確かだし、もともと念能力者のオレがこの体に留め置くオーラ量は言わずもがな。
このゲームに入った『プレイヤー』はことごとくホロウ共に命を狙われるって寸法だ。
ま、纏ができる程度の素人共はともかく、オレやゴンとキルアクラスの念能力者をホロウが狩れるかどうかはかなり疑問だけどな。
それともホロウ共の強さをある程度に設定することで、レベルの低いプレイヤーのふるい落としにはなってるのか…?
んー、と考え込んでると「お前、何1人で納得してんだよ…」とオレンジ頭に呆れ気味に突っ込まれる。
「…貴様が何を言っているのかがよくわからんが…。『おーら』…いや、『能力者』とはどういった意味になるのだ?」
「おう、悪い。一応情報『交換』が条件だったな。いいぜ。…オーラってのは、いわゆる生命エネルギーみたいなもんだ。生き物なら誰にでもオーラは流れてる。
『念』ってのは、通常は体の外に垂れ流しになってるそのオーラを、身体にとどめたり増やしたり、形を変えたり、操る手法の事を言うんだ。
元々は「心源流拳法」っつー流派に伝わる技術なんだが、オーラそのものは誰でも持ってるモンだし、自力でその操る術を身につけちまう奴もいる。もちろんそうと知らずに能力に目覚めて、予言者や超能力者扱いの奴もいる。
そのオーラを操る術を身につけた奴らの事を、オレたちの間では『念能力者』って呼んでるワケ。ここまでオーケー?」
「あ…、う、うむ…」
「…ホントにわかってんのかよルキア…」
「うるさい!」
頭上にハテナがいくつも見えるような顔であいまいに頷いたお嬢ちゃんに横から突っ込むオレンジ頭。
即座にお嬢ちゃんは顔真っ赤にして怒鳴りつけて、……可愛いな。ニヤニヤするってもんだ。
「んじゃ、あんたがその『ネン能力者』だとして……、このバケモンがその『操る術』で作った何か、って事なのか?」
「おー。オレンジ頭、正解!なかなか見かけによらねー頭の良さじゃねーか!」
「ケンカ売ってんのかテメェ!」
両手を突き出してウインクついでにイイネ!してやったら即ギレされた。気ィ短けぇ、コイツ。
「オーラは使う本人の生まれや環境、何を感じて何を思うか、によって形を変える千差万別のエネルギー。10人居りゃ10人それぞれオーラの性質も特色も違う、そいつの個性そのもの。
オレは念能力でオレ自身のオーラを集めて押し固めて、それをある"形"として具現化した。……それがコイツだ」
オレの後ろでふーふーと荒い息を吐いている黒い獣―――オレンジ頭の言った通り"バケモン"としか言いようのねー見た目だが、『闇食い(リバイアサン)』を親指で肩越しに指してオレは言う。
するとオレンジ頭が汗たらしながら、「お前…ひでぇ見た目だぞ…」とかすかさず突っ込んでくる。まあ当然か。でもそこはほっとけ。
「念で作った獣…、だから『念獣』だ。お前らはさっきコイツの事を"ホロウ"じゃねーかって言ってたが、そんなわけでコイツはホロウじゃねぇ。…ホロウってのは元人間の魂っつったっけ?でもコイツは生き物ですらねーからな。
オレのオーラからできたオレ自身の力の顕現。自在に操作できるオレの人形だ。ホロウとは違う。動く心臓なんてコイツは持ってねぇし、失くす心もありゃしねぇ」
「なるほど…」
そう呟いて、顎に手を当ててお嬢ちゃんは考え込む。
…つってもオレだって自分で言ってて違和感を感じるし、いくつかのデケェ疑問がまだ解決してない以上、ホロウイコール念獣じゃねぇ…ってのははっきりと言い切れねぇ。
―――念能力者が作ったゲーム、『グリード・アイランド』。
この世界そのものが、誰かの念能力で作られた世界……だとしたら、『ホロウ』はその誰かの念能力…ともいえるのか?
…つっても、だからって他人(オレ)の能力にまでそれが影響するか?
