silver fang 試験編◆04:豚




「おかえり◇」

戻ってきたイルミにそう声をかけたのは、顔面にピエロのような化粧を施した長身の男だった。


イルミ―――もとい、ギタラクルは、言葉ではなくカタカタという音でそれに返事を返す。



「ずっと話してたよね?誰?ア・レv」

ピエロ男が、人垣の向こうのアゲハを指して訊く。

訊かれたギタラクルは一度そちらに視線を移してから、ハア、とため息を吐いて。



「ウチの執事」

「…へぇ、そうなんだ?なかなか可愛いねぇ。彼も能力者なのかい?…あぁ、それは聞くまでもないか」


視線の先の青年がその体にまとっているオーラ。

機嫌でも悪いのか暗く澱んではいるが、一般人が体外にとどめておけるオーラ量をはるかに凌駕するそれ。

念能力者なのは間違いないだろうと当たりをつけて、ピエロ男は人垣の向こうの彼を見ていた。



「くく…。まったく、たまらなくおいしそうだねぇ…。今度紹介しておくれよ◇」

「嫌。」


ぷいっとそっぽを向いて、にべもない返事を返すギタラクル。



(…こういうのがいるから連れて来たくなかったのに。)


やっぱり後でお仕置きだな、と横目でアゲハを見て呟いた。
















「はぁ…」

壁にもたれて、ため息を吐いた。

頭をめぐるのはやはり、イルミ様が最後に申されたあの言葉。



"オレに拳を向けた分はあとでしっかりと「おしおき」するから。覚えといてね、アゲハ。じゃねv”





不注意とはいえイルミ様に拳を向けてしまったのは痛かった…;

