silver fang 番外編◆とある日のゾル家・2




「……アゲハ」



薄暗い廊下を歩いていたら背後から声をかけられた。

足を止め振り返ってみるとそこにはカルト様のお姿。




「アゲハ、こんなところにいたんだ。探したよ?」


オレの足元に立ってオレを見上げる小さな瞳。可憐な少女の様相ではあるが、カルト様は立派な"少年"だ。

視線を合わせるように、オレはその場に片膝をついた。



「これはカルト様、大変申し訳ございません。私などをお探しさせてしまうとは」

「フフ、いいの。それより早くお部屋に行こうよ。僕、アゲハの淹れたお茶が飲みたいんだ」

「かしこまりました。すぐにご用意いたします」


オレが頭を下げると、カルト様は満足そうににっこりと笑われた。

そして「少しの時間すらも惜しい」とばかりに、カルト様は立ち上がろうとするオレの袖を引っ張ってズンズンと歩きはじめる。



普段はお人形のようにおとなしく、すました顔をされているカルト様も、キキョウ様やイルミ様が側にいらっしゃらないときは、こうやってオレを相手にそれなりに楽しそうな、少女…いや少年の顔をされる。


ゾルディックの名に恥じないようにと普段からその小さな身で耐えておられるということなのか?

おそらく本当は、もっと色々遊びたい年頃なんだろう。











カルト様のお部屋について、オレはとりあえずお茶を用意する。

カルト様はベッドに腰掛けて、ゆらゆらと足をゆらしながらオレのことを見ていた。




「カルト様。どうぞ」


カルト様の前へ跪いて紅茶のカップが乗ったトレイを差し出す。

『ありがと』と、カルト様はそれをソーサーごと受け取った。


そして、こくんと一口。




「…ふふっ、やっぱりアゲハの淹れたお茶が一番おいしい」

「恐れ入ります」


そうしてカルト様が続けて紅茶を口にする様をオレは跪いたまま、笑顔で見ていた。


しばらくの後、カルト様は「そうだ」と呟いてカップをトレイに戻した。




「いかがなさいましたか?カルト様」

「おやつが欲しいな。ないの?」

「わかりました。お待ちください」


軽く頭を下げ、立ち上がろうとした。



すると途中、ムギュッと髪を掴まれオレは目を開いた。




「…カルト様?あの…」

「アゲハ、抱っこして」

「は…?」


「抱っこ」


「…いいえ、滅相もございません。私は一介の執事、カルト様をお相手にそのような真似は」

ダメ!いいでしょ抱っこくらい!早くして!髪の毛ひっこ抜くよ!」

「おやめくださいカルト様!承知いた、イタタタ!?痛いです!」



ぐいぐいとオレの髪を引っ張るカルト様。


誰も見ていないし仕方ないかとため息を吐いて、オレはしぶしぶカップの乗ったトレイを手近なところへと置いて白手袋を取り出した。

抱き上げた際にカルト様の召しておられる着物が着崩れてしまわないようにと気をまわしながら、カルト様の体に手を回す。



「では失礼致します」

と、力を入れようとしたとき。



「ねぇアゲハ」

「はい」



「お前はイルミ兄様が好きなんだよね?」


「は…?」



オレの手の内で、ぷう、とほっぺたを膨らませてそうおっしゃられるカルト様。


まぁそのとおり…ではあるものの、幼いカルト様相手にどう返答したものか。オレは困って口ごもる。



「……あの…」

「いいんだよ。知ってる。…でもつまんないな。兄様ばっかり贔屓で」

「は……。申し訳ございませんカルト様。ですがご安心ください。お呼びくださればいつでも私はこうしてカルト様のお側に参ります」


そうしてオレはカルト様の体を抱き上げる。



たとえイルミ様に主にお仕えしているとはいえ、もちろんオレはこの家の執事だから家の仕事もしなければならない。

カルト様のお世話もその中の一つだ。カルト様にはまだお付きの執事はいないからな。



だがカルト様は、己に対するオレのそんな認識もしっかり見抜いておられたようで―――――


オレが言った台詞に、よりいっそう眉間のしわを深く示された。………ハァ、困ったな。




「『いつでも』って言ってもアゲハはイルミ兄様優先なんでしょ?僕のことは家の仕事のついで。兄様ばっかりずるい!」

「お、落ち着いてくださいカルト様!」


オレの腕の中で暴れだすカルト様。カルト様の体を落とさないように気を使いながら、オレはぽこぽこと頭に振り下ろされる扇子の攻撃を腕で防ぐ。




