地下100階を差して、エレベーターが止まる。
エレベーターの扉が開くと同時に、そこに集まっていた人間達が一斉に、現れたオレへと目を向ける。
扉の向こうは薄暗い地下道。決して広くもないその場所に300人超の人間がひしめいていた。
………臭い、ムサイ、死ね。
オレを見るな。汚らわしい。
いつまでもオレを観察している連中に鋭く殺気を投げつけて、半強制的に視線をオレからはずさせる。
…くそ、オレはこれからこんな奴らの中でしばらく過ごさなくてはならないのか?
理性の糸が切れないようにするので精一杯だぞ。
知らないうちにため息が漏れた。
できるだけ見ないようにすればいいか…と、被っていた帽子のつばを下げて視界を隠す。
そしてオレは、人混みを避けるように壁際へと移動を開始する。
「あぁ、待ってください」
「は?」
呼び止められ、多少イラつく。
しかし敵意の無いその呼び声にしぶしぶと振り返ると、ダブルのスーツを着込んだ豆のような人間が足元に立っていた。
「ハイ、番号札ですよ。どこかにつけておいてください」
「…ああ、ありがとう」
番号札を差し出され、案内人だったのかと納得する。
受け取った円型の札には332番の数字。
とりあえずはそれを胸につけて、オレは壁際に座り込んだ。
「くそ…っ」
早くイルミ様を見つけないとオレの神経が持たん。
かといってこのいかめしい男共の人混みにまぎれてまでイルミ様を探す気にはなれず、オレは頭を抱えた。
……何でこんな事になったんだ。
来て早々にもかかわらず、オレは心底ここへ―――ハンター試験を受けに来た事を後悔した。
「―――じゃあアゲハ。オレ母さんのところに行って来るから、戻るまでにハンター試験の申し込みしておいて」
ベッドに体を横たえ朦朧とするオレを上から覗き、イルミ様がそうおっしゃられる。
…が。頬をなぞるイルミ様の冷たい手の感触が"行為"によってすり減らされた心と体にはとても心地良くて、そっちに気をやっていたオレはいまいち話の内容がつかめなかった。
ぼんやりとイルミ様の顔を見上げていると、イルミ様はちょっとその首をかしげて再度オレに声をかけられる。
「……アゲハ、聞いてる?」
「は…?え、あ…?」
「やっぱり聞いてなかったんだ。…相当無理させちゃったみたいだね?」
「あ、いえ…そんなことは…。申し訳ございません…」
ぎしぎしと痛む身体をゆっくりと起こした。
簡素にだが汗は拭き取られていて。薄く気を失っていた間に、イルミ様のお手を煩わせてしまったかとわずかに顔をしかめた。
主人に迷惑をかけたなどとゴトーに知られでもしたら事だな。
ため息が出そうになるのを抑え、床に捨て置いていた新しい制服に袖を通した。
手早く着替えを済ませ、ベッド脇に座ってオレの着替えを待っていたイルミ様に向き直る。
そして、先程イルミ様が言われた言葉を途切れ途切れながら思い出し、反復する。
「先程のお話ですが、ハンター試験…お受験なされるのですか?」
「ああ、うん。(ちゃんと聞いてたんだ。) 次の仕事でどうしても必要だから。面倒だけど取ってこないとね。時期的にもすぐだし」
「そうですか…。かしこまりました。戻られるまでに手配しておきます」
イルミ様がハンターライセンスをとられるというのなら、オレも一緒にとっておいたほうがいいのだろうか?
そんなことを考えていると、それを見透かしたのかオレが何かを言う前にイルミ様が先に釘を刺してしまう。
「アゲハ、解ってると思うけど今回も護衛はいらないし、君がライセンスを取る必要は無いよ」
「は…、しかしイルミ様をお守りするのが私の…」
と言いかけたところで、立ち上がったイルミ様に口を押さえられてそれ以上の言葉をつむぐ事はかなわなかった。
「だめ。キミは留守番。返事は「はい」だよ。」
「…はい、失礼致しました…」
結局今回も置いてけぼりか。
ストレス発散の場が無い事に多少の不満はあるものの、大事にされているのだと、イルミ様のわずかな感情の動きを読んでそれに従う。
よくよく、イルミ様はオレを人目にさらしたくないらしい。
「じゃあ行ってくるかな、母さんのトコ。面倒だけど」
ふう、と少し天井を仰ぎ見てイルミ様が申される。
「オレはそのまま試験に向かうつもりだから、手配だけよろしくねアゲハ」
「かしこまりました。行ってらっしゃいませイルミ様」
すれ違い様にポンと頭をなでられ、まるで子供扱いだなと苦笑する。
オレへの挨拶なのか、手のひらをひらひらと振って部屋を出て行かれるイルミ様。その背に向かいオレは深々と頭を下げた。
つづく
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オリジナルな話でも良かったんですがやっぱり原作が好きなので原作沿いにしてみました
すもも