この短気な性格はいつかどうにかしなくちゃならないな、クソ…。


――――――とか…、頭では思いつつ、隠しきれない苛立ちを発散させるかのように足はガツガツと壁を蹴ってる。まったくどうしようもない。





それにしても、イルミ様の『おしおき』か…。



おしおきって…やっぱり"アレ"……だよなぁ…。それしかないよなぁ…。はあ…。




オレは頭を抱えた。


普段でもそれほど好きではない"行為"なのに、『おしおき』となればきっといつもよりひどいコトになるのは目に見えている。

一体どんな非人道的行為を受ける羽目になるのだろう。…寒気がするのであまり考えたくない。



さきほどより随分と人の増えた会場内。もう"いい時間"だとは思うのだが、試験も始まる気配は無く。

このままでは恐ろしい思考がオレの頭の中を席巻してしまう…と、オレは会場内に来ているらしいキルア様を"探す"ことで頭を切り替えることにした。

黙って見守っておくにしても、護衛を行うにしても、まずキルア様を見つけておかねばなるまい。


「おしおき」のことはとりあえず忘れよう。

たぶんそのほうが心身に負担がかからなくていいはずだ。うん。



無理やり自分を納得させて、オレは人混みの中を歩き出す。


薄い不安のような嫌な感じは心に募るばかりだがまあ仕方あるまい。

今はキルア様だ。とにかくキルア様なのだ。



そう考え歩いていると――――






「…他にもヤバイ奴はいっぱいいるからな。オレがいろいろ教えてやるから安心しな!」



ふと耳に入ったのは"あの"耳障りな声。

立ち止まり周りを見渡してみると、ほんの少し離れた場所で先程の小太りの男が誰かにジュースの缶を差し出していた。



…またあいつか。こんなときにオレの前に現れてくれるとは、よくよく運のない奴だ。


心なしか口元に笑みが浮かぶ。

考えるよりも先に、オレの足は声のしたほうへと向いていた。












「…ホラ、お近づきのしるしだ、飲みなよ。お互いの健闘を祈って乾杯しよう!」

「ありがとうトンパさん!」


鷹のように獰猛な銀目をしたあの狂暴な青年から100M近く離れた場所―――入り口付近で、トンパは再びルーキー達に声をかけていた。


目をつけたのは、まだここに着いたばかりの3人組。

純情そうな目をした子供と、優しそうな金髪の少年と、黒スーツを着込んだ青年。

世間知らずな子供らに下剤入りのジュースを差し出し、トンパは笑顔でそれを勧める。



小さな子供は間抜けにも『試験のベテラン』である自分の事を信じきっていた。

やっと騙せそうだぜ―――と、『新人つぶし』の異名を持つトンパはそのとき、表に見せている笑顔とは裏腹のとても邪悪な笑みを心の中で浮かべていた。





――――――トンパという男の不運は、青年から逃げ移動した距離と方向が、イルミに引きずられて移動した青年…アゲハのそれとまったく同じであった事にある。


後ろから近づいてくるアゲハの姿に気づくことなく、トンパはそのとき笑っていた。





「……おい。」

ドスッと背中を蹴られて、トンパは「エ?」と一種間抜けな声を漏らして振り向いた。

振り向いた先に立っていたのは、先程痛い目に合わされた銀髪銀眼…右目に眼帯をした、件の青年だった。



青年は笑っていた。

まるでエモノを目にした凶悪な魔獣が、「愉快だ」とでも言うように。

トンパ、という名のエモノを見下ろし嗤っていた。





「お前…、今度見かけたら殺すって言ったよな?」

「(言われてねぇ―――!!)」


突っ込む間もなく、あの目でギロリと睨まれてへなへなとしりもちをつくトンパ。


「あれ?トンパさん、どうしたの?」

「い、いや…。わ、悪い…!」


そう言うとトンパは腰が抜けたままながらも必死に、四つんばいの姿勢でガサガサとゴキブリのように逃げて行く。あの体型ながら、意外にすばやい。

後に残されたのは3本のジュースの缶と、あっけにとられた表情のルーキー3人組と、『逃げやがった』と舌打ちを残す銀髪銀眼の青年が1人。





「どうしたんだろ?トンパさん…」

「…そこのお前。」

「へ?オレ?何?」

「ああいう手合いには簡単に心を許すな。純情なのもいいが、いつか自分の首を絞める事になるぞ」


疑いもなくトンパから貰ったジュースを持って笑う子供に、アゲハは強めの口調で忠告を促す。

それでも子供は「なんで?」と首をかしげていた。思わずため息が出た。


「十中八九その飲み物には細工がしてある。飲まないほうがいい」

「え?そうなの?」

後ろの2人に訊く子供。その様子に、2人もあきれたようなしぐさを見せる。


「…気づいてなかったのか?」

「お前って、ホンットお人よしだなゴン」

「そうなんだ…; 教えてくれてありがとう、お兄さん!」

「礼を言う必要はない。もののついでだ」

「ついで…?って?」


「…生理的嫌悪感を感じる。ああいう豚には」

さらりと言ってのけるアゲハ。


「お〜、綺麗な顔して中々言うねぇあんた。気が合いそうだ、仲良くしようや」

黒スーツの男が笑って手を差し出すが、アゲハはパシッとそれを払う。


「残念だがオレはそう思わん。"豚"があいつ1匹だけとはオレは一言も言っていないぞ?もう話しかけないでくれ」

「な…!そりゃオレも同類って言いたいのかコラァ!!」

「はは。手厳しいな」

金髪が失笑する中、黒スーツは何かをわめいていたが、それも無視してアゲハはくるりと踵を返す。


仲良くする気は最初から無かったので再び人混みにまぎれようとしたが、甲高い子供の声がそれを許さず。羽織っていたコートの裾をぎゅっと引っ張られ、足が止まった。



「ねぇお兄さん!眼帯してるけど、目怪我してるの?大丈夫?」

「別にこれは怪我のせいじゃない。…手を離せ。」

「あ、ごめんね。でさ…」

「待て。すまないがオレは今機嫌が悪い。本当にもう話しかけないでくれ。怪我をさせることになる」



豚共はともかく、さすがに敵意の無い子供にまで手をかけたくない。


そう思っていたのに、その子供は……



「怪我?…怪我ってオレが?何で?」


と、まだ訊いてきた。





――――その瞬間、ドンッ!!と大きな音を立てて石の壁に亀裂が入る。


石壁に向かって振るわれた拳は、ぎりぎりときつく握られ。

銀色の瞳にははっきりと怒りの色がにじんでいた。


黒スーツの男と金髪の少年が驚いたように両手を挙げて身を引いて、事の発端となった子供は意味にやっと気づいたのか「あちゃ」と漏らす。


「二度言わせないでくれ。キレそうなんだよ、もう」

「ごめんなさい、お兄さん…;」


素直に謝る子供に「ふん」と一瞥だけくれて、今度こそ彼らの元を離れようと歩き出したとき。






ジリリリリリリン


…と、ベルの音がけたたましく地下道に鳴り響いて。

男はチッと二度目の舌打ちを漏らした。









つづく




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単純一途な強化系。

すもも

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ももももも。