「カルト様、痛ッ。…カルト様!」



しばらくやり取りをして、それでもなんとかオレはカルト様をなだめる事に成功した。

まあそこはカルト様が『諦めた』ともとれるが。


証拠に、カルト様はまだほっぺたを膨らませたまま。



「……カルト様。あまりそのようなお顔をされては奥様が悲しまれますよ」

「いいの。そんなことよりアゲハ」

「は…」


返事をすると、カルト様はまたぎゅっとオレの髪をつかんだ。

そしてにっこりと華のような笑顔を見せられる。



「……カルト様?」


「うん。……こうしたら顔、近いよね?」


「は…?」


「いーい?アゲハ。僕、いつか絶対イルミ兄様からお前を奪ってみせるから。覚悟してね」

「んむ…っ!?」



言葉と共に、カルト様はその小さな唇をオレの唇へと重ねてきた。

どこで覚えられたのか、舌でオレの唇を割って、濡れたそれをオレの舌へと絡めて。

深い深いキスを。





「ん…ん、―――グフッ!?」

「あン…!」




突然、ガクンと後ろから誰かに髪を引っ張られ、乱暴にカルト様の唇より引き剥がされた。


いきなりで、頚椎がイカレるかと思った。

髪をつかまれたままでなんとか後ろを見てみればオレの髪を引っ張った相手は案の定―――




「は…、イ……イルミ様…?」

「うん」


「一体いつからそこにいらっしゃったのですか…」

「通りがかりに、なんか騒がしいなぁと思ってさっきから見てたんだけど」

「そう、ですか…;」



まったく気配を感じなかった……。

………ああ、もしかしてさっき暴れていたカルト様が大人しくなったのは、オレの後ろにイルミ様の姿を見たからだったのだろうか?








「…ところでカルト?」

「なぁに?イルミ兄様」



オレの髪を掴んだままオレの肩越しに、イルミ様がカルト様に尋ねられる。


……いささか両者の雰囲気が剣呑に感じられるのは、おそらく気のせいではないのだろう。



お2人とも、なぜか目が異様に据わっておられる………;








「さっきのアレ。お前はオレに言ったんだよね?『奪ってみせる』って」

「そうだよ。兄様ばっかりアゲハを独り占めなんて許せないもん。僕だって兄様みたいにもっとアゲハと一緒にいろんなことして遊びたい」

「カルトにはまだ早いよ」

「早くない。僕、次の誕生日のプレゼントには母様にアゲハのこと執事にしてってお願いするね。兄様はどうせお仕事で家にいないからいいでしょ?」

「だめだってば。アゲハはもうオレのだから。ねぇアゲハ?」


「は……、ンッ!?」

「あーっ!」




返事を返そうと思ったら、また強引に唇を奪われた。…今度はイルミ様に。


腕の中ではカルト様がゆっさゆっさと体を縦に揺らしてそれを阻止しようとされる。





「もう!兄様のいじわる!!それじゃあせっかく手をつけたのに意味がなくなっちゃう!」

「やっぱり狙ってやってたんだ。お前にも少しお仕置きが必要みたいだね、カルト」

「嫌、嫌!放してよ兄様!!」



オレの腕にしがみついていたカルト様を、イルミ様はひょいっと奪い、抱き上げてしまう。


暴れるカルト様を無視してイルミ様が行かれる先は、たぶん地下牢か拷問部屋かどこかなのだろう…。

家族相手でも相変わらずご容赦のない…。




部屋の出入口へ向かわれるイルミ様の背中をぼんやり見送っていたら、「あ。」とイルミ様が何かを思い出したように足を止められた。

そしてオレの方へと振り向かれる。









………………嫌だな。なぜか訊きたくない。


そんなわけにもいかないのだが。









「……いかがなされましたか、イルミ様」


「うん。隙の多いアゲハはあとで別のお仕置きしてあげるから。オレの部屋で待ってなよ」

「ハイ…;」






寒気がした通り、やはりオレも逃げられるわけなかったらしい。

今夜も長そうだ………。



はぁ。








おわり




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カルトはなんか兄弟の中で猫被るの一番上手そうなイメージ。
表にはとにかく可愛い素振りを見せつつ腹の中ではどうやって横取りしようかなとか意地の悪いこと考えてるんですよ。たぶん。

すもも

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ももももも。