操作…系…、なら、………いや、いくらなんでもそりゃ無理か。そもそもそれだともっと根本的な疑問が解決しねーし…。
………なんて、訳が分からなくなりそうな頭を抱えて考えていたら、オレンジ頭の奴が頭悪そうに眉間にしわを寄せて、
「……でもよ、だったらなんでそいつはあんたにそんな風に懐いてんだ?」
とオレのその疑問を代弁するかのようにリバイアサンを指差してきた。
「…あ?」
「さっき仮面が割れた後のそいつは、あんたを襲った事後悔してるみてぇだったじゃねーか。あんたに向かって頭下げて、申し訳なさそうにしてただろ。
魂がねぇ人形だ・道具だってんなら、そんな風にいちいちあんたに懐いたりしねーだろ。
最初から心がねぇなら…、なんでそいつの胸には孔が空いてる?心を亡くすから孔が空くんだ。
違うってんならなんでさっきのそいつは、ホロウみてーな仮面つけて、"ホロウ"に為りかけてたんだよ?」
「…知らねーよ。オレだってそこがわからねーんだ。そもそも念能力ったって、オレみたいに自立生物型のなにかを具現化する奴なんて稀なんだぜ?普通なら手元から離さねえことを前提にした何らかの武器や特殊能力を付加した道具を具現化する。
大体、念能力は何かを具現化するだけが能力じゃねぇし。オーラをテメーの身体能力を強化することのみに特化させる奴もいるし、オーラの性質そのものを糸とか電気とかに変えちまう奴もいる。
本当に"たまたま"なんだ、オレの念能力がこういう獣の形してたのは。なんでオレの能力だけが変化したんだ?それとも、ほかの奴らの念能力も同じように姿を変えるってのか?あんまりにもブサイク過ぎんだろ」
「それこそ俺がわかるかよ!?疑問を疑問で返すんじゃねーよ!」
「あーもう、やめぬか!誰もわからぬことを今言い合っても仕方があるまい。今はそれほど時間が無い。
……貴様の話も私にはわからぬ点が多いが、そういった事にもっと詳しそうな奴を知っている。奴を訪ねてみよう。…この場を切り抜けたらな」
オレを横目に見つつそう言いながら、お嬢ちゃんはごそごそと赤い指抜きグローブを右手にはめる。
そして「一護!」とオレンジ頭を呼びつけて、
「おっ?」
グローブを付けた手でお嬢ちゃんがオレンジ頭の顎を小突く。……と、制服を着てたオレンジ頭の身体から、さっきの変な黒服を来たオレンジ頭の身体が抜け出、……ぁあ?
どうなってんだ?と突然倒れた制服の方のオレンジ頭の身体を見下ろしてたら、オレの疑問に回答するかのようにお嬢ちゃんが説明をつけてくれる。
「私は死神。だが今は故合って力を無くしていてな。こやつに手伝ってもらっているのだ」
と、身の丈ほどある大剣を肩に担いだ黒服の方のオレンジ頭を指差す。…ああ、"その姿"が『死神』ってことなのか?
…で、こっちの死んだみてーに倒れてるのが"殻"ってわけだ?
………。
――――なんつってジョークのつもりで『死んだ』なんて言葉使ったケド。
マジで白目向いたままピクリとも動かなくなっちまったオレンジ頭の"殻"にだんだんと妙な不安を覚える。
オレの後ろからオレと一緒に"殻"を覗き込んでふんふんと匂いを嗅いでたリバイアサンを軽く操作して、その鼻先でグイグイと"殻"を動かしてみるが、…………なんだ?マジで死んでんの、これ?大丈夫なのか?;
「…ハ、喰うなよ。腹壊すぞ」と自演もいいとこだが冗談めかしてリバイアサンに向かって呟いてると、横から視線を感じた。
黒服の方のオレンジ頭だ。
「なんだよ?」
「…なあ、あんた。やっぱ名前訊いていいか?」
「あ?」
「いや…、さっきは色々ヒデェ事言っちまったけどよ。これから一緒にホロウを相手取ろうかって時に、いつまでも『あんた』とか『お前』とか呼んでるわけにいかねーだろ。
あんただって毎回俺の事『ガキ』とか『オレンジ頭』とか呼ぶの不便なんじゃねーのか」
「…いや別に?」
語呂が良いからさして気になんねーケド?って、シレッとして言ってやると、オレンジ頭のガキは「ぐっ」とか漏らしてその目立つオレンジ頭を落とす。
が、何とか気を取り直して。
「…ったく、いいからよ!俺は黒崎一護!空座第一高、1年!兼、死神・代・行だ!名乗ったんだから『オレンジ頭』はもう止めろよな!」
「くくっ…。青臭ぇっつーか暑苦しいっつーか…。まあいいぜ。そういう奴も嫌いじゃねぇ」
「ぐ…テメェ…っ;」
オレンジ頭がトマトになったぞ。
「どのみち名乗られたんなら名乗るのもやぶさかじゃねーよ。オレの名は"ジャズ"だ。ジャズ=シュナイダー。始末ぅ〜〜や…じゃなかった、今はただのプロハンター。心源流拳法師範代、…念能力者だな。よろしく?クロサキ?」
ハイタッチの体勢で片手を軽く挙げてみる。……けどやっぱり黒崎からの応答はなくて。
どうしたのかと黒崎を見れば、オレの顔を見たまま固まってた。…なんだよ?
「…ジャズ…シュナイダー…?」
「お、なんだ?中の人がまさか知ってるか?」
「中の…?まあそこはいいや。つーかあんた、どこの人だ?」
「はぁ?」
どこの…って言われてもなぁ。日ごろからホテル暮らしで定住はしてねーし。
生まれ故郷は一応在るケド…それももうとっくの昔に捨てた場所だ。
そもそもこんなゲームの世界でオレの知ってる世界地図が通用すんのかも怪しい。
「…いや、悪い。ずいぶん流暢に喋るからチャラい格好してるだけのヤンキーかと思ってた。目の色だって……まあカラコンって言われりゃそれまでだったけど」
「……あ?何ブツブツ言ってやがる?」
「悪い、こっちの話だ。それと、もう一度言い直すな。…俺、イチゴ・クロサキ。クロサキがファミリーネーム。イチゴがファーストネームなんだ」
「……イチゴ。ふーん…」
「ちなみにこいつは『ルキア・クチキ』で…」
「こいつではない!私の名前は朽木ルキアだ!おかしな名前に改造するな!」
「…悪いな、見ての通り古風で融通の効かない堅物だから気を付けろ」
とオレンジ頭―――もとい一護の奴がお嬢ちゃんには聞こえないようにこそっと耳打ちしてきた。
「へーぇ。古風っつーのはよくわかんねーけど…。ってことはさっきの法則で行くと…ファミリーネームがクチキ、ってことでいいんだよな?クチキ・ルキア、で切るカンジか?」
「そういうこと」
「ふーん。…よろしく?ルーキアちゃん?」
一護の奴の肩越しに、その後ろで腕を組んでエラソーに立ってたルキアちゃんににこやかに手を振る。
するとルキアちゃんは「誰が"ちゃん"だ!たわけ!」と烈火のごとく怒り出す。
「ハハハハッ!なーるほど、そういうタイプね。なかなか好みだぜ。可愛いじゃねーかw …な。ルキアちゃんよ。こっち来いよ。仲良くやろうぜ?優しくするからサ…」
「貴様と仲良くなどする気はない!調子に乗るな!」
「ただのナンパ野郎じゃねーか…;」
「ハッ!んなことボヤいてる暇はねーぞ?一護。お前もボサッとしてんなよ」
「あ? …――――って!!?お、おいコラ待て!!お前、俺の身体どこ持ってく気だ!食うんじゃねーぞ!?;」
言ってもボケっとしたままの一護の奴をリバイアサンで誘導する。
倒れた方の一護の"殻"を咥えさせて、ずりずりと余所へ持って行かせた。
一護は慌ててそれを追っかけて走り出し、ルキアちゃんはそれを見て「何をやっておる…」と呆れ顔を晒す。
「…さて、じゃあオレ達も…」
「むっ?」
一護も離れた事だし、とオレはそばに立ってた小さな細身にスーッと手を回し、横抱きに抱き上げてその場を飛びのく。
いやー、見た目通りに軽いな。楽でいいぜ。
「……な!?何をするか貴様!離せっ!」
「まーまー、そう言うなよ。大事なトコだ。……ほら、来たぜ」
「何…!?」
オレの腕の中で暴れ出すルキアの目に見せつけるように、オレは顎で上を指した。
それと同時に今までオレ達が集まって立っていたそのど真ん中に、ホロウの巨体が轟音とともに降り立ち――――
口元を吊り上げるオレとオレの腕ん中で目を見開いたルキア。オレ達2人の背中に、地の底から響くような重苦しい叫び声を浴びせかけてきた。
つづく
NEXT→2-06:ORANGEADE/
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頑なにヒソカには触れないという…
すもも